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そして扉は開かれた  作者: 柴咲遥
2/17

友の妻

出社すると渡邊の急死の話は既に社内に伝わっていた。

「高橋部長、渡邊さんのこと・・・ホントですか?」

「ん? もうそんなに広まってるのか?」

営業アシスタントの斎藤美穂がデスク越しに訊いてきた。

「もう社内はその話題で持ち切りですよ!渡邊課長と最後に会ったのは誰か?とか知ってます?渡邊課長が社内不倫していたなんて!根も葉もない噂なんかも!ひどいですよね!」

「えぇ?不倫?そんな・・・噂話だろ」

「奥さんとも近く離婚するんじゃって話も」

「初めて聞くけど・・・」

「高橋部長こういう話弱いからな~みんな高橋部長のとこみたいに円満じゃないんですよ~」

そう言うと齋藤美穂は自分のデスクに戻っていった。

「渡邊が・・・不倫・・・そんな、まさか」

僕にはそれが信じられなかった、渡邊と三橋とは大学時代からの付き合いで、その頃からふたりは周囲も羨む似合いのカップルで、社会人3年目でふたりは結婚していた。

家族葬だったことと4月7日からの緊急事態宣言で渡邊の葬儀の案内は特になかった。

緊急事態宣言下でのゴールデンウイークが始まろうとしていた頃、世の中ではSTAY HOMEが叫ばれ私は自転車で鎌倉の街を行く当てもないポタリングを楽しんでいた。

「あぁもしもし高橋です、えっ?あっ三橋?」

「高橋くん、あの時は、ありがとう、元気?」

「うぅあぁ」

「家?」

「ん?ぅうん」

「どこ?なにかマズイの?かけなおそっか?」

「いぃや・・・由比ヶ浜・・・」

「由比ヶ浜って?鎌倉の?」

「そぉ自転車で・・・」

「自転車?って高橋くんの家って鎌倉だった?」

「いいやぁ話せば長くなる・・・」

「そぉ、ちょうどよかったわ、私も少し話したいし今度時間ある?」

「あぁ緊急事態宣言も解除になりそうだし、いつでも」

「わかったまた連絡するね」

「渡邉を失くした三橋に比べたら俺の孤独なんて少し贅沢なのかもな」

そんなことを思いながらサーファーが遠くでパドリングしているのを眺めていた。

緊急事態宣言が5月末までに延長することが決まって、北鎌倉から新橋までの総武線快速は通常の半数くらいの通勤客で席には空席も目立っていた。

車内の窓が開けられ時折春の風が車内に吹き込んでくる、誰も話す人もなく電車の走行音と国土交通省からのお願いのアナウンスだけが流れていた。

僕は週1回の在宅勤務とZOOMミーティングで社内では緊急事態宣言下でも慌ただしく過ごしていた。

「あっもしもし・・・」

「高橋くん今は?会社?」

「あぁ・・・」

「私も今、赤坂なのお昼でも一緒にどうかしら?」

「ずいぶん急なんだな、わかった・・・じゃあ12時前に会社の前で?」

「さすがに会社は・・・私のこと知ってる社員もいるし」

「そっか・・・じゃあ・・・なにか食べたいものは?」

「そうね~鰻なんてどうかしら?」

「鰻か、じゃあ 山の茶屋にしよう、そこじゃ会社の人にも会わないだろう」

「わかった、じゃあお店で」

ZOOMミーティングを早々と切り上げて赤坂見附へ向かう、もう初夏の陽気でスーツで歩くと少し汗ばんでくる。

10分ほどで日枝神社の木漏れ日の下、店が見えてくると木々の生い茂る門の前に濃紺のティアードワンピースに身を包んだ女性がひとり立っているのが見えた。

「三橋?ごめん待った?」

「ひさしぶりね、高橋くん、相変わらず律儀ね11時55分」

そう言って三橋は空をみて笑った。

少しほろ苦い思い出がよみがえってくるのを感じながらふたりは門をくぐった。

お店に入ってコース料理を頼む、胡麻豆腐、肝焼き、くりからの白焼き、おしんこ、ご飯ともちろん蒲焼も。

「ビールって訳にはいかないわよね・・・」

三橋はそう言って出されたお手拭きで手を拭いて、少し寂しそうな表情で笑った。

(きれいな指・・・)

しなやかな指先は桜色のネールが塗られ右手薬指にはローズゴールドの指輪が光っていた。

静かな部屋でふたりきりの時間が過ぎていく、ここが赤坂とは思えない様な静けさの中に時折聴こえる鳥のさえずりが僕の緊張を和らげていた。

「高橋くん、ずいぶん偉くなったのね、執行役員なんでしょ?」

三橋は胡麻豆腐を器用に箸で食べながら言った。

「えっ、あっ、うん」

僕は胡麻豆腐をスプーンですくいながら返事をした。

「渡邊は課長止まりだったもんね・・・ずいぶん差が付いちゃったね」

「そんなことないよ、渡邊だって・・・」

「いいのよ・・・気使わなくて」

くりからの白焼きを一口食べながらそう言った。

「私、飲んじゃおっかな、ビール、高橋くんも一杯だけつきあってよ、久しぶりに会ったんだし、ねっ」

「ビール1本、エビスでお願いします~」

「じゃ、一杯だけ・・・」

お互いのグラスにビールを注いで三橋がグラスを持って言った。

「献杯・・・渡邊に」

「献杯・・・」

「うわぁ~この白焼きとっても美味しい」

そう言ってグラスに残っていたビールを飲み干した。

「あっそうだ!高橋くん なんで由比ヶ浜に?引っ越ししたの?」

蒲焼とご飯を一口頬張って訊いてきた。

「ん?うん・・・」

僕は赤出しをすすって曖昧な返事をする。

「まさか?離婚?そんな訳ないか!高橋くんに限って」

「限ってってなんだよ・・・俺だって」

「え?なに?まさか図星だった?」

三橋は少し嬉しそうに笑ってカブのおしんこを食べた。

「別居・・・今別居してんだ、もう7ヶ月・・・かな」

「ホント?なの?」

持っていた箸を置いて三橋が僕の目を見て言った。

「まぁ、いろいろあってね、!三橋ほどの大変さはないけどね」

「そうなんだ・・・それで?考えてるの?離婚」

「ぁあ、先方はそのつもりらしい・・・」

「高橋くんは?」

「最初はまた元に戻るんだと・・・でも今はもう元には戻れないのかなって」

「そぉ・・・」

そう言って早生ものの西瓜を口に運んだ。

「お互い、いろいろあるわよね、この歳になると・・・何か趣味見つけなさいよ」

「趣味っていっても・・・」

「高橋くん、学生の頃から文才あったし、確か応募してなかった小説?また書いてみたら?」

「ええ~無理だよ!今は報告書なら得意だけどな」


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