真実と虚偽
「じゃあ〜よくわかんないけど、高橋くんのピンチを救ったってことで、ワイン一杯ごちそうしてよ!」
品のいいキャメルのチェスターコートを着た三橋は微笑みながらそう言った。
「ちょうど、喉乾いていたところだったんだ〜」
ふたりは丸ビル裏手のイタリアンGARB TOKYOに入る、店内は丸の内のOLで賑わっていた。
「なにか食べる?」
「そうね、手作りニョッキゴルゴンゾーラとクレソンとマッシュルームのサラダを」
「あと白ワインをふたつ」
「じゃ、高橋くんの独身復帰にかんぱ〜い」
「なんだよそれ?」
「それでぇ、離婚したとたんモテモテってわけ?」
三橋はワイングラスを回しながら言った。
「そ、そんなんじゃ・・・あれは、相手が勝手に」
「ふぅ~ん、そうなんだ〜私のこと振っといて!」
「振っといて!振ったのか?俺が?」
「ふふふ、冗談よ!うん、おいしい、このニョッキ」
「でも気をつけた方がいいわよ〜」
「高橋くん、気づいてないけど結構 モテるんだから」
「え?俺が?今回のことは除くとして・・・全然実感ない!」
「そういうところがいいのかもね・・・ワイン、もう一杯いい?」
「ぁあ うん」
「フフフ、心配しなくていいわよ、この前みたいなことないから」
そう言って残っていた白ワインを飲み干した。
「でも、冗談抜きで気をつけた方がいいかも、彼女・・・さっきの」
「あぁ、派遣社員の松嶋さん?」
「彼女の目・・・ヤバいから」
「ヤバい?どうヤバいの?」
「なんとなくね・・・」
「彼女、なんか俺のこと勝手に調べてるみたいなんだ」
「調べてる?なにを?」
「離婚したこととか・・・俺と齋藤と同期の・・・あっ」
「いいのよ、気使わなくて、彼女元気?仙台?」
「うん、元気そう、シングルマザーって田舎じゃいろいろ大変みたい」
「そぉ、来年2月くらい?出産」
「たぶん・・・彼女、喜んでいたよ、三橋からの」
「そぉ・・・今日もこれ買っちゃった!」
そう言ってエルメスカラーのブレスレットを見せた。
「小説、読ませてもらってるわよ」
「そっか・・・なんだか恥ずかしいな・・・」
「高橋くんらしい・・・高橋くんでしょ?あの堤部長って」
「え?違うよ!」
「そっ、私はそう感じたんだけどな~」
そう言って2杯目のワインを飲んで僕を見つめた。
「そうなのかもな・・・」
「ふたり、結ばれるの?」
「まだ・・・わからない、書いてみないと」
「そうなんだ・・・楽しみにしてるね」
「そうそう、読者から感想がきたんだ!」
「へぇ、すごいわね、本物の小説家みたい!それで?なんて?」
「次回も楽しみにしていますって」
「そぉ、私以外にもファンがいたのね」
三橋は笑って、2杯目のワインを飲み干した。
「じゃあまたね、高橋くん、こんな偶然またあればいいけど」
「そうだな、じゃまた」
そしてふたりは東京駅で別れた。
東京都の一日の新規感染者数は500名を超え、明らかに第3波がきたことを実感していた。
デスクに着くと内線が鳴った。
「高橋部長、朝早くからすみません、ちょっと来ていただけますか?10階の役員室へ」
「はい?なんでしょう?」
「とにかく、すぐお願いします」
10階役員室へ行くと、総務の大谷部長と吉田常務が待っていた。
「おはようございます、どうかしました?」
「ちょっと、ここじゃ、応接室へ」
ただ事ではない空気を感じながら3人で応接室へ入った。
「高橋くん、我々は高橋くんの味方なんだが・・・」
そう言って吉田常務が重い口を開いた。
「味方?なんのお話ですか?」
「大谷くん!」
吉田常務に急かされて大山部長がパソコンを立ち上げた。
「これ・・・この画像なんですけど」
「え?これって?あの・・・」
パソコンの画像にはあの夜丸の内のイルミネーションをバックに撮られた、松嶋涼子とのツーショットが映し出されていた。
「なんで?この画像が?ここに」
「あと、このメールが・・・」
「私は、高橋部長に捨てられました? 捨てられって?」
「これ?って事実?じゃないよな?」
吉田常務は僕の目を見つめて言った。
「まさか?僕は彼女となにも!付き合ってなど断じて」
「でもな、このメールと写真がほとんど全社に・・・」
「え?全社に送られているんですか?この写真も」
「まずいよぉ高橋部長~こういうの 今、セクハラとかパワハラとかコンプラが・・・」
大谷部長が耳を掻きながら呟いた。
「セクハラ?って 僕は彼女とは何も!この写真だって彼女が勝手に!」
「まぁ、事実関係はお互いの話を・・・」
「彼女は?松嶋涼子は?なんて」
「彼女、派遣会社通じて退職したいって言ってきたよ」
「え?退職?って」
僕は絶句してしばらく頭が混乱して言葉が出せずにいた。
「高橋くん、独身になったからって派遣の女性相手にっていうのも・・・まぁ、この件がハッキリするまで・・・自宅待機ってことで、僕もコンプラのトップなんでね、ここは厳しく対応しないと」
吉田常務は窓の方を見ながら言った。
「そうですか、わかりました・・・自宅謹慎ってこと?ですね」
「まぁ、事実関係がハッキリしたら・・・誤解もね、高橋部長・・・お願いしますよ」
大谷部長がまた耳を掻きながら言った。
デスクに戻ると写真とメールのことで社内は混乱していた。
「高橋部長?あの写真?うそですよね」
「心配かけて申し訳ない」
僕はフロアのみんなに頭を下げた。
「僕は、今日から自宅謹慎となった・・・理由は送られたメールと写真なんだが・・・僕には全く疚しいことはない、少し迷惑をかけるがよろしく頼む」
そう言うとフロアには自然と拍手が沸き起こった。
パソコンと荷物をバックに入れてエントランスに降りると柱の陰で宮島が手招きをしていた。
「おう!どうした?」
「どうしたじゃありませんよ!あの派遣には気をつけろ!って言ったじゃないですか」
「そうだったな・・・」
「どうするんですか?これから・・・」
「そうだな~自宅謹慎になったし、とりあえず鎌倉でのんびりするよ」
「のんびりって・・・」
「俺さぁ今まで突っ走ってきただろ?そんで失ったものもいっぱいある様な気がするんだよな~」
「なに呑気なこと言ってんですか!場合によっては謹慎だけじゃ済まなくなりますよ!」
「そうだよな・・・あっ! こんなところ見られたら、宮島まで・・・」
「私は平気です!高橋部長のことぞっこん信じてるんで!なに言われても」
「ぞっこん?そっか、ありがと・・・じゃあな」
「・・・はい」
宮島と別れて、人の流れとは逆に溜池山王駅に向かう。
「あれ?部長お出かけですか?」
石田が見つけて声を掛けてきた。
「まぁな・・・あと頼むよ」