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そして扉は開かれた  作者: 柴咲遥
10/17

天気雨と別れ

猛暑のあとの残暑が厳しい中、新型コロナウイルスの新規感染者は徐々にではあるが減少している様だった。

総武線快速は窓が開けられ、全員マスク姿の乗客が沈黙している日常があった。

10年前に無理して買った一軒家のあるニュータウンは横浜でも住みたい街ランキング上位の街になっていた。

「しばらく来てなかったけど、なんだか懐かしいな・・・あれ?こんなところに新しいカフェできてるし」

駅から自宅までゆっくり歩きながらこの10年を振り返る・・・

「希実とよくこの公園で遊んだっけ・・・ここのコンビニにもよく寄ったな~」

家の前で大きく深呼吸をする。

「なにも変わっていない・・・変わったのは俺たち夫婦の関係だけか?」

玄関のドアを開けようとしたら閉まっていて鍵のないのに気が付いた。

仕方なく門横のインターフォンを押すとどこか不機嫌そうな、さおりの声が聞こえた。

「はい?」

「あっ、俺だけど・・・」

「鍵は?どうしたの?」

「家・・・いや、アパートに」

「そっ、ちょっと待って」

少しして玄関ドアの鍵が開く音がした。

「ただいま・・・」

誰もいない玄関で小さく呟く。

(なんかもう他人の家みたいだな・・・)

リビングに入ると無表情のさおりが座ってこちらを見ていた。

「なに?座って、時間がもったいないわ」

「ぁあ」

「離婚届け・・・もう1年前になるから改めて作っておいたから、これ書いてくれる?印鑑はここにあるから」

「・・・ぁあ、わかった」

そう言って置いてあったボールペンで自分の名前を書き始めた。

「あとは・・・この家処分したいんだけど・・・何か問題ある?もう査定も終わっているの、思っていた以上に高く売れそうなのよ。財産分与するにもこのままじゃね、希実の進学のこともあるし」

「そうか・・・わかった」

「良かった、じゃあ三井のリハウスと売却進めるわね・・・あとは」

そう言ってる妻はなんだか楽しそうに見えた。

「希実は?」

「今、塾 行ってるわ!来年はもう3年よ!塾代も馬鹿になんないんだから」、養育費の方は弁護士と相談して15万~20万って考えてるけど?」

「任せるよ・・・」

「そぉ、わかった・・・私も前働いていた会社の紹介で正社員になれそうだし、あなたには出来るだけ迷惑かけないようにするから」

「迷惑か・・・」

僕は離婚届けに捺印して妻に渡した。

「ありがと・・・今まで」

「あぁ・・・」

「希実、お昼前には帰ってくるから、会っていくでしょ」

「そうだな・・・」

「仕事?どうなの?渡邊さんコロナで亡くなったって!」

「あいつもいろいろ大変だったみたいだけど・・・仕事は今のところ大丈夫、心配しなくても養育費もちゃんと払えるさ」

「それ嫌味?そういう意味で言った訳じゃないけど!」

「あっこの湯飲み?」

「なに?」

「ぃいや何でもない」

希実が小学4年生の春休み家族で九州旅行をした時に買い求めたペアの有田焼、その桜色の湯飲みに緑茶が注がれた。

大半の荷物は北鎌倉のアパートに運ばれ、この家にはもう思い出以外なにも残ってはいなかった。

「希実遅いわね~」

「お昼?食べてく?」

「いや、ブラブラして帰るよ」

「わかった、希実とはいつでも会えるから」

「じゃ・・・」

「あっ、売却決まったら連絡するから」

私たちふたりは最後まで気持ちが揺らぐこともなく、あっけなく15年続いた僕らの家族はピリオドを打つことを選んだ。

僕はもうここから会社に通うこともない・・・駅までの道をゆっくり歩き出した。

「都築ふれあいの丘・・・この駅名も気に入ってたんだけどな~」

「お父さん?」

デニムのスカートに真っ白なTシャツ姿の希実が自転車で近づいてきた。

「希実?久しぶり、元気そうだな」

「お父さん・・・少し痩せたみたい」

「そうかな?希実また背伸びたんじゃない?」

「うん、去年の夏から5センチも・・・これ以上伸びちゃうと困るんだけどな」

そう言って希実は弾けるような笑顔でこっちを振り向いた。

「お茶でも?飲んでくか?」

「うぅん、お母さん心配するから・・・」

「そっか・・・希実、あのな・・・」

「りこん?するんでしょ?」

「知ってるよな・・・もう子供じゃないんだし」

「壊れたら、直せばいいじゃない?・・・お父さんぜんぜん悪くないと思う・・・もう直らないの?お母さんと・・・」

「希実・・・」

「ごめん、でも・・・直って欲しかったな・・・もうしかたないんでしょ?」

希実は少し悲しそうな顔をしてうつむいた。

「私、鎌倉遊びに行ってもいい?」

「あぁ、いつでも待ってる・・・」

「ごめんな・・・こんなことに」

「やだぁお父さん、こんなところで泣かないでよぉ」

「泣いてなんて・・・」

「小学校の卒業式で号泣してお母さんに恥ずかしいって怒られていたじゃない」

「そんなこともあったな・・・」

「私は嬉しかったよ、あんなに泣いてくれるお父さん他にはいないもん!」

「そうか?」

「お父さん・・・中学の卒業式も、高校の卒業式も、大学の入学式も、私の結婚式も・・・全部来てよ!絶対・・・来てよ」

希実の瞳から大粒の涙がとめどなく溢れ出し、僕は希実を抱きしめていた。

「希実・・・ありがと」

「じゃ、お父さん・・・またね」

「勉強もほどほど にな!」

「そんなこと言うのお父さんだけよ、お母さん毎日うるさくて」

「そっか、また怒られちゃうな・・・人の進む速度は、人それぞれだから・・・希実は希実の速度で歩んでいったらいい」

「うん、わかった!お父さん・・・ありがとう」

眩しい笑顔を残し希実は自転車で今来た道を帰っていった、その後ろ姿を僕は見えなくなるまでずっと見守っていた。

「もっと、もっと一緒にいたかったな・・・ごめんな、もうあの頃には戻れないんだ」」

今になって離婚という選択が本当に正しかったか?わからなくなっていた。

突然の天気雨が焼けたアスファルトの濡らす、僕は構わず歩き続けて、びしょ濡れになって駅についた。


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