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09.弟子を育てるのに、パワーレベリングをして何が悪い。






「胸が痛い、ヒリヒリする。

 師匠のせい」 

「……」


 流石にそれは反応に困るぞ。

 レンが言っているのは、別に胸の病気に罹ったとか言うのではなく、擦れによるものであって、要は単なる擦り傷や軽い打ち身だ。

 以前に一度服を引っぺがして、診て触れているとはいえ、当時はレンを男だと思っていたし、女だと知っていたとしても結果は変わらない診察と治療行為。

 今回も、その範疇と言えるかもしれないが、理由が知っているだけに反応が困る。

 せいぜい、黙って軟膏を渡してやるだけだ。


「胸のポケットに入れて一晩中、寝ているからだ」

「師匠が一晩、抱えて持っていればって言ったんじゃない」

「なら、寝相の問題だろう」

「ゔぅ~~っ!」


 弩を動作させるための魔法石への魔力の補充方法は二つある。

 自ら魔力を操り魔法石身魔力を込める方法と、時間は掛かるが魔法石に刻んである、弱い魔力を吸収する魔法陣の機能を使う方法。

 前者の自分の意思で魔力を補充する方法は、レンがまだ魔力をきちんと操作出来ない為、俺が補充してやる必要がある。

 後者の魔法石に刻んだ魔法陣の機能に関しては、今のレンでも問題はないが、その為には肌身離さず持つ必要だあり、今回使ったのは、此方の手段。

 自分で出来る事は自分で出来る方法をなるべくやらせるべきだし、そのための魔法陣が仕込んではあるのも、俺が側にいない時のための保険でもある。

 だから寝相が悪くて、胸ポケットに入れた魔法石が胸と敷布に挟まってゴリゴリ擦れたのを俺のせいにされても困る。

 胸ポケットに入れて寝るとは思わなかったし、擦れて赤くなった個所を朝から覗き見ているレンの様子に、事情を察した俺が枕代わりにしている布の中に入れれば済んだ話だぞと言っただけなのに、なぜ唸られないといけないのか。


 ……最近は胸が押されると痛いのに、最初から教えてくれれば痛い思いをしなかったって。

 知るかっ!

 と言うか女の子の成長痛の事情など知りたくもないわっ!

 少なくとも【鑑定】と【医療】の複合スキルで診て、病気と表示されない以上は、俺はその手の事に関しては、関与しないと決めているんだ。

 男の俺がその手の事に関わっても、碌な目に合わないと相場が決まっているからな。

 だいたい想像してみろ、『じゃあ分かった胸を出せ。俺が指でしっかりと塗り込んでやる』なんてやった日には、只の幼女愛好家(ろりこん)の変質者だ。

 重症で意識がないとか言うならともかく、ただの擦り傷を手の届かない場所でもなく、自分で軟膏を濡れる場所だぞ。

 これ以上、妙な誤解を受けるような真似をして堪るものか。

 それに、GORIGORIだぞ、FUNYONN・FUNYONNでも、POYONN・POYONNでもないのに、何が楽しくて触れないといかんのか。

 まぁ栄養不足で痩せていた数ヶ月前とでは、多少は違ってはいるだろうが、発育不良児には違いないわけで、そもそも俺の好みは……いかん、変な方向に思考がズレれた。

 我ながら何を考えているのかと呆れながらも、その元凶たるレンに向かって。


「いつまでも馬鹿な事を言っていないで、とっと準備しろ」


 と、言い放っておく。

 朝から頭の痛い問題は全力でなかった事にして、昨日の谷側の崖に近づく。

 昨日の様に探知系のスキルと魔法で周辺を感知し、懐から取り出した太めのペンほどの大きさの細長い筒を手にして、


(光よ)


 聖魔法による聖光(ライト)

 ただし、筒の中にあるランタンの魔導具の核に使われている光石に対して。

 魔力を得る事で明かりを灯す光石が、聖光(ライト)の魔力を得る事により、相乗効果で一層強い輝きを放つ。

 その光は、筒の内部に張った銀幕と複数の純度の高い水晶を磨いて作ったレンズを通す事で、真っ直ぐと突き進む。

 昼間で強い太陽の光に晒され、更に距離もある事から光そのものは弱くなるものの、レンズの一つに紅水晶(ローズクォーツ)を使っているため、赤く小さな丸い光は、見失う事もなく俺とレンに視認させるほどの輝きを持っている。

 元々ダンジョン内で、罠の位置や、離れた場所を指示するために作った物だが、以外に魔物相手に光を当てても気が付かれにくくて、群れのボスを遠くから示すためにも役に立つんだよな。

 欠点は聖属性による聖光を魔導具に重ね掛けしてやらないと、此処まで強い光にはならないので使用者が限定されてしまう事。

 ダンジョン内で言葉や指で済む物に、無駄な魔力なんて使っていられないと言う理由から、俺が使う場合以外は見向きもされなかったけどな。


「レン、あの木の幹のど真ん中だ」

「え? え~と、木の的となら、別にあんな崖下の木じゃなくても。

 矢の回収も面倒だし、それに師匠、崖の下に降りるなって」

「いいからやれ。

 一度当てたら、後は出来る限り早く連続でだ」


 戸惑うのは分かるが、矢は俺が回収に行くと言ったら、レンは首を傾げながらしぶしぶとじっくりと狙い。


 シュッ!

 カッ!


「もっと真ん中を狙え、次っ!」


 シュッ!

 カッ!

 かささっ。


「ぇっ? え?」

「次の矢をっ! 早くしろっ!」


 レンの放った矢が二本目が、先程と同じく、幹の真ん中から外れた位置に当たった所で、ようやく相手で反応を示しだし、レンが驚きの声を上げるが、無理やり其処に言葉を重ねて、考えるよりも先に行動に移させる。

 余計な事は考えるな。とにかく素早く連続で矢を真ん中に当てる事だけを考えろと。

 そうして、弓矢に装着してある魔法石の魔力残量が怪しくなる十三射を放った所で、的となった樹が大きく変化を示し、その姿は見る見ると縮まって行き、やがて一本の細長い杖上の姿に変り果てる。


 魔物:邪妖精樹トレント


 Dランク上位の魔物で、こうして倒した後は姿を変える事から、汚れた妖精だの、闇落ちした精霊だの、遥か太古に天罰を受けたエルフの末裔だの様々な説はあるが、要は樹の魔物だ。

 自然と同化する事で、まったく気配を悟らせない非常に厄介な相手ではあるが、一定レベルの探知の魔法や、今、俺がしているように複数の探知系のスキルを組み合わせれば、発見する事は比較的容易い。

 他に枝や葉の付き具合が違うから、よく観察してやれば見極めれる事が出来るが、何方にしろ森の中では一々見極めるのが大変なため、トレントの生息域には近寄らないのが正解だと言える。

 樹の魔物ではあるが、一応は器用に根を動かしたりして歩けるし、魔法で何事もないように木が生えている位置をズラしながら移動する事ができるから油断がならない相手。

 おまけに枝葉は、意外に素早い動きをするからな。

 正面から挑んだら、素人のレンでは間違いなく勝てない相手だと断言できる。


「よくやったぞ、レン。」

「ぇ? ぁ? ……ぁ~~っもうっ!

 魔物なら魔物って教えろっ! 吃驚しただろうがっ!」


 前もって教えたら教えたで、ガチガチに固まって外しまくると思ったから、弓矢の練習に思わせて、後は勢いでやらせたと言うのに。

 あ~~、はいはいっ、次からはちゃんと教えてやるから、そんなに怒るな怒るな。可愛い顔が台無しだぞ。

 ほれっ、次はアイツな。

 アレも魔物で、トレントだぞぉ~。


「今更言われなくても、もう分るよっ!」


 前もって教えろと言ったり、言われなくても分かると言ったり、忙しい奴だな。

 だが、怒らせた甲斐があって、魔物に対する恐怖よりも、俺に対する理不尽な怒りが勝って、身体と思考が固まらずに、程好い緊張感でもって弩を構えて矢を放つレンの姿に、取り敢えず今夜は蜂蜜とドライフルーツを使ったパンケーキでも焼いて御機嫌を取ってやるかと心の隅で決める。

 そうして真下に密集していたトレント数匹を狩り終えたら、ロープを垂らして俺が矢と杖状と化した遺体と言う名の素材を回収。

 途中で偶々遭遇したオーク肉の塊を、普通の木に吊るしておけば、匂いに釣られて、次の日にはまたトレントが集まって来ているだろうからな。




 =========================

【アンナ・ロッテ】視点:



 がやがやがや……。


 何時もより上等な酒場に、上等な酒と美味い食事。

 それを美味しそうに飲み食いしながら、此処数ヶ月の出来事を肴に盛り上がる仲間の男二人は、周りの客の楽し気な喧騒と、薄暗い店の中だという事もあって、どうやら私ともう一人の仲間である赤髪の少女、レティの冷めた雰囲気に気が付いていないみたい。

 其れも仕方がない事なのかもしれないわね。

 格上のAランクの依頼を初めて受けて達成させ、その高額な報酬を得て、更には準Bランクから、正式にBランクのパーティーだとギルドに認められて昇格したばかりなのだから。

 それを考えれば、浮かれても仕方がないのでしょう。

 でも、私もレティも、とても浮かれる気分には慣れない。


「もう、いい加減にしてっ!

 なにがそんなに面白いって言うのっ!

 仲間が、ディックが亡くなったと言うのにっ!」


 やがて、さして意味のない会話が、ある人物の話に再び戻り、男二人が笑い出したところで、いい加減に我慢できなくなったレティが、溜め込んだ不満を爆発させる。


「レティ、君の彼を慈しむ気持ちは分からないでもないが、彼を慈しむからこそ、せめて依頼が達成出来た事を、こうして祝う事で彼の冥福を祈り無念の想いを晴らしてやるのが、俺達冒険者の礼儀だろ。

 だからレティ、落ち着いて座ってくれ。

 今は亡きダック、いやディックの代わりに仕事の成功を祝おう。

 それが彼の冥福を祈る事だからさ」


 赤い髪を振り乱して椅子から立ち上がり、声を荒げたレティを、二十歳そこそこと若いながらもパーティーのリーダーであるケリーが宥める様子に、私は内心呆れて物が言えなくなる。

 彼が言っている事そのものは正しい。

 依頼中に仲間が亡くなった場合、その依頼を達成させるのが何よりの仲間への手向けになるし、その後は盛大に騒いで、亡くなった仲間との思い出を語る事で弔うのが昔からある冒険者達の習わし。

 だけど付き合いは短かったとは言え仲間、しかも亡くなった者の名前を普通は言い間違える?

 それに、こういう危険のある商売を続けていたら、仲間の死に遭遇する事は一度や二度じゃない事もあるため……。


「おいおい、二人とも落ち着けや。

 だいたい仲間ったって、三か月も組んでいないだろ。

 少しばかし、御座なりなっても仕方がねえだろうが」


 歳を取っ多分、そう言う事に慣れてしまい、こういう事を言う人も出てくるのよね。

 良くも悪くもね。


「そんな事は分かっているわよ。

 でもランドさん、だからって故人を馬鹿にする話を、この席で言う必要があるの?

 笑い者にしないといけないものなの?」

「あのなぁ嬢ちゃんや。

 悪口もそいつを知っているからこそ、こうして言えるってもんだ。

 笑い話にしている以上、立派な弔いと言えるんだぜ。なぁアンナ」


 人の肩に手をやりながらも、余計な事を言ったのは、私よりも年上の四十近い髭の濃い男だけど、私は此の男の馴れ馴れしさは好きになれない、と言うか不愉快。

 離れて暮らして年に数回会えるか会えないかだとはいえ、愛する夫と子供がいると、それとなく遠回しに何度も言っているのに、本当にこう言う事は勘弁して貰いたい。

 なにより、ねちっこい視線が気持ち悪いのよね。

 流石に顔には出さないけど。


「そう言った習わしを否定する気はありませんが、あの人と出会って(・・・・・・・)神の子の家を出た身とは言え、元聖職者である私からしたら、粛々に故人の冥福を祈りたいと以前にも(・・・・)お伝えしたと思いますが。

 もちろん、私も冒険者である以上、其方に合わせはしますが、不快と思う事はありますよ」


 酒の味も男の味も知り、命を奪う事に興奮も覚えてしまう事も知っている私が、今更綺麗事を言うつもりは無いけど、それでも超えれない一線と言うものがあるわ。

 それは私だけとかではなく、誰でも持っている当たり前のもの。

 ただ、その線の位置が違ったり、曖昧だったりするだけで。


「まぁアンナはその貞淑性が魅力だからな。

 だが、硬い事ばかり言わずに、受け入れるだけの懐の深い女だ。がはははっ」


 言っていないから。

 不快と思う事があると、言いましたよね。

 笑って誤魔化そうとしないでください。

 いえ、酒を注いで貰う以上、美味しく戴きますけど、触るのは止めてもらいたい。

 でも、これが最後と思えば、少しくらいは我慢しますけど。

 そろそろ、このパーティーも危険になってきましたからね。


「ほら、嬢ちゃんも座れや。

 悲しいと思うから、怒ってるんだろ。

 なら酒が足りねえ証拠だ。

 飲んで騒いで、悲しみを乗り越えちまえ」


 言っている事は間違ってはいないけど、其処に誠意があるかは別問題。

 ケリーもレティに果実酒のお代わりを瓶で頼んでいるけど、麦酒と違って飲みやすい上に酒精が高い分、人によっては潰れやすいお酒。

 私もいるから、安心して飲むように言ってはいるけど、人を勝手に口実にするのは止めてもらいたい。

 あと、そこいらの娘と違って、鈍くてお子様なレティには、貴方の想いはちっとも通じていないわよ。

 ついでに、あの坊やがレティに贈ったお守り(ヨイドメ)の魔導具も効いているから、酔いつぶれるのはケリーの方が早いだろうし、いい加減に懲りて欲しいものだわ。

 二日酔いの面倒なんて、みたくないもの。

 はぁ……。

 出会った頃のケリーは、こんな馬鹿で、物事の見えない子じゃなかったのに、どうしてこんな子になってしまったんでしょう。


「私、もうやだっ」

「何がだいレティ? 悩みごとなら僕が聞くよ。

 その心の内を言葉に乗せてやれば、少しは楽になる」


 うん、思わず酒を吹き出しそうになったわ。勿体ない。

 もっとお高く留まった店ならともかく、場末の酒場でそんな浮いたセリフを聞くとは思わなかったもの。

 元貴族様かなにかは知らないですけど、ケリーは少し其方の修行をした方が良いでしょうね。

 初恋だか何だか知らないけど、拗らせた結果が、あの真っ直ぐだったケリーをこうてしまったと言うには、想いを向けられたレティが気の毒だわ。


「何がって、全部よっ!

 カイルがいなくなったのも、代わりに入った人達が次々と亡くなるのも。

 これで、いったい何人目だと思っているのよ。

 カイルがいきなり家に帰るからって、人がいない時に逃げ出す様に抜けてから、二年も経っていないのに、もう五人よっ!」

「嬢ちゃんや、言いたい事は分かるが落ち着けや。

 この商売が危険と背中合わせだなんて事は百も承知だろう。

 あいつ等は、運がなかった。

 そして言いたかないが実力がなかった。其れだけだ」

「レティ、偶々不幸が重なっただけだよ。

 誰だって死にたくないし、僕等だって仲間を死なせたくないと思っている」

「そんなのは当然よ。

 でも、今回のは、明らかに違うでしょ。

 ディックは助けられたっ! でも・」

「いい加減にしねえかっ!

 お嬢っ、いやレティっ!

 ああしなければ、こうして皆が生きて戻れなかった。

 それともお前さんは、儂とケリーが喜んでディックを殺したとでも言いたいのかっ?

 どうなんだっ、言ってみろっ!」

「そ、それは……」


 レティの言う通りディックは助けられた。

 とあるダンジョンの奥にいる強力な魔物。

 その魔物から採れる素材を持ち返るのが今回の依頼で、激闘の末に何とか倒し、無事に素材を得る事が出来たものの、その時の戦闘でディックが重傷を負ってしまった。

 回復魔法を何度も掛ければ、無理に楽にして上げる必要はなかったはず。

 ただ、そうすれば、回復役を担う私の魔力が乏しくなり、街は疎か地上に戻る事すら危ぶむ状況だったのは確か。

 だから、ケリーとランドが行った事は、ある意味仕方のない選択だったと言える。

 周りの関係ない客も、レティの甲高いヒステリックな声に驚き、此方に興味を持ち耳を傾けていたけど、ランドの言葉によくある事だと興味を無くしたのか、再び店に喧騒が戻ってくる。


「まぁまぁランドも落ち着けよ。

 レティだって、傷心だから変な考えをしちゃっているだけさ。

 ほらっ、あんなLV1(能無し)の事を言い出すのが、その証拠さ」

「フンっ、まぁ確かにな。

 お情けで、お尋ね者にしてやらなかっただけのに、あの恩知らずめ」


 馬鹿ね。

 落ち付かせるどころか、神経を逆なでしてどうするのよ。

 こうなると、後の展開が想像がついちゃうわね。

 私にとって、都合がいい展開にはなりそうだけど。


「カイルは役立たずの能無しじゃないわ」

LV1(能無し)だろ」

LV1(能無し)だな」


 ……はぁ、私も言いたくはないけど、あの坊やの方があんた達よりよっぽどマシよ。

 まぁ少しスケベなところはあったけど、思春期特有の男の子にある程度の可愛げのある物だったからね。

 それと、能無しとLV1(能無し)はけっして一緒ではない。


「違うわよ。

 だいたいカイルが抜けてから、このパーティーは全然駄目じゃない」

「馬鹿を言うなよ。

 何処が駄目なんだ、彼奴が勝手に(・・・)抜けてから、何度もBランクの依頼をこなしたし、稼ぎも増えている。

 今回は、更に上のAランクの依頼だって成功をさせたんだ」

無理をして(・・・・・)、でしょ。

 確かに得るお金は増えたわよ。

 でも、出てゆくお金も増えているじゃない」

「ふん、上位の依頼となれば危険が増えるのは当然だろうが」

「カイルがいたら、Bランクの依頼も楽だったわ」

「そんなのは、レティの憶測だろ。

 少しばかし(・・・・・)、旅が快適だっただけで、レティ達がその恩恵を受けれなくなったから、そう感じるだけだ。

 戦闘じゃ彼奴は役立たずだったんだからさ、そんなどうでも良い事は評価の対象外だよ。

 僕達は冒険者なんだからさ」

「そんな事はないっ!

 ……もういいっ、私、このパーティーを抜ける。

 人の死を笑い話にしたり、カイルの良さを分からない貴方達と、これ以上は一緒にいたくない」

「だから落ち着けって、ランドも何か言ってくれ」

「ああ、そんな勝手なんぞ認められるか。

 強力な攻撃魔法を持つお嬢が抜けたら、戦力の大きな低下だ」

「それにレティ、いい加減あんな奴を忘れてさ、ちゃんと今と将来を向き合おう」


 確かに、ケリーとランドが言っている事は正論で、レティの言っている事は物わかりの悪いお嬢ちゃんの我儘に聞こえるでしょうね。

 実際、一般的にはその通りなんだから。

 ……ただ。


「三人とも、少し落ち着いて。

 レティ、私がお願いしても駄目かしら?

 パーティーを抜ける抜けないではなくて、落ち着いて席に座るだけ、それだけよ」

「…う、うん、アンナ姐さんがそう言うなら」


 正直、いい加減に姐さん呼ばわりは勘弁して貰いたいけど、もう今更と言えば今更なのよね。

 昔、メイスでオーク達を血祭りにあげてから、レティに姐さん呼ばわりされて以降、カイルの坊やが入ってきた時にそう言うように言うものだから、あの子にまで姐さん呼ばわりされる羽目になったのよね。

 十二になる息子がいるのに、姐さん呼ばわりは流石にそろそろ卒業したいわ。

 まぁ、それは置いておいて、レティが席に座ったのを確認してから、私は言葉を続ける。

 計画変更。レティがその気になったのなら今の方が良いし、此処まで話が拗れてしまっている以上、レティの身に危険が及ぶ可能性が出て来た。


「私もこの際に言わせて戴きますけど、全体の収支で言うなら、此処二年はその前に比べて、減っているわ」

「そんな事がある訳がっ」

「んな馬鹿な、倍近く違うはずだぞ」

「本当の事よ。何なら帳簿を見せるわよ。

 大方入ってくる金額の大きさにばかり目が行っていたのでしょ?」


 賭け事で身を崩す人間の典型ね。

 大きく勝った時の事ばかり強く記憶に残っていて、少額で負け続けている事は殆ど記憶に残っていない。


「確かに、高ランクの依頼は実入りも大きい分、危険も大きいし、消耗品の消費の増加や、装備の損耗も仕方ない事だと思うわ。

 危険な依頼になっている分、装備を良くしていると言うのもあるけど、この二年で、二人は二度も装備を駄目にして新調しているのも大きいの。

 以前は、カイル君が小まめに修復してくれていたから、修理に出したり、買い直さずに済んでいただけ。

 食料や物資だってカイル君が、手間暇を掛けてくれたから、安く美味しい物になっていたし、快適な旅だったから戦闘に集中する事が出来たのは事実なのよ。

 それに低級の回復ポーションとは言え、カイル君が作ってくれていたと言うのも大きいわ。

 ちょっとした戦闘の後は其れで済んだ訳だし、その後の戦闘に疲労を最小限に抑えれたのだもの。

 小さな物でも塵も積もればで、カイル君のお陰で結構な金額が浮いていたのは確かね」


 もともとカイルの坊やは、収納の鞄持ちの便利な子がいると言う事で、ケリーが見つけて来た子だった。

 あの頃はケリーも素直で真っ直ぐな子だったし、前のパーティーからの知り合いのランドも、まだあの頃は今程露骨ではなかったし、『若いもんを鍛えてやる』と面倒見の良い人だったから、一緒に旅をしていても楽しかったわ。

 私は事情があって、どうしてもお金を稼がなくてはいけなかったのと同時に、絶対に死ねなかったから、あまり高ランクのパーティーにはいたくなかった。

 高ランクの依頼は、幾ら実入りが良くても危険が大きいからね。

 【聖光使い】LV6の天啓スキルで、回復術師である私は、神の子の家(きょうかい)での経験もあるため、若い子達の中に入る事もなんでもない事だったと言うのもある。

 とにかく、そんな私にとってカイルの坊やは、放っておけない子だった。

 息子と五つも違うけど、滅多に会えない私の目には、一生懸命で天啓レベルの低い坊やは守るべきか弱い存在に写ったから。

 でも、実際には私が思っている以上に、とても逞しい子だったけどね。

 とにかく高価な収納の鞄、しかも時間停止の機能まである物となると、重い水や嵩張る食糧などを、一手に任せる事が出来たのは戦略的な面で大きい。

 重い荷物を減らせれた分、身軽に動けるようになり、攻撃面でも防御面でも大きく違った訳だもの。


「アンナよ。

 そうは言うが、戦闘面では役立たずなのは変わるまい」

「ああ、ランドの言う通りだ。

 筋力不足で剣の腕はあっても威力はお話にならない、魔法の才能だってレティには大きく及ばない。

 彼奴は荷物持ちにはなるが、LV1(能無し)である事には違いない。

 そんな奴を僕は仲間とは思いたくないね。

 しかも、あんな事をしでかしたんだからさ」


 あらっ、レティがいるのに、本音が出たわね。

 余程、レティーがパーティーを抜けると発言した事と、坊やを未だに擁護する言葉に苛立っているのね。

 ……本当、残念な子に育っちゃったわ。

 夫と出会って教会を飛び出した私が人の事は言えないけど、恋は盲目とはよく言ったものね。


「あらっ、前衛は貴方達二人。

 後衛でレティーが攻撃魔法で、私は回復役。

 そして、カイル君は私達の護衛兼、貴方達二人のサポートだったはずよ。

 その点カイル君は、しっかりと自分の役割を果たしていたわ。

 時には自分の身体を盾にして私達を守ったし、囮となって貴方達二人に攻撃のチャンスを与えていたわ」


 【剣士】LV7のケリーは『攻撃役』(アタッカー)、【盾斧使い】LV6のランドは『盾役』(タンク)を兼ねた『重戦士』。

 【魔導士】LV8のレティーは『魔法使い』(ソーサラ)で、【聖光使い】LV6の私が『回復役』(ヒーラー)

 そして【賢者】LV1の坊やは『支援者』(サポーター)だった。

 役割はキチンと別れていたし、坊やのスキルレベルは低かったけど、創意工夫で巧く廻っていたわ。

 そもそも後衛とも言える【賢者】である坊やに、前衛である【剣士】としての能力を求めてどうするのよと言いたいわ。

 レティと比較するにしても、【魔法使い】としての能力だけ(・・)で判断するのって、意味がない気もするのだけど。


「まぁ、過ぎた事だけどね」

「あ、ああ、その通りだ。

 彼奴は拾ってやった恩を忘れて、勝手な事ばかり言いやがっていたが、過ぎた事だ。

 だから新しい仲間を迎えて、今までやって来たんだ」


 勝手ねぇ。

 たまたま近くの街まで来たから、私があの人と子供の顔を見るために一時的な帰省。

 レティが其れに付き合っていてくれた隙を付いて追い出しておきながら、よくもそんな事を言えるわね。


「アシッドは偵察に行った先で毒の罠に掛かって。

 クラウドは囮を引き受けてくれたけど、追いつかれて目の前で捕食され。

 セドリックは、崖の上に取りに行って足場が。

 トトは深酒で真冬の夜中に道端で寝てだったわね」

「悲しい出来事だったさ」

「ああ」


 アシッドはともかくとして、クラウドの囮は本当にあの場所だったのかしら、目の前で頭を食い千切られる前のクラウドは、私達を信じられないような眼で、憎々しげに睨みつけていた。

 セドリックは、自ら取りに行ったのではなく、言葉巧みに取りに行かされた。

 崖の岩が脆いから止めましょう、と言う私達の言葉を無視して。

 まだ若かったとは言え、ドワーフでもあり、あれ程お酒に強いトトがケリーとランドを相手にお酒を飲んで、酔い潰れる事などある訳がない。

 そして今回も……。


「本当にね。

 せめて形見である荷物だけは御家族にって、今回()頼んでしまってすみません」

「仕方ないさ、同じ男同士の僕達の方が、彼奴等の故郷に詳しかったんだ」

「ああ、短い付き合いではあるが、それでも仲間だからな。

 既に彼奴の荷物は箱に詰めて送った。

 面倒な事は、とっとと済ますに限るからな」


 ……本当、何処で間違えたのでしょうね。

 きっかけは、確かに坊やだったかもしれない。

 でも、レティがケリーの想いに気が付いて応えていたら、今とは変わっていたのかしら?

 私が愛する夫と子供を裏切っていたら、ランドは若い子達にとって良い中年親父の先輩でいてくれていたのかしら?

 だけど、そんな事はあり得ない事なのよ。

 レティは、相変わらず誰かさんに想いを向けたままだし、私の心と身体はあの人の物。

 だから切っ掛けは、本当に些細な事だったのだと思う。

 アシッドが装備も荷物も、かなり良い物を持っていた事もあったと思う。

 でも、その後は……。


「そう言えばナートって覚えている? 『西風の翼』の」

「ああ、あの小柄な男だったよな」

「ああ? 体格のいいデブじゃなかったか?」

「二人とも違う、ナートは女の子よ。『斥候』(スカウト)の。

 でも、あの子もう引退したはずよね?

 彼氏に誘われて田舎に引っ込むって」

「少し前に、買い出しに来ていたあの子と偶然に会ってね。

 面白い話を聞かせてもらえたわ。

 カイル君がパーティーを抜けた時、偶々隣の部屋を取っていて、これまた偶々具合が悪くておとなしく寝ていたんですって」

「「……」」


 レティは首を傾げているけど、二人には私が言いたい事は分かった様ね。

 カイル君は勝手に抜けたんじゃなくて、追い出されたのよ。

 LV1(能無し)を理由にしてね。

 実際には、ケリーはレティが誰かさんにばかり構うのが面白くないから。

 ランドはおそらく、私がカイルの坊やに息子の影を映して可愛がっている事に対して。

 そりゃあ、パーティーの女性が揃って、自分達を無視して誰か一人を構っていたら、男達からしたら面白くないでしょうけど。

 でも、問題なのは、二人がやった事はもっと悪質だった事。

 パーティーを組んでいた時に得た物の殆どを取り上げただけでなく、坊や個人の所有物である収納の鞄まで奪おうとした。

 所有者登録がしてあるから無理なのに、ギルドに行って移譲手続きをすればいいと脅して。

 でも、所有者登録を外そうにも、手続きの際に、脅されていないかどうかを、魔法で調べられる事を知り、諦めたみたいだけど。

 その上、荷物を持ち逃げしたと私達に嘘をついて、更には持って行かれたのは極一部だから、被害を届け出るのは許してやろうと、慈悲深さを演出した。


「話しはディックの事に戻るけど、『脱出の宝珠の首飾り』を何故使わなかったのかしら?

 ダンジョンさえ抜け出せれば、幾らでも生きて帰れる手段はあったわ」

「馬鹿言うな、あれが幾らで売れると思うんだ」

「そうだぞ。いざと言う時に使うための物だろうが」


 語るに落ちたわね。

 坊やが盗んでいったと言う荷物の中には、パーティーの所有物として『脱出の宝珠の首飾り』の魔導具もあった。

 ダンジョン限定だけど、その名の通り、パーティー毎地上へと脱出させてくれる緊急脱出用の魔導具。

 三回しか使えない使い捨てではあっても、此れがあるかないかだけで、生還率が変わってくる。

 捨て値で売っても二千万モルトになるし、冒険者なんてやっていたら、いざと言う時の為に手元に取っておきたいと言うのが普通だものね。

 幾ら大金を得られようとも、命あっての物種ですから。


「えっ? そんな良い物があるのに、何で使わなかったの?」

「あっ、いや、違う、持っていない。

 アレはアイツが持ち逃げをだな」

「ああ、持っていた時のつもりで、つい返事をしただけで」

「じゃあ。二人とも、首元を見せてくれるかしら?」

「「……」」


 口籠る二人だけど、別に態々見るまでもない、以前にチラリと見えたからね。

 特徴があって、趣味の悪いあの首飾りを見誤る訳ないじゃない。

 だからこそ、私は二人への疑念を確信に変えたの。

 私が『脱出の宝珠の首飾り』の事を思い出すよりも早く、ディックの身体にナイフを突き立てた事にね。

 そして、二年で五人もの仲間が、入る度に亡くなる事態はハッキリ言って異常よ。

 他の誰かが亡くなっているのならともかく、私達四人以外で、必ず新たに仲間になった人間が。

 ギルドだって馬鹿じゃなければ、そろそろ不審に思うはずよ。


「二人がディックの遺品を宿で荷造りしている間に、ギルドにお願いしてきたのよ。

 五人も次々と仲間が亡くなったら、妙な噂になりますし、ギルドに変に疑われるのも嫌ですから、身の潔白を此方の方から晴らしておこうと思っていまして、此処数年分の記憶探査をね。

 お二人が言っている事が全て事実で、なんら疾しい事が無いのであれば、問題ありませんわよね?」

「ん…。…んなっ、馬鹿な事を」

「おいおい、俺等にもプライバシーってものがあるぜ、そんな物を受けてられるか。

 だいたいアンナ、オメエさんだって、記憶なんぞ覗かれたくねえんじゃねえだろうが、それこそ犯罪者呼ばわりされる事になりかねねえぞ。

「セプタの街のギルドに、所有者契約解除の件で、カイル君と御二人が訪れて、説明を受けるなり出て行った記録が残っている事をお伝えしておきましたわ。

 此処のギルドの方も、大変に興味深くお聞きになられたので、今頃確認を終えている頃かもしれませんわね」


 坊やは、知識は武器になると言っていたけど、本当にその通りだわ。

 ケリーとランド相手では、私とレティでは手も足も出ないけど、周りにこうして証人となる人達がいたら、二人も早々乱暴な手は使えない。

 なにより、実際にはどうなっているか知らないですけど、私の齎した話で、確実に二人に疑念を持ったはず。

 もしかすると、本当に近い将来捜査が入るかもしれない。

 ただ、それを馬鹿正直に言う必要はなく。


「もしかすると、もう此方へ向かっているかもしれませんわね」


 こう言ってあげれば良いだけ。

 嘘ではない。

 誰もギルドの人間や、衛兵とかは言っていませんし、そもそも『もしかすると』と仮定の話でしかないですもの。

 此れでも、神に仕えた身。

 軽々しく嘘を口には致しません。


「ち、違う。違うんだ、信じてくれレティ。

 俺はレティのために」

「馬鹿野郎っ!

 そんな事を言っている場合か、とっととズラかるぞっ!」




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 結局は、最後まであの二人は自爆だったわね。

 あの後、逃げるかのように店を飛び出て、夜間は門を閉じられている街の防壁を、無理やり抜け出そうとして、防壁を守る衛兵に取り押さえられてしまった。

 幾ら屈強な冒険者でも、硬い門扉と防壁、そして数の暴力に勝てる訳もない。

 そもそも幾ら疑念に思おうとも、自己責任を謳うギルドがそうそう重い腰を上げる訳がないのに。

 高位とされるBランクが所属するのは、その街のギルドにとって、力の証でもある訳ですから、捜査をするにしても慎重にしたはず。

 禁じられている夜間の街の出入りを強行する騒ぎを起こし、そのパーティーの一員から齎した情報があっては、ギルドも重い腰を上げざるを得なかっただけ。

 セプタの街のギルドへの問い合わせ。

 ディックの遺品である荷物が、遺族がいる故郷に送られずに売られていた事実。

 私とレティは、事情聴取で簡易的な記憶探査の魔導具によって嘘を喋って否かを調べられる程度で済んだのですけど、ケリーとランドは上位神官による記憶探査の魔法を徹底的に行われたらしい。

 ギルドの面子を潰した訳ですからね。

 高位ランクをギルドから認められると言う事は、そう言う類の危険(・・)もあると言う事。


 ただ、その徹底した記憶探査と捜査の結果は、私と思っていた物とは大きく違っていた。

 結果を言うなら、大半は私の足りない頭で作り上げた妄想だったと言う事になるのかな。

 偵察先で罠に掛かったアシッドの死はもちろん。

 囮を買ったクラウドの件は単にクラウドが場所を聞き間違えていただけで、セドリックの墜落死の件も半ば度胸試しで悪意はなかったみたい。

 トトの件も、本当にケリーとランドと別れた後で飲んでいたらく、二人とも酔って華街に行って、綺麗なお姉さんと一晩を過ごした事まで記憶を読まれたみたい。


 二人がやったのは、カイルの坊やを追い出した事だけど、これそのものは脅迫と強要でいどで、被害の内容からしてたいした罪には当たらないし、所有者登録した荷物の無理やりな解除手続きは、未遂でしかないとの事。

 明確な罪となるのは、亡くなった五人の荷物を遺族に返さずに売り払ってしまった事……も、実はそれほど罪にはならない。

 亡くなった仲間の装備を売り払う事は冒険者の中では良くある事だし、形見分けと言う物があるので、犯罪と言われれば首を傾けざるを得ないところ。

 ケリーとランドは、私とレティに遺族に返すと嘘を言った事で、程度の低い詐欺罪に取得物隠避に問われる程度。

 形見分けであるなら、当然私やレティにも権利があるものを、嘘を言って二人占めにした事に対してのね。

 後は出入り禁止の夜間に、無理やり防壁を抜け出そうとした罪だけ。


 だから今回の騒動の切っ掛けとなったディックの件は、魔導具がなければ、生きて戻るには仕方のない事と判断された。

 『脱出の宝珠の首飾り』ダンジョンでしか手に入らないレアな魔導具なため、高価すぎて、どうしても使うべき物だったとは当たらず、使うか使わないかは所有者の良識の判断で行う物でしかないと。

 なので最終的にケリーとランドの罪は、カイルの坊やを追い出した時に得た共有財産と、亡くなった五人の冒険者の所有物の売却金を、同じパーティーの仲間である私とレティに嘘をついて、二人占めにした事。

 夜間は出入り禁止の街の防壁を無理やり抜け出ようとした事と、その際に警備に当たっていた衛兵に抵抗して負傷を負わせた事に対してだけ。


 私が、酒場で大袈裟に言わなければ、たいした罪に問えないで終わっていたとも言うかも。

 ケリーもランドも、五人の死に責任を感じていたからこそ、彼処まで狼狽し罪に感じて夜に街を抜け出そうとすると言う暴挙に出たのだと思う。

 その事で、ギルド長から、長いお説教を受けたわ。

 あんな長いお説教を受けるのなんて、子供の頃以来かも。


 ただ、パーティーは事実上解散。

 ケリーとランドの取得物隠避による詐欺罪は軽い過料程度の罪なのだけど、禁止されている夜間の街への出入りをしようとした事と、衛兵と騒ぎを起こした事に対して、過料と賠償請求に加え実刑が下されてしまった。

 二人の装備と財産は、上級神官による記憶探査のお布施代と、ギルドへの迷惑料、罪に対する過料と、抵抗した際に衛兵達に負わせた怪我の慰謝料と賠償のため、没収及び売却されてしまった。

 高位のパーティーランクによる犯罪という事で、見せしめの意味もあって、迷惑料と過料はかなりの高額となり、二人の財産では足りず、パーティーの共有財産からも持って行かれてしまった。

 それが、一応は被害者枠で罪に問われなかった、私とレティに対する遠回しな罰則だと、後からギルドの職員からこっそりと教えてもらったわ。

 パーティーを組む以上、仲間が不正を行ったり犯罪を犯してしまわないか監視しするのも、冒険者ギルドに所属する者の責務だとね。


「三分の一が戻って来ただけ幸運と思いましょ」

「現金やそのままお金代わりになりそうな物は、全部持って行かれたわ」

「冒険者を続けるなら、現金以外の必要になりそうな物を残してくれたとも言えるわね」

「現金化するのが面倒だからじゃないかなぁ」


 実際はその通りなのだろうけど、ちゃんと残すべき物は残してくれているのだから、そう言うものではないわよ。

 すっかりと減ったパーティーの共有財産に溜息を吐きたくはなるけど、元々あった総額を四人で割ったら、其れほど大きくは減ってはいない。

 それに背負わなくても良い余分な罪を背負って、財産を没収された上に二年間の鉱山送りになったケリーとランドを思えば、文句は言えないかな。

 本当に、不幸と気持ちのスレ違いと、ちょっとした嫉妬が引き起こした結果にしては、あまりにも犠牲が多かったけど、此れで済んで良かったと思うべきなのかも。

 どちらにしろ、罪としては大した事ではなくても、とても一緒に旅を続けられるような事ではない事を、あの二人は私達や坊やにしたのだからね。

 お互いに信頼できなければ、パーティーなんて何時迄も続きはしないもの。


「ねぇ、アンナ姐さんは、これからどうするの?

 子供の為に、お金稼がないといけないんでしょ」


 もともと私が夫も子供もいるのに、三十過ぎても冒険者をやっているのは、子供の病気の治療費を稼ぐため。

 神様に戴いた天啓スキルのおかげで治癒魔法を使えるため、教会で働く手も無い訳では無かったけど、教会での仕事は稼ぎの殆ど取られてしまうし、闇医者は色々と危険が多く犯罪に巻き込まれやすい。

 冒険者は、確かに危険ではあるけど、下手なパーティーと組まない限り治癒術師(ヒーラー)は大切にされる上、お金もそこそこ稼げる。

 死ぬ可能性が跳ね上がる、Aランクの依頼を受けるようなパーティーに所属しないようにしていれば、そうそう死ぬ事はないと判断したからこそ。

 でもね、もうその冒険者を続ける意味が、あまりないのよ。


「はあ……、レティ、二年前に元気なあの子の姿を見たでしょ。

 あの時に無理を言って顔を見せに行ったのは、病気が治ったと言う知らせを聞いていたからなの」

「えっ、じゃあなんで今まで?」


 そう言う疑問の言葉が出てくるような子だから心配なのよ。

 少し抜けた所のあるこの子を、ちゃんと面倒が見れる人の所に引き渡しておかないと。

 それが、私の最後の冒険者としての務めになるかな。


「夫婦のお金の殆どは、あの子の治療費に使ってしまって、残っていなかったの。

 其れだと色々と拙いでしょ。これからの人生を事を考えるとね」

「…ぁ」


 ただ、まぁそれでも、此処二年でそれなりに貯まった。

 使い古しているとはいえ、装備を売れば、ちょっとした財産にはなる。

 後は頭を下げて、教会で通いで働かせて戴ければ、普通に生活して行く分にはやっていけるはず。


「だから、寄り道をしながら帰るつもりよ。

 愛する夫と子供の所へね。

 レティは、聞くまでもなく決まっているわよね」

「な、なにがよ」


 顔を赤くして強がっても、少しも説得力がない。

 あの二人によって、荷物を持ち逃げをしてパーティー抜けた嘘の話を囁かれ続けたにも拘らず、二年間変わらずにあの坊やを信じておいて、よくそんな事が言えるものだわ。

 その素直でないけど真っ直ぐな所は、ある意味尊敬できるし、レティの可愛い所でもあるからけど。


「あらっ、放っておくの?

 何時も無理ばっかししている、カイル君を。

 年上のお姉さんとして、きちんと見守ってあげないのかな?」

「そ、そうね。

 この際だから、あの情けないカイルを、キチンと鍛えてあげるのも悪くないわよね」

「私もね。カイル君の面倒はともかくとして。

 誤解されたままは、少し嫌だと思って。

 ほらっ、私達、あの二人のせいで、カイル君を追い出した側にされている訳でしょ」

「そう言えばそうね。

 あの馬鹿っ、幾ら追い出されたからって、人に挨拶の一つもせず消えるだなんて、やっぱり一発殴ってやらないと気が済まないわ。

 アンナ姐さん。あの馬鹿を見つけ出すのを手伝って」


 少し、調子が戻って来たようね。

 基本的に良い子なんだけど、こんな性格の子だから、一人にするのが少し心配なのよね。

 それに、ちょっと年齢の割りに童顔で、ついでに坊やの好みと真逆の体型ではあるけど、間違いなく美人で可愛い子だから、別の意味でも一人にするのも心配。

 この子を小さい頃から面倒を見てくれていた師が亡くなって、天涯孤独の身だと聞いているから、キチンと保護者(ぼうや)の所に届けてあげないと。








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