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08.新たな修行場とレンの武器。






「はぁ…吃驚した。

 あんな物のが、あんな値段が付くんだ」


 付き合いのある商会の視点から出てきた俺とレンだけど、レンはともかく俺としては不満が大きな取引だった。

 別に、例のごとく身分照明やレンの存在で問題が起きたと言う訳ではない。

 それこそ、家を出てから、何度か付き合いのある商会だからな、身分証明など今更だ。


「レン、言っとくが、俺としては不満な内容だぞ」

「えっ、あんな信じられない金額なのにっ!? 

 師匠、強欲っ!」

「言ってろ。

 あと不満なのは値段の事じゃない。

 いやそれもそうなんだが、世の中、高く売れれば良いと言うものじゃないんだ」


 緊急を灯でもって知らせる道具の売り込みは、はっきり言って破格な条件。

 見本を含めた図面と製法の買取で、金貨二枚(にせんまん)に加え、商品が売れた純利益の五分が、半年毎に俺のギルドの口座に振り込まれる。

 これで、不満を口にするんだから、レンが俺を業突く張り呼ばわりするのも、ある意味当然だろう。

 だが、さっき俺が言ったように、高く売れれば良いと言うものじゃない。

 俺の見立てだと、図面と製法の買取で小金貨一枚(ひゃくまん)の値段が付けば良い方で、半分でも仕方ないと思っていたからな。

 だが実際は、俺の見込みの二十倍の値段を持ち掛けられた。

 初期投資の値段と言うのは、売買価格に転嫁されるもの。

 つまり、その価格差以上の金額を上乗せしても、確実に売れる相手に売りつけると言う事だ。

 そして当然ながら、金のない人間はそんな値段の道具は買えない

 まず、冒険者ギルドの受付程度のために、導入出来るような値段ではないだろう。

 売りつけ先は、間違いなく国や高位の貴族。

 守秘義務や、今までは許されていた俺個人が売る事を禁じる契約内容だった事を鑑みれば、その事は少し考えれば分かる。

 国や高位の貴族達にとって、非常事態の対応手段などは、出来る限り知られていない方が良いからな。

 そう言う事を説明してやると。


「ぇ~…と、つまり、一部の人だけが使える物になっちゃったと言う事?」

「ああ、そのとおりだ。

 俺としては、それが一番の不満だ」


 俺の先程の説明に、真っ先にその答えを出したレンの頭を撫でてやる。

 優しい子だ。

 お金どうこうではなく、その事に気が付く心根が、何より嬉しく思う。

 どうにも、冒険者にしろ、商人にしろ、この手の仕事をやっていると、真っ先に金を儲ける事を第一に考える事が多くなるからな。

 金を稼ぐのは大切だし、儲けれる時は儲けるべきだとは思うが、それが全てと言うのは凄く疲れる。

 少なくとも俺にとってはな。


「でも師匠、不満なのにサインしたんだよね?」

「まあな、あそこで意地を張っても碌な事にならん」


 作った本人が言うのもなんだが、仕組みそのものは簡単なものだ。

 見本が無くとも、どういう物かを言えば、魔導具師であれば、比較的簡単に作れるような代物。

 相手が国や高位貴族を売りつける事を目的にしているのなら、俺が幾ら拒もうと結果は一緒だ。

 有事の際の連絡手段や、その対応の仕方などと言うものは、余所と違う事をやっていればいる程、他人には知られたくないものだからな

 寧ろ、あまり知られていない事で、高く売れる物の価値を下げる人間として……、もしくは、国や高位の貴族側が独自に口封じにと言う可能性が出てきてしまう。

 逆に言うなら、あの契約魔術が施された契約書や、高額金額によって取引した事実が俺やレンを守る物になる。

 契約書で縛られ、本人達が満足するだけの金を与えてあるのなら、危険を冒す必要はないと。


「……そ、其処まで考えないといけないんだ」

「唯の考え過ぎと言う方が多いがな。

 だからと言って、気が付いたら手遅れになっていた、なんて事態には陥りたくはないだろ?」

「うん、たしかに」

「それにな。秘密って言うのは、大半は漏れてゆくもんなんだよ。

 ああ言う契約をした以上は、確かにごく一部の人間しか使われないかもしれないが、そんな物は最初だけで次第に広まり、十年や二十年経ったら、当り前の物になる可能性もある。

 その頃には、ギルドの受付とかでも、導入できるような値段に下がっているものさ」

「良いの? あの胸の大きなお姉さんの為に考えた物じゃないの?」

「切っ掛けではあるが、別にあの受付嬢の為に考えた物じゃないぞ」


 いったい、どれだけ俺が女好きの巨乳好きと思われているのか。

 嫌いではないが、其処までではないぞ。普通だ普通。

 内心深い溜息を吐きながら、軽くレンの頭を小突いてやる。


「にはは」


 だと言うのに笑いやって。

 軽くとは言え、小突かれて何が嬉しいのか。

 まったく、女は分からん。例え子供でもな。

 何方にしろ、ギルドとかに売り込む予定は変わっちまったが、元々思い付きで出来た予定だからな、本来の予定に戻るだけだ。


「何時までも笑ってないで、幾つか店を回るぞ」

「ん」

「返事は『はい』だ」


 はぁ、なんか、一気に歳を取ったような気がする。




 =========================




 ごりごりごり。


 レンが、薄っすらと額に汗をにじませながら、硬い根を押し潰す薬研(やげん)の音が部屋に響く中。

 レンがある程度の下処理を終えないと、その後の工程が出来ないが、手伝う気はない。

 子供だろうが何ろうが、レンに与えた仕事である以上、キッチリ仕事はして貰う。

 もうレンが弟子になって数か月が経ち、基本的な薬草の下処理の仕方も、少しはコツが掴んだ様だし、あまり口出す必要もなくなって来たと言うのもあるがな。


「レン、そろそろ暑くなる季節だ。

 暑いだろうが、額に布を巻いておけ。

 薬研の中に汗が垂れたら、無駄になる」

「……ん?

 汗ぐらい別に良いじゃん」

「魔法薬の中には、汗の一滴、血の一滴が影響を受ける魔法薬があるんだよ。

 あとな、想像してみろ。レンみたいな可愛い娘の汗なら喜ぶ変態もいるが、何処かの脂ぎった親父の汗が入った薬とか、口にしたいと思うか?」

「どっちも嫌だよっ! なにそれっ! 変態じゃないっ!」


 鳥肌が立ったのか、大袈裟に身体を自分で抱きしめて叫ぶレンの様子に、少し例えが極端すぎたかと思いつつも、教訓に対する例え話なんてそんなものだ。

 そして最悪な事に、何方もあり得る事でもあるから性質(たち)が悪い。


「俺もどっちも嫌だな。

 とにかく俺が言いたいのは、そう言う癖をつけて、薬品に余分な物を混ぜない様に気をつける事を心掛けろと言う事だ。

 もしそれが、人の口に入る物なら、尚更の事、気をつける必要がある。

 そう言う事だから、素直に言う事を聞け。

 あと、返事は『はい』だ」

「ん、確かに。 あと、はい」


 少し反応に困る返事ではあるが、それでも素直に自分の荷物か、髪を纏める事も出来る大き目のハンカチを取り出して、髪毎布で頭を覆うように纏め、布からハミ出た髪の毛を丁寧に布の中に押し込む事で、汗でなく髪の毛も薬研の中に落ちない様にしている姿に、地頭は悪くないんだと再認識する。

 一つの注意でもって、それに付随する事まで自分で気が付く訳だからな。

 実際、身内で食べるものとかなら、多少の事は仕方ないが、商品や人にあげる物を前提とするのならば、その辺りは気をつけないといけない。


 ……そう言えば、昔、学園に通っていた頃に、知り合いの女の子に貰った手作りのビスケットに、髪の毛やら血やらが練り込まれていて、【鑑定】スキルの練習の癖で鑑定していなかったら、危うく口にする所だったな。

 後で聞いたら、【テイマー】スキルで、テイムするための補助用薬物が混ざり込んでいたかもって謝罪されたけど、今でも思い出すとゾッとする出来事だったな、あれは……。

 さてと、嫌な記憶に浸ってていても仕方ないから、再び手元に注意を戻す。

 レンに売り物にする仕事を押し付けてはいるが、かと言って俺自身が遊んでいると言う訳では無く、遣りたい事があるから、修行を兼ねてやらせているに過ぎない。

 目の前にあるのは、こんなものだ。

 

 水沼八眼大蜘蛛の糸。

 ムゴの樹の樹液。

 マグナ土大蛙の足の筋。

 魔石。

 薬剤多数。


 殆どがターナの森で得たものだが、中にはこの街で購入したものもある。

 まずは、魔石を液状化させ、マグナ土大蛙の足の筋を包んだ物を芯材に、水沼八眼大蜘蛛の糸を縒った物を編み込み。

 ムゴの樹の樹液と墨の粉末、薬剤を混合液に浸けては、乾燥させるを数度繰り返し。

 耐久性と強度を上げる魔法を付加させれば、取り敢えずは『ムゴの魔紐』の完成。

 ただ、水沼八眼大蜘蛛の糸を縒って編み込むのが手間でな。

 糸と手に均等に魔力を薄く流してコーティングしながら作業をしないと、直ぐに引っ付いて駄目になっちまう。

 材料を手に入れるのも大変だが、手間が掛かる割には、それほどたいした物が作れる訳がないから、作る人間は殆どいないんじゃないかと思うぐらいの物。

 『ムゴの魔紐』は、単に伸び縮みする紐でしかないからな。

 おまけに水沼八眼大蜘蛛の糸は、どんなに長くても小さな子供の背丈ほど

 丈夫で頑丈ではあるものの、幾ら縒ろうとも、紐の性質上足して縒る事が出来ないから、それほど長い紐が作れない欠点がある。

 実際、作れたのも、俺の足のぐらいの長さしかない短い紐が数本だ。


 ぐいっ、びゅんっ!

「おし、良い感じだ」


 手で引っ張り、紐を伸ばしたところで、魔力を一気に流すと、瞬時に伸びた分が、空気を切り裂きながら元の長さに戻る。

 丁寧に時間を掛けて作った分、我ながら良い出来だと思う。

 以前に試しに作った時は、まだ未熟な上にスキルも足りず、今のに比べれば、ゆっくりとしか戻らなかったからな。

 おまけに、以前のパーティー仲間のレティに、髪を止めるのに丁度良いと、持って行かれたし。しかも無料(ただ)で。

 おまけに、そのまま使おうとするから、髪が痛むからと止めたんだよな。

 仕方ないから、髪が痛まないように飾り布で包んで作って渡したら、使った布のセンスが悪いと文句を言われる始末。

 ついでだと言って、アンナ姐さん分も含めて幾つも作らされたしと、踏んだり蹴ったりだった。

 まぁ、その後、飯を三食分驕ってくれたから良いけどな。

 あくまで興味本位と練習用の物で、金になる予定もなく試しに作った失敗品が飯三食分に化けたんだ。

 そう思えば、悪くはなかったとも言える。

 

「師匠、出来た」


 そうこうしている内にレンの方も作業が終えた様で、教えたとおりに使った多道具を洗浄し拭き終えて、次の作業の準備に取り掛かれるようにしてから声を掛けて来た。

 きっと、声を掛けるタイミングを待っていたんだろうと思いつつ、俺の方もキリが良かったため、一度自分の作業の道具を片付けて、本来の靴の中敷きの作業に戻る事にする。


「おう、じゃあやり方を説明するぞ。

 次回に作る時は、半分手伝ってもらうからな」

「うん、ぁ、はい」

「多分、次は一年後だけどな」

「無理っ!」

「頑張って覚えておけよ」


 実際はレシピのメモがあるが、工程の意味合いや流れは覚える必要があるし、作業手順その物は、他にも使える物が多い。

 細かい所はともかく、覚えておいて損はない。

 と言う訳で、頑張れ~~~~。




 =========================




「うぅ……、さようなら、温かいベットさん」

「やる事はやったから、まだ街に残るとなると、只管に勉強と修行になるが」

「さぁ、師匠、早く出発しましょう」


 勉強と聞いて態度を引っ繰り返す辺り現金な奴だと思いつつ、また野宿が続くと思えば、まぁ気持ちは分からないまでもない。

 テントの中だと寝返りも打つにも、少し痛いし荷物が置いてあって狭いからな。

 まだ、レンが昔住んでいた干し草のベットの方が広いし、ふわふわで寝心地良いと言える。

 おまけに、五日から十日と言っておいて、四日で出立だから、気分的には尚更だろう。

 だがまぁ、こういう生活にも慣れてもらうしかない。

 俺からしたら、少しでも早くレンに成長して貰って、本来に近い生活に戻りたいと言うのもある。

 まぁ、無理をさせる気はないが、甘やかす気もないと言うだけの事だ。


「次はデルマールの街だとか言っていたけど。

 ……やっぱり?」

「当然、街道東に広がる【ランド大森林】の比較的浅い領域に潜る」

「はぁ……」


 勉強漬けよりはマシだけど、気分が重いと言った所か。

 レン自身、歩く事や採取が嫌いと言う訳では無く、体力づくりの鍛錬が気が重いようだ。

 だがまぁ、今が一番辛い時だからな。

 栄養不足と虐待で瘦せ衰えていた身体が、治療と真面な食事で、本来の身体を取り戻しつつある時で身体が辛いのに、鍛錬で猶更に負担を掛けている状態。


「まぁそんな腐るな。

 今回潜るのは、半分以上レンの為の様なものだ」


 レンと出会って四か月。

 此れからレンの身体が、ドンドンと作り変えられてくる時期だ。

 今は辛さの方が目立つ鍛錬も、本人には自覚がなくても、実際には筋力と体力が少しずつ付き始めて来ており、楽になって来ているはず。

 そんな時に、ランド大森林の浅い領域に潜るために必要な、Eランクに上がれた事の意味は大きい。

 稼ぎを減らしてでも、無理にレンのランクを上げた価値があるとさえ思っている程だ。

 収支と言う意味ではなく、レンのためにと言う意味でな。




 =========================




「よし、この辺りだったな」


 街道を二日半を歩いたところで、記憶にある三つの山の位置と地図を見比べてから、街道を外れて、森の中へと足を踏み込む。


「此処の森は、オークとかは滅多に見掛けないから安心して良いぞ」


 俺の言葉に、少し安堵の息を吐くレン。

 オークはFランクの魔物ではあるが、普通の人間には単体でも十分に脅威だし、奴等は基本的に群れる。

 どの生き物でもそうだが、群れを作られると一気に危険度が跳ね上がるし、そもそもオークは女性の天敵だ。

 野生の猪だろうが、牛だろうが、雌となれば見境がない。

 人間やエルフ、そして亜人なども含めて、優性遺伝子で交配が可能と来ているから性質(たち)が悪い。

 冒険者はオークを見つけたら殲滅、もしくはギルドに報告する事が義務付けられている程だ。

 ただ、そんなオークも肉は非常に美味いため、其れなりに強いにも拘らず非補食側に近い生物。


「頭の悪いオークなんぞ、絶好の餌だと思うような魔物がいる森だからな」

「ひっ!」


 安堵の息を吐いていたはずなのに、次の瞬間には小さく悲鳴を上げて顔を青くするレンに、忙しい奴だなぁと色々な意味で感心する。

 冒険者として登録した以上、ある程度魔物と戦う羽目になる事は当然だろうに。

 最初からそう言ってきたし、今までも何度か魔物と遭遇して戦ってきた。

 まぁ、戦ったのは俺一人で、レンには魔法や魔導具を使って隠れて貰ってはいたが、それでも何度か戦う光景を見せてきてはいる。

 今から向かう場所は、そのオークすら近づかない場所だ。


「そいつは潜むのが得意な奴でな、気が付いたら捕まっている事が多い。

 一度そいつに捕まれば、オークの力でも抜け出せん。

 締め付けて獲物を無力化したら、何本も触手を突き刺して、生きたまま時間を掛けて体液を吸い出して行く。

 あのオークがカラカラになって、最後は砕け散るくらいにまで徹底的にな」


 ガクガクと震えているレンを少し脅し過ぎたかと思わないでもないが、本当の事だから仕方がない。

 危険性を正しく伝え、油断なく対応して貰わないといけない。

 何故って、決まっている。

 そいつを狩るのが、森に入る目的だからな。

 しかもレンの手で。


「む、む、む、むっ、無理っ!」

「だろうな。今のレンなら、逆に美味しくい戴かれるだけだしな」


 はいはい、逃げるな逃げるな。

 大丈夫だから俺を信じろ。

 別にレンを囮や餌にしようだなんて、欠片も考えてないぞ。

 腰の引けたレンを襟首を掴んで歩かせながら、ちゃんと作戦があるとレンを宥める。

 駄目そうなら引き返して、地味で時間が掛かるが、もう少し真面な方法を取ると言ってな。

 ……恐怖に対する対価が欲しいと。

 お前なぁ、いったい誰の為と思っているんだと怒鳴りたくなったが、グッと我慢。

 レンとてそんな事は分かってはいるはず。

 それでも、いきなり魔物の相手をしろと言われた恐怖の前に、踏ん張るための口実が少しでも欲しいのだと気が付く。

 ほんの少しで良いから、背中を押す多恵の理由が欲しい。

 レンが俺の奴隷になってでも、助けて欲しいと思った時の様に。


「俺の手作りで良ければな」


 かと言って、一々甘やかす訳にはいかないから、この程度の譲歩が妥当だろう。

 レンもその辺りは分かっていたようで……。


「ちぇっケチ。でもまぁ無いより良いか」


 実に可愛くない返事を返してくる。……まぁ良いけどな。

 理由はどうあれ、レンは俺の言葉を信じて、自分で足を前に進める事を選んだんだ。

 生意気だろうが何だろうが、その事自体はレンの成長であり意思。

 その事は喜べこそすれ、怒る事じゃない。……たぶんな。

 絞まらなくて悪いが、其処は俺だって世間一般では若造だし、誰かの面倒を見る事なんて、そうはない。

 面倒を見ると言えば、彼奴はなんとかやっているだろか?

 脳裏に図体だけは俺よりも遥かにデカくてゴツイくせに、臆病な精霊の事を思い出す。

 前のパーティーを追い出されてしばらくして、妙な成り行きで、ほんの数日だけ面倒を見てやった奴だが、元気でいるだろうかと、ふと思ってしまう。

 一度、レンを連れて訊ねてみるのも良いかもな。

 どうせ彼奴はアソコから動けない身だ。

 生きているなら、行けばすぐに分かるし、そうなら確実に会えるからな。




 =========================




「こんな崖が目的地なの?」

「ああ、こんな崖が目的地だ」


 街道から外れて森に入って三日、ようやく目的地の一つに辿り着く。

 岩山にある崖の途中にある自然の山道で、少しばかし視界が広がった場所。

 崖を境に眼下に広がる大森林にレンがかなり不安な顔をしているが、まぁこれは運が悪かったと言うか、此処に来るまでに、ちょっとした不幸があってな。

 森に入って早々に、オーク三匹に遭遇したのが理由だ。


『オークはいないって言ったじゃんっ!』


 そう思い込んでいただけにレンは怒ってきたが、俺は一言もいないとは言ってはいないぞ。

 滅多に見掛けないと言っただけでな。

 それでも悪いと思って、近づいてくる前に倒したと言うのに、俺の師匠としての信頼度が何故か暴落。

 実に理不尽だと思うが、今のレンからしたら、オークは恐怖でしかないからな。

 幸いそれ以降は、たいした魔物と遭遇する事はなかったが、疑心暗鬼に捕らわれたレンを何とか宥め賺しながら此処まで連れて来た次第って訳だ。

 道中、鍛錬の段階(レベル)を一つ上げたのも、それだけ恐ろしい場所なのだと思わせたみたいで拙かったようだ。

 まったく、困ったものだ。……お互いにな。


「死ぬから、くれぐれも落ちるなよ」

「落ちないよっ。

 と言うか、此れくらいの崖なら、飛び降りれるでしょ」


 足下元の崖は高さは十メートルあるかないかの高さだが、鋭く切り立っている訳では無く傾斜があり、落ちても打ち所が悪ければともかく、大抵は転がり落ちても怪我くらいで済むだろうし、巧く駆け落ちれば無傷で済む程度のもの。

 ただ、逆に上るのはロープなどを使わねば、難しいと言わざるを得ない崖。

 俺なら魔法を使えば何とかなるが、少なくともレンには這い蹲ろうとも崖を登る事は無理だ。


「そいう意味じゃなくて、前に言った性質(たち)の悪い魔物が彷徨いているんだよ」

「うげっ!」


 そうで無くても一見、咽かな光景に見える森でも、動物や魔物が多く住んでおり危険だ。

 眼下に広がる森みたいに、森が深くて魔素の濃い場所は、魔物の生息地になりやすい。

 【探知】と【気配探知】と【魔力感知】と【鑑定】を【同調】スキルで連動させ、更には【鷹の目】スキルに上乗せした、光景には様々な反応が可視化され、辺り一帯に広がる木々一帯に、とある魔物が密集している事がよく分かり、以前に通りかかった時と何ら変わっていない事に目的が果たせそうだと安心する。


「此処で暫く野営をするぞ。

 崖と反対側の岩崖に、浅い洞穴があるはずだ。

 何時もどおり虫除けを撒いてから、テントの準備をしておけ。

 俺は念の為、周囲に強めの魔物除けを施しておくから、任せたぞ」

「は~い」

「返事を伸ばすな」

「はい」


 小さく溜息を吐いてから、洞穴周辺の地面に【魔法陣】のスキルで、認識障害の効果を持つ魔法陣を描き固定し、其処へ更に【隠身】スキルを【魔力付与】で効果を重ねてやる。

 此処に何かある事を知っている(・・・・・・・・・)俺とレンには効かないが、知らなければこの辺り一帯が気にならないし、俺達が野営している事に気が付かないで通り過ぎるだけでなく、なんとなく此処に近づくのを避けてしまうような効果だ。

 此れを四方に描く事で、更に効果の上乗せをする。

 いつもなら此処迄はしないが、今回は少し長居する予定だからな、しっかりと魔力を込めて地面に描く。

 地面に直接刻む事なく魔力のみでの付加だから、数日ごとに魔力を補充してやる必要はあるが、痕跡を残す魔法陣は、後々厄介事を引き寄せる事があるので、面倒でも其処は仕方がない。

 作業を終えて洞穴の所に足を向ければ、既にテントを張り終えたのか、洞穴入口をレンに渡してあった魔除けと認識障害を施した幕で塞いでいる所。


「あっ、おかえりなさい」

「ほれっ、無理するな」


 洞穴の入り口の天井まで手がギリギリ届かずに、必死になって背伸びをして、幕を掛けるための金具を打ち込もうとしているレンの手から道具を取り上げ、代わりにやってやる。

 無理をして足元が滑って転んで怪我をされたら堪らん。

 頑張る事は必要だが、明らかに無理な物を無意味にやらせる気はない。

 背が低いのも、洞穴の入り口の天井が高いのも、レンのせいじゃないからな。


「あ、ありがとう」

「幕」

「は、はい」

「これで良し、後は反対側だが……、ところで何時まで其処に挟まっているつもりだ?」


 ぴょんぴょんっと飛び跳ねながらやっているのが危ないから、有無を言わせず道具を取り上げて作業をしたのだが。

 その間、レンは岩崖と俺の身体の間に挟まっている状態。

 とっとと抜け出せばいいのに、何故か固まったかのように挟まったままで、只でさえ初夏で暑いのに、先程迄飛び跳ねていたのに加え、俺と崖に挟まれて暑いのか、顔を赤く逆上せている様子に、抜け出して良いのだぞと教えてやる。


「う、うるさいっ!」


 だと言うのに、何故か今度は怒りで顔を真っ赤にして怒ってくるのだから、実に理不尽だ。

 まったくガキは分からん。

 俺のガキの頃は、アソコまで意味不明じゃなかったぞ。

 まぁ、周りにそう言う奴がいなかったかと問われれば、……いたな。

 しかも、飛び切りなのが身内に二人も。

 方向性は違えど、理不尽と言う意味では、本当にそっくりな弟妹(ふたご)達だったからな。

 それはさておき、俺はまだ顔を赤くして剥れているレンを呼びつけ、荷物の中からある物を取り出す。

 言っておくが、別に御機嫌取り用の甘い物じゃないぞ。


「レン、お前の弓矢だ」

「え? 私の?

 ……えっと、……此れって、弓?」


 レンが首を傾げるのは分かるが、俺が見せたそれは、一般的な弓矢の形状をしていないからな。

 小柄で非力なレンでも扱える得物となると限られてくる訳だが、俺がその中からでも選んだのは弓矢。

 レンが俺が見せた弓矢に首を傾げるのは分かる。

 なにせ、一般的な弓矢の形をしておらず、俗にいう(クロスボウ)

 ただ、この弩は肝心な弓の形をしている部分すらない。

 見た目的には弩から弓を取り外して滑車を取り付けた様な、とても弓らしく見えない弓。


「こんな形だが、一応は弩と言われる種類の弓だ。

 ただ此奴はその中でも特殊でな、滑車と『ムゴの魔紐』が弓本体の代わりになっている。

 此処の取っ手を手前に引き寄せると」


 カチャッ。


 さして力を入れる事なく、一定の所まで弦が伸びて金具に引っ掛かるがそれだけだ。

 多少の抵抗はあるが普通の弓の様に強い力でも戻ろうとする力はなく、俺でなくても非力なレンでも軽く引ける程度のもの。

 弩用の短い矢をセットしても、そのまま弦が解放されても、矢は強く飛び出す事はないだろう。

 但し、そのまま(・・・・)ではだ。

 『ムゴの魔紐』は、魔力を流すと伸びたはずの紐が元のに戻る性質がある。

 特殊な工程を経て、一定以上の魔力を短時間で流し込めば、其れこそ一瞬で元に戻るほど。

 引き金を引く事で、魔力を溜めた魔法石が弦に一気に流れ込み。

 魔力を得た『ムゴの魔紐』は一瞬で元に戻ろうとし、尚且つ滑車の力で更に力を強め。


 シュッ!

 カッ!


 弩から飛び出た矢が、近い事もあって、ほぼ一瞬で狙った木に突き刺さる。

 魔物も仕留められる様にと、普通の狩猟に使われる物よりも大きな矢じりの部分が深く突き刺さり、見えなくなる程に。

 目をパチクリさせて、驚くレンに弩と矢を渡して練習をさせる。

 手にしていながら、未だに弓らしい形状ではない弩に首を傾げているレンの姿に苦笑すが、別にレンの戸惑う姿を見たくて態々これを作った訳ではなく、苦肉の選択でしかなかったって言うのが本当のところだ。

 長年における虐待と栄養不足によって、レンには同年代の子と比べて力がないため、剣や短剣などは向いていない。

 もちろん、まだまだ子供と言えるレンだから、将来的にはともかく現状では接近戦は自殺行為でしかない。

 例えレベルアップの恩恵によって力を得た所で、身体の基本的な能力がベースになるし、エルフの血が流れ、先祖返りしているレンでは、そのレベルアップの恩恵も種族特性的に怪しいと言わざるを得ない。

 そうなると必然的に弓や魔法に頼る事になるのだが、発動まで力の掛かると言われる精霊魔法は、その時間を稼ぐために弓を扱う様になったとされている程。

 なので弓を選んだのは、その基本に則った考えと言うだけの事。

 ただ、レンは先程言ったように、とにかく力がない。

 普通の弓ですら力が足りるか怪しいのに、魔物を相手に通用する弓となれば、とてもレンが真面に引けるような代物ではない。

 そう言う人間向けのための弩でもあるんだが、弩と言うのは意外に嵩張るし、速射性や連射性の無い得物。

 他にも重心も先端に偏っているため、しっかりと固定しないと狙いが逸れやすい。


 その点、『ムゴの魔紐』を使った弓は、筋力の無さ、取り回しの問題を全て解決できる弩と言える。

 ただ、欠点はマシになったとはいえ、やはり弓矢ほどには速射性と連射性が無い事と、矢が普通の弓の物より短いため弩専用の矢となってしまい。普通の弓使いの物と共用出来ない上、材料が少ないくせに普通の矢よりも割高と来ている。

 なにより、こんな特殊な弓を真面に購入していたら、とてもじゃないが簡単に与えられるような金額ではなくなってしまうため、仕方なく材料集めの段階から自分で作ったのだが、此れでレンに合わないとなったら、俺の苦労が水の泡と言う事になるから、出来ればそれは勘弁してもらいたい。


「あれ?……壊れた?」

「違う、魔力が切れただけだ」


 矢が射出されなかったため、首を傾げるのは分かるが、不吉な事を言うのは止めてくれ。

 毎晩コツコツと少しずつとは言え、それを作るのにどれだけ苦労したと思っているんだか。

 レンから弩を受け取り、握りの部分の底に填め込まれている魔法石の交換方法を教えながら。


「この大きさの魔法石を魔力を補充した状態で、おおよそ十五射は行けるはずだが、十二射辺りで見切りをつけて交換しておけ。

 ギリギリまで引き寄せて射ろうとしたら、魔力切れを起こしていて弓を引けませんでしたでは洒落にならん」

「は、はい」

「それと、放った矢は出来るだけ回収しておけ。

 使いまわせる物は使い廻すし、直して使える物は直す。

 そうで無ければ、弓使いなんぞ、矢の代金で何時までも貧乏のままだぞ」

「ゔっ、それは嫌だ」


 矢を作るのに向いた、真っ直ぐで癖のない木は意外に高い。

 当然ながら金属製の鏃は高いし、矢羽根も意外に消耗品だ。

 自分で作るにしても手間暇が掛かるし、鏃ばかりは材料が高い。

 一つ一つはともかく、数がいるからな。


「そう言う訳で、今、練習で使った矢は回収してくるように。

 ほれ、木に深く刺さった奴は此奴で抉り出せ」


 街で購入しておいた、矢の引き抜き用の特殊な形状のナイフをレンに渡して命じる。

 外して遠くに飛んでいったのもだぞぉと言ったら、悲鳴を上げていたが知らん。

 的を外す奴が悪い。

 的を大きく外せば、苦労をすると身体に覚えさせないとな。

 ……木に刺さったのが固いと。頑張れ。

 コラコラっ、変な力の入れ方をするな。

 道具は使い方がある、此奴をこうして、梃子の要領でな。

 ……梃子って何って、まぁそれは後で教えてやるが、こうして引っ掛けて、矢を引っ張りながらナイフの柄を横に押してやれば。


「おぉぉ~」

「後は自分でやれ、何事も数を熟さないと身に付かんぞ」


 矢は弱いながらも一応マーキングの魔法を施してあるから、まぁイザとなったら手伝ってやるか。




〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・


 品 名:ムゴの魔弓

 分 類:弩(弓)

 品 質:B+

 攻撃力:C-(通常矢使用時)

 装備者:レン

 備 考:小型で軽量で取り回しの良さを求めた分だけ威力を犠牲

     にしているが、高品質の『ムゴの魔紐』と滑車が、それ

     らを補っており、一般的な弩程度の威力を保持している。

     魔弓を動作させるための魔法石をカートリッジ状にする

     事で、交換を容易にし、矢の保持機能もあるため、下に

     向けても矢が脱落する事はない。

     とある過保護な賢者が、弟子の為に新たに作り出した武

     器なため、市場価格は存在しないが、使われている素材

     と技術からして、最低でも小金貨五枚(ゴヒャクマン)

     はすると思われる。


 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・






ここまで読んで戴き、ありがとうございます。


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