06.弟子は厳しくしてなんぼ。まぁ頑張れや。
「また世話になりに来る」
「あんまし女の子を泣かすんじゃないよ」
「人聞きが悪い事を言うな」
「おや、そうかい?」
飯宿【華の輪亭】の女将の言葉に頭が痛くなるが、言いたい事は分かる。
今までの様な独り旅じゃないから、弟子のレンに気を使ってやれって事なんだろうが、傍から聞いたら、誤解を受けかねない台詞だ。
取り敢えず、今回は色々とレンの件でお世話になったから、髪や肌の手入れ用の魔法薬を多めに渡しておいた。
それと言うのも、俺とレンは宿を引き払い、ランディッシュの街を出る事にしたからだ。
レンは名残惜しそうにしていたけど、俺のような冒険者兼任の流れの行商人にとって、宿生活など贅沢なもの。
今回はレンのギルドレベルを上げる事と、基礎の基礎教育のために長く留まったが、何時もであれば半月も留まる事はない。
「師匠、次に行くのはハルーラだっけ? 何日ぐらい掛るの?」
「途中小さな町や村があるが、雨に降られなければ、だいたい十日ぐらいか」
「普通なら……なのね」
「察しが良い弟子を持つと、説明が省けて楽だなぁ」
季節は初夏。とはまだ言わないが、春もそろそろ終わりが見えた頃。
薬草や薬木がお生い茂っている季節だし、その後は木々が実り出す。
中には種子や花その物が素材になる物も多いので、正直な話レンの初心者教育に取られたひと月は俺にとっては痛手と言える。
魔物討伐やダンジョンをメインにしないハグレの俺が、曲がりなりにも利益を出しているのは、材料をなるべく自分で調達して加工して売っているからに過ぎない。
魔物やダンジョンでは確かに金になる素材が沢山手に入るが、それ以外の手段で手に入る物もかなりあり。
やり方次第では、そこそこの稼ぎにはなる。
「街道より北にあるターナの森で採取しながらだから、一月半ぐらい潜るぞ」
「……やっぱり」
街での快適な暮らしに少し慣れた後だけに、長期の野宿生活と聞いて、がっくりとしたくなる気持ちは分かるが、其処は俺に買われたのが運の尽きと諦めてもらいたい。
「何処かのスケベ親父か、娼館にでも買われた方が良かったか?
あっちなら、野宿の苦労はないぞ」
「絶対にヤダっ!」
あまりのがっくりぶりの様子を見せるレンに、揶揄い気分の冗談だったのだが、レンは凄い勢いで俺の言葉を拒絶して睨みつけてくる。
振り向いたレンの瞳と表情に浮かんでいたのは、強い言葉とは裏腹に不安な表情に失敗したと、少しばかし後悔と反省をする。
「今のは俺が悪かった。安心しろ、絶対に売ったりはしない。
だいたい、既にレンには結構な金額を投資しているんだ。
レンには弟子として成長して貰って、金を返して貰わねえとな」
レンの頭を軽く手でポンポンと叩いて、安心させてやる。
「その為には、まずは色々覚えないとな」
「うん、頑張って、師匠を食べさせてあげる」
元気に返事をして再び前を歩くレンには、先程の不安そうな面影は欠片もなく、切り替えが出来るのはレンの良い所だ。
良い所なんだけど、……うん、正直、レンの口調に、いまいち違和感を感じる。
いや、見た目通りと言えば見た目通りなんだけど、いきなり女の子らしい口調に直されると、なんとなく調子が狂う。
レンに耳飾りの魔導具を渡した次の日から、いきなり口調を直しだしたのだが、……今迄男の子の口調で通していたレンが、いきなり女の娘の口調で話せる訳もなく。
レンの女の子の口調は、不慣れで違和感だらけだから、何処のど田舎の方言だと言いたくなるほど変に聞こえてしまう。
俺の先程の失言はそれが原因だと言いたいけど、まぁそれこそそれは言い訳なので置いておくとして。
いきなり慣れない事をするもんじゃないぞと、何でいきなり口調を変えたのかと聞いたら。
『女の子の格好で、今までのように喋ったら変だから』
と言う事らしい。
別に女でも言葉遣いの荒い奴なんて幾らでもいるから、それほど気にしなくても良いと言ったのだけど、宿の女将に本人が直す気があるなら見守ってやったらどうだいと言われ、俺としては特段反対する理由はないので、やりたいようにやらす事にしている
ただ、その事に注意がいってしまい、注意力が散漫にならないか心配なだけでな。
=========================
【某視点】
「ふぅ」
目を通し終えた報告書の束を机上に投げ出し、頭を軽く掻いて考えを纏める。
読み終えたのは、ランディッシュの街から送られてきた、ある人物についての細かな素行調査。
大雑把な物は済んではいたが、各地での細かな調査が終り、報告書が送られてきたため、纏めて読み終えるのにそれなりに時間が掛かった。
此れだから彼方此方移動する奴の調査をするのは嫌なのだが、仕事を選り好みできる身分ではないのが恨めしい限りだ。
それはともかくとして、肝心の調査の結果はと言えば、ハッキリ言ってきわめて真面目な人物で、何ら不審なところはない。
何もないならないで怪し事もあるのだが、今の所は自分の勘に引っかかるような事はないし、面談に見せかけた記憶探査の魔法でも不審な点はないとの事。
相手に気取られ無い事を最優先にした簡易な物とは言え、投げかけられた話しの内容を元に浮き上がった記憶には、不審な反応は無かったとの事。
記憶探査としては簡易的な物で、細かな記憶探査は出来ないものの、話しの誘導の仕方次第で、白黒くらいは付けれる魔導具。
非常に高価で、本来であればこの程度の事件に貸し出されるような物ではないのだが、なにやら上の方で動いた用で、どんな意図があるにしろ此方としては、こういう魔道具の貸し出しがされる事は有り難い限りと言える。
容疑者:カイラル
レイモードの街とその周辺の村に病原菌を流布させ、三千人近くの罹患者を出し、その内二百名近くの者の命を奪い、街に対して経済的に大損失を与えた容疑。
動機としては自ら治療方法を伝える事で、自作自演によって街の英雄にならんとしたと言う事らしい……が、どう考えても白だな。
本人は、馬鹿げている低額な報酬に腹を立てたのか、特に騒ぐ事なく街を出ているし、調べたかぎりでは、それほど経済的に困窮している訳では無い。
名声を求めてにしては、当人の経歴からそれらしい行動はなく、寧ろ名声より実を取るタイプだと思われる。
領主が騒ぐから一応は捜査はしたが、とても大それた事をやらかす様な人間には思えないな。
大方、流行り風邪か何かだろうとタカを括って放置していたら、予想外に大事になり、慌てて何か対策を打たんとしようとしたら、その前に余所者に解決されたため、領主としての立場と面子が無くなった腹いせと責任転嫁だろう。
疫病終結に向けて体制が整うまで、領主が碌な対策をしなかった事は、真っ先に調査したからな。
「しっかし、容疑が確定なら処刑にしても構わぬか」
家を出たとは言え、実の息子に対してそう言う事を平気で言ってくる辺り、流石は王家の剣とも言われるバンデット伯爵家は言う事は違うね。
容赦がないと言うか冷酷と言うか。
だが容疑が確定の場合は、捜査資料の写しを全て寄こせと言ってくる辺りは、牽制とも取れる。
それが家の名誉の為なのか、廃嫡した息子の為なのかは知らんがな。
「これが庶民なら生贄とする事も考えるが、……疫病の発生時期と当人の足取り、経済状況、それに思想からして、容疑者としても上げられん。
無関係と分かっているのに領主の腹いせに付き合って、バンデット家に目を付けられるのは割に合わん。
調査結果通り、只の自然発生の疫病として処理だな」
部下に、正式な書類の作成を命じて一息入れる事にする。
……それにしても、LV1でこの経歴に売買実績とは、放逐されたとは言え、流石はバンデット家の血と言うべきか。
スキルに驕る事なく己を磨き続ける有り様は、王家の剣の名を授かる家なだけはある。
そんな輩が浅はかな事をしでかすとは、とても思えんな。
国が学院の選考基準を見直す様に通達したのも分かる話だ。
まぁ此奴にとっては、今更だろうがな。
=========================
「ゼェ……、ハァ……、ゼェ……、ハァ……」
「膝が上がってないぞ。それだと躓いて直ぐ転ぶ。
あと腕も大きく振れ。疲れていても腕の勢いを利用した方が、結果的には早く長く走れる。
と言う訳で、あと1往復っ」
「こ、このあくまぁぁーーっ」
「それだけ叫べる元気があるなら、もう3往復な」
なにやら罵詈雑言が聞こえるが、そろそろ限界か。
野営地近くで、決められた大樹の間を只管往復するレンの姿に、収納の鞄から疲労回復の魔法薬を溶け込ませた作り置きの飲み物を取り出す。
即効性はないものの、ジワジワとゆっくり効いてくる分、身体に負担の無い魔法薬で、軍の鍛錬でも使わている代物。
俺も実家に居た頃は、此奴には散々お世話になった。
欠点は物凄くマズイ事だけど、此れは俺のオリジナルレシピによる改良品で、幾らか飲みやすくしてある。
何とか走り終えて戻ってきたレンに渡してやるのだが。
「ぶほっ!
げほっ……、げほっ……」
苦味が出ない様に処理した事で味は良くなったものの、一気に飲むと何故か咽ると言う欠点があるのが偶に傷なんだよな。
「昨日も注意したが、一気に飲むと咽るぞ」
「ぜぇ……はぁ……、無茶……、言うなっ」
「一気に飲んでも給水にならないし、此奴は直後に呑むのが一番効果あるんだ、いい加減に慣れろ」
乾いた喉を潤すために一気に飲みたい気持ちは分かるが、実際にそれは気がするだけで、少しずつ飲み込んだ方が効果がある。
そう言う意味では、この魔法薬入りの飲み物は利点と言えるかもしれないけど、少し勢いを付けるだけで咽るような飲み物を、普段は飲みたいとは思わないよな。
「あと言葉遣いが戻っているぞ」
「そ……、それこそ……、む…り……」
必死に息を整えているレンがなんとか返事をするが、そりゃそうだよな。
ついこの間まで男言葉使っていた訳だから、余裕がない時は地が出て当然か。
「少ししたら、筋力トレーニングを3セットな」
「……、は……い……」
随分と遠い目をしていたけど、此ればかりは仕方がない。
街を出るまでは、レンに特に鍛錬を施す様な事はしなかったが、それは単にレンの身体が鍛錬に耐えられない状態だったため。
長い年月の間、碌な食事も与えられずに育ってきたレンは、年齢の割に身体も小さく、筋肉もついていない。
寧ろ栄養状態が良くなく衰弱気味だったため、先ずは身体にある程度健康にさせる事を優先させていただけに過ぎない。
本来であれば、三か月か半年はゆっくり休ませながら始めて行くものだが、流石に俺も其処まで時間の余裕はない。
冒険者や商人との付き合いがある以上は、顔を繋いで行かないといけないので、其処は効果的に魔法薬を使って行けば済む話だ。
材料の殆どは、移動しながら採取できるし、【錬金術】【調合】【解析】【医療】【薬師】のスキルの組み合わせで、汎用品ではなく当人に合わせた調合が出来るので、効果は高く副作用は無い物を自作できるからな。
消費する分、儲けが無くなるとも言うが、其処は仕方がない。
弟子の育成のためだと、諦めているさ。
「ふぅ~~~」
大きく息を吐き、あらためて集中する。
レンはレンで基礎トレーニングだが、俺は俺で鍛錬は欠かせない。
剣の基本の動きは一通り終わらせたので、魔法との組み合わせ。
と言っても、魔力の流れと心の中で呪文を唱えるまでで、発動はさせない。
魔力の消費を抑えるためではなく、単に周りを刺激するさせないためだし、土埃などを立てないため。
ターナの森に入ってから、俺とレンは朝起きてレンの勉強をした後に朝食、その後は移動しながら採取と狩り、昼を済ませて数時間立ったところで、適度な所を野営地とし夕食まで鍛錬。
夕食後に採取した薬草の処理をし、魔力循環の鍛錬と言った生活をしている。
流石に野宿なので、風呂には入れないが、魔法で湯を出し顔や身体を拭く事くらいは出来る。
俺一人なら野営なんて魔法と外套で済ませていたが、仮にも女の子であるレンがいるから、念のため小型の天幕を購入した。
布切一枚だが、中で仕切れるので、最低限のプライバシーは確保できる上、魔法で色々加工し、付加を施したから、外套一枚で野宿するよりは、余程疲れは溜まり難いはず。
使ったスキルのレベルが低いから見た目は悪いが、能力だけなら中々の物なんだぞ。
「ねぇ、前から思っていたんだけど、なんで態々焚き台なんて使うの?
その分荷物が重くなるし、手間も掛かるじゃん」
「そろそろ串パンが焼けたぞ。
今日は干し葡萄を混ぜてあるから、甘みを感じるはずだ」
レンの言葉を無視した訳でなく、単にタイミングが悪かっただけ。
焼き上がっただろう串焼きパンを焚き台の上の調理台から取り出し、その前に作ってあった野鳥と香草入りの野菜スープをカップに注いで、レンに手渡してやる。
「火事を起こさないためでもあるし、地面を痛めないためだ。
草を除けたり、刈りとるぐらいならば直ぐに戻るが、地面を直接焚火で焼けば戻るのに時間が掛かる。
俺達は森の恵みを分けて貰って糧にしている以上、その相手を労わるのは当然だろう」
「……師匠って、意外に常識人だよね」
「うるせえ。
あと、その森に生きる者達が居た場合、揉め事を回避するためってのもあるし、もし誰かの追跡を受けていた場合、痕跡を見つけられ難いと言う利点もあるんだ。
だいたい嫌だろ、不始末で寝ていたら火に囲まれていた、なんてドジな最期はさ」
「……そりゃあそんな最期は嫌だけど、森に生きる者達って?」
「色々だ。
有名なのがエルフだが、彼等は高度な文明を持つが、自然を敬い大切にするから、無闇に破壊したり汚す事を嫌う者が多い。
他にも森に生活の糧を求めている村の人間なども、自分達の縄張りを侵される事を嫌う。
だから俺達の様な冒険者は、なるべく彼等の縄張りを侵さず、取り過ぎず、汚さずを心掛けないといけない。
互いに喧嘩をして反目しあっても、碌な事にならん」
以前のパーティーを組んでいた時は、高価な携帯できる魔法の台所を使っていたのだが、アレはパーティーを抜ける時に、リーダーのケリーに取り上げられたからしかたあるまい。
元々、ダンジョン内で壊れて打ち捨てられていたのを、俺が拾って修理したものではあってもパーティーの所有物と言えるし、修理するのに必要な材料もパーティーの予算から出したものだから、パーティーの共有財産と言えるので、それは仕方がない。
修理したのも、管理していたのも、調理担当も俺だってだけでの事だ。
まぁ、ケリーとランドの二人が真面な料理が出来るとは思わないけど、アンナ姐さんが引き継いでくれているだろうから、粗末な扱いはされていないと安心している。
出来る料理の数が少ないレティだと、ヘビーローテーションで心配ではあるけど。
まぁ別れた昔の仲間はともかく、アレは自作しようにも、核となる魔法石が特殊だから、流石に材料が無いとどうしようもない。
「そう言えばエルフって、どんななの?」
「どんななのって言ってもな、俺もそれほど詳しくはないぞ。
本で手に入れた知識と噂、あと何回か話した事がある程度だな」
エルフは長命の種族で、ある年齢までは普通に育ち、一定の歳になると成長と老化が緩やかになってやがて止まり、高齢なって寿命が短くなると初めて老人へとなっていく。
美男美女が多いと言うのも、その辺りが要因だが、実際美形が多いのも確か。
ただ、華奢な外見と筋力が人間よりも劣るからと言って、舐めると痛い目に合う。
精霊魔法と弓が得意と言うのは有名だが、そもそも若い時間が長いと言うのは、戦える期間が長いと言う事。
基本的にエルフと言うのは戦闘民族なのだ。
人間が戦っていられるのは、せいぜい二十年から三十年で、それも衰えを感じながらだ。
だがエルフは、その長い寿命と歳を取らない肉体のおかげで、百年、二百年も鍛錬を続け、様々な経験を持つ者達がザラだ。
だからこそ、まだ未熟な子供や年齢の若い大人エルフは狙われやすい。
巧く育てて味方に付けれれば大きな戦闘力になるし、魔力封じを施した特殊な奴隷の首輪などで能力を封じてしまえば、見目が好く長く若い時を生きるから、愛玩奴隷としてかなりの高額で取引される。
腕の立つ大人を狙えば、返り討ちに遭う事が多いからな。
無論、そんな事を考える人間ばかりではなく、あくまで悪い奴等の一例であり、ごく普通に友好的な交流がされている。
そんな説明をしてやりながら、レンの特性についても話す事にする。
「レンの見た目はおそらく先祖返りで、身体の中まで先祖返りしているかどうかは分からん。
エルフのように長命なのか、見た目だけで中身は人間のままなのか、此ればかりは、そう言うものだと受け入れて生きて行くしかない」
「化け物に変わるとかじゃないなら、別に良い」
「……お前な、エルフを何だと思っているんだ」
もしエルフがこの場に居たら、怒りだしそうな事を言うレンに溜息を付きながら、話しの本題に入る。
「レンの持つ【精霊の祝福】は、エルフ特有の精霊魔法を扱えるスキルだが、強力な魔法ではあるが、厄介な所もある」
「厄介?」
「まずは、精霊との契約が必要な事だとか、他にも使用環境、精霊との相性や対話、様々な事がある。
だが、その辺りは使えるようになってから考えて行けばいい」
「なんだよ、それ。
なんか面倒な事を言うわりに、いい加減なんだな」
「俺は精霊魔法を使えねえからな、知識として知っている事しか教えられん」
不満そうに言うが、此ればかりは仕方がない。
精霊魔法は特殊な魔法と言うのが人間からの認識だし、教えようにも概略しか知らない俺では限界がある。
実際に使いながら、悩んで学んで行くしかない。
一応、精霊に知り合いはいるが、アレは例外なので今は置いておくとして。
「ただ、言えるのは精霊魔法ってのは、総じて魔力食いなんだ。
特に精霊と契約する時は、かなりの魔力を消費すると聞く」
だからこそ、エルフの子供や年齢の若い大人が狙われやすい。
幾ら戦闘民族と言っても、攻撃に適した精霊と契約できるようになるまでは、弓が得意なだけの非力な種族でしかないからだ。
「だから、レンがある程度体力と体術が身に付いたら、レベル上げをして魔力を上げる」
「うん、それはなんとなく想像ついていた。
私がある程度強くならないと、師匠について行けないどころか足手纏いの儘だって」
「その辺りは事実だな」
「ひでぇ」
「嘘を言っても仕方あるまい。
だからと言って見捨てる気はないが、頑張って貰わないと困るのも事実だ。
でないと、その内に飯が食えなくなるようになる」
「それは嫌だから頑張る」
こう言う所が、レンの長所だな。
「ある程度の魔力が得られたら、弱い精霊と契約して貰う」
「ん? 大人にならないと無理なんじゃないのか?」
「生活魔法が使える程度の、ごく弱い精霊なら問題はないはずだ。
それに、レンは純粋のエルフと言う訳では無いから、エルフのように魔力が成長してゆくとは限らないから、少しばかし無茶をする」
「……なんか嫌な予感がするんだけど」
「まぁ、正当な方法ではないな。何せ下手をすると死ぬ」
「ちょっとっ!」
「下手しなきゃ大丈夫だ。目の前に慣れた人間がいる」
能力を増やすには四つあって、その内の一つ目は年齢と共に起きる身体の成長。
これはそれほど多くないが、確実に増えて行く。
だが同時に成長限界もあるし、逆に衰えもある。
二つ目はレベル上げ。
上昇率も高く、天啓スキルに関連する能力は、更に大きく上がってゆく。
魔法使いならば、魔力や魔法力が上がりやすいと言った感じだ。
ただ、最初の内は良いが、レベルが上がって行くと、レベルその物を上げるのが難しくなって行き、結局は頭打ちに陥る事になる。
三つ目は、魔法のアイテムなどによる能力値の上乗せ。
確実に上がるが、魔法の装飾品を身に着けるには限界があるし、外したら元に戻ってしまう。
装着に左右されない、特殊な霊薬類による上昇もあるが、此方は極々僅かな上昇の上、かなりのレアアイテムなため、此れによる能力の情は現実的では無い。
最後の四つ目は、簡単に言えば筋力トレーニングと同じ。
筋肉を酷使すれば筋力の能力値が上昇するが、苦痛レベルの日々の鍛錬が欠かせない。
その上、サボっていたり年齢による能力値の下降も生じる。
ただし、それは筋力の場合であって、魔力に関してはその限りではない。
魔力は肉体に付随する物ではないからだ。
魔力をギリギリまで消費する。それだけで魔力と魔法力が極々僅かに上昇するお手軽な方法がある。
「あれ? それだけで良いの?」
「ああ、それだけで魔力と魔法力は確実に上がる。
毎晩、寝る前に行なえば、それで翌朝には回復しているさ」
「だったら、皆んなやって良そうなものだけど」
「さっきも言ったが、魔力が無くなったら死ぬから、やりたがらないんだ」
「げっ!」
殆どの者はそれをしない理由は簡単。
今、言ったように、魔力が完全に無くなったら死ぬ。
その一歩手前で気絶。もしくは強力な睡魔に襲われる。
おまけに、魔力の残存値が全快値の五パーセントを切らないといけない、と言う厳しい制限がある上、魔力をただ消費するのではなく、魔法を使って消費すると言う制限もある。
だから魔力の低い内は、魔力上昇できる領域と死ぬ領域とが近すぎて、怖くて出来ない。
それを克服すればある程度までは出来るが別の問題が出て来る。
街中に暮らしていない限りは、野営中でも魔物や野生動物などに襲われる可能性がある以上、魔力をほぼ使い切るなんて危険な真似は出来ない。
其れこそ夜中に山賊に襲われて、魔力切れで魔法が使えずに死ぬなんて事があるからな。
魔力が成長すれば成長したで、今度は魔力をほぼ使い切る事が難しくなってゆく。
大きくなった魔力を使いきるのは、攻撃魔法が一番なのだが、周囲の迷惑顧みずに攻撃魔法を、毎晩連発するなんて真似など出来る訳もない。
魔法を使うためには集中力がいる上、一定以上の連続した魔法の使用は、集中力を失い魔法が形にならなくなる可能性も高くなる。
なにより、この方法が魔法を使う者達に流行らない理由が、増加量が極僅かだという事。
死ぬギリギリまで魔力を使い切って、増加するのは僅か0.5パーセント。
魔力が百有っても一も増えない微々たる量で、魔法力に至っては0.3パーセントしか増えない。
しかも魔法は消費する魔力量で、威力を好きに調整できると言えば聞こえは良いけど、要は感覚と言う曖昧な物で、その時の気分と体調で変動しちまう不安定な代物。
おまけに鑑定持ちでもない限り、自分の状態を数値化してみる事など出来ない。
要は、危険に対して割に合わなすぎるのだ。
失敗して支払うのは自分の命だからな。
「大丈夫だ、俺がちゃんと側で視ている。
死なせるような下手はさせない」
LV1の俺は、例え危険でもそれに託すしかなかったし、幸いな事に鑑定持ち為、自分の状態を細かく鑑定しながら行える。
更に【全知全能】によるデメリットである、五倍から十倍もの消費魔力の増加と、複数もの後天型スキルによる合成魔法により、魔力の大量消費も気兼ねなく行えるため、死と隣り合わせのこの鍛錬は、俺に向いていたと言える。
何せ、この方法は魔力と魔法力が増えれば増える程、魔力使用限界値の増幅条件幅が広がるため、死の危険性が少なくなり、安心に魔力を増やせるようになる。
その上、魔法薬や魔導具の作成や処理で魔法を使って行けば、五倍から十倍魔力消費のおかげで魔力消費も出来てお金も稼げると、俺にとって二つも美味しいやり方だったりする。
色々な人達とパーティー組んでいた時は、LV1の俺は魔導士枠ではなく、雑用が出来る後衛の護衛剣士扱いだったと言うのも大きい。
いや後衛の護衛が出来る、雑用枠だったと言えるかな。
一応、回復力の少ない低級魔力回復ポーションも常備していたから、なんとか乗り切れていたと言う点では運も良かった。
そう言う訳で魔力回復ポーションと、側で飲ませる人間がいれば、最悪の事態は避けれるため、ある程度レンには頑張って貰いたい。
「ん、まぁ師匠を信じる。
私に投資したお金を回収するまでは、死なせないだろうし」
「阿呆、手間暇を考えたら、倍以上にして返して貰わんと割に合わん」
「にひひっ、師匠のそう言う所って、信じられるかな」
借金返すまで自由はなく、死ぬギリギリで修業させると言っているのに、何処が信じられると言うのか。
内心溜息を深く吐きながら、こう言う所を矯正しておかないと、自由の身になった後で、変な奴等に騙されないかと心配してしまう。
「言ってろ、何方にしろ、レンがもう少し体力と筋力を付けてからでないと話にならんし、魔力循環も早く一人で出来るようになって貰わんと、危なくてその方法も使えん」
「~♪、~♬~♪」
口笛拭いて誤魔化すなと言いたいが、此ればかりは慣れと当人のやる気次第だから仕方がないか。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
気が向いたらブックマーク、評価など頂けるとありがたいです