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05.レンの初心者講習と、新しい装備。






 別の日、また周りに子供達が勝手について来た状態なので、隣を歩くレンに聞かせるには少し大きめな声で、今日も採取を行いながら冒険者初心者向けの講義を行う。

 だいたい見た感じ十歳くらいから十四歳くらいの子達である事と、身なりからして孤児院育ちの子供達なのだろう。


「普通のスライムはGランクの魔物でも最弱の魔物だから、そこそこ腕に覚えのある子供でも倒せるため、駆け出しの冒険者は勘違いしている奴が多いが、魔物のランクと冒険者のランクと言うのは別だ。

 魔物と同ランクの冒険者が五人以上のパーティーを組んで、なんとか倒す事の出来るランク、と言う考え方が基本だと言う事を覚えておくといい。

 実際は個人の能力で左右するところはあるが、概ねそんな感じだ。

 其れでも狩る必要が出てきた場合は、罠を使うのが最も賢い方法だが、此れも魔物が単独で動いている場合のみだ、それ以外は危険が大きすぎるから諦めておけ。

 死んだら元もこうもないからな、何せ、群れとなった魔物は、鍛えられた冒険者達でも全滅させられる危険が高い程の脅威だ。

 だからこそ集落や群れを作った魔物達を討伐する場合は、ギルドが呼び掛けて複数のパーティーで行う事が多い」


 大事な事なので、レンに復唱させる。

 この街までの道中にオーク三匹を、あっと言う間に倒した俺が言うのもなんだが、アレは身体強化の魔法以外に、兄が贈ってくれた剣があったからこそ、楽に倒せたところがある。

 刀と言う部類の異国の片刃剣らしいが、通常の物より厚みがあり、芯材に魔法銀(ミスリル)が使われているため、魔法の親和性が物凄く高い。

 要は自分の手足のように、魔力を流し込めるため、雷の魔法を込めておけば、オーク程度の魔物なら、ちょっとした傷でも麻痺して動けなくなっただけの事。

 オークはオークで、分厚い脂肪と筋肉で受け止めれると油断して、掠るぐらいと判断したら、簡単に掠らせてくれるしな。


「素材になる草花や石もそうだが、魔物の特徴や弱点などの情報を纏めた本が、冒険者ギルドの資料室にあるから、時間を見つけて読んでおくといい。

 文字が読めない者は、冬までになるべく金を溜めて、冬の間にギルドの職員に文字を習って置くのが賢い選択だ。

 まぁレンは俺が教えるから心配はないが、教えてくれる知り合いがいないような者達は、なるべく人数を集めて申し込んでおくと安くなるから、其処はなるべく仲間に声を掛けて協力し合う方が良いだろう。

 向こうも同じ時間でたった一人を教えるより、三人四人を同時に教えた方が効率が良いし、利益も増えるからな。

 そうやって努力をし文字が読めれば、依頼書も読めるし、契約書の内容が読めずに騙されてサインする羽目にならずに済む。

 と言う訳でレン、月の終わり毎に試験をするから、合格点に達しなかったら、一週間の果実水を含めた甘い物は禁止だ。

 宿が出しても俺が食う。

 逆に合格点に達したら、甘い物を食わせに行ってやるから頑張れ」

「試験って、師匠の鬼っ! 悪魔っ!

 だいたい、弟子の食い物を取り上げるって発想が下衆だぞっ!」

「はっはっはっ、頑張れば良いだけだ」


 他人事だと思っていたところに、いきなり自分の事になったレンは、面白いように反応してくれる。

 可哀そうだとは思うが、甘やかしてやるばかりが、師匠ではないからな。

 頑張りが足りなければ、罰を与えるのは当然だ。

 自分を甘やかせれば、甘い物が取り上げられ。

 甘さを廃して頑張れば、より甘い物が得られる。

 其れだけの話だ。甘い物だけにな。

 こらっ、其処でオッサン臭いとか言うなっ!




「では、買取価格は五千モルトになります」

「今日は昨日よりも四百も高いの?」

「はい、持ち込まれた物は、此方で改めて整理する必要がない綺麗な状態でしたし、レンさんが此処数日持ち込んでいる薬草の仕分けの丁寧さからしても、此方の手間を掛けずに済む分、買取価格を上げても良いと判断した結果です」


 冒険者ギルドの買取受付の職員の言葉に、レンだけでなく、後ろに並んでいる子供達も目を見開いて驚いている。

 採取する量は、俺の指示で毎回同じに調整してあるため、手間でも丁寧に薬草を整理し、キチンと定量毎に束にする事で、買い手側の手間を省く事の効果が出始めた。

 冒険者ギルドは、基本的に素材を安く買い叩いている傾向はあるが、それでもこの辺りの事はしっかりとしている。

 特に低ランクの素材であるほど需要が多いため、あまり買い叩くと誰も売りに来なくなると言う事もあるし、冒険者が育たなくなるので、需要に対する供給を確保する事と、冒険者を育てる意味もあって真面だ。

 まぁだからこそ、冒険者としてのランクが上がって低い価格で買い叩かれるようになっても、若い時に世話になったからと言う気持ちで、そのまま冒険者ギルドに売る者も多いらしい。

 それは兎も角、レンは真面目な仕事をした物を毎回キチンと収める事で、ギルドの信頼を受けたと言う事。

 これが偶にとか、変な物が混ざる時があるとかだと、こうはいかない。


「レン、大切なのは今後も毎回全て同程度か、それ以上の品質で収め続ける事が求められると言う事だ。

 雑な仕事をすれば、直ぐに無条件買取の恩恵を取り消され、次は中々認められないと思っておけ。

 買い手側からしたら、気分次第で雑な仕事をする人間から買った物は、安心して他所に回せないし、そのまま次の客に売ったら信頼を失い、大損をする事になる。

 そうなれば態々金を余分に払ってまで買取する価値はないし、また、雑な仕事をされるかもしれないと思うと、少しばかし真面な仕事が続いたぐらいでは、信用して良いかどうか判断をつけれない。

 こう言う時は、買い手側の気持ちをよく考える事だ」

「た、たしかに」


 後ろに並んでいる子供達の中には、毎回は面倒臭いよなとか話している子達もいるけど、それはそれでありの選択でもある。

 その分の山を駆け回れば良いだけだからな。

 ただ、大抵は駆け回るよりも、キチンと仕分けし整理した方が稼げるだけって事だ。

 駆けまわれば、その分疲労や危険度も上がるし、群生地から繁殖量以上の量を採れば、いずれ取り尽くしてしまい自分達の首を絞める事になる。

 あと大事なのは……。


「わずか四百モルトと思うかもしれんが、十日で、四千モルトも違う事になる。

 月に二十日も採取に行けば八千モルトも違う訳だから、ちょっとした事で二日分に近い稼ぎを余分に得られる訳だから大きいぞ」

「「「「あっ、たしかに」」」」


 今の俺からしたら端金だが、駆け出しの子供達からしたら大きな差だ。

 ギリギリの生活をしている事の多い孤児出身の子供の冒険者からしたら、月に八千モルトは大きいし、その金を冬にまで貯めておけば、収入の少ない冬を楽に過ごしやすくなるし、自分を磨くための資金にもしやすい。

 ギルドも楽ができて、質の高い薬草が安定して供給されれば、街の住民やそれを使う冒険者達が助かる。

 子供の冒険者は最下層ではあるが、その最下層の行っている事が、街や多くの人達を支えている事はあまり知られていないが、知っている者は知っているため、そう言う者達は、それとなく力を貸す事も多い。

 昔、俺がそれで助けられたようにな。




 =========================




「今日は雨かぁ……採取に行けないなぁ」

「雨でもやる事なんぞ、幾らでもあるぞ」


 外での活動が多い冒険者にとって、雨が続くと商売あがったりだ。

 旅の途中であれば、雨が降ろうと関係ないし、雨の日にしか動き回らない魔物や、雨上がりに採れる花の雫など特殊な物もあるが、冒険者全員にそう言った仕事があるかと問われれば、無いとしか言えない。

 大抵の冒険者は、雨の日は部屋の中で装備の手入れをしたり、室内で出来る鍛錬をしたりするが、駆け出しの冒険者達は蓄えが少ないため、街中で出来る仕事を探したり内職をしたりして糊口を凌ぐ。

 俺の場合は採取した物の加工がメインだが、レンの為に保存食の作成などを教えておこうと思っている。

 だが、その前に……。


「午前中はみっちりと勉強をするか」

「げっ!

 い、いや、何時もの薬草の処理とかの方を先にやった方が」


 みっりちと言う言葉に反応したのだろう。

 二時間くらいなら我慢もできるが、半日もとなると嫌気が差してくるのだろうレンが、物凄く嫌な顔をして問題を先送りをしようとするが、そうはいかない。

 疲れていない午前中の方が、知識は覚えやすい。

 せっかくの雨なら、先ずはそう言う事に時間を費やすべきなので、問答無用に勉強をする事にする。


「まぁそう言うな、簡単な幾つかの単語は覚えたんだろ。

 その確認も含めて、ちょっとした事だ」


 レンに文字の勉強で使わせているカード。

 この中から幾つかの札を取り出し、書き取り用に使っている魔法の羊皮紙を取り出し、その上において、その横に数字を書いてやる。

 この魔法の羊皮紙は庶民には少々高いが、魔力を流せば専用の筆で書かれた文字が消えると言う便利な代物。


「レン、此れは何を意味すると思う?」

「リンゴが百モルト」

「そうだ。お店では一々書いてはいないが、板に書いてある店もある。

 庶民相手の店ならば、こんな程度の文字が多い」


 今度は、別のカードを二枚を並べ、其処の横に数字を書く。


「……花、…取る、…5?

 うーん、だから…、花の採取、五本で千五百モルト」

「そうだ、じゃあ、此れならどうなるかな」


 そのままカードを下にし、数字を二種類と、簡単な単語を一つ書いてやると、花の採取5本で千五百モルトと、本数を示す単語は分からなかったみたいだが、直ぐに答えれたと言う事は、見当を付けれたと言う事なのだろう。

 今ぐらいの簡単な文字と数字を使った物は、冒険者ギルドの簡単な依頼募集の紙に書かれているような内容で、此処までは依頼の回数をこなせば、なんとなく読める者も多い。


「今のを、少し丁寧な言葉で書くとこうなる」


 低ランクの依頼ではまず使う事はないが、Dランクくらいから、正式な依頼書などを躱す場合がある。

 例として其処に書かれるような文章の形式で書いてやる。

 レンからしたら、たった今程度の内容で、なんでこんなに文字があると思うだろうが、手紙や書類と言う物はこう言うものだから仕方がない。


「文章には、主語と述語と動詞以外にも接続詞や装飾語など色々あり、その使い方でまた意味が変わってくる。

 この文章もレンの覚えた単語を拾って行けば、だいたい意味は分かるよな?」


 俺の言葉に頷くんだが、此れで難しく書かれていても大丈夫だと思われても困る。

 俺は更にその下に、別の表現で同じ内容を書いて説明した後、

 更にその下に、主要な単語は同じでありながら全く異なる二つの文章を書いてやる。

 文字を碌に知らない奴からしたら、同じような内容に見えると思うが……。


「レン、この文章を見て、似た内容と思ったら駄目だ。

 上のは、花を五本採取してたら、千五百モルト貰えるように見えるかも知れないが、此処にある単語は、半分を示す意味もある。

 つまり花を採って来ても、半額しかもらえない」

「なっ、そんなのありかよ」

「ちなみに下の文章は、逆に花を採ってきたら、千五百モルトをレンが払う内容になっている」

「はぁっ!?」


 極端な例だが、言い回し次第では全く違う意味になってしまうから、単語を幾つか覚えて、文字が読める様になった気でいるのは危険だと言う事を、教えておきたかっただけだ。

 こう言った事があると知っておけば、騙されないために勉強に身が入るだろうしな。


「驚くかもしれんが、こんなのは同じ一文に入っているだけ序の口の方だぞ。

 離れた場所で条件を書いておいて、それを別のところで満たさなければとか書いてある事もあるし、口で説明している事と、書類に書いてある事が別の内容って事もある。

 全てではないが、そう言う悪どい奴が偶にいるから、文字の読めない奴が引っかかって酷い目に遭う。

 そんな目に遭いたくなければ、自衛として簡単な契約書ぐらいは読める様になっておいた方が良いし、隅々まで読む事で契約条項の確認にもなる。

 だいたい其処までやれば覚えちまうから、依頼内容を間違えるなんてドジをする事もない」


 冒険者として生きるには、山奥で生きているより頭を使う事が多い。

 なにせ職業柄、数多くの人達と触れ合う機会が多くなる分、人の良い仮面を被った悪党とも触れある機会も増えると言う事だからだ。

 中には、それをメインにやっている奴等だっているくらいだからな。


「とは言え、今の目標は、このカードの単語を全部覚える事だ」


 俺の言葉にホッと安堵するのは良いけど、このカードって実はいくつも種類が出ていて、子供の習熟度に合わせて足せる様になっているんだが、ある意味本人に気付かれない様に増やすのが、保護者の腕の見せ所と言える。

 まぁ、流石にカード束が倍の厚さになる前には気がつくとは思うが、気が付かなかったら逆の意味で心配になるな。

 とにかく、契約書まで読める様になるまでは、それなりに時間が掛かるだろうが、ギルドの依頼書や、俺が書いたメモぐらいは読める様にはなって貰わないと困る。


 と言う訳で、前置きはこんなところにしておいて、本題に移るとするか。

 アイテムボックスから包みを取り出して、それを俺とレンの前に広げると、其処には一口サイズの小さなクッキーの山が甘い香りをまだ放っていおり、レンの目は釘付けになる。

 一口サイズなのは、単に質より量ではなく、ちょっとお高い良いクッキーだったりするためで、俺は先程のカードの束を手にして其処から、レンの前に文字の方を上にしてカードを一枚取り出しレンに向ける。


「なにを意味する?」

「木」


 合っていたので、クッキーをレン側に一枚置くが、まだ手を付けるなと注意をしておく。

 そして今度は、カードを五枚抜き取り目の前に並べ、文字の意味を答えさせる。


「山、…畑、川、……兵士、店」

「山、畑、川、冒険者、店だ」


 五つ中、四つ合っていたので、クッキーを四枚つと言いたいが、間違いが合ったので、レン側に四枚のクッキーを足してから、三枚のクッキーを抜き取る。

 こらこら、文句を言わない。

 合っていたら貰えるが、間違っていたらペナルティーは必要だから、目の前で敢えて抜き取っているだけだ。

 クッキーを増やしたかったら、間違えなければ良いだけの事だ。


「ゔぅ〜〜、ゔ〜ぅ〜っ!」

「唸っても知らん、次に行くぞ」


 甘い食べ物に目覚めたレンにとって、クッキーはなんとしても手に入れておきたい物。

 卑怯だの可哀想だの言うなかれ、レンの歳から文字を覚えようと思ったら、それなりに大変だし、効率よく行くために飴と鞭は必要だ。

 結局、合っていたり間違っていたりで、最終的にレンの手元に残ったのは三枚の小さなクッキーのみ。

 一時期は十五枚以上溜まっていたんだけど、それだけに、その落差に涙目のレンがちょっぴし可哀想だとは思うが、ここは心を鬼にしてとっととクッキーをしまう。


「また雨の日にやるぞ、クッキーを大量に手に入れたければ、頑張るんだな」

「……師匠の強奪魔」


 相変わらず口は悪いと言いつつも、その後一枚だけ口にしたクッキーに、幸せそうな表情を一瞬見せるレンに、どうにも良くなる。

 その後は、俺の顔を見るとクッキーを、目の前の山から取り上げられた悔しさが蘇えったのか、背中を向けてカードと睨めっこをしているから、悔しさをバネに出来る性格ならば安心か。

 食堂に行って温かいミルクに蜂蜜を少し垂らした物を、小銅貨一枚と鉄貨八枚で貰ってきてレンに渡してやる。

 子供のクッキーのお供には、此れが一番だからな。


 昼の少し前からは宿の裏庭に面した庇の下をお借りして保存食づくり。

 保存食と言っても、塩漬け肉とか干し肉とかではなく携帯食料だ。

 旅先では、雨が降っていたら火が扱えない事が殆どだから、そのまま口にできる日持ちのする食料を用意しておく必要がある。

 宿にある貸出用の小型の持ち運べる陶器製の竃で、湯を沸かして言われるままに材料を茹でるレンが不思議そうに聞いてくる。


「こう云うのって、普通は買ってくるもんじゃないのか?」

「大抵の連中はそうだ。

 だが、アレは意外に値段が高い上に不味い。

 作った方が安くて美味いから、俺は手間でも美味い方を食べたいんだよ」

「贅沢なのか節約なのか、よく分からない理由だね」

「安くて美味い飯は正義だぞ」


 今でこそ稼げるようになったが、家を出たばかりの頃は極貧とは言わなくとも、それなりに節約を求められた生活だったからな。

 稼げれるようになったからと言って、贅沢に慣れて身を持ち崩したくはないし、稼いでいると言っても、自分では用意できない薬品や材料代で、出費もそれなりにある。

 魔法関係はとにかく値段が高いから、将来の事も考えて貯蓄も出来るだけしておいた方が良いと思っている。


「大豆、精製する前の穀物類、ナッツ、胡麻、ドライドライフルーツ、塩、植物油、粉乳、水飴。

 好みや季節によって中身は多少変わるが、だいたいそう言った材料を混ぜて型に入れて、冷やして固める」


 言葉にすると物凄く簡単だが、実際には皮を剥いたり、茹でたり、食べやすい大きさに切ったり、木の棒で軽く叩いて繊維を解しておいたりと、意外に手間が掛かる。

 なにより温かい内は良いが、油や水飴が冷めてくると、途端に掻き回せるのが大変になる。

 非力なレンでは最後の方がかなり大変そうだったので、手伝ってやって、借りてきたパウンドケーキ用の型枠に押し込むように詰めて行く。

 其処に、魔石の粉末を混ぜた塗料で描いた魔法陣を書いた布の上に型枠を乗せ。


(風と水よ、彼の者を凍てつかせ)


 魔法陣の力を借りて、魔法ので完全に凍らせ。

 大きな物ならともかく、小さな物なら魔法薬の力を借りなくても、俺の力だけでも十分。


(風よ、この者に渇きを与えた前)


 続いて、凍ったままの状態で、風の魔法で水分をある程度まで取り除いてやる。

 万年雪に覆われる山の中で、冒険者が凍ったままのミイラになっている事から、思いついた事。

 だがら、あまり飯関係をしている時には、思い出したくない知識ではある。


(火よ、彼の者に日々の温もりを)


 常温に戻して、一食分毎に切り分けた物を、別の魔法陣を描いた布でくるんでやる。

 時間停止とかではなく、湿気と外気を入り難くするだけの物なので、LV1(能無し)の俺でも他のスキルと併用してやれば、作れない事もない程度の物。

 経験上、雨などの湿気が多いと腐りやすいと分かったため、本で溜め込んだ知識の中から試してみたら、汁気の無い保存食ではかなりの効果があった。

 持っている小さな鍋では十食分がやっとなので、レンと合わせて二十食分を作っておきたいので、同じ事を少し多めにして、もう一度。

 今度は十一食分で来たので、一食分を試食用に回そうと思うのだが、その前に一応保存性だけはあるので持っていた市販の携帯食が、そろそろ痛み出す頃なので取り出し、レンと半分づつにして食べさせてやる。


「……ゔ……、多分、この間まで食べていた物よりは、マシなんだと思うけど」

「正直に言って良いぞ」

「…硬くて、塩辛くて、不味い」


 だろうな。

 レンが粗食に慣れているとは言っても、山奥の村で貴重な塩を使った物を、レンが与えられていたとは思えない。

 単に味気ない物を食べるのと、塩やらなにやら、とにかく栄養と保存が利く物を混ぜて無理やり押し固めた携帯保存食の不味さとは、比べるべき内容違う。


「これ一つで、其処らの屋台の飯が四回も食べれるんだぞ」

「そっちの方が絶対に良いだろうっ!

 なんでこんな不味いのを高い金払って食うのさ」

「だから、雨だと火を使えないし、飯を炊く時間すら取れない時用だから、とにかく保存性を優先させた結果なんだよ。

 こんな不味くても、腹に入れるのと入れないのとでは大分違うからな」


 多分、これでもかなり良くなった方なんだと思う。

 栄養価も高く、腹持ちをさせるための工夫が見て取れるから、百年前、二百年前の携帯保存所と比べたら、よほどマシなのだろう事は、当時の冒険録や紀行文を読んで窺い知る事が出来る。


「ほれ、こっちのを食べて見ろ」


 先程のクソ不味携帯保存食の後なので、作り立てとは言え、同じ携帯保存食と言う言葉に眉を寄せて、手にした物を睨みつけていたレンだが、やがて意を決して齧り付き。


「んっ!

 普通に美味しいと言うか、コレってお菓子だよな」

「だろ。保存期間は少しだけ短いが、掛っている保存食その物の材料費は此方の方が安い」

「こっちが広まれば良いじゃんかっ」


 もっともな意見だが、なかなかそうはいかない。

 俺は自分でLV1(能無し)とは言え魔法陣を扱えるが、普通に一食一食包もうと思って用意しようと思うと、かなりの割高になる。

 特に魔法陣はレアスキルの部類の上、使えるように習得するのには、それなりの知識も必要とされるため、冒険者になる者はあまりいない。

 そう言った事情を話してやると。


「これ食べたら、絶対に後戻りできなくなると思う」

「だから、こうやって作っている。

 だが、まぁレンが自立できる頃には広まっているかもしれないな」


 携帯保存食の不味さを何とかしようと工夫してきて、ようやく以前のパーティーを組んでいたメンバーのアンナ姐さんとレティが、絶賛を得た事から完成した物だ。

 二人の意見を多分に取り込んだ結果、だいぶ菓子に近い味になりはしたが、ある商会に話を持ち込んだ時は、是非にとかなり俺に有利な契約を結べたので、そちらの意味でも苦労し続けた甲斐があった。

 今の所、軍や商隊向けに、魔法陣を書いた木箱に纏めて保管する方式で売り出しているらしいし、数食分を保管する魔法陣を彫金した金属のケースを別途で売り出す方法も現在試しているとか、この間、手紙で書いてあったからな。

 売り込んだのは、妹のマリーから教えてもらった商会で、国内外に広く展開しており、除き見防止のペンタンドを買い取ってくれた上に、代金として高価な収納の鞄を用意して貰った件もあったので、支店の一つに話を持ち込んだのだが訪ねて見て吃驚するほど、立派な店構えのお店だった。

 アレで一地方店なんだから、さぞや儲かっているんだろうと思う。


「とにかく、美味い物を食べたければ、金を掛けるか手間を掛けるかだ」

「それは納得」

「おう、納得したなら、後でこれがどれだけの原価になるか計算な。

 金を掛けずに美味い物を食べたければ、頭も使うのも当然必要な技術だ」

「ゔぅっ……」


 原価の計算という聞きなれない言葉に、難しそうな計算を彷彿したようで、呻き声を上げるが、そう難しくないぞぉ~。

 材料の総量からだから、乗算、除算を使わないと、地道な計算になると言うだけでな。

 普通の生活で使う計算なんぞ慣れだぞ、慣れ。





 =========================




 そんな感じで、俺とレンがこの街に来て、もうすぐ一月が経とうとした頃。

 俺とレンがディックの店に尋ねるたのは、頼んでいた物が出来上がったと宿に連絡が来たため。

 出来上がった装備を、早速身に纏うレンの姿を見て。


「ふむ、良い出来じゃないか」

「……お前な、もう少し誉め言葉を磨いたらどうだ」


 変装の件をあっさり受け入れてくれたディックだが、俺の感想は受け入れてくれなかったようだ。

 いや、見て良い物だと分かるから、良い出来だと言っただけなんだが。


「そうじゃなくて、嬢ちゃんを褒める言葉はないのか?」

「ディックが似合うように作ってくれたんだ、似合って当然だろ?」

「……それでも言葉に出すのが礼儀だぞ」


 ディックがなにやら残念そうな顔で俺も見て来てウザいので、仕方ないからレンに似合うと言ってやると、何故かべーと舌を出されて、フンっと御機嫌斜めで顔を背けられる。

 ……解せぬ。

 外套も籠手も胸当ても靴も背負い鞄も、全てデザインが統一されていて、レンの緑色の髪に似合うような、蔓草や小さな花の模様細工が施されているし、細かな彫金を施した金具も可愛らしい物で、レンに似合っていると素直に思ったから、似合うと言ってやったのに、何が面白くないのか分からん。

 取り敢えず、俺が自分で作って与えるよりも、よほど似合っている事には違いない。

 何故か手で頭を押さえているディックに礼を述べて、ついでにレンにも礼を述べるように言うと、素直にディックや店員には礼を述べているから、まぁ気に入りはしたようなので、俺としては問題ない。

 そしてその足で道具屋に頼まれていた物が出来ていたので、納品のために訪れてみたのだが……。


「残念、君が残念でなくなったと思ったら、残念な変態野郎に成り下がっていようとは」


 盛大なリアクションをしながら暴言を吐く女店主に、流石にどう言う意味だ突っ込み返してやる。

 巨乳なら何を言っても許されると思うなよ。


「いやね、残念な胡散臭い変装を止めたと思ったら、幼気な子供を奴隷にして着飾らせる、変態嗜好の持ち主だった事に少々ショックを受けてね。

 こりゃあ、早速レティシア嬢に教えてあげねばと思っただけさ」

「違うわっ!」


 どいつも此奴も、人を何だと思っているのか。

 以前のパーティー仲間のレティは関係ない話だと思うし、そもそもが悪質な誤解だ。

 ただの成り行きだと説明したにも拘らず此れなのだから、いい加減に頭が痛くなってきた。

 何度も言うが、レンは弟子だから保護者としてある程度の身なりをさせるのは当然だし、体力が無いからその分は装備等で誤魔化すのもごく当たり前の考え方。

 服が可愛らしいのは宿の女将とディックの店の仕事だから、俺の責任ではない。

 だと言うのに、幼女趣味のど変態扱いは流石に納得がいかん。


「此奴に何か変な事されてない?」

「え…と…」

「手を出すかっ!

 それと、レンも其処で言い淀むな。俺が要らぬ誤解を受ける」

「じゃあ、裸にひん剥かれて彼方此方を触られた」

「……あ、あんた、冗談だったのに、……本気で」

「レン、だからと言って誤解を招くような言い方をするな。

 診察と治療のためにそうせざるを得なかっただけだし、そもそも脱がすまで男だと思っていた。

 あと男だろうが女だろうが、診察と治療のためには必要な行為だ」


 まだ根に持っていやがったかと思いつつも、本人が嫌がっていたのに無理やり、裸にひん剥いて診察と診断をしたのは事実だから、多少は悪いとは思うが、今、言ったように、平気で子供を殴るような親の元に居た以上、必要な事だった。

 女店主に、誤解が無いように一応は事情を説明をしておく。


「なるほど親の虐待ね。

 良くある事と言えばよくある事だが、反吐が出る話には違いないね。

 まぁ、お嬢ちゃんが根に持つ気持ちも分かるし、アンタが必要な行為だったと言うのも分かるから、後はとっとと二人で話し合って折り合いを付けな。

 私の知った事じゃないね」

「要らぬ誤解をする奴もどうかと思うぞ」

「あーあー、悪かったよ。

 それによくよく考えたら、アンタは胸の大きいのが好きみたいだから、嬢ちゃんはないか」

「ぶっ!」

「偶に視線を感じるんだよね。

 つい目が行っちまったっていう程度だから、気が付かないふりをしてあげてはいたけど」


 いや確かに、偶につい目が向く事も在るが、仕方ないだろう、それだけ目立つ物を持っていたら嫌でも目が向いちまう。

 店主自身も美人の部類だし、其処は勘弁してほしいと言うか。

 もう少し巧く隠せって、はい、気を付けます。

 って、なんで怒られなならんのか。

 これ以上此処に居ても何か泥沼にはまりそうなので、とっとと頼まれた物を店のカウンターに取り出す。


「ふ~ん、また腕を上げたね。

 此れなら、店を出せるようになるんじゃないかい」

「下請けに出せれるような物ばかりだ。アンタみたいに高レベルの仕事は無理だ」

「その下請け専門の店って考え方もあるだろうに。

 まぁ店を出すならこの街で出す事を考えて欲しいね。私が楽が出来る」

「扱き使い倒す気で言われても、やる気は欠片も出んぞ」

「あら残念。

 そいでもって、此れが材料と加工の代金だ。

 またこの街に来たら顔を出しなよ。

 アンタ向けのとびっきり面倒臭そうなのを、貯めて待ってるからさ」


 金を受け取り、その後は幾つか店を回って買い物をしてゆく。

 レンも先日、何とかFランクに上がれたから、この街での目的は果たせた以上、そろそろ、この街を出る準備をしないといけないな。

 レンが頑張ったと言うのもあるが、やはり【探知】系スキルと経験者の指導が付くと効率が良い、と言うのが一番の理由だろう。

 何せ採取だけでGからFランクに上がるのにひと一月を切ったレンの記録は、この街で最短記録だったみたいだからな。

 ともかくレンの頑張りは文字と計算の方にも及んでおり、宣言していた試験も、ギリギリ合格点を出したから、約束通り甘味の店に連れて行ってやるべきだろう。

 まぁ、後は……。


「と言う訳で、街を出る前に色々と遣る事があるから、俺はそれを済ませてくる。

 レンは留守番で、今夜は遅くなるから先に寝ていろ」

「色々って?」

「色々は色々だ、レンが気にする必要はない」


 一方的に話を区切って、宿の女将がレンが一人で残っている事を伝えて出かける俺に、チクっと嫌味を言われたけど、其処は気にしない。

 女将のお見通しだよと言わんばかりの嫌味と、呆れ果てた目は痛いけど、男には必要な物だ。

 そのなんて言うか、俺だって若くて年頃の男だから、色々溜まるって訳だ。

 そんな訳で歓楽街にイザ行かん♪




 =========================




「ゔぅぅーーーっ!」

「……」


 うん、なんかレンの視線が痛い。

 しかも唸って威嚇して来るし。

 特に唸られるような事などは、レンには(・・・・)していないのに非常に理不尽だ。

 だいたい先に寝てろと言っておいたし、朝帰りしたのは悪いとは思うけど、寝ずに待っていたのはレンの勝手だ。

 眠くて機嫌が悪いからって、それを俺のせいにされてもなぁ

 あと女将、其処で言わんこっちゃない、と言わんばかりの目で溜息を吐くのは止めてくれ。

 せっかくの美味い朝飯が不味くなる。

 不機嫌さを食事に当たるかのようにバクバク食べたレンが、さっさと部屋に戻るのを見計らったかのように女将が近づいて来て。


「カイルさん、言いたくはないけど、せめて湯を浴びて来てから帰って来るべきじゃないかね。

 酒と白粉の匂いがプンプンだよ。

 カイルさんも若いから遊ぶなとは言わないけど、それくらいの配慮はしてやんなさいよ。

 あの子からしたら、自分を放っておいて、一人で遊びに行ったようなもんだからね」

「いや、まぁそうかもしれないけど、此れからずっといる訳だから、いちいち気を使っていても」

「だから、せめてもう少しあの子の気持ちが落ち着くまではって言っているの。

 見てりゃ分かるけど、あの子、愛情に飢えているのよ。

 安心して甘えれる相手が見つかったかもしれないと思った所へ、自分は邪魔だと言わんばかりに、適当な事を言われて放っておかれたら不安にもなるさ」


 ……うーん、まぁそうかもしれないけど、安心して甘えられるって。

 俺、結構、レンに暴言を吐かれているんだけどなぁ。

 枕とかも平気でぶつけられるし、とても甘えているようには思えないんだけど。

 まぁ女将がそう言う事なら、今度から嘘偽りなく……。


「言っておくけど、馬鹿正直に女遊びをしてくるだなんて言うんじゃないよ。

 もう少し巧くやれと言っている訳だからね」


 ……そうか、駄目なのか。

 面倒だとは思うが、次までに何か良い手を考えるか。

 頭を悩ませながら、部屋に戻ると採取の準備をしているレンに、師匠命令で午前中は寝るようにと命じる。

 睡眠不足で集中力が落ちた状態で街の外に出ても、碌な事にならないからな。

 寝ている間にまた何処かに行くのかと言い出したので、寝る邪魔にならない程度に本でも読んでいると言うと、今度は酒臭くて眠れないから風呂に入れと言い出す始末、今日は朝から散々だ。

 仕方ないので湯を浴びて風呂から出てくると、アレだけ文句を言っておいて、スヤスヤと寝息を立てているレンに呆れつつ、何時も通りレンのベットのサイドテーブルに安眠の為のお香を焚いてやる。

 もしかすると、昨夜は魘されて眠れなかったのかもしれないと思うと、少し悪い事をしたなと思わないでもない。

 昼前に目を覚ましたレンを、約束通り甘い物を食べに行かせてやったのに、何故か誤魔化されないぞと可愛くない事を言われてしまう。

 いや、食べている時の幸せそうな顔は、子供らしくて可愛いと言える物だったけどな。


 昼からは、先日教えた簡単な血止の傷薬を作らせ、俺は俺でやる事があるので、その作業に集中する。

 取り出した素材である妖精結晶は、結晶の波長に合わせて魔力を流し込む事で、僅かに液体化させる事が出来る。

 それをインクの様に結晶の塊を夢羊の革に押し付けて、線の太さが均一になる様に魔法陣を描くのだが、その液が乾ききる前に二本角馬(バイコーン)の角と魔石の粉末をムラが出来ない様に気を付けて乗せて行く。

 それを只管繰り返し、魔法陣が出来たあがった所で、もう一度魔法陣に間違いがないか、ムラが出来ていないかを確認し、問題がある場所は丁寧に修正をする。

 此れを怠ると、効果が安定しなかったり、いきなり壊れたりしかねないからな。

 びっしりと埋まるような魔法陣には、三つの丸い空白があり……。


「レン、クローゼットの中にある箱を持って来てくれ。

 そう、それだ」


 木箱の中には、虹水晶が霊薬に浸して硝子の器に入っている。

 レンを買い取った晩に仕込んでおいて、この宿に来てからはクローゼットの中で熟成させておいたものだ。

 一月間以上もの間、月の魔力の波長を受けたそれは、霊薬の力の助けもあって、その石の中に、月の魔力をしっかりと溜め込んでいる。

 それを魔法陣の中心に置き、懐から取り出した革袋、その中に入っていた環……イヤーカフスを取り出し、魔法陣の左右に空白の円にそっと置く。


「レン、指を出せ。

 少しチクッとするぞ」

「……っ」


 小さく白い指先に、ほんの少し張りを突き刺し、ぷっくらと出来る血の雫を、虹水晶に数滴たらしてゆく。

 用が済んだレンの指に、先程レンが作った血止めの傷薬を塗るように指示をしたら、俺は再び作業に意識を向ける。

 此処からが本番だからな。


(無なるものよ、その虚ろを埋め、更なる力を)

(火の眩しきかな)

(聖なる光に目は霞む)

(地はその大いなる懐に守りたまえ)

(水の霧の向こうへと)

(闇の向こうに隠せしものよ)

(風よ、その香りを彼の地に)


 心の中で呪文をゆっくりと唱え、脳裏に浮かべた魔法の構図。

 膨れ上がり暴れ出す魔力を必死に抑えながら、虹水晶が粉砕し光の粒子となり魔法陣に注がれる。

 魔力と虹水晶の粒子を吸い取った魔法陣がその形を崩し、今度は一対のイヤーカフスの中へと溶け込んで行く。

 何度か虹色の光を明滅させながら、やがて光は落ち着き、何の変哲もないイヤーカフスになった事を見守った所で、ゆっくりと体内に溜まった熱い熱と緊張を大きく息を吐きだす。


「レン、此れを耳に付けてから、鏡を見てみろ」

「これを? なんなのさ?」

「付けてみれば分かる」


 碌に説明しない俺の命令に、ややブスッとした顔つきをしながらも、部屋でも目深に被った帽子を取ると、エルフの血が濃く出ている特徴あるレンの長い耳が露わになる。

 その耳に何処か嬉しそうな表情で、慣れない動作で一生懸命に二つとも取り付けるた後……。


「ぁっ……」


 鏡を見たレンの可愛らしい声が、小さく驚きの声をあげる。

 それもそうだろう。

 レンが気にして、熱い夏でも目深に帽子を被っているのは、その特徴のある耳を隠すため。

 その特徴ある耳が、ごく普通の人族の耳に変わっているからだ。

 不思議そうに耳に手を当てようとしたレンが、またもや別の不思議に突き当たって、思わず首を傾げてしまう可愛らしい動作が、男のフリをして生きていたはずなのに、やっぱり女の子なんだなぁと実感させられる。


「そう見えるだけで形は変わらん。

 そもそも変える必要もあるまい。

 それも含めてレンだからな」


 俺の説明に、レンは不思議そうに見えない場所の、己が耳の感触を確認している。

 レンが危惧している様に、レンのエルフを彷彿させる特徴ある容姿は、厄介毎を引き寄せかねないのは確かだ。

 でも、だからって年中帽子を目深に被っていたら流石に暑いだろうし、帽子を被ったままでは駄目な場所もある。

 教会でひと騒ぎあったのがその例の一つだし、不自然なほど帽子に固着する姿は、逆に怪しまれる事もある。

 それに、汗疹で肌が荒れてもいるのか、よく頭を掻く動作を見かけるのもそれが原因だろうしな。

 なら、他人にそうと見えなきゃ良いだけの事。


「少なくとも、その帽子よりはオシャレだろ。

 昨夜は、結構選ぶのに時間が掛かったんだぞ」


 昨夜お世話になったお店が立ち並ぶ店の近くには、その手の店の女の子に貢ぐための、女性向きの装飾品店も多くある。

 昨夜、早めに出たのは、高級な夜の店ともなると、女の子に小間使いが付く事があり、大抵はお店には出ない幼い子供もがやる事が多い。

 とりあえずそんな子が付いている子を指名して、事情を話して選んで一緒に貰ったんだけど、……選ぶのが長い長い。

 女の買い物が長いのは覚悟していたのだが、指名料と外出料と延滞料金が嵩む一方。

 そのおかげで、お泊まりする事にもなったんだけど、其処はどうでも良いので言わない。

 なんとなく、此処で言ったら不味い気がしたからな。


「ゔゔぅーーーっ!」


 何故、唸る?

 そして何故、泣く?


 ぽす、ぽす…、ぽす。


 おまけに何故か叩かれる。

 本気で力入れておらず、軽い衝撃でしかないのだけど、本人は自分でどうして良いか分からないと言わんばかり。

 ……まぁ、イヤーカフスが嫌って訳ではなさそうだけど、それ以外が意味が分からん。

 涙を流しながら、時折唸る様な声を出して、それでも人の胸をぽすぽすと叩く手を止めないレンに俺は戸惑うばかり。

 仕方ないとばかりに、泣く幼い子を宥めるかの様に、軽く抱きしめながら頭を優しく撫でてやると。

 今度は人の胸に頭突きをしたと思ったら、ますます泣き出す始末だ。

 もう本当に訳が分からんと、天を仰ぎ見て、レンが気が済むまで泣かしておく事にした。

 思考放棄に近いが、きっと、耳の件で色々と嫌な思いをして来たんだろうなとは、簡単に想像はつく。

 だが想像はついても、実際にどんな嫌な思いをし、悲しい思いをしてきたか知らないし、そのレンの気持ちが分かるなんて思い上がった事は言わない。

 それでも、歯を食いしばって必死に生きてきたレンを思って、レンの新緑を思わせる緑の髪を、そっと優しく撫で続けてやる。

 レンが落ち着くまで……何度でも、

 そして、……何時までも。




 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

 品 名:幻惑のイヤーカフス

 分 類:装飾品

 品 質:A++

 防御力:G

 効 果:隠蔽A 偽装A+ 認識阻害B 探知C

 備 考:とある過保護な賢者が、弟子の為に己が持てる魔力の殆

     どを費やして作った一品で、耳を人間の物のように見せ、

     他人に違和感を持たせない。

     製作者による追跡機能があるので、装着者は注意が必要。

     此処まですれば、とある嫌疑が制作者に持たれても仕方

     がないと言うもの。

 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・









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