02.オッサン・ミーツ・ボーイ。
この作品は、月に一、二度更新できたらなぁと思っていますが、基本的に不定期更新となります。
応援してくださると、執筆速度が上がるかもしれません。
家を出てからは必死に生きて来た。
それこそ、死にそうな目にあった事も一度や二度じゃなく何度もね。
特に最初の半年は本当に色々あったと思うよ。価値観の違いや、自分が一人では本当に何も出来ない人間だったのだと思い知らされた半年だったからね。
鍛えていたとはいえ、所詮は十二歳の子供にできる事など少なく、薬草採取や害獣駆除の依頼を熟すのがやっと。
それでも駆け出しの子供と言う事で、何組かの親切な冒険者達に出会え、鍛えてもらえたのは運が良かったと言える。
ただまぁ、俺がLV1だと分かると、大抵邪険にされたけどね。
育てる価値がない人間としてね。
それでも、二年が経つ頃には身体もそれなりに成長したので、何とか一人でもやれる様にはなったしな。
そう思うと、冒険者ギルドにバンデット家との手切金が、定期的に分割で振り込まれた事は、僅かな金額であろうとも、本当にありがたかった。
獲物や採るべき薬草があまりない冬でも、そのおかげで糊口を凌げたからね。
「家を出てもう五年か、レイ兄達は元気でやっているかな。
トールは心配する必要がないくらい、元気で嫌味や皮肉を言ってそうだけど。
……いかん、独り言が多くなった」
特に此処一年はそうかな。
一年半前までは、ちょっとしたパーティーに入れてもらえていて、そこで雑用をやらせてもらっていたけど、例によって最後は役立たずとして追い出されたけど、彼処は今までで一番居心地が良かったからな。
三十代で現役のアンナ姐さんや、僕より一つ年上のレティには、何やかんやと良くしてもらえたし可愛がってもらえた。
……人使いも人一倍荒かったけどね。
特に幾ら年下だからって、下着まで洗わす神経は、貴族出身の僕には理解し難い物だった。
「何をブツブツ言っているんだ、オッサン」
「オッサンは止めろ、お兄さんと言え。
それから、あとどれくらいあるんだ?」
不意に下から声が掛かり、声変わり前の甲高い男の子の声に現実に引き戻される。
こいつは麓の村で雇った十歳ぐらいの道案内の子供。
深く被った帽子は、森の中で蜘蛛の糸などが髪に付くのを防ぐ為もあるのだろうけど、耳まで隠れるほど深く被らなくてもいいと思う気がする。
そもそも何処からどう見てもかなり薄汚れた容貌で、蜘蛛の糸などが付く事を気にしているとは思えないのだが、……まぁ、色々と事情があるのだろうな。
「あと一日ぐらい歩くと山の麓に辿り着くはずさ。
それよりも、本当に大丈夫なんだろうな?」
「魔物除けの匂い袋が効いている、下級の魔物なら避けてくれるさ。
此処までだって出会っていないだろ」
「そ、そうだけど、魔物の餌にされるのは勘弁してくれよ」
「補償金はボウズの親に払った。
例えそうなったとしても文句は言われん」
「おいっ!」
「冗談だ、お前を返して、補償金は返してもらう」
五十万モルト、銀貨五枚は子供の命としては安すぎる金額だけど、子供の命の補償金としては相場ではある。
冗談を言って揶揄ったのは悪いが、下級平民の家族四人の一年弱分の食費相当となると、苦労を経験してきた俺としてはそれなりに痛い金額だ。
「ったく、あんな山奥にまで何しに行くんだか」
「素材を取りに行くと説明をしたはずだ。それに前に案内した事があると聞いたぞ」
「皆んな半日も経たずに、何も持たずに戻ってきて引き返したんだよ。
大体あの時は、六人もいたし、オッサンみたいに一人の奴なんていなかったんだよ」
「手ぶらで戻って来たからと言って、何も無い訳と決めつけるのは早計だ。
それに何も例え無くても、ボウズのせいにする気はない」
組む相手がいないLV1の俺が、冒険者として一人でやって行くには、人があまりやらない事をやるしかない。
今回の旅もその一つで、まだ遠く見える山にあるものを取りに行くだけの事。
もっとも、冒険者と言うよりも本業は行商人のつもりだがな。
素材を集めて、加工して売るのを生業にしているのがその理由。
実際、冒険者ギルドよりも、商人ギルドとの方が付き合いが多い。
スキルレベルが低いから専門の職人ほど上手くはなくても、業者を介さない分だけ安価な加工品は需要があり、手間は掛かるが、そのまま素材を売るよりも余程儲けがいい。
何せ倍から十倍以上もの差が出るからな。
「今日は、この辺りで野宿するぞ」
「こんなところでか?」
「いい感じに大木と木の洞がある。雨梅雨は十分に凌げる」
真冬では無いとは言え、森の夜は冷えるから、焚き火は必要。
其処らに落ちている枝を、道案内の男の子レンに拾って来させ、それを風魔法で乾燥させてから薪にする。
魔法で火を付け、懐から取り出した薪を一緒に焼べる。
「そんなんで、虫や獣が寄って来なくなるなんて、何度見ても不思議だよなぁ」
「町に行けば普通に売っているぞ」
「痒いのなんて我慢すれば良いだけなんだし、態々、買うようなもんじゃないだろ」
「痒いのは嫌なんだよ。
それに虫が病気を運ぶ事もある」
忌避剤を染み込ませた薪は、魔法で加工してある為、これ一本で一晩保つ。
LV1であっても【錬金】と【調合】と【薬師】のスキルが、地味に良い仕事をしてくれている。
ちょっとした加工と道具があればできる代物だし、道具屋にも売っている物だが、消耗品として毎回買うとなると、少額ながらそれなりに負担になる。
素材は其処らにあるし、スキルで道具と手間を多少は減らせれる。
何より金が掛からないと言うのが素晴らしい。
偶に、街道沿いでの野営で、偶々一緒になる旅人や商隊が買ってくれる事もあるしな。
「しっかし冒険者って、食べ物を前もって用意しておくもんじゃないのか?」
「現地で調達できる物は、それを使うだけだ。
保存食より、その方が美味い事も多い。
ほれ、焼けたぞ」
途中で採ったキノコと野鳥の肉を串に刺した物が、良い感じに焼けたので、レンに渡す。
まぁこれだけでは足りないだろうけど、とりあえずだ。
鞄から取り出した小鍋に、魔法で出した水を注ぎ、脇に取ってあったキノコと鶏肉、其処へ燻製肉を追加して、人参、芋のブツ切り、玉葱と固いものから放り込んでゆく。
味付けはキノコと燻製肉が良い出汁を出すけど、それだけだと味気ないので、豆を発酵させた調味料をひと匙放り込み、最後に其処らに生えていた香草を入れてやれば、あとは煮込むだけ。
鞄から取り出したパンを少しくり抜いて、出来た小さな穴にチーズを少し切り取って押し込む。
くり抜いたパンの欠片は、串に刺して軽く炙ったら、先程のスープに放り込んでやればいいアクセントになる。
パン自身も遠火で炙ってやれば、中のチーズがパンの中で溶けて、チーズの塩分が良い感じにパン全体に広がってゆく。
マリーが贈ってくれた収納の鞄には、本当に感謝だよな。
ひと抱えぐらいの木箱くらいの容量しかないけど、時間停止の機能まであるから、このサイズでも【錬金】と【時空】が共にレベル6以上持つ者でないと作れる代物ではない。
お陰で肉などを腐らせずに持ち運びができるのは、旅をするものにとって大きい。
「しっかし、よく、ポンポンと食べれるもんを見つけれるよな。
初めての森なんだろ?」
「そこは経験と知識が物を言う」
感心してくれるのは気分が良いが、実際はそれだけじゃない。
【探知】の魔法で、周辺で食べれる物がある場所は、大凡の位置は掴めるし、【鑑定】の魔法で、食べれるかどうかの区別はつく。
それに【鑑定】の魔法は、低レベルの物でも俺の【鑑定】は意外に使えた。
まぁその辺りは、おいおい話をするとして、此処五年でLV1なりに、本当の意味で使い熟せれるようになったのが大きい。
「こんな手抜きに見えるのに、意外に美味いよな、オッサンの飯って」
「だからオッサン言うな」
「ええー、オッサンやん。
ボウズ呼ばわりするのを止めたら考えてもいい」
「考えるだけなら、知らん。
オッサン呼ばわりを止めたら考えるがな」
「ちっ、人の真似しやがって」
若いと商人達に舐められるから、以前のパーティーを辞めさせられて以降から、老けて見える様に変装しているから仕方ないとは言え、十七の人間にオッサンは止めて欲しい。
あと飯が適当に作っていても、そこそこ食べれるのは【調理】LV1のスキルが効いているからだ。
そして温かい飯を食べれば、あとは明日に向けて身体を休ませるだけなんだが、寝るにはまだ早いので、その間に、道具をアイテムボックスから取り出して、ゴリゴリと調剤加工。その後で此れを元に錬金に入る予定。
スキルレベルの低い俺は、いちいち手間を掛けてやらないと、売れる代物は作れないからな。
あと、練習や鍛錬にもなる。
まぁ何の練習や鍛錬になるかは、ともかく地道にやって行くのが一番の早道だ。
「……なぁ、オッサンは、冒険者をしていて楽しいのか?」
俺の予備の外套に包まり、地面に寝転ぶレンの言葉に、少しだけ考えてから答える。
「辛い事も危険な事も多いが、まぁ、偶に良い事もある。
多くの物を見れるし、多くの事を知る事ができる。
ふとした時に絶景の景色を拝める事もあるしな。
少なくとも、俺は後悔はしていない」
「……俺も、冒険者になってみたい、……許されねだろうがな」
……この子供がなりたいのは、おそらく冒険者じゃない。
自分を縛る家を出たいだけの事だろう。
顔を洗う事すら教えられていないのか、かなり薄汚れた身なりに服の上からでも分かるくらいにガリガリに痩せた身体。
おまけに下級とは言え、魔物が彷徨く森を突っ切って目的の山の麓までの道案内を、親に命じられている。
チラリと見たが、親どころかレンの兄妹は、村の名主だけあって、そこそこの生活をしている様に見えたのにだ。
レンは家で話し相手にすらされていないのか、この子は口は悪いが俺と話せる事を楽しそうにしている。
話したい盛り遊びたい盛りの子供が、家畜の様に扱われているのだろう。
事実、寝起きしているのは家畜小屋兼納屋の二階のようだしな。
当然、無料で扱き使える労働力であるレンを、そんな親が家を出たいと言ったからって手放す訳がない。
まぁ、不憫だとは思うがよくある話だ。
例え、このままレンを親元に返さなかったら、今度は俺が誘拐犯としてお尋ね者になるだけの事。
其処までしてやるだけの義理はない以上、俺がレンの為に出来る事など無い。
「もう寝ろ、寝ていれば嫌な思いは忘れていられる」
「……嫌な夢は?」
「起きれば忘れるものさ」
「……うん、おやすみ」
パチパチと木が爆ぜる音の中で俺は作業を続け、案内人の子供のレンは、子供らしく早々に寝息を立てている。
……おやすみか。
当り前のようで当たり前でない言葉。
……馬鹿らしい。
下らない考えを一息で振り払い、本を片手に魔力の鍛錬でもする事にする。
集中していれば、それで済む。
「…うぅ、…い、たい…、ごめ…ごめんな…さい」
……今夜もか。連日だな。
最初は寝た振りの演技かと疑いもしたけど、【鑑定】で寝ているかどうかだけを鑑定してみたけど、本気で魘されているだけのようだ。
俺も、まともな子供時代を過ごしてはいないけど、それでも恵まれていると言える事を、家を出て思い知ったからな。
仕方ないと、収納の鞄の中の鞄からお香を取り出し、其処らの石の上に盛ってから火を付け、レンの側に置いてやる。
悪夢を取り去り、安眠と疲労の回復を促す効果のあるお香だ。
これも街に行けば、そこそこの金額で売っている様な代物だけど、まぁ俺は自分で作れるからな、無料みたいな物だ。
やがて、お香が効いてきたのか、顔を顰めていたレンの寝顔は、穏やかなものに代わり静かな寝息を立て始めるのを余所目に、再び作業に没頭する。
「この辺りが良いか」
「洞穴?」
「其処までは行かない、隠れるには丁度良いぐらいだ。
大型の野生動物とかが使った様子もないしな」
案内先である山の麓、その近くにあるちょっとした岩山に、十歩も歩かない程度の浅い横穴があったため、其処を俺が用事を済ませてくるまで、案内人のレンの待機場所にする事にした。
無論、偶然見つけたのではなく、【探知】の魔法を使いながら、辺りを彷徨いた成果なのだけど、その辺りをいちいち説明してやる必要はない。
【魔法陣】のスキルで、地面に認識障害の効果を持つ魔法陣を描き固定し、其処へ更に【隠身】スキルを【魔力付与】で効果を重ねてやる。
穴の入口に、同じ処理をした魔法陣を描いた布を張り付けて穴を隠しておくけど、念の為、幾つかの魔物除け薬を周囲一帯に撒き、封の解いていない魔物除けの香袋と、虫除けと獣除けの薪も多めに置いておく。
もしもの時のために多めの水と食料と幾つかの道具が入った袋を渡し、五日経っても戻らなかったら、一人で村に帰る様に指示をしておく。
「オッサン、帰ってくるよな?
こんな所に置いてゆかないよな?」
「そのつもりだ。
あと、いい加減にオッサンは止めろ」
不安だろうが、やれる事はやったし、これがレンの親からレンが言い使った仕事だ。
幾ら魔物除けの香袋があるとはいえ、一人で魔物が彷徨く森を帰りたくなければ、不安に耐えてもらうしかない。
「家まで無事に帰れたら、止めてもいい」
「それ、意味あるのか?」
仕事の終わりは、別れの時。
その後でオッサン呼ばわりを止めると言われても、何ら意味がない。
とりあえず憎まれ口が叩ける様なら、大丈夫か。
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はぁ……、はぁ……、はぁ……。
息を切らしながら必死に走る。
バッサバッサと、大きく風を切る音が近くまで聞こえてくる事に恐怖を覚えるが、足を緩める訳には行かない以上、気にしない事にする。
やっとの思いで両側を、背丈の十倍以上もある高い岩壁に塞がれた谷底に入り込み、其処を速度を落として駆けて行く。
狙い通り、俺が疲労のあまり弱ったと勘違いした、俺を獲物として追い回していた奴は、高度を低く飛び直ぐ後ろまで迫ってくる。
(風よ、運べ)
大口を開けて迫るそれに、魔法の風によって運ばれた其れが口の中に入ってゆく。
その事を後ろ目で確認しながら、最後の一踏ん張りで駆けるけど、それも後ろから聞こえる地面を擦る重い音と……。
「ぎ…ぎゃあ……ぁ……?」
自分の身に何が起こったのか分からない、哀れな鳴き声に足を止めて、後ろへと振り返る。
急がないとな。
使った薬は即効性だが、百を数える程しか効かない。
「悪く思うなよ」
ザシュッ。
力無く暴れる巨体に気をつけながら、反った片刃の剣を獲物の目に突き刺し。
(雷よ穿て)
(光よ、我に力を)
ビクッ
家を出た頃は、人間相手ですら軽い火傷と痺れによる麻痺しか引き起こせないレベルの低い雷の魔法でも、大人になって魔力が上がったため、脳に近い目に剣を深く突き立てられ、聖魔法で増幅を掛けられたら、上位の魔物を相手にもそれなりに効く。
例え今ので死んでいなくても、神経を雷の魔法でやられ動けないだろうし、そうなれば同じ事を今度は心臓に向けてやってやれば、確実に息の根を止められる。
「疲れたけど、今回のは大きかったなぁ」
魔物、ワイバーン。
馬車よりも遥かに大きい巨躯の持ち主であるこの空を翔ぶ魔物は、下からGから始まる魔物の中で、一応はAランクの魔物。
冒険者としてはDランクでしかない俺では、本来は倒せない様な魔物ではあるけど、準備をして罠に掛ければ、こうして倒せない相手ではない。
谷の全体に混乱を促す無臭の香を焚き。
冷静さを失って、近寄ってきた所に効果時間は短いけど、強力な痺れ薬を飲ませ。
地面に落ちた所を止めを刺す。
このやり方で、この山に住むワイバーンの群生地から、此処まで引っ張ってきて、これで五匹目。
無論、予め解毒薬を飲んでいる俺には薬の影響はないし、時間と共に直ぐに無害化する魔法薬だから、下手な扱いさえしなければ、そもそもそんな心配すら必要がない薬だ。
製法が無茶苦茶面倒なため、買えば高価な魔法薬だが、作れば安く済むし、こうしてほぼ無傷でワイバーンを仕留める事が出来たのだから、苦労した甲斐があったと言うもの。
魔物の核と言われる魔石は当然高値で売れるとして、ワイバーンの革は、軽く柔らかい癖に弾力性があり、保温性も防水性もあるから人気がある素材。
肉も肝も旨いから高く売れるし、角や牙や爪は武器や道具の素材にもなる上、薬や魔法の触媒、魔道具の材料にもなる。
基本、血以外は捨てる所が少ない魔物だ。
「さてと、解体するか」
これが一番、大変なんだけど、まぁ、俺の場合は魔法と道具の工夫で何とかね。
一応は解体用の汚れても良い上着や前掛けを着てから作業をするけど、水魔法で血抜きをしてやれば、血で汚れる事は少なくなる。
あとは、解体用の縫い合わせた皮のシートの上に運んで、只管解体。
内臓は後で処理するとして、皮を剥ぎ、肉を骨から削ぎ落とし、骨と筋だけにしてゆく。
不要な部位は成るべく此処に捨てておかないと、荷物が減らせれないからな。
切り分けて纏めたら、ポケットから粉末状の薬を出してそれらにふり掛け。
(風と水よ、彼の者を凍てつかせ)
(時よ、彼の者の時を遅らせよ)
(光よ、我に力を)
粉末は、肉などを凍らせるための補助用の魔法薬。
能無しの俺では、こんな大きな物を凍らせるなんて真似は出来ないから、魔法薬の力を借りている。
まぁやれる手段もあるんだけど、そっちは疲れるから、使い慣れた此方の方が色々とやりやすい。
まだアレは真面に扱える様になって、一年ちょいしか経ってないからな、危険のある場所ではあまり使いたくはない。
後はコイツらを、収納の鞄から取り出した雑のう袋の中に納めるだけ。
今回の獲物は大きかったけど、何とかギリギリ袋の中に収まりきった。
雑のう袋には時空系の魔法が付加されており、容量優先で、時間経過は三割ほど遅くなるだけの収納の鞄で、マリーが贈ってくれた物に比べたら、能力はもちろんの事だが見た目もあまり良くない。
ハッキリ言って、見た目的には革のズタ袋だからね。
これでも買うとなったら、かなりの金額がするのだけど、此奴はかなり安価に手に入れた物。
俺は此れを六つも持っているけど、一つは色々と生活道具が入っており、残る五つのうち四つには、今回の獲物であるワイバーンが既に一匹づつ入っているから、此れで一度に持ち帰れる最大量になってしまった。
「ふぅ〜、思ったより時間が掛かったけど、アイツまだいるかな?」
約束の五日目ではあるけど、もうすっかりと日が暮れようとしているから、今から麓まで降りても、間に合わなさそうだからな。
まぁ、先に帰っていても、追いつけそうなら追いかければいいか。
五日経っても帰って来なかったら、一人で帰れと言っておいて何だけど、あの森を一人で帰るのは、子供には少々厳しいだろうからな。
疲れた身体を引きずって、急いで山を降りて来たにも関わらず、案内役の子供を待機させている場所に到着する頃には、日はとっくに上り切っていたのは悪いとは思う。
「この、遅刻魔の大嘘つきっ!」
ぼすっ!
だからと言って、いきなりの罵声と共に、食糧やら水やら道具やらが入った袋を思いっきり打つけられるのはどうかと思う。
まぁ約束の期日に遅れたのは悪かったと思うし、それだけ不安の五日間だったのだろうから、目を瞑ってやってもいいが……。
「物を人に投げつけるのなら、せめて硬い物は出しておけ」
虫と獣除けの薪とかの角が当たって、マジで痛かったぞ。
(聖なる力よ、癒したまえ)
仕方ないから、こっそりと治癒魔法を唱え、痛み止めを行う。
まぁその後はとっと、撤収準備をして帰路につくんだけど……。
「まったく、帰ってくると言ったのに、心配かけやがって」
「へ〜へ〜、そりゃあ悪かったな」
もう、こんな感じで迎えられれば、何か言いたくもなるが、遅刻した俺が悪いから、其処は適当に流しておく。
魔物が周囲を彷徨く場所で、結界や魔物除けがあるからって、不安にならない訳ではないし、一定以上の魔物には効果のない代物でしかない。
だからこそ横穴から出るなと言い聞かせてあったのだけど、それが余計に不安を煽る事になっていたみたいだ。
おまけに、道中もそうだったけど、トイレは毎回ギリギリまで我慢していたらしく、俺の顔を見るなり岩陰に姿を消しているんだよな。
男なんだから、其処らで用を足しても問題ないだろうに、とにかくあまり姿の見えない所に行くなと注意しても、直す気がない様子。
挙句にしっかりと覗くなよと言っていくあたり、なんなのかなぁと思ってしまう。
其処らで用を足されても気にしないけど、わざわざ覗きたいとも思うかっての。
まぁ、心配をしてくれたのは本当のようだから、言いたい事は言わせておいてやる。
偶には心配されるのも、そう気分が悪い事ではないからな。
「ふはぁ~~、う、うま~~っ! なんだこれっ!」
「だろう」
だから、心配をかけたお詫びとして、その日の夕食は少しだけ奮発してやった。
少しだけ食料用の時間停止付きの収納の鞄に取り分けておいた、ワイバーンの肉を使ったステーキ。
少量のワインと香草で臭みを消して、後は塩と胡椒で焼いたそれは、高級肉だけあって、あんな小さな村で生活していたら、一生ありつけない様な物。
まぁ一切れ二切れ食べても肉の量が量だからな。
アイテムボックスの魔法や収納の鞄を持っていない冒険者は、大抵は捨てて行くから、あまり出回らないと言う事もあって、とても真面の値段で買う気にはならない代物だ。
「おし、今度はニンニクを効かせた奴を食わせてやる」
「えっ、お変わりあるの?」
「今日は特別だ。腐る前に食べた方が良いだろうしな。
ボウズも今の内に食えるだけ食っておけ」
まぁ、収納の鞄なんて高価な物を持っている事はバレたくないから、今日得た獲物から取り分けて来た肉を、食わせてやっていると言う事にしてある。
嘘は言っていないので問題はないだろう。
そうして賑やかながらも、それなりに楽しい時間はあっと言う間に過ぎてゆき、五日掛けて、案内人の子供であるレンの住む村に、当初の予定より一日遅れで辿り着く。
狩りに夢中になっていた事が一日の遅れの原因だが、その分の日当を少し割り増しで払うだけですみ、補償金は無事に返してもらったけど、今夜の宿を失ってしまった。
元々こんな小さな村に、宿なんて気の利いた物はなく、大抵は名主や大きな農民の家の一室を借りるのだけど、生憎と別の客が来ていて、此処に来た時に借りた部屋が埋まっているとの事。
仕方ないので、レンの寝起きしている家畜小屋兼納屋の二階にお邪魔する。
まぁ臭くて、色々と虫はいるけど、無いよりはマシだし、家畜の餌用の枯れ草が敷いてある分、布で被せてやれば、冷たく硬い地面に寝るよりも何倍もマシの寝心地だ。
少なくとも母屋の人間に気を使う必要がない分だけ気が楽だしな。
虫は、少し魔力と高めの魔法薬を消耗するけど、虫除けの魔法を使えばなんとかなるが、……此れで、一泊が一万モルトも取るのは、どう考えてもボリすぎだよな。
一日遅れた詫びの意味も込めて、素直に払ってはやったけど、普通なら雨でも降らない限り野宿の方を選ぶ代物だ。
「なぁオッサン、もう明日帰るのか?」
「帰るって訳じゃない、街を渡り歩くだけだ」
「なんだオッサン、家無しか?」
「冒険者の半数近くがそんな物だぞ。
あと家に着いたらオッサン呼ばわりはしないはずじゃなかったのか?」
「ん〜、忘れた。
もう寝るわ、おやすみ」
くそっ、結局、最後までオッサン扱いか。
しかし、……おやすみか。
母が生きていた時以来、この口の悪い子供と出会うまでは聞いた事のない言葉。
だが、……悪くないな。
今日は良い夢が見れそうだ。
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「い、いやだっ」
「煩いっ! 言う事を聞けっ!」
「絶対にヤダっ!」
「お前みたいな混ざり者を、今まで育ててやった恩を忘れたのかっ!」
……朝から聞こえる怒声に、せっかく良い夢を見ていた気がしたのに、一気にドン底に押しやられる。
小屋の板の隙間から入ってくる陽の光から、もうとっくに陽は上っているようだ。
きっと疲れが出ていたのだろう。
宿としては最悪だけど、寝心地はそう悪い物では無かった様だ。
しっかし、今のはレンとその親父さんの声だったような。
朝から何を騒いでいるのかと思うが、家の都合に首を突っ込んでも仕方ないから、身支度をして、とっとと村から出るのが正解か。
そうして、一晩お世話になった家畜小屋兼納屋の外に出た俺の目に映ったのは、レンとレンの親父さん、そして柔かな顔をしてはいるけど、胡散臭い雰囲気が拭いきれない中年の男。
「もう金は払った、お前に帰る家はもうない。大人しく付いて来るんだ」
「いやだっ! 誰が人買いなんかに付いて行くものかっ!」
……まぁよくある話か。
金に困った農民が、子供を売る事はそう珍しい事ではないからな。
おまけにレンの奴、たえず帽子を深く被っていて気が付かなかったけど、帽子が脱げてボサボサの緑色の髪から覗く特徴ある尖った耳は、どう考えてもエルフの物。
若い姿のままで成長の止まるエルフの奴隷は、色街や好事家に高く売れるからな。
まぁエルフは彼処まで薄汚れていないし、先程聞こえて来た話から、エルフの血を引いているだけの人間なのだろう。
耳の形も知っているエルフに比べると少し短いように思えるし。
「美味しい御飯や綺麗な服を着れるぞ」
「嫌だっ嫌だっ! そんな物で薄汚ねぇ中年親父に抱かれたくねえってのっ!
まだ餓死した方がマシだっ!」
「なんなら、婦人専門の店もある」
「一緒だっ!」
レンの吐き出す言葉に、思わず想像してしまう。
世の中、若い女よりも、幼い男の子を抱くのが好きな変態がいると聞くからな。
ほんの十日あまりとはいえ、一緒に旅をし寝泊まりしていたレンが、尻を掘られ苦悶を上げる姿を想像してしまい反吐が出そうになる。
まぁ女性専門の店にしても、ある意味男を相手にする以上に、性的虐待以外にも不満の吐口として虐待される等の噂を聞く。
『もう寝るわ、おやすみ』
不意に浮かぶ、昨夜のレンの言葉。
はぁ……、俺は何を考えているのか。
「あっ、お、おっさん、助けてくれよっ」
碌に知らない俺に助けを呼ぶのはどうかと思うが、それだけレンが必死なのだろう。
なり振りなど、もはや構っていられないんだ。
だが、流石にそれだけで関わる訳にはいかない。
感情だけで動いても、何も解決にはならない。
俺が犯罪者として追われる羽目になるだけだ。
「なんでだ?
此処で俺が口を出しても、どうせ別の人買いに売られるだけだぞ」
親が売る気があるのなら、口を出しても同じ事だ。
結局、どう足掻こうともレンにはもう帰る家はないし、親がこの村の名主でもある以上、もうこの村に居られはしない。
「覚悟を決めろ。
俺がしてやれるとしたら、その後だ」
「ゔっゔっ…ゔっ」
ボウズは悔しくて泣き叫ぶけど、仕方ない事だ。
俺と此奴は偶々出会っただけの赤の他人。
赤の他人のままでは、やれる事などないし、動く訳にはいかない。
「じ、じゃあ、オッサンが買ってくれよ。
ひ、ひぐっ、まだ買われるなら、…ひぐっ、オッサンの方がマシだ」
それしかないだろうな。
覚悟を決めて俺に救いを求めるレンの目に、俺も覚悟を決める。
「おい、ならば、そのボウズは俺が買う。
ちょうど一人旅にも飽きて来た所だ。
生意気な所はあるが、小間使いにするには丁度良い」
まったく、我ながら馬鹿な事をしたものだ。
情に流されても良い事なんて何一つないって散々痛い目を見て学んだってのに、俺は何をトチ狂っているんだか。
おまけに、ふっかけやがって、もう買い手がいるだの言っていたが、先程の会話だと決めている様には思えなかったぞ。
まぁ、それなりに予定はあっただろうから、迷惑料と思うしかないんだろうが、普通は、あんな汚いボウズなど、相場からしたら八十万モルトもしないと言うのに、横槍と言う事とエルフとの混じりと言う事での二百万も取りやがって。
渋々、小金貨二枚を払ってやったのに、奴隷用の首輪と手続き料金は別だと、更に相場よりかなり割増の五十万モルトを持ってゆきやがった。
今度の街で、少し金に変えておかねえと、手持ちだけではキツクなるな。
「おい、行くぞ」
「待ってよオッサン」
「オッサン言うな。仮にもお前の主人だぞ」
「ゔぅぅ、じゃあ、ご、御主人さま?」
ぞぞぞぞっ。
物凄い勢いで全身を走る怖気に、思いっきり苦虫を噛み締め、身体を振って怖気を振るい払い。
「やめろっ!
口の悪いボウズにそんな風に呼ばれて、本気で寒気がしたぞ」
「んなっ!
じゃあ、なんて呼べってんだよっ。
だいたいオッサンだって、名前で呼ばねえだろうがっ」
「俺はお前の主人だから良いんだよ。
って言いたいが、それはそれで物みたいで俺が嫌だから、レンと呼び捨てるぞ。
あと、俺の事は先生なり師匠なり呼べ、お前には色々教えていかないといけないから、その方が御主人様よりはマシだ」
「わかったよ。師匠。
えへへっ♪」
「なに笑ってんだよ気色悪い。お前は親に売られ、俺に買われたんだぞ」
「其処はもうどうでもいい。
いい加減に諦めが付いたし、自分で決めた事なら仕方ないと思えるもん。
ただね。ちゃんと名前を呼んでくれる事が嬉しかっただけ。
オイとかオマエとかじゃないからさ」
……ああ、それはなんとなく分かる。
自分を否定され続けている様で、嫌な気分なるよな。
おまけに、意見を言おうものなら、拳や蹴りが飛んでくる様な環境だったみたいだしな。
現に今も朝の騒ぎで、親に散々逆らったレンの顔は痣だらけだ。
たぶん身体にも彼方此方に痣が付いているんだろう事は、簡単に想像がつく。
まぁアレぐらいなら放っておいても後には残らんだろう。
後で薬は塗ってやるし、それでも痛がる様ならきちんと診るが、街に着くまでは様子見だな。
「なぁ、なんで道を行かないんだよ?」
「森の中歩いて行った方が、途中で薬草やらを採りながらいけるだろう。
ほれっ、此奴と同じ草を採れ、
採りすぎず、密集している所を間引くように採れよ」
早速文句を言う馬鹿弟子ことレンに、薬草採取の指示を出す。
こらこら、薬草を引き千切るな根本から一本一本丁寧に採れ。
あと、こっちのは棘に毒があるから気をつけろよ
あ〜っまてまてっ、そっと優しく籠の中に入れろ、潰れるだろうが。
薬草は山菜と違って繊細な物が多いんだ、其処は気をつけろ。
レンの村を発って五日間、こんな感じだ。
注意して見てやらないといけない上、薬草以外の物も籠の中に入っていて、その選別もあるから、かえって手間が増えている気がする。
だがまぁ最初は仕方ないか。
俺も覚えるまで……って、鑑定とアイテムボックスの魔法で、大分楽をしてたか。
LVが低くても、一時的に小さな物を沢山入れて置くには、アレは便利なんだよな。
二つの魔法を組み合わせると、採った物をジャンジャン放り込んで、出す時に自動で整理できるから。
「って魔物! 魔物除けが効いているんじゃないのかよっ」
「別に普段からそんな物を使っている訳がないだろ。
アレって意外に良い値で売れるし、作るのにも手間が掛かるんだぞ」
それと、少し離れた所に彷徨いているオーク三匹を見て悲鳴を上げるのはいいが、それって逆に呼び寄せるだけって分かっているか。
呆れながら注意する俺に、レンは尚更慌てるかのように。
「そんな事を言ってないで逃げないとっ。
あいつら人を攫って子を産ませるんだろっ!?」
「ああ、人だろうが猪だろうが、雌との間に交尾をして子を成す奴だけど、流石に男や雄相手に突っ込むほど見境なくはないぞ、食用にされるだけだ」
「一緒だってのっ!」
全然違うと思うが、まぁ普通の子供のレンが、魔物を怖がるのも無理はないか。
それに、偶に突っ込めれば、相手は何でも良いなんて個体もいると聞くしな。
何方にしろ、流石にLV1の俺でも、オーク三匹くらいは余裕で倒せるぞ。
「あと、レンが今言っていた様に、あいつらは女を攫う事もあるから、目撃したら可能な限り狩るのが、冒険者ギルドに籍を置く者の義務だ。
賞金も雀の涙程度ではあるけど一応は出るしな」
(風よ、纏え)
(火よ、猛れ)
(水よ、導け)
(光よ、我に力を)
レンも怖がっているし、とっとと済ますか。
この五年で身体が成長した事もあって、これくらいの身体強化の魔法では、筋肉痛で苦しむ様な事はもう無くなったので、気兼ねなく使える。
下から二番目のFランクの魔物なら、身体強化を使わなくても倒せるが、アレくらいは余裕で倒せるって所を一応は見せておかないとな。
と言う訳で、アッサリと終了。
見せ場?
只のオークなんぞを相手に、詳しく説明する必要はないだろ。
「す、凄え、……あっという間かよ」
アハハっ、もっと尊敬しなさい。
威張っては見せたものの、オーク三匹程度を相手なら、一人で活動するような冒険者は、大抵は苦も無くやっつけれるんだが、問題は此処からだ。
「よーし、じゃあ此処で最初の特別講義だ。
オークの詳しい生体を教えてやろう」
「生態って、女を犯すどスケベ魔物って事じゃないのか?」
それはそれで合っているのだが、レン、随分と其処に拘るね。
問題は其処じゃなくて、俺が言っているのは生体。
「はい、これ持って」
「大振りのナイフ?」
「ああ、解体用のナイフだ」
「……へっ?」
オークって、二足歩行の豚の魔物だから喰えるんだぞ。
何気に豚よりも美味しい、高級肉だったりするし。
さぁ美味しい肉のために頑張れ〜、いい経験になるぞぉ〜。
三体もあるから失敗は恐れるな。
「し、し、し、師匠のアホ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
ああ、そんな大声を出して、また魔物が寄って来たらどうするつもりなんだか。
それと、魔物の解体は冒険者の基本技能だから、嫌じゃなくて、頑張って覚えよう。
なに、野兎を解体した事があると言っていたから、大した差はないさ。
大きさとグロさが、数十倍以上も違うだけでな。
「うぐぐっ」
「おーい、いい加減に泣くか食うか何方かにしろ。
せっかく美味い肉が不味くなる」
「美味いから悔しいんだよ。アホ師匠っ」
相変わらず口の悪いレンだが、今日の所は仕方ないか。
何せ三体も解体させておいて、持って来たのは魔物の核である魔石と討伐の証も右耳三つ、それと肉一塊だけで、残りは全部地面に穴を掘って捨てて来たからな。
俺のアイテムボックスも、収納の鞄もオークの肉を入れれる程の空きがないから仕方がない。
それでも三体も解体させたのは、レンに解体の技術を叩き込むためだし、最初の一体は、血抜きもせずに解体してエライ目にあっている上、その間に木に吊るして血抜きをさせた物との比較。
そして三体目は、俺が魔法で血抜きした物との比較で、持って来ているのはこの三体目の肉。
一応は一体目と二体目も、比較用で一口分ずつの肉を持って来たけど、まぁ血抜きも碌にしていない一体目なんて血生臭くて食えた物じゃない。
魔法で綺麗に血抜きした物は、今、レンが食べている塩だけで味付けした大振りの串焼きを噛み締めて食べている姿を見れば分かる通り、別物の肉と言って良い。
まぁその間に、俺は小鍋でオークの生姜焼きを作っているんだけどな。
本で読んだ知識を元に、大豆を発酵して作った秘伝のタレが味の決め手だ。
「ほれっ、出来たぞ、食え食え。
美味いぞぉ〜〜」
「うぅ……、美味いから、余計に悔しい」
「運べないし腐らせるだけだから仕方ないだろ。
まぁ勿体ないと思うなら、今ある分をよく味わって、美味いと思ったら笑え。
それが命を奪って、その肉を貰う者の責務だ」
冒険者は、碌な食生活をしていない人達が多いが、俺はそんなのは御免だ。
伯爵家の生まれで、贅沢な料理に慣れていたと言うのもあるけど、出来るだけ真面な物を食べて、美味いと言う思い、また食べたいと言う思い、そして美味しいと言ってくれる言葉を糧に生きていたい。
アイテムボックスの魔法はレベルが低くて一時的に使かえる程度だけど、幸いな事に妹のマリーが贈ってくれた収納の鞄は容量が少ないながらも、時間停止機能がある高性能あったため、比較的まともな食材を運べる環境があったから、必死に料理を覚えたさ。
まぁ、過去にその収納の鞄を、今まで面倒見た迷惑料だと奪おうとしたパーティもあったけど、屋敷を出る時に執事のルードの助言通り、俺にしか使えない様に紅血設定とギルドに登録してあったのが幸いして、奪われる事を回避できていた。
……登録料と年会費が、結構痛いけどね。
「ああ、そうそう、これ、パンに挟んで食べても美味いぞ」
「もっと早く言えよ馬鹿師匠っ!
もう殆ど食っちまったよっ!」
せっかく教えてやったのに、理不尽な奴だな。
おかわりすれば良いだけだろうが、……もうお腹いっぱいで食べれないと。
とりあえず明日の朝はそれで作ってやるから、機嫌を直せ。
うん、飯の約束一つで機嫌が良くなるチョロイ奴で助かった。
ゴリゴリゴリ。
「うぅ、なかなか細かくならねえ」
「もっと力を入れるんだよ」
「入れてるよ」
「姿勢が悪いからだ。ほれっ、こうして」
「あ、あっ、あまりくっつくなっ」
「知るかっ、とにかくこうやって体重を掛けて動かせ。
子供の力なんて高が知れているんだから、それでもやれる方法を工夫して探すんだよ」
飯の後の寝るまでの時間を利用して、とりあえずレンには簡単な薬石の処理の仕方を教えている。
薬草と違って、薬石は硬いが扱いが雑でもなんとでもなるからな。
俺は俺でその間に、この間とって来た皮の加工作業。
塩水に浸けた皮を、今度は石灰に漬けたり、脱灰作業をしたり、魔法を使って楽をさせてもらっているけど、元のスキルレベルが低いから、あまり作業工程は飛ばせない。
せいぜい道具と時間を短縮させれるだけで、作業その物は丁寧に行う必要がある。
こう言う事をやっていかないと、皮は革にならないし、この辺りをするのとしないのとでは、値段に大きく差が出てくるからな。
とある事情で、収納の魔法を付加させた雑のう袋を、更に収納の鞄の中にしまうと言う荒技を使える俺だからこそ、こうやって旅先で作業をやれているけど、普通の冒険者達は拠点となる屋敷でも持っていない限りやれない作業だ。
まだ子供のレンは、とっとと早く寝かすけど、俺はレンの眠りを妨げない様に作業ではなく、魔力の循環と制御の鍛錬。
魔力の循環と制御の鍛錬は、歩きながらでもやってはいるけど、座って落ち着いてやるのとは、また鍛錬内容が別だからな。
そうして、レンが俺の弟子という名の奴隷になってから十日程。
薬草や薬石の収集をしながらも、昼過ぎにランディッシュの街に辿り着く事が出来た。
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