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15.俺の知っているアイツは、もう何処にもいないのだと。






 視界を覆い尽くす、白く濃厚な靄が晴れ渡ると、其処は深い森の中。

 おそらく転移の魔導具の仕業、いや、ロックゴーレムの奴の仕業だろう。

 あらかじめ指定しておいた座標に、ロックゴーレムの意思で魔導具が作動する様にしておいたのだと思う。

 そうでなければ、あんな都合よく転移される訳がない。


「師匠、此処は?」

「さあな。

 森の中なのは確かなようだが、夜になって星を見て見ない事にはなんとも言えん」


 後ろから声を掛けてくるレンの声に、離れ離れにならなくて良かったと、安堵の息を吐きながら、周囲をあらためて見渡す。

 星を頼りにするにしても、もう少し見晴らしの良いところに一度は出ないとな。

 此処では森が深過ぎて、星の位置を碌に確認する事ができん。


「ねぇ、師匠……、あいつどうなったのかな?」

「さあな。

 上手くいった事を祈るばかりだが、今は確認しようがない」


 ダンジョンは、ダンジョンコアを失えば消失する。

 ダンジョンが生み出した魔物は、余程年月経た魔物以外はダンジョンと共に消失し、ダンジョンに潜っていた冒険者達は強制的にダンジョンの外に転移されるが、魔力渦に揉まれるため、かなり衰弱する事は知られている。

 ダンジョン消失前に帰還石などを使えた連中は別だが……。

 まぁ、ダンジョンの入り口には見張りの建物があったから、おそらくダンジョンに潜っていた奴等は大丈夫だろう。


「いつまでも此処で考えていても仕方あるまい。

 明るい内に開けた場所まで移動するぞ」

「ぅ、うん」




 ぱちっ。

 ぱちっ。


 まだ水分を含んだ薪が、時折音を立てて弾ける。

 一応は魔法で乾燥させて使ってはいるが、多少は仕方あるまい。

 あれから小一時間ほど歩いた開けた場所で、そのまま夜を待ってテントを張って野営をする事にしたが、どうやら俺達がいる場所は、星の位置と周囲の地形から、ダンジョンのあった山々の反対側。

 通ってきた町とは違うが、近くの町まで五日ほどの場所だ。

 魔物の領域ではないが、魔物がいない訳ではないし、魔物以外の危険な野生動物はいるから油断はできないが、冒険者にとってはごく普通の事。


「ふぅ、……茶が美味い」


 心にもない事を口にして、自分を誤魔化す。

 正直、味を感じない。

 友人を一人失ったかもしれないと思うと、どうしても感傷的にもなる。

 レンはとっくに寝かしつけた。

 日々の鍛錬だと体を酷使させ、更に魔力を限界まで使わせたため、朝まで目が覚めはしないだろう。

 今は下手に何かを考えさせない方が良い。

 何かあったら、荷物は諦めて俺が抱えて走れば良いだけだ。


「あいつ、自由になって、どうするつもりだったんだろうな」


 ダンジョンの奥に縛られるのは辛いと言っていた。

 以前にも生まれたばかりの所を、無理やり魔物化されて辛いと。

 殺すのも、殺されるのも嫌だと泣いていた。

 だが、ダンジョンの外に出たところで、殺し殺される世界である事には違いない。

 ただ、それだけではないと言うだけで。

 でも、だからこそ憧れたのかもしれないな。

 レンに何か本を与えていた様だから、あいつ自身も本を読めたのだろう。

 そしてダンジョンが与えた知識意外にも、人の書いた本から得られた外の知識の違いに、心を刺激されたのかもしれない。

 いや、俺とレンと言う異物が、余計にそうさせたのだとも考えられる。


「……流石に、今日は眠れそうもないな」


 それでも、少しは仮眠をと思うが、それまではせめて今夜一晩くらいは、あいつの事を思い浮かべてやりたい。

 初めて出会った頃からの、慌ただしいダンジョンを作る生活。

 約二年越しに再開し、ゆったりとした此処数ヶ月の生活。

 時間にしては、二つ合わせても半年もなかったが、それなりに濃密だった気がする。

 そう言う意味では、レンも同類だな。

 おそらくは、一生忘れる事はないだろう。

 そう言えば、あいつ最期に何か言っていたな。

 ああ、そうだ、たぶん名前だ。

 相変わらず低くて聞き取りにくい声だったし、目の前の事に集中していたから、よく聞き取れなかったが、確かにそんな事を口にしていた。

 だから、口にする。

 もう会う事の出来ない友人の名を。


「ノーミード、生きていたら、また会おうな」


 天に祈る様に星空を仰ぎながら、そう心のままに口にする。

 会えるものなら会いたいと言う想いを乗せて。


「やっと呼んだわね。

 どれだけ待たせるのよっ!」

「……、……、……」


 だと言うのに、突然に聞こえた高い声に、思わず思考が停止する。

 その後に、突如として目の前に出現した少女。

 いや、気配からして妖精で、姿形が変わろうとも、それが誰なのか、直ぐに理解できた。

 ……出来たのだが、心がそれに追いつかない。

 ぁー……。

 ぇー……。

 今一度天を仰いで、目を瞑り大きく息を吐き出して、あらためて真正面を見る。

 そこには一見、鮮やかな茶色い髪の少女がおり、歳の頃は十から十二歳と言ったところか。

 レンと違って多少は女性らしい身体付きのようだが、はっきり言ってこのくらいの歳頃の子の身体付きなどには、なんら興味はない。

 まぁ健康そうか、不健康そうか程度だ。


 と言うか、お前、女だったのかと、何時だったか口から溢れた言葉が、再び俺の口から溢れ、それが耳に届いたのか怒り出しはじめる。

 どこからどうみても女だったと言うが、ヒヨコと一緒でロックゴーレムの性別なんぞ見た目で分かるものかと言いたい。

 と言うかロックゴーレムに性別なんぞあるのか?

 他にも、なにやら呼んでくれないと空間移動で飛べないし、空間移動はダンジョンの力の残滓を利用した物だから、気軽に使えずに只管待つしかなかっただの、文句を言ってくるが、知った事ではない。

 説明もされていない事を察しろと言われても、無理だとしか言いようがない。

 よし、この横暴さはアイツらしいとして、まずはハッキリとさせないといけない事がある。


「あらためて聞くが、お前、ノーミードだよな?

 そして、もしかして俺達に付いてくる気か?」

「へ? 当たり前でしょ。

 私は貴方と契約したんだし、住処であるダンジョンを壊したのも貴方なんだから、責任を取るのは当然でしょ」

「契約を承諾をした覚えはないし、ダンジョンコアを破壊したのはお前の望みだろうが。

 と言うか、随分と流暢に喋れるようになったな」

「承諾したじゃない。

 迷惑を掛けるわよって言ったら、構わないって。

 だいたい魔法陣の中に、ちゃんと精霊契約の文言もあったわよ。

 ……バレにくいように、散らしてだけど」


 そう言う意味で承諾した訳ではないし、あんな複雑な魔法陣をあんな短い時間で全て読み取れる訳がないだろうが。

 と言うか、ほぼ詐欺だろう。

 こいつめ、初めからそれを狙ってギリギリまで、魔法陣を見せなかったな。

 時間がない事と緊急だと言う事を匂わせて、不利な契約に署名させる事は、悪質な商人や貴族がよくやる手だとは言え、この俺がまさか引っかかるとは。


「あとあと、精霊契約を利用しないと、流石にダンジョンマスターの役目から解放されなかったからと言うのもあるし。

 貴方なら契約しても信頼があると言うのもあるから。

 それと、普通に話せるようになったのは、これが本来で、貴方の知る姿の時は、無理やり力を上げられていた代償で、ああ言う喋り方しか出来なかったの」


 ……ぐっ、確かに普通の手段では、ダンジョンコアとの繋がりなんて、消滅以外に繋がりを断ち切る手段んあんてある訳がない。

 こいつが元々精霊だったからこそ、できた抜け道だっただけにすぎないのだろう。


「契約の件は仕方ないにしろ、別に付いて来なくても、精霊世界の戻れば・」

「受肉しちゃっているから無理っ!

 おまけにダンジョンコアとの繋がりから逃れるために、貴方との契約と共に強化しちゃっているもの」

「……やっぱりか」


 なんとなくそんな気はしていたが……、

 元々、ダンジョンの力で無理やり【受肉した精霊】に変質させられた上に魔物化された訳だから、ダンジョンコアとの繋がりを絶って再構成したとは言え、影響は免れなかったと言う事か。

 しかも、湖の精霊ヴィヴィアンに精霊の気配を感じる能力を貰っていなければ、目の前の少女が精霊だと気がつかない程となれば、精霊界に戻るなど簡単にはいかない話。


「……分かった勝手にしろ」

「うん、そうする。

 ああ、あらためて自己紹介するわね。

 土の正四位精霊、ノーミード。

 ミーでも、ミー様でも好きに呼んで。

 あっ、でもミーちゃんとか呼んだら殺すから。

 私、猫じゃないからね」


 長い髪を頭の左右の高い所で分け、猫の耳のように見えるリボンで飾っているから狙っているのかと思ったら、そちらは違うのかと口にはせず、ミー様呼ばわりだけはしないとだけ言っておく。


「あと、四位とか言ったが、それは本当か?」


 彼女の体内魔力を探るが、どう考えてもそこまで力があるようには思えない。


「ほ、本当よ。

 だから前もって言ったでしょ、力を失うって」

「あれは、クリスタルゴーレムとしての力だけではないって事か」

「実際には、ダンジョンコアの消失と共に一度身体が消滅して、消滅し切る前に再構成したようなものから、力を取り戻すには、たぶん長い時間が掛かるかも。

 人間で言えば、赤ん坊からやり直す様なものだからね。

 あっ、でもでも、カイルを通して力を使う分には問題ないわ。

 私の身体を門にして、精霊界側(アストラルサイド)から物質世界側(マテリアルサイド)に干渉する力そのものは失っていない訳だから」


 ほう、精霊魔法と言うのは、そう言う仕組みだったのか。

 その辺りの事を突っ込んでみると、どうやら俺達が使う魔法は、魔力で現象を再現したり、世界の法則の一部を擬似的に書き換えて作用するのに対し、精霊魔法は生き物であればその精神体側対して行ったり、世界の法則そのものに直接働き掛けて現象を引き起こす分、効率が違うらしい。

 学者の中には、精霊界側(アストラルサイド)こそ、世界の本質だと唱える者も多いと聞く。

 なるほど、そう考えれば強力な訳だ。

 そして、湖の精霊が俺に掛けた精神魔法に対して、気が付く事も抵抗する事もできないのも納得だ。

 人間の持つ魔法の殆どが、物質世界側に直接干渉するものが大半で、精神感応系は人が生み出した魔法すら防ぐ事が難しいのに、元々精霊世界側の生物である精霊が、直接裏側から働きかけていたのならば、防げなくて当然だ。

 少なくとも対策を取らない限り、いきなり問答無用で掛けられて防げる人間は、精霊魔法の使い手以外にはいないだろうな。


「実際、精霊として扱うかどうかはともかくとして、一緒に旅をする以上は、旅を共にする者としての役目を果たしてもらうぞ」

「ん〜〜、夜伽とか?」

「今直ぐに放り出すぞ」

「こんな可愛い娘を捕まえて酷い」


 性質(たち)の悪い冗談は嫌いなだけだ。

 とりあえず一緒に旅をする以上は、役割分担をしてもらうし、子供のくせにそんな冗談が出てくるくらいだから、当然一般常識があるはずもないと判断し、当分は俺の弟子扱いだと伝えておく。

 うるさい、ぶ〜ぶ〜言うなっ。

 そう言うのはレンで間に合っている。

 だから、レンにだけ甘いとか言うな。

 これでも、散々鬼だの人でなし呼ばわりされているぞ。


「仕方ないわね。

 お世話になるのだから、そこは妥協しておくわ。

 そう言う訳で宜しくね」

「それは良いが、何故、人の膝の上に乗る?」

「えぇ〜、いいじゃない、これくらい。

 あの子にだってしているでしょ」


 おそらくレンの魔力循環鍛錬の時の事を言っているのだろうが、アレは修行の一環であって、って持たれるな。

 と言うか、人の腕を取って前に回すな。


「お腹が空いたの。

 魔力(ごはん)もくれないの?」

「ぐっ、だからって」

「だって、この方が効率が良さそうだもの」


 まぁ、おそらくそうなんだろうがな。

 口で食べる訳ではないだろうから、魔力と接触面積が大きい方が効率が良いのは確かかだと思う。

 と言うか、受肉しても魔力を食べるのか?

 聞いてみたら、どうやら両方いけるようだ。

 基本的に人間と同様に、食物を摂取すれば良いが、力を多く使った時などは、魔力の直接摂取を必要するのだとか。


「あとは嗜好品感覚かな」

「それを聞いて従うとでも?」

「お腹が空いたなぁ〜」


 くそ、子供の姿でお腹が空いたと言われたら、知らない仲でもないし、俺も鬼ではないからどうしようもない。

 レンの魔力循環鍛錬の応用で、魔力をゆっくりと循環させるように流すと、膝の上で俺の胸元に体重を預ける少女ミーは、心地良さそうに目を瞑る。


「カイルの魔力、気持ち良い〜♪」

「そうかよ。だが少しだけだぞ」


 街道から離れた夜の森の中だ。

 どんな危険が何時襲うか分かったものではない。

 レンは朝まで目が覚めないだろうし、腕の中の少女はダンジョンの残滓を使ったとは言え、本人の魔力を使っていない訳がなく、それなりに力を消費している。

 なにより、精霊としての力を大きく失った今のミーの力は当てに出来ないからな。

 まぁ、それでも、今夜くらいは優しくしてやるか。

 成功したとは言え、生き残れるかどうかは賭けだったはず。

 初めて出会った時に死にたくないと泣き喚いていた此奴が、一番怖かったはずだ。

 その御褒美にゆっくりと、優しく、魔力を流し込んでゆく。

 とくん、とくんと。

 腕の中の少女の呼吸に合わせるように。




 =========================




「あそこは私の場所っ!」

「私の御飯だから、問題なしっ!」

「私の鍛錬の場所専用!」

「何時まで頼ってるのよっ。

 本当はもう必要ないんじゃないの?」

「そんな事ないもんっ!

 師匠が下手くそだから中々覚えれないだけ!」

「へぇ、そう?

 私には上手だけど。

 特に相手を気持ち良くさせる事が」


 太陽がすっかりと姿を現した朝から、鳥の囀りの代わりなのか、二人の少女の言い争いが、深い森の木々に染み込んでゆく。

 まぁなんだ。

 ミーが無事だった事に安心したのか、いつの間にかミーを膝の上に乗せたまま眠り込んだようで。

 ミーはミーで寒かったのか、身体の再構成で疲労していたのか、そのまま俺の胸に背を預けて眠ったらしく、朝目を覚ましたレンが、その姿にいきなりミーを突き飛ばして起こした。

 まぁこれだけ聞けば、師匠の俺の取り合いと微笑ましく聞こえるが、今の会話の内容を聞いて喜べるほど、俺は能天気ではない。

 要は練習道具(・・)御飯(・・)扱いでしかない訳だからな。

 このまま放っておいても良いのだが、あまり剣呑な事になってもらっても、この先が大変なので諦めて声を掛けてみる事にする。


「お前らさ、喧嘩をする前に、普通は確認すべき事とかがないか?」


 ミーの正体とか、これからの事とか。

 色々考えるべき事があるだろうが。


「え? そんなの今更でしょ」

「うん、一目であのロックゴーレムって分かったし」

「いや、だって姿形が違いすぎるだろ、しかも女だったし」

「「……、……」」

「な、なんだよ、そんな呆れ果てた目で二人して見て」


 先程までギャーギャー騒いで言い争っていた癖に、息を合わせて同じように溜息を吐くだなんて。

 お前ら仲が悪いふりしていても、実は仲が良いだろっ。


「別に、師匠が気が付いていなかった事に呆れてただけ」

「そうよね。そりゃあ確かに見た目では分かり難かったかもしれないけどさ」

「「ないわ〜〜」」


 お前らな。

 なにか疲れが倍増するのではなく、相乗効果で増えるような気がするのは気のせいか?


「まぁ師匠が鈍いのは今更だし」

「そうね、カイルが鈍いのは今更よね」

「なにかどうでも良くなったから、朝食の支度でもしよ。

 えーと、その姿なら食べれるの?」

「勿論、前々から人間の食べ物って食べてみたかったのよね。

 手伝える事はある?」

「ああ、師匠は睡眠不足で失敗されても困るから、寝てて。

 出来たら起こすから」

「そうそう、女同士の会話に男って邪魔だから」


 もう勝手にしてくれ。

 なんと言うか俺もどうでも良くなり、レンの言う通り睡眠不足もあって、ほんの短いながらも、食事が出来上がるまでひと眠りさせてもらう事にする。

 ほんの短い時間でも体力と頭を回復させる術は、冒険者にとって必須技術だからな。




 =========================




 とりあえず、サンハーラの街に向けて、何時ものように採取をしながら歩くのだが、まだ冬の終わり春の初めの季節なので、この辺りは採取出来る物は限られているので、本当についで程度。

 だから街まで、それほど日数は掛からないだろうが、野宿や野営は避けようがない。

 この辺りは冒険者だけでなく、旅をする者全て当てはまる事なのだが。


「ふふふ〜ん♪

 どう? 私だって、なんの準備をしてこなかった訳じゃないのよ。

 お師匠様、私の事を見直した?」

「着替えとか、一切持ってこなかった癖に」

「レン、うるさい」


 目の前に、突如として出現した小さな古屋。

 大きな馬車ほどもあるそれは、一見、小さな納屋か御不浄小屋に見えるほど、小さな物ではあるが、時空魔法が掛かっているのか、扉を開ければ、其処はちょっとした家ほどの広さがある。

 台所に食卓と居間が一部屋としてあり、お手洗いだけで無く風呂場もあるほど。

 外からは窓もない癖に、中からは外の様子が分かる窓がある辺り、かなり高度な魔法が掛かったレア度の高い魔法道具(マジックアイテム)である事には違いない。

 ちなみに、ミーが俺を『お師匠様』と言うのは、レンに引き続いて不名誉な疑いを掛けらる事になる危険と、一般常識がないであろうミーに色々教える必要があるため、付いてくるなら弟子扱いすると言う約束の下に呼ばせている。

 レンのように『師匠』でないのは、レンと違って敬うわよと言うアピールらしいが、その割には扱いは大差ないのは、ご愛嬌と言う事にしておこう。

 どうせ口だけだろう。

 時折、呼び捨てにしてくるのがその証拠だ。

 だが、まぁ……。


「凄いな。

 助かるのが正直な所だが、良いのか?」

「勿論、私は師匠様の物だから、この携帯小屋もお師匠様の物よ」


 まぁミーが俺の物どうこうなんて言う悪趣味な冗談はさておき、この魔法道具(マジックアイテム)の家なら、安心して夜を過ごせるな。

 どうやら高度な防御魔法と、隠蔽魔法も掛けられているようだし、それを掻い潜ってきた場合に対して、小屋内にいる者に知らせる機能まであるようだ。


「人目のないところなら、三日に一度は使わせてもらおう」

「「はっ? なんで?」」


 時折口喧嘩をしている割には、本当、こう言うところは二人とも息があっているよな。

 何かなんであるのに使わないのかだの、毎日風呂が入りたいだの言っているが、こんな便利な物に頼りきっていたら、冒険者として成長はしない。

 冒険者として野営の技術と危機察知は必須。

 こればかりは、経験を積んでゆかないと身に付かないし、周囲を警戒しながらも心と身体を休ませるのも大切な技能だ。

 体力のない二人に合わせて、三日に一度と言っているだけ優しい方だぞ。

 だいたい、こんな如何にも高そうな物を、人目が付く街道沿いで使った日には、一発で狙われる事になる。

 高価な物を見せびらかせないのも、厄介毎に巻き込まれない方法だ。


「見た目は質素じゃん」

「そうそう、何処にでもある小屋だし」

「いきなり現れたら、どんな質素に見せかけてあっても、不審に思うっての。

 小屋に掛けられた隠蔽の魔法だって、高度ではあるけど完璧じゃない。

 俺程度が違和感を感じるくらいだから、世の中には見破れる人間なんぞ幾らでもいるぞ。


 あぁ〜、うるさい、うるさい。

 いくらブーたれようが、そう決めたんだから文句を言っても無駄だ

 だいたい、どう少なく見繕っても、五億モルトはするような魔法道具(マジックアイテム)を見せびらかしながら旅なんぞ出来るか。

 善良な商人だって、強盗に早変わりしかねんのだぞ。

 俺はそんなものより、二人の安全の方が大切なんだよ。




 =========================




 サンハーラの街にある、飯宿【子熊亭】。

 俺がこの街で使う常宿ではあるのだが……。


「あぁ〜〜っ、てめえ、いつから奴隷商に成り下がりやがったぁ」


 看板に偽りありと、何処かに訴えたいような、厳つい髭面顔で巨漢な男が、上から見下ろしながら威圧をかけてくる。

 おまけに、額から頬に掛けて大きな傷跡があり、尚のこと迫力があるのだが、これでもこの宿の主人で、子供好きで有名だったりする。

 大抵は、この凶悪な顔と雰囲気で泣いて逃げられるらしいけどな。

 そして、こうして腕まくりしながら、先程まで厨房にいたのか、包丁片手身睨みつけている理由は、今更言うまでも無く、俺の後ろにいる二人の少女が、誤解を与えたらしい。

 少なくとも、顔を真っ赤にして怒り心頭な辺り、根っからの子供好きだと言うのは本当のようだ。


「誤解しているようだが、奴隷商になった事はないし、今後もなる気もない。

 片方は奴隷と言う事にはなっているが、二人とも俺の弟子だ。

 奴隷の首輪を付けている方だって、ギルドに家族相当登録をしてあるし、教会にも事情を話して所有者固定登録をしてある」


 今までの経験上、幾ら俺が無実だと言っても無意味だと分かっている。

 だから、ここは公的な機関で信頼のある機関の名前を出す事で、相手に冷静になってもらう作戦。

 教会にもギルドにも登録してある事は本当の事だし、首輪に刻まれた教会の印を見てもらえれば、正当な手続きの下で一緒にいるのだと証明できる。


「ほう、つまり愛玩動物として連れ歩いていると。

 つまり殺しても良って事だな」


 だからと言って、奴隷商としての疑惑が晴れたとしても、不名誉な疑惑がなくなる訳ではないがな。

 ああ、奥さん、良い加減に旦那さんを止めてください。

 腹を抱えて笑っているところを見ると、誤解だと分かっているんでしょうが。

 御主人、本気で斬り掛かろうとしてますよ。


「へっ、だったら、とっとそう言えっての。

 あぁ、お嬢ちゃん達、怖い多いさせてすまなかったな。

 お詫びに、夕食にデザートを御馳走させてもらうからな」


 とりあえず宿の主人の奥さんの取りなしもあって、無事に誤解は解けたが、相変わらず憮然とする思いをさせられるのは、いい加減になんとかしたい気がする。

 俺としては、行き場のない二人を保護して、弟子にしただけなんだがな。

 褒められる事こそすれ、犯罪者呼ばわりされる謂れはないのだが、……これもそれも皆んな、幼女趣味性的愛好家(ヘンタイ)や違法奴隷商が悪い。

 アイツらは平気で子供を攫って、売ったり買ったりしているからな。

 そう言う連中から、被害者を守ろうと言う動きは良い事ではあるが、だからと言って誤解をされて責め立てられても構わないと言う訳ではない。


「んふふふっ、得しちゃったね」

「デザートか、どんな物か楽しみだわ」


 だと言うのに、師匠が酷い疑惑をかけられて疲れていると言うのに、コイツ等と来たら。

 いや、止めておこう。言っても無駄だ。

 部屋は相変わらず二人用をひと部屋。

 レンとミーなら身体が小さい分一人分のベッドで寝れるだろうし、テントでも俺は以前のように外で外套一つで過ごして、二人に使ってもらったからな。

 テントよりは広いのだから、文句はあるまい。

 あると?


「せっかく、師匠とじっくりと勉強と鍛錬だと思ったのに」

「そうそう、邪魔者なしで、お師匠様を、じっくりと食べれると思ったのに」

「お前等な、もし二部屋取ったとしても、お前達二人が同じ部屋で、俺は別部屋なのが普通だぞ」

「「何故っ!?」」


 何故も何も、なんでそう思うんだ? 意味が分からん。

 普通は、男と同じ部屋である方が嫌がるもんだろうが。

 あとミー、人を食べ物のように言うのは止めろ。

 もし誰かが聞いていたら、聞きようによっては要らぬ誤解を招きかねない台詞だぞ。

 特に俺がな。

 頼むから、精霊である事を匂わすような言動は控えておいてくれ。


「二人とも、いい加減にくだらない事を言ってないで荷物を解いておけ、俺はその間に風呂の準備をしてくる」


 ミーに刺激されたのか、レンが以前より一生懸命に勉強も修行もする様になったのは良いが、何か変なところでミーと張り合っている様な気がする。

 まぁ女の子同士だと、ああ言う物なのかもしれん。

 俺も子供の頃、ジルとは結構張り合って、時にはムキになったりしたから、人の事は言えんか。


「さて、本気でどうするかな」


 二人が互いに何やら牽制している事も問題だが、先ずはミーの事だ。

 街に入るのは、Bランクの商業ギルドカードで素通り出来たが、ミーの身分書をどうするかなんだよな。

 レンの様の場合は一応は生まれ育った場所があるし、奴隷商人による手続きだとは言え、奴隷の証の首輪が証明書代わりになったし、今ではギルドで発行したギルドカードがある。

 だけどミーの場合は、元となる身分を証明する物が何もない。

 人間ではなく精霊だから、当然と言えば当然の事なのだが、無いと色々と拙い。

 現状では、俺が何処からか攫って来たか、誑かせて連れて歩いている扱いされても文句は言えない。

 それこそ違法の奴隷商だとか、|幼女趣味性的拉致犯罪者ヘンタイ・クソヤロウとして投獄されかねん。


「やはり、教会を頼るしかないか」


 困った時の神頼みと言えば聞こえは良いが、下手な小細工をして大きな問題になりかねんからな。

 これが逆に普通の少女であれば、幾らでも誤魔化しようがあるのだが、正体が受肉した精霊となれば問題を引き寄せかねない。

 ある意味、エルフの子供より狙われる可能性が高い。




「……、……神よ。

 少々お待ちくださいませ、上の者に聞いて参ります」


 案の定、教会にとっても悩ましい案件だった様だ。

 最初からなるべく上の者に相談をしようと、最初にそれなりの寄付金を包んだのだが、どうやら一番上に判断を仰ぐ程だったらしい。

 それにしても、あの神官、随分と青い顔をしていたが、大丈夫か?


「精霊様に、神の御加護があらん事を。

 邪な者の手が(・・・・・・)伸びぬ事を、心よりお祈りさせて戴きます」


 結果的に言えば、心配は杞憂だったようで、かなりのお布施と引き換えにミーの身分証を発行する事はできた。

 何気に、『邪な者の手が』の所で俺の方に視線を向けられた気がしたが、そこは気にしない。

 ともかく教会的には、精霊界は神と人間が住む物質界の間にある世界扱いで、受肉した精霊と言うのは、謂わば神の使い扱い。

 実際、最上位の精霊は地方によっては神として祭り上げられ、祭壇があったりするから、あながち間違いではないのだろう。

 ミーは中位の精霊とは言え、受肉した精霊ともなれば、力を失ってはいても崇める対象になのかもしれない。

 なので一応、ミーは神殿の関係者扱いにはなり、本来は神殿に留まって欲しいような事をかなりしつこく言われたが。


『やだっ、お師匠様と彼方此方を見て回るの』


 と言う、本人の強い要望もあったし、俺とミーを引き離す事も考えはしたようだが、どうやら鑑定の結果で、ミーが俺の契約精霊扱いになっているため、引き離すのは諦めざるを得なかったみたいだ。

 それで次に俺毎と考えたみたいだが、俺は俺で何処かのお節介精霊のおかげで、縛れないと判断したらしい。

 教えてはくれなかったが、どうやらあの湖の精霊は、教会関係者の口伝に上がるほど有名な精霊らしく。


『湖の上位精霊ヴィヴィアンの|微・加護を受けし者(教会は彼の旅の邪魔をしたら……、どうなるか分かっているわよね?)』


 教会が行った俺の鑑定結果に、そんな一文が足されていたらしく、鑑定を行った神官が、これまた青い顔で教会のお偉いさんに見せていたんだよな。

 実際にはこれが決定的だったようだが、【微・加護】って、扱いが微妙だぞ。

 いや、思いっきり加護とか、愛子とか言われたら言われたで、あの手この手で教会がちょっかいを掛けて来そうなので、これはこれで助かったと言えるのだが……、なんと言うか扱いが微妙すぎる。


「んふふふっ♪ ねぇ、似合う?」

「ああ、似合う似合う」

「むー、心が込もってない」


 教会の高位の巫女が地方巡礼の際に付ける、首飾り(チョーカー)に、ご機嫌に見せびらかせながら聞いて来るが、機能的にはレンの奴隷の首輪とそうは変わらない。

 教会関係者だから、手を出したら分かっているなと言う警告を兼ねているし、何処にいても教会の探査の魔法で、何処にいるかが分かる代物。

 違うのは、表面に白金を使ってあり、煌びやかな意匠性があるのと、無理やり外しても所有者を死に至らしめないなどだ。


「ミー、少しはレンの立場に気を遣ってやってくれ」

「……ぁっ、ごめん」


 同じ様な機能が付いているとは言え、かたや奴隷の首輪で、かたや教会の高貴な関係者を表すチョーカー。

 ともに教会の印が付いているだけに、その差が明確にもなってしまう。


「ううん、気にしないで良いよ。

 これはこれで、師匠との繋がりの証だもの。

 私は師匠の物(・・・・)だってね」

「あっ、そう言うのズルイ」

「ミーだって、以前に似た様な事を言ったじゃん」

「それとこれとは別」

「あ〜、二人とも騒ぐなら外でやれっ、迷惑だ」


 そう言った経緯があった後、高額なお布施を払い、先程の何やら俺に言いたげな有難い旅立ちの祝福の言葉を戴いたと言う訳だ。

 ちなみに、これがミーの鑑定結果らしいのだが……。


 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

 【 名 前 】 ノーミード

          『ミー様と呼んでね』

 【 契約者 】 カイラル(契約者固定)

 【 種 族 】 正四位精霊(受肉化状態) ♀

 【 職 業 】 土の中位精霊 弟子

          『う〜、肝心な物が抜けているじゃないっ!

           ⁂⌘§∵〒∩様の意地悪っ!』

 【 年 齢 】 12(2歳) 外見(実年齢)

  ※ただし精霊の外見と精神年齢は人族のそれと大きく異なるため、外見と実年齢に大きな意味はなく、個体差が激しいため注意が必要。

  『本当は誰かさんと同じ外観年齢にしたかったのだけど、残っている力の関係でこれが限界なのよね』

 【 能 力 】

   精霊魔法(力の殆どを消失中)

   精神魔法(力の殆どを消失中)

   ※ただし、精霊契約者が精霊を通して精霊魔法を使う事は可能。

   物質透過  重量軽減  精霊の小物容れ  精霊の歌  精霊の自在衣装

    『神秘的でお洒落な精霊を目指せるのよ』

 【 称 号 】

     気弱精霊 生還者 自称■■■■の■■(見ちゃ駄目っ!)


 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・


 流石はヘッポコでも、中位の精霊と言ったところか。

 ツッコミどころが多いと言うか、自分で鑑定結果にツッコミを入れていると言うべきところにツッコミを入れるべきなのか悩ましい限りだ。

 なにやら一部文字化けをしていたり、伏せられていたりするが、これはたぶん突っ込んだら駄目なところだろうな。

 特に『⁂⌘§∵〒∩様の意地悪』の部分。

 絶対に名前を知ったら、碌な事にならないに決まっている。

 名前だけで力ある存在なのだと、本能が警告を放っているのを感じるほどだ。


【全力で無視しろ】


 とな。

 鑑定結果の紙越しに伝えるって、どれだけ出鱈目な存在だよ。

 そんな恐ろしい存在には、関わらない限る。






ここまで読んで戴き、ありがとうございます。

気が向いたらブックマーク、評価など戴けると嬉しく思います。

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