14.温泉と言ったら、混浴だよな。
最初は、主人公のお兄さん視点での話です。
生意気な弟君は健在の様子。
バンデット伯爵家、長兄。
【レイモンド・バンデット】視点:
騎士団での仕事を終え、十日ぶりに屋敷に戻れば、そこでは次期当主としての仕事が山積みされており、その中でも一番厄介で頭の痛い類の案件があり、気が重くなる。
だとしても放置する訳にも、適当に処理する訳にもいかない故に、その頭痛の元凶を目の前に呼びつけて、本人の目の前で封を切って目を通す。
学院から送られてきた書類を父の代わりに目を通し終え、息をゆっくり吐き出してから、痛くなった蟀谷を指で押さえる。
その仕草に、下の弟のトールがビクリと肩を震わすが、知った事ではない。
手にした書類は学院の中等部に通う、トールの成績と評価を書き綴ったもの。
各教科と共に【可】の文字ばかりで時折【良】はあるものの、【優】の文字は一つもなく、定期的な試験の点数も決して良い物だとは言えない。
改竄されたとは言え【不】が無いのは、流石に学院も其処まではする気はない様だな。
だが、そんな事は関係がない。
私は敢えて冷たい表情を浮かべ、軽くトールに問う。
「言い訳はあるか?」
「あ、彼奴等は、俺を正当に評価する気がないんだっ!
もっと良い成績のはずなのに、彼奴等ときたら。
これと言うのも、全部、彼奴が学院を怒らしたからで、俺のせいではないっ!」
「だからどうした?
おまえが自ら選んだ事であろう」
すぐ下の弟のカイルの事があったから、今、トールが通っている所ではなく、魔術学院に通うように私からも、父からも言われたにも拘らず、トール自身が知名度の低い魔術学院になど通っていられないと、強引に押し切った。
自分なら、カイルと違って文句を言わせない成績で押し切れるとな。
そして、その結果が此れだ。
いくら素質があろうとも、所詮は子供でしかないトールが何とかなる様な物なら、カイルが騎士候補にさえ選ばれぬ訳がない。
カイルの時にあまりにも遣り過ぎたため、学院の現体制が腐っている事に国も気が付き、当座として訓戒処分と是正命令は出されたものの、それで済むと思っているのは学院の愚か者達だけ。
教師達の全ての人間が悪いと言う訳では無いし、代わりの教師を見つけるのにも時間が掛かる上、少しずつの人員整理では悪しき風習が残りかねない。
故に歳月をかけて、秘密裏に教師達の素行を調べ上げる半面、新たな教師を探し教育を施している。
再来年に終える校舎の建て替え工事を機に、学院長を含めた教師陣を一新する計画なのだが、トールの学院生活には間に合わない。
なにより、それ以前の問題だ。
「お、俺の成績が本当に悪い訳では」
「此処に、お前の筆記試験について改竄前の写しがあるのだか、少し下げられた程度だな。
基本を疎かにしているから、応用問題で少し設問を捻られただけで、答えられなくなっている」
「んなっ!
兄さんも知っていたなら、なんで放っておくんだよっ!」
トールは改竄されている事に憤っているが、そんな事はカイラルの時で分かっているし、こうなる事も承知の上でのはず。
そもそも、改竄されていなくても、【可】が【良】になる程度で、この点数では【優】になる事はない。
「完璧な成績で黙らせるんじゃなかったのか?」
「じ、実際にはそんな簡単じゃ」
「おまえの兄だったカイルは、それでもスキルレベルの応じた加点などと、馬鹿な採点方式を相手に持ち出させたぞ。
逆に言うと、学院にそこまでやらせるまで持っていった」
「い、いくら兄さんでも、俺様をあんなLV1と比べるんじゃねえってのっ!」
幾ら素質と才能があろうとも、それを活かすか活かさないかは本人次第だ。
カイルが屋敷に居た時は、トールを所々で窘めてはいたのだが、トールとマリーとは歳が離れているからと、カイルに任せてしまった私にも責任はあるか。
「言葉遣いに気を付けろと言いたいが、おまえがそう言うのならば、おまえの双子の妹のマリーと比べる事にしよう」
高レベルの【聖女】スキルを持つマリーは、教会が運営する神官学校に通ってはいるが、基本的な教養のや礼儀作法の科目に関しては大差はない。
神官と言っても、戦場に駆り出される事もあるから、実践に向けた講義と鍛錬もある。
そして、マリーの成績は全ての科目を【優】を取り、筆記試験の点数も優秀。
周囲との仲も良く、級友だけでなく周りを引っ張っていると高く評価されている。
口にしなくとも分かってはいるだろうが、敢えて口にしてやれば、案の定、トールは苦々しく唇を噛みながらも俯き、拳を震わせている。
「ぁ、彼奴は周りに恵まれているから」
「おまえはその努力をしたのか?
人を見下して、横柄に振る舞っていると報告が上がっているぞ」
「俺は栄えあるバンデット家の人間だぞ。
なんでそんな俺が、周りの奴に媚び諂う必要があるんだよ」
「媚び諂う事と、周りと共調し、自分の味方を作り上げる事は別だ」
本当はトールも分かっているはずだ。
カイルが如何に優秀な兄であったかを。
そしてだからこそ素質と才能が上である自分が、LV1以下だと認められず兄を見下して反発し、自分の自尊心を満たしていた悪癖は、カイルが出て行っても直る事は無かった。
いや、二年前まではまだ落ち着いてはいたが、父が調べさせたカイルの動向を聞いて以降、再び悪化した……か。
伝染病の脅威から街を救ったり、幾つもの便利な発明品をマリーが紹介した商会を通して多くの者の悩みを救ったり、家を出て数年はともかく、最近は稼ぎの方もかなりあると聞く。
特に遠見の魔法による覗き見防止のペンダントや、足の病気の対策用品に関しては、社交界の中でも愛用者が多く評価が高く、更に最近軍に導入された携帯保存食の劇的な味の改善は、軍の士気にも大きく貢献している。
もし彼奴がバンデット家の人間の儘なら、叙爵の話もあり得るほどと。
兄である私としては、カイラルが生きて元気でやっているだけでも嬉しいものなのだが、トールにとっては苛立たしいだけらしい。
……だが、幾ら可愛い弟でも、甘い事ばかりは言っていられない。
「不満があるのなら、逆行を撥ね退けて成績を出せ。
出せそうも無ければ、魔術学院に入り直す事だ。
今ならば、専門分野を学び直す為と言い訳が利く」
「なっ、俺に子供に交じって講義を受けろと言うのかっ!」
その子供のおまえが、子供と言うなと言いたいが、おまえはまだマシだ。
カイルと違って、やり直せる機会があるのだからな。
あいつはLV1のおかげで、バンデット家の人間としては誰の目にも分かりやすい価値を示さなければならなかった。
だからこそ、父はカイルを厳しく鍛えて、騎士と言う価値の分かりやすい居場所を与えようとした。
それに対してトールの成績不振は、明らかに本人の怠慢の自惚れが原因。
本人が改心して努力をすれば、【大魔法使い】LV8と言う分かりやすい価値がある分、将来性がある事を示せれる。
だが、それでもバンデット家の人間として価値を示せなければ、待っている未来は決まっている。
「父上は、今、マリーを何処かに嫁に出すのではなく、婿を迎える事を考えている」
トール、お前が私の予備としても使えないのであれば、私に何かあった時には、マリーを女性当主としてな。
私の言葉の意味を理解したのか、トールは青い顔をするが、今度こそ、この機会に立ち直って貰いたい。
「それに私とて、何時までも独身と言う訳では無い。
そろそろ妻を迎え、子供を作る事も考えなければならない年齢はとっくに迎えているのに、婚約者すらを決めていないのは、せめてお前達が成人するまではと思ってはいたが、お前がこんな調子ではそうも言っていられん。
私はな、自分の子供にとって反面教師は不要だと考えている。
意味は分かるな?」
「ぐっ、結果を出せばいいんだろ、結果を出せばっ!」
ああ、取り敢えずはだ。
魔法を使って女性の着替えを覗いてばかりいないで、出来れば捻くれた性格も直して貰いたい。
部屋を出て行くトールに、一応は幾つか釘を差しておいて、使用人に茶を頼む。
やがて温かな紅茶が届き、その香り高い茶で心を少し休め、先ほど話題に出たカイルの事で、ふと別の人物の事を思い出す。
「そう言えば、あの娘、王都を出たとか報告があったな」
高レベルの【剣聖】スキルを持った歳若く、才能はもちろん見目も良い一人の少女。
『最低でも、私より強い方でなければ、興味はありませんわ』
だが、いかんせん彼女の出自であるパーバス家は男爵家と爵位が低く、何より彼女は強く優秀すぎた。
協調性も才能もあり、努力を怠らないのだが、それを頼もしいとは思わずに、親の爵位が低い事を理由に女の癖に生意気だと取る連中もいる。
そして、色々な意味で華のある彼女を求めて、仕合を申し込み、打ち破る姿に多くの者が憧れるが、その人気に同じ女性である者達が妬ましく思う者も出てきてしまう。
結局、そんな連中に罠にかけられ、不名誉な罪を捏造され投獄されてしまった。
パーパス男爵は、早々に彼女を爵位の高い家に養女に出すべきだったのだ。
そうすれば、あの様な事は回避できた事ではある。
もちろん、腐った人間はごく一部で、彼女の様な人間を味方する者も多く、直ぐに容疑が晴れて出されはしたが、既に愚か者達の手によって騎士の職を解かれてしまった後。
騎士に戻る事も可能だったはずだが、彼女はこれを機会に修行の旅に出ると復職を断ったそうだ。
……が、誰とは野暮な事は言わぬが、おそらく探しに行ったのだろう。
どうせ、彼女は貴族の令嬢としては、投獄された事実が今後の足枷になってしまう。
今回の一件で彼女を陥れた連中からパーパス家に対して、莫大な慰謝料を払われたのだから、家のためにと言う令嬢の義務は果たした。
少なくとも男爵家としては、愚かな連中の上からの圧力もあるため、これ以上望む物事は出来ないはず。
ならば、自由に生きるのも一つの手ではあろう。
私も父も、騎士団の一人として、そんな彼女を守れなかった事に対して、お詫びのつもりで彼女の願いが叶う様に裏で手を回したが、どうやら彼女の旅に出ると言うまでの願いは叶ったようだ。
だが、私が一番彼女を気に掛ける一番の理由は、騎士団の鍛錬場で剣を交わした時。
剣を交えながら言葉を交わした中で、彼女が一番目が変わったのは、弟のカイルの話が出た時。
あの時の彼女の目に映った輝きは……。
ふん、考えるだけ野暮だな。
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【カイラル】視点:
魔力の帯が所々綻び、その形を崩れさせて行きながらも、水色の塊に届く。
帯の太さは一定ではなく、脈打つ様に波打っているのだが、それは魔力制御が未熟なのではなく、それが正しい物だからだ。
訂正、魔力制御は未熟だ。
「レン、魔力の波がバラバラだ、もっと整える様に呼吸を整えろ」
「うぅぅ……」
要求される内容に、魔力制御に必死なレンは苦しげに呻くが、その難しさに慣れなければ、先には進めない。
だが、レンが苦労している一方で、魔力を受け取る側が幸せそうな気配を漂わせ、踊るかの様に体を震わせていたら、集中力が沸き難いだろうな。
水色の塊であるシズクに、集中力が乱れるから真面目な振りをしろと言っても無駄な事。
基本的に精霊は自分本位だからな、自分がやりたい様にやるだけだ。
そして、魔力の受け渡しも終わり
「水よ、私の前に」
ジャバッ!
レンの言葉と共に水が現れ、それが下の大きめの桶に落ちて溜まる。
「さっきより少ないぞ。
と言うか落とすな。出現位置を桶の中にしろと言ったはずだ」
「だって、疲れたもん」
「魔力はまだあるだろ、単なる集中力の欠如だ」
樽は、一杯に成れば、幼児が水浴びが出来るくらいの大きさ。
本来はこの大きな桶に一杯の水を汲むだけの魔法のはずなのだが、実際に精霊魔法で出した水の量としては、桶の三分の一ほど。
これが今のレンの実力。
此処に来る前は、もっと小さな手桶に一杯の水を出すのがやっとだだったと思えば成長はした方だろう。
でも、だからと言って甘やかす訳にはいかない。
此処に来て既に一ヶ月。
朝から晩まで勉強と体術と魔法の鍛錬ばかりで、ダレたくなる気持ちは分かるが、学院の生徒に比べたら、まだマシだぞ。
授業が終わっても家に戻れば、家としての勉強と修行がある訳だからな。
それに教える内容も、効率よくやっている分、レンの方が余程恵まれた内容になっているはず。
なにせ素人の俺が教えていると言うのもあるが、貴族としての勉強は抜いており、常識程度の教養と礼儀作法程度に留めているからだ。
さあ、グダグダ言っていないで、続けるぞ。
「よし、終わりっ」
「ふにぃ……」
魔力をギリギリまで使って、地面に下手れるレンに一休みしてから、仮眠を取るように指示をしておく。
俺は俺で、ダンジョンコアのある部屋によって魔力を注いで、いつも通り魔力総容量の五パーセント以下にまで減らしてから、風呂場へ直行。
湯煙が沸く中を入ってゆくと、……どうやら先客が。
入る時に入浴中の札は掛かってはいなかったが、人影の大きさ的にレンではないのは明白。
と言うか、あんな大きな人影の時点で人間ではない。
「よっ、お前も入りに来ていたのか」
「……ン、……ンッ!。
ナッ……、ナッ……、ナッ……ッ!」
んな?
ロックゴーレムの奴が何を言いたいのかは分からないが、何やら慌てふためいている様だ。
しっかし、いつも着ている岩の服って、岩で出来ているくせに脱げたのか。
いつもは隠れている、逞しいゴツイ岩の胸が見えているからな。
なぜか、その胸に手を当てて隠す様にし始めたが……。
う〜ん、なんだかな。
まぁいいや、図体のデカイ奴が入っていようと、此処の浴槽はそれなりに広い。
と言うか、元々、ロックゴーレムが入れる様な深さの部分を作ってはある。
俺は通常の深さの部分に入るだけの事だ。
「あぁ〜……、いい湯だな」
湯に包まれる感覚に、自然と声が出る。
部屋の外に聞こえていたらしく、いつぞやレンの奴にオジサン臭いと言われるが、知った事か。
俺は、風呂をこよなく愛する男。
湯の気持ち良さに、自然と出る物を抑える気はない。
「どうだ。湯に煮込まれる気分は?
悪くはないだろ」
最初に言われた事を少しだけ意趣返しするが、軽い冗談だ。
元々、この温泉は俺とレンが此処を去った後も、ロックゴーレムが使える様に設計した。
湯船の深さだけではない。
岩の身体を持つロックゴーレムにとって、意味のある物と言う意味でだ。
ダンジョンには回復の間、または回復魔法陣と言う、怪我だけでなく体力や魔力を回復させる空間がある事がある。
当然、ダンジョンの能力で生み出せる物なのだが、その手のものは総じて発生コストが高く、維持するためのコストもそれなりにいる。
だが、その能力を減じてしまえば、発生コストも維持コストも総じて下がる。
「……ハイッテイルトイウノニ」
「札を掛けていないお前が悪い。
で、湯に浸かるのは良いものだろう?」
「……ミテ、ワカラヌカ」
まったく、認める言葉を出したくないからって、こいつは。
まぁ良いか、気に入ったから、こうして入っている訳だしな。
とにかく、ロックゴーレムが風呂に入って何になると思うかもしれないが、もちろん意味がある。
いや、ただの温泉なら意味はないだろうが、此処の温泉はダンジョンならではの特別性だ。
昔、仲間とダンジョンを潜った時に、膝くらいの深さしかない地底湖の間でフロアマスターの水蛇と戦った事があった。
だが、幾ら傷を付けても少し経つと回復しており、魔法を打ちたい放題している割には、なかなか魔力切れにならないと思っていたら、湖の底に魔物にしか効かない回復魔法陣が敷いてあった。
でも、幾ら回復魔法陣があるからと言っても、あの回復力と魔力の尽き難さは異常だった。
なぜならその回復魔法陣は、刻まれている陣の内容や流れている魔力からして、それほど強力な物ではなかったからだ。
基本的に回復の間にしろ回復魔法陣にしろ、コストはその大きさと能力の高さに比例する。
あれほど大きければ、当然コストを下げるために能力を下げているはずだし、魔力の流れ的にもありえない。
その時は、水蛇のレベルが思ったよりも高かったのだろうと言う話になったのだが、後で回復魔法陣による回復の魔力は、あの妙に浅い湖の水に溶けていたのではないかと推論し、手桶で実験してそれを実証してみせた。
もっとも、人間でLV1でしかない俺では、手桶サイズが精一杯で何ら意味のない実験だと言われたがな。
だけど、ダンジョンの能力があるのなら話は別だ。
浴槽の底に魔力のみを回復する弱い魔法陣を敷いてみたら、空気中では直ぐに霧散してしまう回復の魔力も、俺の推測と実験通りに回復の魔力は湯に溶けて含み、その回復の魔力を溜め込み一定時間保持し続けてゆく。
目の前のロックゴーレムは魔物とはいえ、元は精霊で本質もそちら側だ。
治癒魔法を使わなくとも、魔力が回復すれば、自然と身体の損傷を修復する。
精霊の本質は物質世界側ではなく、精神世界側にあるから、その根源たる魔力が回復すれば、自然と物質世界の受肉した身体が癒える様な存在。
魔力を含んだ湯に浸かるのは、ロックゴーレムにとって、俺等が風呂に浸かるような心地良さを感じさせてくれるはず。
回復するのを魔力に限定したのは、その分だけ維持コストも少なくなるし、不要なら俺達が此処を去った後に解体して貰っても良い。
ダンジョンの能力なら簡単な事。
罠や設備の除去は設置するのと同様に、ダンジョンにとって基本的な能力だからな。
つまり、この温泉はただの温泉ではなく、魔力温泉と言うべき様な物。
そして魔力の増幅を鍛錬を行う俺とレンにとっては、非常に有難い代物でもある。
「……シュギョウ、ウマクイッテ、イルノカ?」
何か此方に背中を向けながら、ロックゴーレムの奴が聞いてくる。
まぁ自分の部屋の前で、色々やられていたら、気にはなるよな。
俺としても、場所や設備を借りている以上、その手の事には答えるつもりだ。
隠し立てをする様な物ではないしな。
「俺の方は、まぁまぁだな」
レンを主体に鍛えているとは言っても、レンにばかり感けている訳では無い。
何時も通り自分も鍛えているし、上の階層で一人で実戦を軽くしている時もある。
特に目の前の相手、ロックゴーレムとの模擬戦は中々に楽しい。
生まれたばかりの頃と違って、ダンジョンコアの力が在ったと言うのもあってか、たった二年で、そこらの中堅クラスの冒険者達を蹴散らせるぐらいに強くなっている。
だからLV1の俺では、こいつの身体は堅すぎて、真正面からでは敵わないと分かってはいても、ある程度安全に戦えるとなると、色々と試せるため非常に有意義だ。
その事に感謝の言葉を改めて告げると、自分が俺を練習台にしているだけだと、相変わらず素直じゃない言葉が返ってくる。
「……レン、ハ?」
うーん、難しい所だな。
もともと虐待を受け、食事も満足に与えられない事もあって、身体が細く痩せていたと言うのが影響しており、出会った当時と比べれば、同一人物とは思えないぐらい肉は付いたとは言え、やはりそれでも同年齢の子供に比べれば小柄で手足も細い。
先祖返りでエルフの血を引いているせいなのか、それとも虐待の結果なのか、実年齢より幼く見えてしまうと言うのもある。
長い年月を掛けて蓄積された様々な形の傷は、半年か其処らで取り戻せるものではないのだろう。
「最初の頃に比べれば、そこそこ体力は付いて来たし、全力疾走も走れる距離も伸びたが、年齢的な事を考えれば、力を使う勝負は厳しいな」
「……アレクライノトシ、エルフナラ、ソウイウモノダロ」
「彼奴は純血じゃなく先祖返りだから、どうだろうな。
その辺りを考慮してもと言うのもあるが、そもそも敵はそんな事を考慮なんぞしてくれん」
俺自身エルフの事を良く知らないし、言葉を交わした事があるエルフの数も両手の指に収まるくらいでしかない。
当然、エルフの子供なんぞ見た事もない。
だが、種族特性として、素の筋力は比較的弱いのは有名な話だ。
精霊の力を借りた強力な身体強化の魔法を使えば、そもそも必要以上の筋力など不要だからだ。
だがその肝心の魔法に関しても、問題がない訳ではない。
「魔力の扱いは、順調に伸びているとは言っても、そもそも人より学び始めが遅いからな。
今のレン程度の魔力操作よりも、俺が七、八歳の時の方がまだマシ程度でしかない」
「……カイルガ、オシエテイルノニカ?」
「買い被るなよ。
俺が教えているから、遅いかもしれないぞ」
こう言っては何だが、自分が教師役に向いているとは思えない。
かと言って、俺が子供の頃にやってきた事をそのままレンにやらせたら、間違いなくレンは死ぬ。
俺を指導してくれた家庭教師達は、絶妙な手加減で俺が死ぬ一歩前で止めていたし、妹のマリーの回復魔法の存在も大きかったからだ。
今の俺に、そこまで器用に出来るとは俺も思ってはいない。
幾ら人より、いろいろな経験を積んでいるとは言っても、俺もまだ若造の一人で、しかもLV1となれば、自惚れる気にはなれん。
「どちらにしろ、魔力を扱うのは感覚に頼る事が多い。
今はその感覚を掴む時期だと思えば、悪くはないと思う。
問題は、一般教養の方だな」
「……、……」
自分も苦手分野だと察したのか、黙り込みやがった。
レンの奴、文字を読む事に意味が見いだせないのか、基本的な単語と簡単な文章を覚えて以降、あまり進みが良くないんだよな。
計算も加法と減法は出来るようになったし、乗法も二桁までなら出来るようになった。
だが、除法が苦手みたいだし、計算は出来ても其れを使う事が苦手のようで、体積や容量を求める計算や利率を求める計算は、いきなり頭を抱えて唸り出す始末。
読解力はあるはずだし、言葉を簡単にしてもそうなると言う事は、計算する事その物を拒絶しているせいだろう。
おそらく計算も計算しているのではなく、答えを覚えて、計算式と答えを記憶から呼び起こしているだけ。
其れは其れでたいしたものだが、このままでは俺から独立した時に困る事になる。
まぁ時間を掛けて、教えて行くしかない。
まだ一年も経っていない、焦る必要はない……はず。
「あとは礼儀作法がな。
彼奴の師匠を師匠とも思わぬ言動は、この先心配だ」
「……オマエアイテデハ、ムリダロウ」
こいつ、よりにもよって無理呼ばわりか?
一応は伯爵家の家族相当の教育を受けて来ているんだが、……ハッキリ言われると自信を無くす。
家にいた歳までしか受けていなかったと言うのもあるが、覚える事が多すぎて疎かになっていた自覚があるからな。
うん、少し凹む。
だが、俺なりにやるしかないからな。
遥かに高い天井を見上げ、息を吐きながらふと気が付く。
そう言えば結露しないが、どうなっているんだろうなと、どうでも良い事ではあるが。
ダンジョンの能力と言ってしまえば、それでおしまいなんだが、それでも結露した湯気が、水滴となって落ちてこないかと見上げていると、後ろから声が掛かってくる。
「……デテユクトキ、タノミガアル。
ヤドダイト、オモエ」
「俺で出来る事であれば、構わんぞ」
ロックゴーレムの言葉通り冬の宿代だけでも大助かりだし、鍛錬をするにしろ、環境が整っている事を思えば、多少食事が俺が作る物のみと言うデメリットはあるが、ダンジョンの畑もあるから、料理のバリエーションは比較的豊富でそれ程飽きは来ない。
温泉も入りたい放題であった事も計算に入れたら、大抵の願い位は聞くつもりだ。
流石に命を寄こせとか、誰かを殺して来いとか、ダンジョンを皆殺し系にしろとかの類は断らせてもらうが、此奴がそう言う事を言わない性格なのは分かっているから、その点は安心している。
でなければ、最初にあった時に手伝ってやろうだなんて、考えはしないからな。
この日以降、ロックゴーレムの奴が、風呂場の札を変えるのを忘れると言う事はなくなったため、風呂場で鉢合わせると言う事はなくなったが、相変わらず何を考えているのかと思う反面、レンの教育には意外な形で力を貸してくれた。
「脇をもう少しし締めて、ゆったりと手を動かした方が良いでしょう。
其れと言葉遣いをもう少し正しましょう。
全ての生活に使う必要はありませんし、切り替えて見せれるのを見せる事も、一つの手です。
では、実際にどのような場所が駄目だったかを申しますと……」
魔物:パードリー・パペットマン。
要は陶器で出来たゴーレムの一種で、力も防御力もない代わりに、細かな動作が可能な上、人を襲うその時まで気配が全くないと言う、ダンジョン特有の魔物の一つ。
古いダンジョンんでは、王侯貴族を模した階層がある事があり、ダンジョンマスターやフロアマスターが人形使いのスキルを持っていると、騎士や兵士にもして大量に使ってくる。
なにせ攻撃力や防御力はなくとも、剣や槍などの手にする獲物は本物な訳だから、人間相手であれば、当たれば十分に通用する。
ロックゴーレムの奴は同じ地属性と言う事でダンジョンの能力を使って生み出す事ができる様になったんだろうが、ロックゴーレムの奴が生み出したのは戦闘用ではなく、執事タイプや令嬢タイプ、他にもメイドタイプ等を生み出し、レンに礼儀作法の指導をしている。
とは言え、見た目が幾ら人間に近いとは言え、所詮はゴーレム。
融通や機転が利かない上に、単純な命令しか熟せない。
なので教える内容もかなり偏ってはいるのだが、……レンの奴、何故か俺の時より出来ている。
敬語や言葉遣いは怪しいが、それでも、あれならば目上の者に対して、礼儀を取ろうとする姿勢は相手には伝わるだろう。
おまけに、読み書きに関しても、何故か急速に伸びているんだよな。
ロックゴーレムの奴が、ダンジョンで命を落とした冒険者や、一階層の採取に来たものの、好奇心で下の階層に降りて、命を落とした普通の人間の荷物から回収した本を与えたとは言ったが。
どんな本を与えたのか気になったが、レンの奴、猫の様に唸って威嚇して絶対に見せようとしないし。
いや、本人がやる気になって、自分で勉強するのなら問題は無い。
無いのだが……、俺の今までの苦労って。
俺って、弟子の教育に関してもLV1なのか?
う~ん、解せぬ。
そうして、長いと思っていた厳しい冬が、あっと言う間に終わろうとする頃。
「ワガナハ、ヨジン、ダ」
レンが水の精霊シズクと闇の精霊ホタルの他に、この地で新たに風の精霊ソヨカと火の精霊ヨジンと、正八位精霊の精霊二人と危うげな所なく、一人ずつ契約できた。
元々、この地はロックゴーレムが精霊として生まれた所に、ダンジョンコアも同時に生まれた土地。
魔力溜りだけでなく、地脈との繋がりがあるからこそだと思っていたが、やはり湖の精霊が住むあの地の次に目を付けていた、精霊との繋がりのあると思いし場所だったようだ。
まだ精霊力の弱いレンが、契約を結べる可能性があるだろうと思っていたが、此方も正解だったな。
そして、この二人の精霊は、レンを昔から見守っていた精霊。
だからこそ、レンの呼びかけに答えてくれたのだろう。
精霊達も相変わらず素直ではないが、嬉しそうな感じが伝わってくる。
レン自身も魔力制御のコツをようやく掴める様になったのか、放出した魔力の六割を渡せるようにまでなり、魔法が形になって来たから、精霊魔法使いとしてはやっとスタート地点に立ったところで、魔法の上達に関してはこれから。
今のレンのステータスは……。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
【 名 前 】 レン
【 所有者 】 カイラル(所有者固定)
【 種 族 】 人 族(●●エ●フ) ♀
【 職 業 】 奴隷 弟子
【 年 齢 】 12
【基礎レベル】 12
【天啓スキル】 精霊の祝福 LV7
【基礎 能力】
体 力 62 → 65
魔 力 142 →279
筋 力 30 → 31
生命力 36
防御力 29
敏捷性 50
魔法力 94 →142
知 力 70 → 71
器用さ 76
幸 運 160
【 魔 法 】
精霊召喚 LV7
契約精霊 正八位精霊:ホタル(光)、シズク(水)、※ソヨカ(風)、※ヨジン(火)
精霊の癒しLV7
付加魔法 LV7
【 スキル 】
耐疲労 LV5
耐空腹 LV5
耐苦痛 LV5
耐精神 LV5
※礼儀作法 LV1
【固有スキル】
●●●●●●
【 所 属 】
冒険者ギルド、商人ギルド
【 賞 罰 】
無 し
【 称 号 】
元男装少女 薄幸の美少女 カイラルの弟子 被過保護奴隷少女 ※夢見る乙女
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
LV上げをしていないから、魔力と魔法力以外は殆ど変わってはいないが、その魔力と魔法力の上がり方が著しく、魔力に関してはデルマールの街を出る時の倍近く上昇している。
これは、この場所が安全で毎日行なっていたと言う以外にも、魔力温泉と仮眠で魔力を回復させ、日に二回行なった日もあったからだ。
シズクとホタルの時の様に、二匹同時と言う事もありえたから、そこはレンに頑張って魔力を増やしてもらった。
しかし、【礼儀作法 LV1】の割には相変わらず、師匠の俺に対しての態度は変わらない気がするが……。
あと何か妙な称号が増えている様な気がするが……、これはアレだな、突っ込んでいけない類の奴だな。
そうして、俺とレンがこの地を離れる日が来た。
「忘れ物はないか?」
「しっかりと荷造りした。
と言うか師匠ズルイ、今まで自分だけ楽をしてたんだ」
「言っておくが、レンより重い荷物を背負っている事には変わらないからな」
レンが言っているのは収納の鞄の事。
今回は時間があり、じっくりと腰を落ちつけれたため、レンの背負い鞄の一部分に収納の魔法陣を施して、レンの鞄の収納力を上げた訳だ。
収納の鞄に収めた荷物は、重量が百分の一になる。
一応は防犯のためと、使用頻度の高い物のために普通の収納部分は残しておくとは言え、以前より軽く感じるのは当然。
LV1の俺では、幾ら【全知無能】を用いようとも、準備に時間が掛かる上に、施術後は三日は動けなくなる代物なので、俺としては必要に迫られない限り作りたくはない代物ではある。
それでも、以前に作った時よりは楽にはなったがな。
レンの持つ収納の背負い鞄は、俺が以前に作ったワイバーンが一匹丸毎入る様な雑のう袋と違い、容量としては小さめの木箱二つ分。
時間遅延の効果も僅かに含めてはあるが、その分隠蔽性を上げてあるので、検問でバレる事もないはず。
もちろん密輸とかをさせるためとかではなく、これも防犯のため。
収納の鞄が検問で発覚すると言う事は、その手の犯罪者達もそう言う技術を持っていると言う事。
心に疾しい事がなくとも、そう言う事に巻き込まれないためには、バレないに越したことはないと言うだけの事だ。
「あと、レンの体力を作るためという意味もあった。
弟子にした頃は、直ぐにヘバッテいたからな」
「ゔっ」
「少し体力が付いた様だし、これからは荷物が軽くなった分、足を早めて休憩も少なくできそうだ」
「師匠の鬼……」
「ははははっ、褒め言葉と取っておこう」
子供のレンの足に合わせて歩いている分だけ、まだ優しい方だと思ってもらいたいが、気がつかなければ、ただの鬼かもしれんな。
今まで、付いて行くので必死で、そんな余裕はなかっただろと言うのもあるか。
「世話になったな。
今回は、こいつの修行のためだったが、今度は、普通に遊びに来させてもらう」
「お世話になりました。
あと、最初に驚いてごめんなさい」
おぉぉ、レンがちゃんと礼を言える様になったとは、成長したなぁ。
って、蹴るなっ! 踏むなっ!
まったく、こいつは俺に対してはちっとも変わってねぇ。
レンの事は後で、注意しておくとして、そう言えばロックゴーレムが此処を出る時に何か頼み事があると言っていたが、その事を聞くと。
「……コッチダ」
そう言って、案内されたのは、何度も訪れた事のあるこのダンジョンの最深部とも言える部屋。
つまりダンジョンの心臓とも言える、ダンジョンコアが祭壇されている場所。
だが、見慣れたはずの部屋は、床一面に魔法陣に満たされていた。
所々水晶製らしい魔法石が置かれているあたり、大規模な魔法陣なのは分かるが。
「……オマエノマリョク、マホウジンヲ、ミタシテクレ」
大規模な魔法陣ではあるが、部分部分読み取れる箇所からして、攻撃的な物ではなく、……再生? いや、再構築? 他にも契約的な内容が見受けられるが、魔法石もあるし、今の俺なら魔力を満たす事ぐらいは可能なはず。
なんの魔法陣なのかと、戸惑う俺とレンにロックゴーレムは、首飾りを渡して身に付けるように言ってくる。
どうやら魔力の波長の感じからして転移の魔導具のようだが……。
「……マリョクガミチタラ、アレヲ、コワシテクレ」
そう指差したのは、よりにもよってダンジョンコア。
ダンジョンマスターであるロックゴーレムにとって、心臓とも言える代物。
「できる訳がないだろっ!」
俺は声を荒げるが、当然だ。
なにせそれは、ロックゴーレムを殺せと言っているのと同じ事なのだぞ。
人間と魔物の違いはあろうとも、共に過ごした仲間を、そんな簡単に殺せる訳がない。
そもそも、襲われたのならともかく、俺にこいつを害する理由がない。
いくら、生き残れる様に知恵を貸した事があるとは言っても、逆に此方も助けたれた事もあるんだ。
「……ソトニデタイ。
……ココニ、シバラレル、ツライ
……フタリガキテ、ツクヅク、オモッタ」
……青く、僅かに向こうが透けるクリスタルの身体のロックゴーレムのくせに、涙を流すだなんて、ズルイだろうが。
そんな風に言われたら……。
せめて、黙って襲って来てくれたのなら……、あはは、絶対に殺してやらないな。
全力でもって叩き伏せて終わらせる自信がある。
こいつはそれが分かっているから、最初から正面から願い出たんだ。
生まれたばかりの魔物に……。
まだ精霊の心が残った魔物に……。
人の心を教えた俺の罪か……。
「……カンチガイ、スルナ。
……シナナイ。
……ヒッシニ、カンガエタ」
ゴーレムの奴の言葉に、少しばかし冷静になる。
そうだ、生きるのに辛いから楽になりたいのなら、こんな魔法陣はいらないはず。
それに、部分的に読み取れた魔法陣の内容を見れば……。
確証はないが、助かる可能性はあるのだろう。
「死なないんだな?」
「……チカラ、ウシナウ。
……デモ、モンダイナイ」
そうか、なら良いか。
こいつは、元々、最初に出会った時から嫌がっていたからな。
なるべく人を傷つけぬ様に、そして殺されない様に、二年も頑張ったんだ。
だいたいそう言う事を言い出したら、こんな気弱な奴をダンジョンマスターにしたダンジョンコアが悪い。
俺の意志を感じ取ったのだろう。
ロックゴーレムの奴があらためて聞いてくる。
「……タノメルカ?」
「ああ」
今度は躊躇いなく頷く。
正直、失敗に終わった事を考えると、手が震え足が竦む。
付き合いは短いが、こいつは口が悪く捻くれてはいても、悪い奴じゃない。
俺にとっては、魔物であろうとも、大切な友人の一人だ。
「……メイワク、カケルコト、ナル」
「今更だろ。
それにお互い様だ」
ロックゴーレムの申し訳なさそうに響く声に応えるかの様に、俺は魔力を魔法陣に流して行く。
(同調開始)
(無なるものよ、その虚ろを埋め、更なる力を)
(大地よ、大地に刻みし約束の書よ。
その大いなる契約に基づき、我が想いを受け止め賜え)
うっすら魔法陣に置かれた魔法石に輝きが灯る。
その輝きは、魔法陣そのものへと移り、次第に魔力と共に魔法陣全体が輝きを放ち出す。
ぐぅ……かなりの魔力を持って行かれる。
あっという間に半分が減った事を、身体の疲労から感じ取り戦慄するが……。
はっ、今更、怖けれるかよっ!
こいつは俺なら出来ると信じて、俺を頼ったんだ。
なら、期待には応えないとな。
残った魔力の更に半分が持って行かれた頃、魔法陣から燐光が湧き立ち始め、魔法陣全体に魔力が溜まった事を示す。
「覚悟はいいか?」
「……デキテイル」
「じゃあやるが。
失敗しても恨むなよ」
「……シナイ。
……ソレト、アリガトウ」
「二度目だな、その言葉」
一度目は、最初に此奴に会い。そして色々世話を焼いた後に此処を立つった時。
そして、二度目がこう言う時って、縁起でもないが。
これで終わらせる気はない。
三度目があっても良いはずだ。
俺は魔法陣の魔力を注ぐのを止めて、腰にある剣を構える。
レイ兄さんに、餞別で戴いた片刃の反りの入った剣。
優れた魔法剣ではないが、只管頑強で全ての属性を載せれる事の出来る業物。
まさに、LV1でも、全属性を持つ俺に相応しいと思える剣。
まだまだ、未熟で使い熟せているとは言えないが、それでも俺にとって命を預けれる相棒。
(風よ、纏え)
(火よ、猛れ)
(水よ、導け)
(土よ、力を)
四大属性を使った身体強化の魔法。
(光よ、我に更なる力を)
それを【同調】スキルと【聖】魔法でブースト。
これで終わりはしない。
更に力の言葉を心の内で唱える。
(風よ、刃を運べ)
(雷よ、我が片腕に纏え)
チャ。
濃口を切りながら、腰を僅かに捻り貯める。
だが、それは一瞬の事。
次の瞬間には、剣は鞘から抜き放たれ、振り切られている。
抜刀術。
全てを一撃に込めるのであれば、最速であり最強の技の一つ。
だが、俺の【抜刀術】スキルはLV1、幾ら技を磨こうとも、越せない壁がある。
だから其処に足す。
悪足掻きだろうとなんだろうとな
風の魔法で抜刀と剣の速度を上げ。
更に雷の魔法を剣に纏わせる事で威力を上げる。
刃が、音もなくダンジョンコアを支える台座を通り抜け、やがてコアたる宝玉ごと台座からズリ落ち始めた所に、声が聞こえる。
「……ワガナ、ノーミード。
……ケイヤク、トモナイ、カイラル、トモニ」
そこへ、勝手に転移の魔導具が動き出したのか……。
それともダンジョンが崩壊し始めたためなのか……。
周囲の景色が歪み、視界を白く塗り潰すと共に、身体が何処かへ飛ぶ感覚が包み込む。
視界の端に、レンが同じ様に飛ぶのを捉えながら。
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