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13.ダンジョン運営と言ったら、やはりアレを作らないとな。






「……オカゲデ、ヒトモ、マモノモ、コナイ。

 ……ヘイワ。カンシャ。

 ……ダカラ、カンゲイ、スル」


 レンにロックゴーレムと知り合いになった経緯を簡単に説明した後、ロックゴーレムが礼の言葉を伝えてくる。

 その事に随分と、素直な言葉を言うようになったと思っていたら。


「……コンナ、アクラツナコト、オモイツカナイ」

「私も無理。

 流石は師匠だと、別の意味で感心したよ」


 コイツらと来たら。

 まったく、精霊は本当に素直じゃない。

 レンが素直じゃないのも、もしかすると精霊の影響か?

 そういえば以前に会ったエルフも、皮肉屋なところがあったな。

 まぁ冗談はともかく、その後の話で、今までで最下層に辿り着いたのは三組だけで、そのいずれもが一向に終わらない穴掘りに嫌気がさして、帰還石で帰って行ったとか。

 ダンジョンの成長の方も収支は一応取れていて、人間が落としてゆく感情と、最下層の地脈からの魔力で少しずつ成長し、四階層の川の流れを速くしたぐらいだと。

 口にはしなかったが、一階層の人寄せの木の実も良くしたと言うのは、再び訪れた時に、周りの人間の反応で直ぐに気がついた。

 賑やかなのは、ちゃんとコイツが人間との共存を考えながら、適度なバランスを築いているからこそだろうな。


「他にも、各階への監視の魔法を使えるようになったみたいだな。

 ダンジョンの能力か?」

「……ン、ヨクワカッタナ」


 素直に白状するが、此方も半ば確信していた。

 一階層で採れた木の実、いくら何でも、良い物が出過ぎた。

 レア物が出るとしても、あれではコストが合わないはず。

 俺が来ていると知って、操作をしたに違いない。

 レア度の高いものほど、発生させるのに魔力を喰うはずだからな。

 それに、此処の入り口を塞ぐような形の岩もなかった。

 本来は一定以上の強い魔力を遮断する巨大な岩山をよじ登り、崖と岩山との隙間を降りて、この本当のダンジョンマスターの領域に入れる様になっていたはず。

 なにより、扉を潜ったら出迎えてくれていた。

 ……まぁ、レンが悲鳴を上げるくらい、迫力があったけどな。


「歓迎してくれる事を、嬉しく思うよ」

「……トウゼンノ、コト」


 真っ直ぐと言う俺に対して、何故か横にに顔を向けて言う姿に、相変わらずゴツイ図体をしているくせに、こう言う所はちっとも変ってない。

 まるで大きな子供だ。


「ソレデ、ナニシニキタ?」

「元気にやっているか見に来た。

 あと、あの時みたいに、この冬は世話になろうかと思ってな」

「……ワカッタ、ナニモナイトコロダガ、ユックリシテイケ」


 以前は、此奴と出会って、そのまま独り立ちできるように、ダンジョンの事で相談に乗りながら色々やっていたら、気が付いたら冬を越していたと言うだけの事だが、受け入れてくれたようで、安堵の息を吐く。

 此処なら宿代も掛からないし、安全にレンを鍛えてやれる。

 なにより買い込んできた食料が無駄にならずに済むしな。


「レン、おまえの精霊を紹介してやれ。

 ダンジョンコアの影響で魔物化したとはいえ、元は同じ精霊だ。

 此処で精霊を扱う修行をする以上、挨拶はしておいた方が良いだろ」

「うん、顔を見せて、シズク、ホタル」


 祈るように薄く目を瞑りながら、両の手の平に魔力を溜めて行くレン。

 相変わらず魔力の扱いが下手で、半分以上無駄にしているけど、それでも、そのレンの祈りに応えるように、水色の球と黒い球がレンの手の先に浮かび上がる。


「ヨンダ?」

「ヘンナノ、イル」

「ホントダ」

「……、……」

「レン、コイツダメ」

「ケイヤク、ムリ」


 なにやらレンの顔を隠す様に、シズクとホタルが張り付いている。

 もしかして、レンを取られないようにか?

 そう思うと、此奴らも可愛い所があるなと思いつつ。


「別にレンと契約させるつもりはないぞ。

 と言うか、レンの実力じゃ無理だろ」

「……ソレモ、ソウダナ」

「……レン、ジャネ」

「「ジャア、バイバイ」」


 俺の言葉に納得したのか、言いたい事を言うと、とっとと勝手に帰って行く辺り、実に精霊らしいと思うのだが……。

 言われた方は面白くない訳で。


「あ、彼奴等っ! もうっ!

 いったいんなんなんだよっ!

 と言うか、師匠も酷いっ!」


 あ~、怒るな怒るな、捉え方次第では可愛いだろうが。

 二人はレンを心配しての言動だと思ってやれ。

 俺のは純然たる事実を述べただけだ。

 ロックゴーレムは、ダンジョンマスターになってしまっているから無理と言うのもあるが、例え魔物化していなくとも、シズクやホタルとの契約で死にかけるような、今のレンの実力では、もはや自殺行為でしかない。

 元の階位は不明だが、それでも受肉した精霊だからな。

 下位だったとしても、階位以上に力は強い。


「あ~、むくれるな、むくれるな。

 まずはシズクと、ホタルの力をきちんと使えるようになってやらないとな。

 そうでなければ、彼奴等だって力の貸し甲斐がないだろ。

 魔力を上手く渡せない今のレンじゃ、彼奴等に文句を言う資格はない。

 だから、頑張って此処で鍛錬を積んで、力を付けに来たんだ」

「ゔぅぅ~~……、うぅ……。

 ……、……うん、分かった」


 文句を言うだけなら、子供でも出来る。

 レンはその子供ではあるが、子供のままでいる訳にはいかないとも知っている。

 だからなんだかんだと言って、自分が何をすべきなのかを自覚し、悔しさに唸るのを止めて素直に頷いてくれる。


「……ンン、……ズルイ」


 ん?

 何か、ロックゴーレムの奴が呟いたような気がするが、元々聞きずらい所がある上に、声が小さくてよく聞こえなかった。

 聞き直しも、何でもないと言うから、まぁたいした事ではないんだろう。

 取り敢えず、ムクれたレンを落ち着けるために頭を撫でていた手をどかして、仮の寝床へと移動するために荷物を持つ。

 昔の儘なら、以前使った物がそのまま使えるだろうし、ダンジョンの機能を使わせてもらえるなら、レンが増えた分、小さいながらも部屋を用意して貰える事も出来るはず。

 だが、ロックゴーレムの奴は何を考えているのか、俺の鞄をその大きな手で押さえ。


「……マダ、アイサツオワッテイナイ」

「ん? オマエ側からあらためてするか?」

「……キヅイテ、ナイ?」

「何がだ」

「……ソウカ。

 ナラ、エンリョハムヨウダナ」


 突如として膨れ上がる殺気に、反射的にレンを遠くに突き飛ばし身構える。

 一息に冷静に魔力を練り上げ、剣の柄に腕を伸ばすのだが、其れとは裏腹に頭の中は混乱する。

 ロックゴーレムの奴が歓迎すると言いながらも、向けられた殺気に違和感を感じる。

 確かに俺に対して向けられているのに、俺でない気がする。


「……ヒソンデイナイデ、デテコイ」


 言葉と共に、ロックゴーレムを中心に噴き上がる魔力。

 最低限の活動しかしていないとはいえ、それでもダンジョンマスターにさせられて二年近くの月日は、泣き虫で弱音ばかり吐いていたロックゴーレムを、此処まで成長させた。

 いや、生きる以上は、例えダンジョンマスターでなくとも成長はする。

 魔力の容量では、俺もそれなりものだが、やはり魔力の強さと言う意味では、俺はLV1(能無し)でしかなく、真面に正面からぶつかり合ったら勝ち目はないだろう。

 その上、ロックゴーレムの肌は文字通り岩のごとく堅い。

 しかも、目の前の相手はロックゴーレムでも、その青く輝く身体を見て分かるように、只のロックゴーレムではなく、クリスタルゴーレム。

 普通の魔物だとしてもランクの高い魔物だ。

 どうする?

 こんな不確かな状態で、此奴と戦うのか?

 額から流れる一筋の汗を感じながらも、迷う俺に何処かで聞いた事もある声が聞こえる。


「分かったわよ。

 まったく、せっかく隠れて見守っていたと言うのに、無粋な子がいたものね」


 はぎとるかのように、無理やりに奪われる魔力の感覚と共に、水色ドレスを着た一人の女性が姿を現す。

 うん、中々の大きさ。

 じゃなくて、一見すると只の美女に見えるが、この魔力の感覚、こいつ人間ではなく精霊か?


「ハナレロ。

 ダレニコトワッテ、コイツニ、ツイテイル」

「憑いているだなんて心外ね。

 それに断る必要もないでしょ。

 でも、ふ~~~ん、そう、そうなの。

 へぇ~~~、この場合、無粋なのは私なのかもね」

「……ダ、ダマレ」

「でも安心して、私、この人に興味はあるけど、そう言う意味では欠片も興味はないから」

「ダマレト、イッタッ!」


 ブンッ


 横凪に振るわれる、ロックゴーレムの巨大な拳と腕を、女性は面白そうに笑みを浮かべながらあっさりと後ろに飛んで躱す。

 その余波で、ロックゴーレムの拳の風圧が俺の顔を叩く。

 当てるつもりは無いとは分かっていても、目の前を岩と変わらない物が高速で過ぎ去るのは心臓に悪いな。

 だが、それ以上に心臓に悪いのは、姿を現したと共に辺りを満たした濃密な魔力の感触。


「まぁ、姿を現した以上は自己紹介をするわ。

 仮初の契約者さん」

「契約?」

「そう、その子が湖の畔で契約した時にね」

「俺は、そんな事をした覚えはないが」

「そりゃあそうでしょ、私が勝手に契約をしたんだから。

 だから仮初なの、分かったかしら、坊や」


 ……思い出した。

 レンとシズクとホタルの契約の時に、俺の耳元で囁いた声。

 アレが目の前のこいつか。

 それに確かにあの時、かなりの魔力をごっそりと持ってゆかれたが、アレも此奴の仕業だったのか。

 仮初で、本人に承諾はなしであろうと、契約は契約だ。

 魔力を持ってゆかれてもおかしくはない。

 しかし……。


「アンタは、随分と流暢に喋れるんだな」

「この私を、貴方の知る程度の精霊と同じにして貰いたくないわ。

 あぁ、あとアンタ呼ばわりは好きじゃないから、名前で呼んでほしいわね。

 私は湖の精霊、ヴィヴィアン。

 階位は、まぁ今の所は秘密だけど、一応は上位の精霊よ。

 そこのダンジョンの力で、見せかけだけ上位になった子と違って、正真正銘のね」


 だろうな。

 ピリピリと肌で感じる目の前のヴィヴィアンと名乗る女の精霊、そこから感じる内在魔力は、ロックゴーレムの奴の非じゃない。

 おそらくロックゴーレムが上位でも最底辺なのに対して、目の前はその遥か上の存在なのだろう。

 仮初の力とか抜きにしてもな。


「へぇ、そんな凄い精霊様が何だって、俺に」


 自然と、皮肉な口調になってしまうが、今はあまり余裕がない。

 最悪の事態を予想して、レンを守りながらどうこの場を逃げ切るか。

 いや、そもそも逃げ切れるのか?

 力は上でも、やりようによっては何とでもなるロックゴーレムの奴と違って、ヴィヴィアンとか言う湖の精霊は、幾らインチキをしようと俺程度で何とかなる相手には見えない

 相手になるどころか、この場で直ぐ様逃げ出しても、この部屋から出るよりも先に俺達を殺す方が早いだろう。

 絶望的な程の実力の差を、経験ではなく本能、いや魂が理解してしまう。

 ならダンジョンコアを破壊して、強制的に地上へ転移なんて隙を与える真似も許しはしないだろうし、そんな真似はそもそも最初から選択肢には無い。

 ロックゴーレムの奴を殺す事を意味するからな。

 なら、打てる手はアレしかない……か。


「うふふっ。

 ご・う・か・く・♪」

「……、……はっ?」


 間抜け撫で陽気な言葉と共に先程迄あった濃密な魔力の感触が消え伏せ、代わりに澄んだ水の様な爽やかな魔力が周囲に漂う。


「だから、合格と言ったのよ。

 その若さで、耳が遠い訳じゃないでしょ。

 手加減しているとは言え、私の魔力の圧力を受けながらも、ちゃんとその娘を守ろうとしているし、そっちの子も守るって意思を評価してね。

 しかも、少しも諦めていない目が良いわね」

「な、なにを言って?」


 女は、まだ分からないの?

 と言った表情をするが、此れで何を分かれと言うんだ。


「だってね、人間の男がエルフの血を引く幼い女の子を連れ歩いて。

 しかも精霊魔法を教えるだなんて、前代未聞な事をやっている訳でしょ。

 こりゃあ、商品価値を高めるためか、あんな事やこんな事やいけない事で、欲望の捌け口にしながら、道具のように扱うかもしれないと思うのが当然じゃない。

 しかも、それが私の住処の目の前でやられたら、私の責任にもなる訳だし。

 坊やが真面目に精霊魔法を教えるなら良いけど、商品にしたり、幼気な子に変な真似をするようならと思ってね」


 そう言って、なにかを切り取り、更には紙を丸めてポイ捨てするような仕草をする。

 それが何を意味するかなど、聞かなくても分かるが。


「そんな真似をする訳がねえだろっ!

 弟子だぞ弟子っ!

 しかも、こんな子供相手に、どいつも此奴もいったい何を考えてやがるんだっ!」


 幾ら俺でも、いい加減にキレもする。

 レンを弟子にし、実は男ではなく女だと知って以来、その手の誤解を嫌と言うほどされてきた。

 そこは、レンがある程度成長して、独立するまでの数年だと我慢はしてはいたさ。

 だと言うのに、流石に最悪の場合は命を代価に二人を地上に無理やり転移させる事を真剣に考えた事態が、実は幼女趣味性的愛好家(ヘンタイ)でないかを見極めるためと言われたら怒れもする。


「怒らない怒らない、そこの子が私の存在をバラさなければ、あんな真似はする気はなかったわよ。

 坊やが変な真似をしたら、後ろから潰しちゃえば良いだけだったもの」

「怖い事を、にこやかな顔で言うなっ!」

「怒鳴らない怒鳴らない、は〜〜い、これでどう?」


 パチリと女が指を鳴らすと共に、急速に心が落ち着くのを実感する。

 ……こいつ、もしかして。

 怪訝に思う俺の表情を察したのか、女が場に似合わないに陽気な声を続ける。


「うふふふ、せいか~~い。

 ちょっと坊やにだけコッソリと、今のと逆の事を先程までね」


 やっぱり。

 おそらく女が姿を現した時から、俺が冷静に物事を考えれない様に、精神干渉系の魔法を掛けていたのか。

 俺に欠片も気が付かせずに。


「ふぅ~………。

 先程迄の無礼な言葉は謝罪しよう」

「いいわよ、坊やの本気を見せて貰えたのだから」

「此方は其方の悪趣味な試験に言いたい事はあるが、どうせ聞く気はないんだろ。

 ならせめて坊やは止めてれ、ヴィヴィアン様。

 これでも一応は此奴らの保護者気分でいるんだ、坊や扱いされては、今後の此奴等の教育に問題が生じかねん」


 此方の苦情は聞く気はないと言った所で頷く辺り、目の前の女性はやはり精霊なんだと強く感じてしまう事に頭痛と共に苦笑を覚える。

 やはり、精霊は自分本位(フリーダム)の傾向が強いな。


「堅苦しいのは嫌いだから、様は要らないわ。呼び捨てで結構よ。

 それに、任せられそうだと分かったから、あまり此方の世界に干渉する気もないしね。

 人間程度に、私が使えると思って貰っても困るもの」


 それは良かった。とは流石に口にはしない。

 相手は正真正銘の上位精霊、俺程度が扱えれるとは思わないし、それ以前に疲れそうな性格の女の相手など御免だ。

 そう言うのは、レンで間に合っている。


「……ナラ、コイツカラハナレロ。

 フヨウナハズダ」

「何を言っているのよ。

 干渉する気はないとは言っても契約は契約よ」

「……コイツニ、ダマッテ、ダロ」


 何故か、ロックゴーレムの奴がヴィヴィアンを追い出そうと躍起になっているな。

 此奴からしたら、招かざる客だから追い出そうとするのは良く分かるが……、何か論点が違う気がする。


「その子の成長を見守りたいしね〜。

 それにその子のお師匠さんに、少しだけ力を与えてあげようと思って。

 でないと、その子を導くのも苦労するだろうからね」


 LV1(能無し)の俺にとって、上位精霊が力を与えてくれるのは魅力的な話ではある。

 だが……。


「不要だ。

 制御できない力など、危険でしかない」


 シズクやホタル達みたいな奴等はともかく、目の前の相手は精霊とは言っても格が違う。

 いや、次元が違うと言って良い。

 こいつ自身が言っていた、人間程度に使えると思って貰いたくないとな。

 逆に言えば、人間に扱える力ではないと言う事だ。


「あら、即断で断るだなんて、傷ついちゃうな〜。

 でも残念。お師匠さんには断る権利は、最初から、な・い・の♪」


 瞬間、女の姿が消える。


「うふふ、こっちよ」


 右の耳元から聞こえる声に、振り向きながら、っ!

 う、うごけん!?


 ちゅっ。


 相手を睨むよりも先に、触れる女の唇。

 しかも俺の口に。


「あぁ〜〜っ!」

「アァーーッ!」


 一体何のつもりだと思う前に、身体の自由が戻る。


「ぐぅっ、ぁっ」


 だが、それと同時に身体中の血が沸騰するかの様に感じる。

 熱いっ!

 燃えるっ!


「……はぁ、……はぁ、……はぁ」


 時間にして一瞬だったのだろう。

 だが体感的には、半日に感じるほどに長く感じた一瞬。


「へぇ〜、想像はしていたけど、もう平気なのね。

 人間にしてはたいしたものだわ」

「……いったい俺に何をした?」


 平気なものか。

 虚勢で立っているのがやっとだっての。

 そもそも、ぶっ倒れている状況じゃない。


「直ぐに分かるわ。

 じゃあ私は湖に戻るけど、私が近くで見ていないからって、その子に悪戯をしちゃ駄目よ。

 手を出すなら、もう少しその子が成長して、同意の上でね」

「するかっ!」

「ふふふふっ♪」


 何処か楽し気な笑い声を残しながら、消え伏せる上位精霊の姿と気配(・・)に、今度こそ地面に座り込む。


「彼奴は?」

「……イナイ。

 ダガ、ノコッタママ」

「そうか」


 ロックゴーレムの言葉に、あの人騒がせな上位精霊が何のために勝手に俺と契約をし、今日、姿を表して消えたのか理解する。

 エルフは、精霊に愛されやすい。

 レンは先祖返りで血は薄くとも、そう言う意味ではレンは立派なエルフなのだろう。

 それはレンを陰ながら見守っていた下位の精霊を見れば、自然と納得できる。

 流石に上位精霊に愛される程ではないだろうが、それでも通りかかった際に目に付き、世話を焼く程度には気になったのだろう。

 言葉通り、レンと一緒にいる、只の人間である俺に任せても大丈夫なのか。


「なぁ」

「……ン?」

「なんでもない」


 以前より、周囲に漂う魔力がよく分かる。

 特に、ロックゴーレムやレンの周りにある、魔力と言う名の匂い。

 上位精霊が俺に与えて残していったもの。

 それは俺が想像していた様な、凄まじい力ではない。

 力そのもので言えば、なんの力にもならない取るに足らない力。

 だが、使い道のない役に立たない力ではない。

 精霊を感じ、意識をすれば、その力の流れを感じとり視れる力(・・・・・・・・)

 レンを導くのに、少しばかし役に立てれる力。

 いらないものではなく、必要なもの。

 魔力を以前より感じる様になったのは、その副作用でしかない。

 勝手に結ばれた契約が、解除されずに残ったままなのもそのためだろう。

 まったく精霊って奴は、どいつもこいつも素直じゃないな。


「悪い、ちょっと寝るわ」

「……ン、アンシンシテ、ネロ」




 =========================




「師匠、油断しすぎ」

「……ソウダ」

「人にはあれだけ厳しくしておいて、あっさり唇を奪われるだなんて」

「……ソウダ」

「それとも、いつもの病気?

 あの精霊、胸大きかったもんね」

「……ン? 

 レン、ソウナノカ?」

「うん、師匠って胸の大きな女性が好きで、いっつも鼻の下を伸ばしてさ」

「……ムネ

 ……ウン、オオキイ」


 目を覚ますなり、レンとロックゴーレムの二人掛かりで責められる。

 もう、かれこれ薬缶の湯が二度沸くぐらい言われたい放題。

 一方的にやられたのだから反論しにくいが、油断なんぞ欠片もしてなかったぞ。

 警戒していたにも関わらず、実力に差がありすぎて、俺に油断があった様に見えただけだ。

 そもそも、動きを封じられたから躱し様がない。

 あとな、何時も胸ばかりを見ている訳ではないし、鼻の下を伸ばしてもいない。

 それとロックゴーレムも、自分の胸を見てその台詞って、お前の場合は胸じゃなくて胸囲だろっ!

 しかもゴツゴツの硬い胸!

 俺が好きなのは弾力があって、それでいてふわふわで、良い香りがしてって違うっ!

 って言うか、まだ続くのか、これ?


「だいたいさ、師匠、唇奪われた時だって、いやらしい顔して。

 そんなにキスって気持ち良かったの」

「……ヨカッタノカ?」

「一瞬だったし、そんな事を感じる余裕なんぞあるかっ!

 そもそも、あれは力を与えるための儀式みたいなものだろうが。

 人が黙って聞いていれば、二人ともいい加減にしろ」


 ……柔らかくて暖かいと不覚にも思ったのは、口が裂けても言えんな。

 あと、良い香りがしたのもだ。

 とにかく、これ以上は付き合いきれんとばかりに、強引に話を打ち切る。

 こら、疾しい事があるから誤魔化したとか言わない。


 まったく、二人の事はともかくとして、気絶する様にして寝ていたのは、どうやらそれほど長い時間ではなかった様で、目が覚めたら以前に俺が使わせてもらっていた部屋だ。

 と言っても、石に囲まれた何もない部屋で、石製のベッドと机と椅子があるだけ。

 どうやら、俺が気絶している内にロックゴーレムの奴が此処に運び、何も言わなくても、レンの部屋も隣に用意してくれた様だ。

 ダンジョンの機能を使えば、小さな部屋を作るくらいは一瞬だとは言え助かる。

 とりあえず、その事に関して礼を言うと。


「……トウゼンノコト。

 フタリッキリ、レン、アブナイ」


 ロックゴーレムよ、お前もか。

 冒険者同士だと、男女混じって雑魚寝だなんて珍しくないから、その辺りの感覚が麻痺しているが、それが当然と言えば当然なんだろうな。きっと。

 今の生活にしたって、普段は金が勿体ないと言うもあるが、レンの鍛錬や勉強の事があるから宿では一緒だし、野営の時もいざと言う事を考えて一緒だから今更だとは思うが。

 そもそも、女だと言っても子供だしな。

 とは言っても、別々にできるのなら、それに越した事はないし、此処なら安心な上に他人を気にする必要もない。

 レンもその方が良いだろうだろうと黙っておく。

 何より無料(ただ)だからな。

 レンが悪夢に魘されるのは……、まぁ前よりは減ったし、ホタルの力を借りて作った安眠の魔導具と、お香をあらかじめ渡しておけば、なんとかなるだろう。




 そうして始まるダンジョン最下層での生活。

 ダンジョンと言うのは、ダンジョンマスターの意志である程度の操作は可能。

 何もない所から巨大な空間や、数々の魔物や罠やレアアイテムを生み出す事を思えば、只の小部屋を作ったりする事は簡単だし、魔力の消費もしれている。

 当然、応用すれば……。


「うわぁ、本当に三日で大根や人参やキャベツが出来ている」


 ダンジョンマスターの領域の隅に作った二人分の小さな畑に、様々な野菜が収穫を待ち構えている。

 種子を巻けば、あっという間に育てさせるのも簡単だ。

 ダンジョンの空間の中には、密林に囲まれた部屋もあるから、野菜の成長を早めるくらいは出来て当然。

 流石に肉になる生物を生み出すとなると、ダンジョンマスターとダンジョンとの相性があって、生み出せるものには制限がかかるらしい。

 逆に此処のダンジョンマスターは土属性であるため、植物の生育とも相性が良いため、魔力の消費の割に育ちやすくなる。

 なので予め買って来た食料の殆どは、肉や卵、他に動物性の加工食品だ。

 他にも扉を閉めれば、保存に向いた小部屋もあるから、此処にいる間に腐る心配もない


「ダンジョンって、便利なんだね」

「本来は人間や外の魔物を誘い込み、殺して糧にするための能力なんだがな」

「ゔっ……」


 ダンジョンは怖くないと思ってもらっても困るので、しっかりと釘を刺しておく。

 此処はあくまで例外だし、俺がダンジョンマスターのロックゴーレムとが知り合いになったのも、様々な要因が重なった偶然の結果でしかない。


「こうやって野菜を短期間で育てさせたのも、本来は誰かの命を糧に生み出した魔力だ。

 ダンジョンとは、そう言うものと言う事を忘れるな。

 能力の使い方次第で、こう言う事もできると言うだけの事だが、逆に言うと能力を分かっていれば、どう言う使い方をしてくるかと言う事も、ある程度は絞れる。

 まぁ絞れても、どうしようもない事も多いがな」

「意味ないじゃん!」

「どうしようもない事以外は、やり方次第で対処できる可能性もあるって事だ。

 あと、どうしようもない状況になる前に、自ら引く事も大切だぞ」


 育てた野菜が誰かの感情や命を奪った結果、と言うのは流石に食欲を無くすので、俺の魔力をダンジョンコアに与えて育てている。

 ダンジョンコアは、ダンジョンマスターの許可があれば、許可範囲の中でダンジョンマスター以外が能力を使う事が可能で、魔力の譲渡もその内の一つ。

 おまけに魔法を使う扱いだから、俺としては魔力の増加鍛錬にもなるので、毎晩寝る前に魔力をギリギリまで注いでいる。

 増加量がショボくても、長年の積み重ねの結果、LV1(能無し)でも、魔力容量だけは人一倍あるからな。


「あと五日ってところか」

「今度は何を育てるの?」

「胡椒や胡麻や生姜の香辛料系かな。

 ニンニクとかも欲しいし。

 ああ、レン用に砂糖の原料の植物も育てるか」

「やったー」

「一つ言っとくが、そこから砂糖を作るのは大変だぞ」

「それは頑張る」


 まったく、この甘い物好きめと思いつつ、そのレンにあまいのは俺か。

 そして誤魔化しはしたが、俺が五日と言ったのは別の事。

 此処での生活に、ダンジョンが得た魔力を使うのはロックゴーレムの奴に申し訳がないので、なるべく俺の魔力をダンジョンコアに与えて使うようにしているのだが、野菜を育てるくらいはダンジョンの能力を使えばさした魔力ではない。

 俺が今ダンジョンコアに余剰魔力を与えて溜め込んでいるのは、あるものを生み出すため。

 以前にはなかったのだが、この二年でロックゴーレムが育てたダンジョンが新たに生み出せる様になった物なのだろう。

 そして、五日はあっと言う間に経ち。


「フハハハハハッ、我が野望、此処に成ったりっ!」


 うん、なにかレンとロックゴーレムの奴の呆れ果てた視線が背中に刺さるが、今の俺の歓喜に打ち震える心の前には、たいした事ではない。

 目の前には、それが叶わぬ夢なのか、それとも視界を邪魔するかの様に靄が掛かっている。

 だがその向こうから聞こえる僅かな音。

 せせらぎの音が、少し広めの部屋の中に響き渡る。

 そのせせらぎを発するものは、岩に囲まれた溜め池に落ち、目の前の靄を生み出す。

 靄は人によっては湯気とも言うし、溜め池を湯船とも言う。

 まぁ俗に言う温泉だ。

 それが目の前にあるのだぞ。

 興奮せずにいられるものか。


「本当、師匠って、お風呂好きだよね。

 私も好きだけど、流石に此れは引くわ」

「……ソンナニ、イイモノナノカ?

 ミズカラ、ニエルナド、ニンゲンハ、ワカラナイ」


 其処っ、煮えるとか言うなっ!

 せめて湯に浸かると言えってのっ!

 なにより、意味がまったく違うわっ!

 温泉を目の前に入浴文化を馬鹿にされて激昂しそうになるが、知らない物をいきなり理解しろと言うのは無茶な話だよな。

 一呼吸をして感情を鎮め。


「水を出すのは、魔物を生み出すダンジョンからしたら、その魔物の飲み水を生み出すのは、基本的な能力だ。

 そして温泉は地中深くで生み出される物と言われている事から、土属性に密接な関係がある。

 このダンジョンが成長した事で、本来は熱湯による罠を生み出すものだが、温度を低くすれば適温になる。

 更に此処に小さいながらも空間を生み出す能力や、空間内の地形を弄る機能を組み合わせれば、こうやって入浴施設を作るくらいは出来ると考えたんだが……、そう言う事を言うのなら、使わないんだよな?」


 意地悪く言ってやると、レンは案の定、可愛らしい頬を膨らまし。


「んな訳ないじゃんっ!

 師匠そう言う所、本当に大人げないと思うよ。

 そう言う訳で早速入るから、とっとと出ていって」

「まてっ、って、だぁぁ脱ぎ始めるなっ」


 苦労して組み合わせて作った俺を差し置いて一番風呂に入るだなんて、幾らなんでも許せるかと思ったら、レンの奴め、突如として脱ぎ始めやがった。

 まぁ上着のボタンに手を掛けただけだが、この野郎、自分が女だと言う事を武器にする事を覚えやがって。

 レンの貧相な裸を見てどうこう思う気はないが、只でさえ幼女趣味性的愛好家(ヘンタイ)疑惑を掛けられている以上、これ以上誤解を招く真似は避けたいため、温泉を前に慌てて部屋から出る事になったじゃないか。


「と言うか、脱衣所を作ったんだから、そこで脱げっ!」

「ずっと入ってなかったから、我慢できなかったんだもん。

 あっ、ついでに師匠、着替え持って来て。

 折角お風呂に入っても、汚れた服を着たら気持ち良さも半減だもの」


 まったくと思いつつも、レンの言う通り着替えをタオルを脱衣所まで持って行ってやる俺も俺だと思うが、レンの言う事も分からないでもないんだよな。

 しっかし、レティと言い、レンと言い、男の俺に自分の下着を平気で触らせるのはどうかと思うぞ。

 そう言えば、ケリーとランドの奴はともかくとして、レティもアンナ姐さんも元気でやっているだろうか。

 アンナ姐さんはしっかり者だから良いとして、レティは色々と隙が多い奴だったから心配ではあるんだよな。





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