12.ダンジョン初心者編。ただし運営側な。
「……、……」
宿の一室で、意識は僅かにあるものの、急速に身体を覆う眠気が限界に達したのか、頭をゆっくりと首を回すかのように安定しないレンを、備え付けの机から、抱えてベットにまで運んでやる。
靴と靴下を脱がせ、首元のボタンを二つほど緩めてから、薄い毛布を掛け、おっと、髪を背中から出してやらないとな。
背中に掛かるぐらいしかないレンの髪は、長髪が多いこの国の女性にしては異常に短いと言わざるを得ないが、此れでも出会った当初よりは伸びてきた方だ。
元々、男装をしていて、特徴ある長い耳を隠すために上と横だけは長かっただけで、全体としては短めだったが、其処はレンの女の子としての僅かな抵抗だったのか、うなじを隠すくらいだったからな。
もっとも、ボサボサノ荒れ放題の髪では、なんの意味は無いし、今のレンより髪の長い男なんぞ幾らでもいる。
俺は信じちゃいないが、魔力は髪に宿ると言う迷信があるためだ。
「……ぅ、うん、師匠……おやす…み……」
「ああ、おやすみ、レン」
それでも、今のレンを見て、男だと勘違いする奴はいないだろう。
眠気に負けて寝落ちする直前だと言うのに、毎日欠かさずにお休みの挨拶をするレンに、苦笑しながらもレンの顔の横に闇晶石の欠片が詰まった小袋を置いてやる。
それはつい先程迄、レンが机に向って下手くそなりに精霊魔法をで作った簡易的な魔導具で、レンを悪夢から遠ざけ、心と身体の回復を促す効果がある。
魔力と魔法力を確実に伸ばす方法として、毎晩、魔力とギリギリまで使い切る方法があり、闇晶石の欠片の一つ一つに、安眠の魔法を掛け続けるのは、そのための手段の一つ。
最下位の正八位精霊の力と、今のレンの実力では、それほど作用は強くはないが、数が揃えば効率は悪くはなっても効果が出てくる。
今は俺の書いた魔法陣や、用意した触媒の助けで形になってはいるが、慣れてくれば、そんな物の助けは無くても、レン一人の力で出来るようになるはず。
だいたい今の状態で作った代物とて、魔力を使い切るまで作った数が数だけにそれなりに強力だ。
朝まで一度も起きる事なく熟睡して、どんなにヘロヘロになっても一晩で体力気力は完全回復。
欠点は、今のレンの実力で作れる程度の物となると、何があっても朝まで熟睡してしまう事と、魔導具としての寿命が作ってから一日、二日しか保たない事。
寿命がそんなに短ければ売り物にはならないし、寿命が延びたら伸びたで、犯罪に使われる可能性も出てくる。
むろん、メリットの方が強いが、便利な物と言う物は、得てして悪用もされてしまうものだ。
少なくとも、こうしてレンが魔法で熟睡している以上、俺は使う気にはなれん。
何かあった時のために、直ぐに動けるようにしておくのが、冒険者としての鉄則だからな。
まぁレンは、未だ修行中で、安定して出せる精霊魔法が、限られている以上は仕方がない。
「しかし、またもや精霊に強要されるとはな」
事の発端は、水魔法と闇魔法の使い勝手の差。
そして、魔力と魔法力を増やすための鍛錬内容によるもの。
要は昼間は採取と鍛錬に、夜は魔力をほぼ使い切ってぐっすりと寝れるレンに、夜中に目が覚めてトイレに行く際に、夜目が利く魔法を使うなんて場面は存在する訳がなく。
『シズクバカリ、ゴハンモラッテズルイ。
ワレニモヨコセ、ヤクニタツ』
と、シズクの召還の際に無理やり付いて来たらしく、そう言うなり消えて行った事があり、それをレンが気にして、何か方法が無いかと聞いて来た事で、今のようになっている。
昼間に水がいる時はシズクが、生活用の水を。
夜の魔力の増強のための鍛錬では、ホタルがレンが安眠ができ、回復を促す簡易的な魔導具を作るために。
と言っても、俺の補助なしでレンの未熟な魔力制御では、昼間に数回、そして夜に数回で終わってしまう。
まだ碌に魔力を制御できないレンでは、精霊にきちんと魔力を渡せず、魔力の殆どを無駄に空中に溶かし込んでしまうからだ。
ただ、魔力をギリギリまで使う事による魔力の増強鍛錬は、僅かずつでも確実に効果が出ており、デルマールの街に着てひと月近くだが、レベルを上げていないにも関わらず魔力は二十近く増えている。
安全の街中ならともかく、道中は毎日とはいかないが順調だと言えよう。
俺の時のように魔力回復薬を利用する手段もあるが、この間の時の様な中級でも高品質の物ならともかく、其処らの薬草で簡単に作れる低品質の物だと、魔力回復薬と言うより魔力変換薬で、体力を魔力に変換するような物になってしまう。
しかも更に低品質の物だと変換効率が悪くて、体力をかなり消費するため、子供の頃の俺と違って、体力も無く回復力の弱いレンには不向きな魔法薬と言えるため、使うにはかなり注意がいるんだよな。
まぁ其処は、やらないよりは確実に増えているのだから、ゆっくりやるしかない。
元々かなりの長期の計画だからな。
「そろそろ、この街も出るか」
夏の暑さなどとっくに息を潜め、秋も深くなってきたため、今の時期にしか採れない薬草や素材も多い。
今から採取をしながら移動すれば、冬前にアソコに辿り着くだろう。
【二ヶ月後】=========================
「おぉ~、賑やかになったな。
二年程しか経っていないのに、道なんて出来ているし」
「師匠、此処は?」
「見ての通りダンジョンだが」
「え? でもダンジョンって言ったら普通は……」
レンが言い淀むのも分かる。
目の前にある洞窟の入口にある受付自体は、街や町の近くにあるダンジョンなら、間違って素人が入り込まないためと言うのもあるが、ダンジョン内部から魔物が溢れ出さないために設置する事が多く、よく見かける光景と言える。
だが、此処の受付は町の近くと言う訳でもないのに、他では見られない程に賑わっており、その雰囲気も明るいと言うか緩い。
なにせ此処まで道が通っており、周囲には普通に生活しているような人が多くいるからだ。
と言っても、山歩きが出来る程度の装備はしているが、それでもとても冒険者には見えないような類の人間が多い。
レンには何度もダンジョンの事は知識として教えてはいるが、ダンジョンは非常に危険な物だ。
ダンジョンから産出される鉱石や薬草、レアアイテムやレア装備。
此れ等は人が生み出せない程に能力も高い物がある事から、非常に高価に取引されている。
当然、そんな物が簡単に手に入る訳はなく、ダンジョンは危険な魔物や凶悪な罠でもって侵入者達の命を刈り取る。
命を刈り取られた者は、仲間が運ばない限りはダンジョンに糧として取り込まれ、消え伏せる。
死霊系のダンジョンなんぞ最悪で、そのままダンジョンの魔物として再利用される事があるからな。
とにかくダンジョンは経験を積んだ冒険者達が、パーティーを組んで命がけで挑戦する物であって、周りにいる軽装備の冒険者ですら無いようなの連中や、俺の様にソロや駆け出しで未熟なレンを引き連れて潜るような物ではない。
「次の方」
「おう、レン、俺達の番だぞ」
入口にある受付に並んだ列も簡単な物、近くの街の人間は、ほぼ顔パスで記録が残されるだけ。
俺やレンのような流れの冒険者は、冒険者カードを提出。
目的は採取と言っておけば、大抵は問題なし。
ただ、まだ子供のレンがいるから、くれぐれも下の階層に行かないようには注意された。
受付を終え、ダンジョンの洞窟の入口を200メートルも歩くと、洞窟の中とは思えないくらい広い空間があり、明るい光が天井から降り注いでいる。
「え?」
「まぁ驚くだろうな」
なにせ目の前には、整然と並ぶ腰ぐらいの高さの低木が並んでおり、その低木の前に多くの人々がそれぞれ陣取って、今か今かと何かを待っている訳だから、異常と言えば異常な光景だ。
「ほれ、俺達も適当な所で陣取るぞ。
天井の明かりの具合からすると、そろそろのはずだ」
何が何だか分からないと言うレンを余所に、適当な場所に陣取る。
レンに説明をしてやっても良いが、実際に目にした方が手っ取り早いし理解しやすいので、今は黙っておく。
その方が、きっと楽しいだろうからな。
だいたい、食事を取るぐらいの時間が流れた頃、一面に広がる低木の中に変化を見せる物が出てくる。
木の枝に小さな膨らみ。
それはドンドンと膨らみ、形を成して行く。
「ぇっ?
木に苺が生った。しかも大きい。」
「惚けてないで採れ、早い者順だぞ」
目の前に出来たから、誰かに取られる事なく、纏めて出来ている五十粒程の苺は直ぐに採り終えたが、他の場所で陣取っていた人達は、取り合いの様相を見せている。
見た目は同じ木だが、木に生った実はそれぞれ違う。
秋も終わると言うのに、葡萄だったり、西瓜だったり、グレープフルーツだったりと様々。
レンが言うように、本来は木に生るような物では無い物までもだ。
「此処は毎日決まった時間に、季節に関係なく果物が採れる。
味が良いと言うのもあるが、季節にない果物と言うのは、貴族や富裕層に高く売れるからな。
しかも此処で採れる物は、異常に日持ちが長いから、尚更に人気がある。
此処の広場は果物だが、この先にある広場は大根や人参等の根の物だし、その次は白菜や枝豆など地の上に実る物。
その後は、小さいが薬草や薬木の広場がある。
広場毎に実の生る時間はズレてはいるが、いずれも木に生る。
どう言う事か、気になるか?」
「……師匠、そう言うのくだらないのは良いから」
弟子の冷たい反応に空しい気持ちに少しなりながら、一応は説明してやる。
現象としては、此処がダンジョンと考えれば、それほど変な物ではない。
再湧出。
ダンジョンの最も基本的な現象の一つ。
本来は、魔物や罠や宝箱が対象だが、それが木の実や野菜と言うだけの事。
何方にしろ、このダンジョンの一階層には魔物は出現しない。
此処での採取だけが目的なら、街から此処に来るまでの間の道中の方が、よほど危険だと言えるぐらいだ。
そう説明しながら次の広場へと移動し。
「よし、次は此処で待機するぞ」
「こんな端で?
もっと中の方が、どの木に生っても直ぐに採りに行けるんじゃないの?」
「言ったろ再湧出だって、どの木に生るかなんてのはランダムだが、
再湧出の時間に近くなると僅かな魔力の揺らぎが生じ、それを感じ取ってやれば、次に実を付ける木がどれなのかは分かるものさ」
流石に何が生るかまでは分からんが、それでも余程魔力の扱いに長けた者ではないと無理で、幾らスキルレベルあろうが、此ればかりは単純に技術の問題。
まぁスキルの中には、魔力感知に長けた物があるけど、そう言うのは例外だ。
俺の場合は技術を身に付けてから、魔力感知のスキルが習得できたから、宝の持ち腐れに近かったんだよな。
同調スキルを習得しててから、他のスキルと色々組み合わせれるようになったおかげで、無駄にはならずに済んではいるが。
「師匠って、本当に多彩だよね」
「器用貧乏以下の実力しかない」
LV1ではあるが、スキルの数だけなら人の数倍持っているから、多彩と言えば多彩だし、スキルの習得とまでいかない程度も含めれば、やれる事は多いのも事実。
だが、レンに言ったように、それを元に飯を食べようと思うと、厳しいのが現実だ。
例えスキルに頼る事なく技術を身に付けようとも、一定以上のレベルのスキルを持っていないと、相手にされない事が多いためだ。
俺と取引してくれる店のように、物が良ければ関係ないと言ってくれる店は別だが、素材の入手の問題で取引してくれている一面が大きい。
「おっ、時間だ。生りだしたぞ」
「師匠、なにか虹色に光っているんだけど」
「レア物の証拠だ。
ほれ、横取りされる前にさっさと採るぞ」
【地脈自然薯】が採れた後は、次の広場でも【皇帝ボルチーニ】が採れ、一階最後の広場も【アンブロジアの葉】と、レア物が続いて採れた。
レンには価値が分からないようだが、周りの反応から、此れ等がかなりの良い物だと言う事は分かったようだ。
【地脈自然薯】は大地に"氣"が満ちた地脈の上に出来ると言われる芋で、美肌効果が非常にある食物。貴族や富裕層の女性に人気だ。
【皇帝ボルチーニ】も茸ではあるが、魔草と呼ばれる魔力を含んだ茸で、魔物が住む深い森の中に出来るとされ、皇帝と名前が付くくらいで、非常に美味しいだけでなく食べれば三年は歳を取らないと言われる幻の茸。
【アンブロジアの葉】は薬草の一種で、此れそのものは只の触媒でしかないが、最高霊薬である【エリクサー】を作るのに欠かせない大切な薬草。
いずれも、結構な金額で取引される。
「えーと、こんなの私達だけだよね」
「同じ物ではないが、レア物は周に一度しか取れないから、運が良かったんだろ」
季節に関係なく採れる食べ物も、それなりは高いが小金稼ぎレベルには違いない。
此処に来ている奴等の大半はレア物目当て。
その果物以外の全てを俺が引き当てたのだけど、当然、狙っての事。
確かに、どの広場でも、出来る場所も、生る実もランダムで、魔力感知で魔力の淀みで判別にするにしたところで、魔力の強弱ではどの実も同じ程度。
ただ、毛細血管のように、細くて弱い魔力の流れの密度が違う。
魔力感知系スキルをメインに、複数の探知スキルと合わせ、鷹の目スキルと同期させる事で可視化させる事で、やっと認識できる程度だから、よほどの高レベルの魔力感知のスキルを持っているか、熟練の鍛え抜かれた勘でも持っていない限り無理と言える。
そして、そう言う優秀な奴等は、儲ける手段などいくらでもあるので、こんなはした金を稼ぐためには来ない。
「皆んな帰って行くね」
「楽して、小遣い稼ぎが出来るのは此処までだからな。
さぁ俺達も行くぞ。って、何処に行くつもりだ?」
「えっ、だって、楽が出来るのは此処までなんでしょ」
「だから、なんで、其処で帰ると言う選択肢になるんだ?」
駆け出しだろうが、仮にも冒険者がダンジョンまで来て、一般人と一緒に帰ろうとしてどうする。
怖いからとか知らん。
そりゃあ確かに、此処から先は暗い所が多いが、レンにはホタルがいるだろう。
ホタルの力を借りれば、暗視の魔法と同じで、暗闇でも昼間のように感じて見れるとか言っていただろうが。
ホタルの奴も御飯を貰えて喜ぶぞぉ~。
「だって、ダンジョンって言ったら、魔物も罠もいっぱいだって」
「ほら、グズグズしていないで、行くぞ。
潜る連中はとっくに出立している」
何か怖いだの、死にたくないだの喚いているレンを引き摺りながら、洞窟の奥を真っ直ぐに突き進んで行くと、一キロも歩かない内にちょっとした空間があり、其処に下へと続く階段がある。
当然、レンの意思など無視して降りて。
「……っ!」
「分かるか? 此れがダンジョンの空気だ。
一階の部分もそれなりに満ちてはいたが、アソコは陽の氣の方が強く感じていて、ダンジョンの魔力を感じにくいからな」
ねっとりと身体に纏わりつく、湿気の様な魔力。
人や魔物の放つ魔力とは全くの異質で、別の物だと言える。
一度、この感覚を体験させておきたいと言うのも、此処に来た目的ではあるが……。
「レン、さっきから、凄い嫌がっていたが、それは俺がダンジョンが危険だと教えたからか」
「うん、それもあるけど、上の階でも最初は何も感じなかったのだけど、奥に進めば進むほど、なにかヤバイと言う感じが強くなっていて。
最後の部屋からは、それがはっきり感じるようになって、階段を下りたら逃げろ逃げろって、誰かが囁いている気がして」
今迄の道中や、トレントと向かい会わせた時もそうだが、元々、危険に対しては勘の良い子だとは思ってはいた。
だが、其処まで細かく感じていると言うなら、やはり精霊と契約してからは、それが一層強くなっているようだな。
それとも、レンと契約している精霊が、そう訴えかけているのか。
「その感覚は大切にしておけ。
此処から先は、どんな魔物も、レンでは対処できない奴等がうろついている」
「師匠は?」
「俺は大丈夫だが、連戦は厳しいな。
元々ダンジョンなんてものは、単独で潜るような物じゃない。
数と体力勝負になる事が多いし、一日二日で戻れるようなダンジョンはそうそうない。
半月も潜りっぱなしになるなんてダンジョンはザラだ。
つまり、交代で休めるだけの人数でパーティーを組む必要があるって事さ」
「じゃあなんで、此処に?」
「今は秘密だ」
周囲の気配を探り、更には複数のスキルで確認してから、たった今、降りて来たばかりの階段、その裏側に回り、なんの変哲もない岩壁に手を当て魔力を通す。
「レン、コッチに来い」
「うん?」
近づいてきたレンの襟首をひょいと掴み、レンを岩壁に叩き付ける勢いでぶつけ。
「ひぃ~~~っ! え?」
岩壁に叩き付けられそうになって悲鳴を上げたレンだが、岩壁にぶつかる事なく身体がスリ抜けると、同時に間抜けな声に変わる。
「ほれ、止まってないで早く進め、此処も直ぐに閉じられる」
「だからって説明ぐらいしろっ」
「説明する程時間がないんだよ。
ほら早く進めっ」
文句を言ってくるレンの背中を押しながら、強引に進ませると、やがて真っ暗な視界が、薄暗い物へと変化し、岩壁を完全の抜けた事を教えてくれる。
しばらくすると、たった今通り抜けてきた岩壁から魔力が消えて行き、完全に周りの岩と同じようになると、其処は確かな感触が戻ってくる。
「魔力を満たして、一定時間の間だけ、通り抜けれる岩壁だ。
のんびり説明なんてしていたら、岩壁の中に閉じ込められる事になる」
「ゔっ……、それは……」
まぁ、岩壁の中で魔力を放ち続けている間は、閉じ込められる事はないんだけどな。
何方にしろ、早く岩壁の中に入らなければならなかったのは一緒だし、岩壁の中でのんびり説明なんて言うのも、気分的に落ち着かない。
なにより、他人に知られる訳にはいかないからな。
「ところで、此処は?」
「ダンジョンの隠し部屋だ。
部屋の真ん中に、台があって、何か丸い石が乗っかっているだろ。
こう言うのを【転移の間】と言うのだが、大抵は地上に戻るための装置てある事が多い。
たが、ダンジョンによっては罠の一つで、この部屋に入った冒険者を、転移してきた大量の魔物が襲うなんて事もある」
「ひっ!」
「此処はそう言うのはないはずだから、大丈夫だ」
説明で一々怖がられても困るが、危険性を理解してくれたのならいい。
「丸い石、宝珠に手を置いて魔力を流してやれば動作するが、レンの魔力制御だと、まだ無理だな。
ほれっ、手を繋げ」
「んっ」
ブンッ、と小さな音と立てて、作動した転移装置。
見覚えのある部屋に転移をしたって事は、まだ有効だったって事か。
「うぅ……、気持ち悪い」
いきなり座り込むレンの様子に、どうやら転移酔いをしたらしい。
転移装置は、人によって合う合わないもあるが、レンの様子からして、単に転移によって体内の魔力が搔き乱された事によるものだろう。
魔力循環が未熟な者だと、その影響をモロに受ける事がある。
「レン、魔力の循環を意識しろ」
「うぅ、気持ち悪くて……、それどころじゃ」
「時間を掛けても構わん」
何時までも甘やかしていられないと言うのもあるが、転移の魔法陣によって、ダンジョンの魔力と俺の魔力の影響で搔き乱されている以上、俺の魔力をレンの中に流せば悪化しかねん。
レンの荷物を背に持たれ掛けさせて、静かに待つ。
二年前のままなら、この階層にいる魔物は一個体のみ。
なら、安心してゆっくりと出来る。
気を抜く事は出来ないが、この階層は特別だと言える。
やがて、レンも魔力の体内循環が落ち着いて来たのか、周りの空気が違う事に気が付いたようだ。
「この空気、一階に戻ってきたの?」
「いや、深い階層のはずだ。
それに似てはいるが全然違う、深く感じてみるんだな」
レンが勘違いするくらい、この階層はダンジョンの特有の氣と陽の氣が周囲を漂っている。
ただ、その濃度が圧倒的に違うだけで。
そしてそれをレンが感じるには、まだ早かったみたいだな。
クンクンと、鼻で嗅いでみたり。
目を大きく見開いて、周囲を一生懸命に睨み付ける様に見つめたり。
色々試しながらも、頭を傾げている。
「鍛錬を積み重ねて行けば、その内に分かるようになるさ。
似ていても違うという事があるという事だけ、忘れずに頭に入れておけ」
そんなレンの頭に軽く手を置いてから、先に進む事を促す。
たぶん、このダンジョンを出る頃には、分かるようにはなっているだろうから、急ぐ必要はない。
と言っても、先程の部屋同様に此方側も隠し部屋。
なんの変哲もない、壁に手を当てて魔力をして、壁を通り抜けた先は石造りの長い通路。
通路を歩くモノを感知して、自動で明かりが灯る仕掛けのおかげで、周辺は意外に明るい。
くんくん。
うん、匂い的にも魔力の残滓的にも、以前と変わらないようだな。
その事を確認しながら、魔力眼を発動させながら、通路を進む。
以前のままなら問題はないはずだが、其処は一応念のためだ。
やがて通路は開けた場所に辿り着き。
「でっかい扉」
通路いっぱいの大きさがあり、その表面も禍々しい装飾が施された扉に、レンは額に汗を掻きながらも、無駄口を叩いて不安を誤魔化している。
本人は、そのつもりはないだろうが、バレバレだ。
「その扉を開けたら、火が吹き出て死ぬからな」
「ひっ!」
念のため注意を与えとく。
階層のボス部屋に見せかけたトラップの一つだ。
扉越しに感じる巨大な魔力は、ボスがいる様に見せかけたトラップの動力源と念が入っている。
しかもちゃんと奥に階段があって、それは実は階段に見せかけた転移トラップで、構造の似た上の階層に飛ばされる。
本当の奥への扉はこっちだ。
岩壁に隠れた見えないが、其処にしっかりと普通の扉があり、其処を潜れば。
「で、ででででで、でたあぁぁぁぁぁ~~~~~っ!!」
おお~、つい先程迄死にそうな顔で青い顔をしていたくせに、元気な声が出るなぁ。
でも、無理もないか。
目の前には、三メートルは軽くある巨大なロックゴーレムが、扉の入口で此方を見下ろしていたのだから、分かっていても迫力がある。
普通の岩でできたロックゴーレムと違い、輝くような澄んだ青い光、それを薄っすらと纏うように放つロックゴーレムに俺は軽い口調で……。
「よぉ、久しぶりだが、迎えてくれるか?」
「……ン」
小さく頷くと、ロックゴーレムは、踵を返して俺達を導くように、広い廊下の前方を歩いて行く。
それに俺とレンは黙ってついて行くのだが、どうやらレンはかなり混乱しているようで。
「えっ、ぇっ、えっ、し、し、し、しりあい、なの?」
「ああ、知人程度の付き合いではあるが、俺としては友人だと思っている」
「……ン」
なんか、早足になった気がするけど、まぁいい。
身体の大きさが違うから、ゆったりと歩いていても速度が違う。
ましてや小柄なレンとでは、あきらかに差が出てしまい、やや小走りになっているが、アレだけ大きな声を上げれる元気があるなら、問題はないだろう。
それ程たいした距離じゃないはずだからな。
やがて、廊下の突き当りを、そのまま突き進み岩壁をスリ抜けた先は広間になっており、其処にある石で出来たテーブルとイス。
あの時の儘だな。
埃が積もる事もなく、綺麗に磨かれた其処に腰掛ける。
「…ヨウコソ、ワガトモヨ」
「ああ、二年ぶりだな。元気そうで何よりだ」
「……ソノコムスメハ、ナンダ?」
「事情があって弟子にした。名はレンだ。
オマエなら分かるだろうが、一応は精霊魔法使いだ」
「……ダカラカ?」
「目的の一つではあるが、おまえと此処の様子が気になったと言うのも本当だ。
拗ねるなよ」
「……スネテナイ」
いや、表情は無くても、態度と視線でバレバレなんだがな。
「あの…師匠、此奴、あっ、いやっ、此方は?」
此奴呼ばわりされてジロリと睨まれ、慌てて言い直すが、知らん、自業自得だ。
この機会に、言葉遣いを少し気を付けるように自覚しろ。
少なくとも切り替えれるようにならんとな。
「このダンジョンの主さ。
ダンジョンにおいて、ダンジョンマスターと呼ばれる存在だ。
ちょっと事情があって、知り合いになった」
前のパーティーを追い出された後、一人でこの辺りの薬草や薬石を採取していた時に、偶々生まれたばかりのダンジョンを発見。
あの時は、まだ一階層部分しかなくて、中でダンジョンマスターを押し付けられた此奴が泣いていたんだよな。
もう、デカイ図体してシクシクと、怖いよ~と。
ダンジョンと言うのは、一つの生物みたいな存在で、自分を守らせ、育てさせる存在として、近くにいる生き物を取り込み、ダンジョンマスターの役割を押し付ける。
「魔物に勘違いされるが、此れでも上位の土の精霊だ」
「精霊?」
「まぁ、ダンジョンによって魔物化させられてはいるし、元は下位か中位の精霊みたいだがな」
ダンジョンは、ダンジョンマスターの役割を果たす者を、その力で無理やり生物としての階層を引き上げる。
とは言っても、元々精霊としても生まれたばかりの所に、無理やり魔物や冒険者達に狙われる存在になった訳だから、そりゃあ怖いだろうな。
ダンジョンの核であるダンジョンコアは魔力の塊でもあり、外の魔物にとっては、とてつもない御馳走な上に、自分を強くしてくれる。
人間にとっても、その内在する魔力量は利用価値が高く、国家予算程の価格で取引されるから、それ一つで人生の数回分は一生遊んで暮らせる。
で、あまりにも情けない姿に情が沸いたと言うか。
どう考えても、後味が悪い事この上ないので、声を掛けたのが運の尽きと言うか。
死にたくないだの、怖いのは嫌だのと、ごつくて、デカイ図体の癖に泣きついて来るから、ダンジョンの魔物が溢れて、スタンビートを引き起こさせないように管理させる事を条件に相談に乗ったら、妙に懐かれた上に次も次ぎもと図々しくお願いしてくる始末。
おまけに口は悪いわ、素直じゃないわだから、頭が痛いと言うか。
出会った時に、図体がデカいだけの幼児と変わらないと知っていなかったら、とっくに愛想を尽かせて放っておいたか、処分するなりしていた。
「口と態度は、レンの想像通りだから、気にするな。
根は悪い奴じゃない」
「精霊ならそうだろうけど、
あの、魔物だよね? 人を殺す」
「人だって魔物を殺すからお互い様だ。
ダンジョンに来る連中は、そう言うのを覚悟できている。
互いに互いの縄張りを侵せば、争って当然。
人間同士だって、家の中に他人がズカズカと入ってきて、好き勝手やってたら、家の人間は怒るだろ。
それと同じだ」
我ながら暴論だとは思うけど、実際にはそう言うものだ。
ダンジョンに潜る冒険者達は、魔物のテリトリーに入ってきて、魔物を狩ったり、ダンジョンの産出物を漁っている。命がけでな。
だけどそれは、魔物側だって同じだし、ダンジョンでなくても、同じような事は幾らでもある。
森や野原で採取してきた物も、其処に住む動物や魔物が食べている物もある。バッタリと出くわせば争いは避けられない。
これも自然の法則だ。
「レン、お前に与えた蜂蜜だってそうだぞ。
蜂蜜を取った分、蜂の幼虫は餓死する。
だからこそ親蜂は子を守ろうと必死に、略奪者である俺を襲う」
「……そ、そういわれると、そうなんだけど」
「と言っても、俺も何方かと言うと人間側だから、ダンジョンの監修をしたと言ったって、殺す事を目的にはしていない。
死なない訳では無いが、何時でも引き返せるようになっている。
ダンジョンって言うの一種の生き物で、その栄養源は命ではあるが、感情の起伏も十分に栄養になる。
一階層を思い出してみろ。
殺伐とはしていたが、人死が出るような感じではなかっただろ」
「そう言えばそうだよね。
アレはアレで、怖いけど」
魔物を生み出す事を思えば、低コストで生み出せる果実。
何処に何の実が生るのか分からない、ワクワクする感情。
手にした実が、どれだけの価値があるのかと考える、ドキドキする感情。
早い者勝ちの奪い合いに負けて、ションボリと落ち込む感情。
次回は必ず手にして見せると意気込む、不屈の感情。
単純に美味い実を得れた事による、喜びの感情。
人によって様々だが、素人が行き来できる程に安心に得られるが故に、緊張が解れて感情の起伏が大きくなる。
人の生死の感情の方が大きいかもしれないが、人の行き来を多くし、その数を増やせば負けないだけの感情の起伏と言う名の糧を、ダンジョンは得る事が出来る。
その辺りの説明にレンは……。
「前から思っていたけど、師匠って」
「凄いか?」
「詐欺師の才能があるとか言われない?」
「……、……」
「にははっ」
まったく、確かに色々と教える上で、口車に乗せる事が何度かあったのは事実だが、此奴は師匠は何だと思っているんだか。
憮然とする俺に笑って誤魔化す辺り、本気の言葉ではない直ぐに分かる辺りが救いと言えるか。
「あと、一階層の部分は其れだけでなく、陽の氣が漂っていただろ」
「うん」
「アレは、実の為の樹と言うのもあるが、微量ながらも樹から発する聖属性の氣は、下の階層のダンジョンに住む魔物を、地上に出さないための物で、アレでも非常にレアな植物なんだぞ」
植林しようにも、ダンジョン産の為、外に持っていったらその内に枯れるし、ダンジョンの入口にいる受付も、あの樹から発する氣が魔物をダンジョン内に封じ込めていると知っているから、樹を持ち出さないための監視も含まれている。
入る時にその辺りを注意されたのも、そのためだ。
「じゃあ、二階層以降は?」
「普通のダンジョンだな。
ある程度の管理は出来るが、生物である以上、ダンジョンの本能を押さえつけられるものじゃない。
せいぜい、一方通行の転移の間で、地上に脱出させる部屋を設置させるだけだ」
俺の最期の言葉にホッした顔をするあたり、俺が積極的に人の命を奪う事に力を貸していない事に対してなのか、それとも自分の信じたものに裏切られていない事に対してなのかは知らないが……、まぁレンに信じられているからこそなのだと思うと、少し居心地は悪くなる。
「二階層は、二階から五階の立体になっている。
二階は普通の洞窟型だが、三階は砂漠で、四階は湿地帯、五階は冷寒帯だ。
それを何度も階を上下に跨いでダンジョンを進む事になる」
「砂漠に、極寒って、ダンジョンってそんな事まで出来るの?」
「ああ、基本的な能力だ。
流石に作るのに魔力をかなり使うらしいが、溶岩帯とか、猛吹雪が吹く極寒帯とかでなければ、少し魔力コストが掛かる程度みたいだ。
あとは、其処に鉱物系の魔物を中心に少ないながらも出現するようにしてある。
倒した魔物から希少金属が採れるし、沸く魔物によっては、自然では取れないような宝石も採れる」
人の欲望は際限がないからな。
危険だと分かっていても、一獲千金の価値があるのなら、平気で危険を侵す。
もっとも、ダンジョン自体が生まれて間もないから、強力な魔物は出せないから、其処は工夫だ。
希少金属や宝石で、欲望を湧き立て、レアな目的の魔物を見つけた時の歓喜と殺意。そして死闘の上での生死と生き残った事による、歓喜と絶望と恨みの感情を沸き立てさせるのは勿論だか、環境の違う四つの階そのものが仕掛けだ。
暑くて歩きにくい砂漠帯では、足元からの奇襲に怯え。
暗く濃霧の絶えない湿地帯では、ガスト系の魔物が濃霧と暗さに紛れたり、足元や木々の葉や水溜まりに潜んだスライム系が。
凍り付く寸前の霧雨が漂う冷寒帯では、岩や氷や雪に潜んでいる小型の魔物が集団で。
いずれも、Dランク以下の魔物ばかりだが、生息環境や数が味方にしていて、油断はならない。
そういった緊張の連続の後に、普通の洞窟型の階は、さぞや緊張を解すせる階だろうな。
そう言う意味でも、ダンジョン内を移動するだけで、ダンジョンは感情の起伏を食せる。
ただ、低ランクの冒険者だと、此れでも油断をすればあっと言う間に命を落とすことになるが、中ランク以上となると、簡単に突破され、ダンジョンマスターを倒され、ダンジョンコアを持ってかれてしまう。
ダンジョンコアを失ったダンジョンは、生物として死に只の洞窟になり、様々なダンジョンの産出物を生み出さなくなる。
近くの街は産業の一つを失う事になるが、その辺りを気にしない冒険者達にとっては、街の産業よりも、その事で街が衰退しようが、路頭に迷う者が出ようが関係ない。
大勢の他人の生活よりも、自分達の一獲千金の夢の方が大切と思うような連中もいるのが現実。
国や領主によって保護指定になっているダンジョンでも、決まりを守らない人間と言うものは一定数存在する。
「レン、今、聞いた内容で気が付く事はないか?
俺の悪口以外で、旅をする上での話でだ」
「ぐっ」
いったい何を言うつもりだったのかは、敢えて聞かんが、どうせ碌でもない悪口だろうからな。出鼻を挫かれたレンに悪ふざけは無しに考えろと言っておく……。
うんうんうなって、どうやら分からなかったようだ。
仕方ないか、俺の弟子になってからは、それなりに気を付けるように言ってはいたが、元々その手の事の管理はさせて貰えなかっただろうからな。
「暑い、寒い、湿気の繰り返しだ。
身体に相当負担が掛かるのもそうだが、食料も傷みやすい。
収納の鞄持ちでも、時間遅延か停止系を持っていない限りは、長居出来ない仕掛けだ」
「うわぁ~~っ、御飯を駄目にさせるって、師匠、それは人間としてやっちゃ駄目だと思う」
「……駄目にする前に、引き上げると言う選択肢があるだろうが。
あと、そう言う環境下だと食べ物が痛みやすいという事に気が付いて、そのための準備をしなければ、冒険者としてはやっていけないと言う事だ。
此れから向かう先の状況かと、汎用性を兼ね備えた事前の準備と言うのは、依頼の成功率や生存確率に直結する。
準備不足で挑めば失敗しなくても、装備を無駄にしたり身体の消耗が酷くて割の合わない仕事になりやすい。
逆にその辺りを事前に調べて準備をしておけば、其れだけ楽に依頼をこなしやすくなると言う事だ。
そう言う見方を身に付けておいて損はない。覚えておけ」
俺の弟子になるまでは、碌に食事を与えられてこなかったレンにしたら、御飯を粗末にする事自体が信じられない行為。
だからこそ、それを狙った俺の策は、ドン引き物の嫌悪する行為なのは分かるが、其れは其れ、此れは此れだ。
「なら、準備さえきちんとしておけば、二階層はある程度の連中なら抜けれるさ。
だが思い出してみろ。
そんな劣悪な環境でも、日持ちする保存食と言ったら」
「ゔっ……、もしかしてアレ?」
俺が作った非常食は、レシピを売り込んだ商会も作ってはいるが、現状では殆ど軍事用で、一般にはあまり出回っていない。
つまり、クソ不味い保存食品は、冒険者達の士気を挫く代物。
「ああ、ただそれだけの準備が出来る連中となると、大抵は高ランクの冒険者達だから、此処に来るとなるとダンジョンコア目当ての連中となる」
ダンジョンに慣れた連中だと、ダンジョンの放つ魔力で、だいたいのダンジョンのレベルが分かるらしい。
此処は生まれて数年程度のダンジョンだから、生み出せる物にも限界がある。
魔物もお宝もな。
そうなると、自分達の実力に対して実入りが悪いと思えば、もっと実入りの良い所へ行く。
「じゃあ三階層は、もっと極悪な罠が?」
「いや、多少の素早い猿系の魔物はいるが、基本的には最低のGランクの魔物がいるだけだ。
罠がある訳でもなく、歩かされるだけのな」
侵入者を防ぐには、高ランクの魔物を配置したり、凶悪な罠を仕掛けまくったりするのが定番だが、このダンジョンは生まれたばかりで、そんな力はない。
だから、少し幅がある程度の通路を第三階層にしただけ。
幅二十メートルほどで、距離が二百キロほどある。罠も高ランクもない代わりにダンジョンの魔力を、只管長い通路を設置する事に注いだ階層。
其処を高温多湿の亜熱帯にし、Gランク高位の猿の魔物の群れと、Gランク最低位の虫系の魔物を設置しただけ。
「……師匠の事だから、只距離があるだけの階層じゃないんだよね?」
「気候が気候だから、木々が成長しまくって、足元が樹の蔓や泥濘で足を取られて、意外に距離は稼げないのは確かだな」
後は、高温多湿が生み出す霧に隠れて、猿が荷物を奪いに襲いに、四六時中見張っていて、隙を窺っていたり、仲間が囮になって隙を作ったりと狡猾に攻めてくる。
この辺りは、ランクが低い魔物だけに、力業で来ない辺りが、冒険者からしたら、かなり厭らしい相手になる。
挙句に虫の魔物だが、拳程の大きさで、其れこそ踏み潰せる程度ではあるけど、此奴の厭らしい所は、その繁殖力と嫌われ度ナンバーワンの虫に酷似している事。
俗に言うゴキブリの魔物。
「ひっ! 師匠、最低っ、最低っ、最低っ、最低っ、最低っ、最低っ、最低っ、最低っ、最低っ、最低っ、最低っ、最低っ、最低っ、最低っ、最低っ、最低っ、最低っ、最低っ!」
「誉め言葉と取っておこう」
「褒めてないっ!」
言いたい事は分かるが、人を遠ざけたり、足を進める気を失わせるには効果的だ。
猿もゴキブリも嫌だが、足を進めにくく食料も腐りやすい上、食事をしようにも何時奪われたり、虫に集られたりするか分からない状況。
他にも、自然発生した虫もいるだろうから、そいつらの存在も心を挫くのに役に立ってくれる。
少なくとも、全身をゴキブリに張り付かれたまま、平気で足を進めれる人間は、そうはいないからな。
そして、そんな最低な階層を潜り抜けた強者も、次の階層で大抵は力尽きるはず。
「第四階層は、距離は先程と同じだが幅は五メートル程と狭くなっていて、魔物も一切配置していない」
「絶対に師匠の事だから、碌でもない罠が仕掛けてあるんだよね?」
「お前な、本気で師匠を何だと思っているんだ?
罠もないぞ。純粋に川があるだけだ。鰐とか凶悪な生物も放っていない」
「本当に?」
「あの時の儘ならな。ただ単にスタート地点が、川下だと言うだけだ」
ダンジョンの能力で無理やり生み出した環境だから、川を下っても突き当りにぶつかるだけで、水の中に潜ってもそれ以上進む事は出来ない。
もしダンジョンを進もうと思ったら、川を只管上って行くしかない。
おまけに川の深さは二メートル以上あるから、折り畳みの船を持ってくるか、収納の鞄で、船を運んでくるしかないが、何方にしろ、手で舟を漕ぐしかない。
魔力の消費を抑えるため、それ程急流ではなく緩やかな方ではあるが、それでも水の流れに逆らって、只管二百キロも舟を漕ぎ続けるのは、かなりキツイ作業だ。
途中で休憩をしようものなら、あっと言う間に最初の地点に戻される。
錨を準備して、交代で只管進むしかない。
魔物も罠もない分、只管進みにくい階層に魔力を割いた部屋の一つ。
「……終りの無い持久走みたいなものだね」
「砂漠を歩いた方が確実に楽だろうな。
基本的に真っ暗だから先が一切見えない。
余分な魔力は只管、距離と水の流れに注ぎ込んであるからな」
だが、逆に言うと、体力と筋力が揃ったパーティーなら、越えれないものではない。
「そして最終階層だが、転移の間より前だが、此方も魔物は配置していない」
「今度は千キロ只管歩かせるとか? 其れとも百キロも崖を登り続けるとか?」
「距離的には二キロ程度の通路だな、幅も高さも三メートル程」
「それで? 魔物を配置していないと言う事は、凶悪な罠は設置してある訳だよね?」
「レン、其処で碌でもない人間を見るような目で、俺を見るのは止めてくれ。
流石にちょっと、胸に刺さる。
後先程も言ったが、生まれたばかりのダンジョンでは、あまり凶悪な罠は設置できない。
当時の此処のダンジョンだと、最終のダンジョンマスターの部屋に見せかけた部屋の獄炎放射が最大だし、有れもダンジョンコアに近い部屋だからこそ、設置出来ただけだ」
凶悪ではないと言っても落とし穴とか、吊り天上とかは普通に設置は出来る。
だけど、吊り天上や横から壁がせり出す罠とかは、凶悪で強力ではあるが、レベルの低いダンジョンでは、ゆっくりとしか動かせないため、凶悪度はかなり下がり、罠と言うより警告レベル程度の代物になってしまう。
「だから、最初から罠を発動させた状態にしてあるだけだ」
此処のダンジョンマスターはロックゴーレム。
土系の魔物であり精霊だから、其方の属性の物を生み出すには、相性が良い。
宝石や希少金属を生み出す魔物も、その恩恵。
そして、吊り天上や迫る壁の代わりに、通路に岩を最初から生み出す。
罠が壊れれば、ゆっくりと日にちを掛けてだが、再出現する。
その罠が二キロに掛けて只管仕掛けてある。
つまり……。
「岩を只管砕いて来ないと、抜けれないって寸法だ。
ダンジョンマスターの属性強化で、冒険者側の土属性魔法を効き難くしておけば、基本的にツルハシで掘り進むしかないからな」
上の川登りに続いて、只管岩を砕いて進まないといけない。
おまけに、再出現のおかげで、数日後には岩が復活する。
此処で注意しないといけないのは、普通であればこの手の罠はコストが高い。
そしてコストを下げるために、岩と言っても柔らかく砕ける物ではあるが、逆にこの方が時間稼ぎにには持ってこいだったりする。
硬い岩ってのは意外に脆いものなんだ。
角度や一定以上の力が加わったりすると、大きく割れてしまう。
だが、粘土のような粘りのある岩ならば、掘れるが衝撃も吸収するため、一気に砕けてしまう事がない。
「要は割に合わなさすぎるし、馬鹿らしくなるのさ。
自分達は鉱夫じゃないってな」
「師匠、絶対に碌な死に方しないと思うよ」
……何故そう言う評価になる?
解せん。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
気が向いたらブックマーク、評価など頂けるとありがたいです
 




