10.募った想いを声に乗せて。
「ふぅ……」
肺に貯まった暑い呼吸をゆっくりと吐き出し、呼吸を整える。
普通ではロープを使わないと登れないような急坂の崖を、一気に駆け上がったのだから、それくらいは仕方がない。
【地魔法】と一時的に靴に描いた【魔法陣】、瞬間的な地面との接地力を確保し、【身体強化】で効果時間を短くする事で、その分だけ威力を増した力で、一気に崖を駆け上る力技。
高レベルの戦士系天啓スキルの持ち主ならば、なんて事はないだろうけど、知能系スキルで、しかもLV1の俺では【同調】スキルで連動性を上げて、ようやく数秒程この崖を一気に駆け上るだけの力を得る事が出来る。
「師匠、お疲れ」
「ほれっ、回収してきた矢だ。
きちんと手入れしておけ」
言われるほど疲れてはいないが、一気に身体に負荷を掛けるれば、どうしても大きく息を吸ってしまう。
それを勘違いしたのだろうが、弟子からの労いの言葉は、まぁ悪くない。
紐で肩から背中にかけて引っ掛けていた袋から、回収した矢を取り出し、レンに返してから、俺は俺で回収した『トレントの木杖』と呼ばれるトレントの遺骸を袋から取り出し、陽が当たらないように木陰で風の当たる場所に干しておく。
歪みの原因になるため、木を乾燥させるのに、直射日光は厳禁だからな。
後で魔法で乾燥させるのだが、それでも一日乾かして置くのと置かないとでは、かなり俺への負担が違うし、気持ち出来上がりがの状態が良くなる気がする。
レンの細腕くらいの、細い木ではあってもLV1の俺では、手間暇を掛けないときちんと綺麗に乾燥させてやる事が出来ないから、其処は面倒でもやるしかない。
たいした面倒でもないしな。
シャー、シャー、シャー。
レンはレンで、硬い幹と同質のトレントの身体に、深く突き刺さった鏃を砥石で丁寧に研いでいる。
剣や斧と違って、重さの無い矢は先端の鏃の切れ味が要。
猪や生地などの普通の野生動物相手なら、其処まで神経質になる必要はないが、硬い外皮を持つ事が多い魔物を想定した場合は、僅かなその違いが命を繋ぐ事が多い。
矢羽根も消耗品だが、軸部分も獲物が暴れた際に折られたり、抜いている時に変な力が掛かり亀裂が入ったりして意外に消耗し、既に幾つか交換を必要とした物もある程だ。
魔物を倒して得た『トレントの木杖』は、そんなレンの矢の材料になってもいるので、何気に作り直した矢は、以前の普通の木の軸を使った物よりも、攻撃力も耐久性も向上していたりする。
「終わったら、採取に向かうぞ」
「は~い、でもあと少し待って」
「時間は掛かっても構わんから、雑な仕事はするなよ」
ランド大森林に潜ってひと月近く。
朝にレンに勉強を教えてから、軽い鍛錬。
朝食後に崖下に貯まったトレントを狩り終えたら採取に出かけ、夕食前に再び鍛錬をして、夕食後は採取した素材の加工。
その後は就寝前に魔力鍛錬をすると言う毎日を過ごしている。
ただ、崖を用いたトレント狩りは、一日に狩れるのは四、五匹と数が限られており、一日で得られる経験値には限界がある。
この周辺には、似たような狩場に出来る場所が四か所あるが、やはり毎日狩ると寄せ餌を置いても次第に減ってくるため、一日に一か所で順番に回っている状態だ。
幾ら俺が補助をしようと、レンではトレント相手に正面から挑んでは勝てないため安全第一。
元々レンの実力を考えると無茶なレベリングだから、これ以上の無茶は死に直結する。
崖の高低差を利用しているからこそ、狩れているだけにすぎない獲物だからだ。
一度、レンが調子に乗らない様に、逃げるのを前提に正面に立たせて、トレントの手と言われる枝葉の動きの速さと、そのリーチの長さを体験させたら、顔を真っ青にして這う這うの体で戻って来たからな。
敵との対面時間はなんと、五つ数えるまでもなかったとだけ言っておく。
本来はもっとレベルが高くなって、ようやく話になるような相手なのだから、実力差を感じてそうなって当然だろう。
ある意味、そう感じたのならば、怖い思いをさせた甲斐がある。
怖いと感じれる事は、必要な感覚だからな。
因みにレンの今のステータスは、こんな感じだ。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
【 名 前 】 レン
【 所有者 】 カイラル(所有者固定)
【 種 族 】 人 族(●●エ●フ) ♀
【 職 業 】 奴隷 弟子
【 年 齢 】 12
【基礎レベル】 12
【天啓スキル】 精霊の祝福 LV7
【基礎 能力】
体 力 38 → 62
魔 力 42 → 126
筋 力 18 → 30
生命力 23 → 36
防御力 11 → 29
敏捷性 31 → 50
魔法力 40 → 88
知 力 52 → 70
器用さ 58 → 76
幸 運 142 → 160
【 魔 法 】
精霊召喚 LV7
精霊の癒しLV7
付加魔法 LV7
【 スキル 】
耐疲労 LV5
耐空腹 LV5
耐苦痛 LV5
耐精神 LV5
【固有スキル】
●●●●●●
【 所 属 】
冒険者ギルド、商人ギルド
【 賞 罰 】
無 し
【 称 号 】
元男装少女 薄幸の美少女 カイラルの弟子 被過保護奴隷少女
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
長い期間、虐待を受けていたせいか、年齢の割に元の値が低かったが、LVアップと高レベルの天啓スキルの恩恵で、俺が同年齢の時に比べて、全体的に高いステータスにまで上がっていると言って良いだろう。
普通はこのレベルになるまでに、一年以上は掛かるのだが、其処は俺が付いている上、最高の狩場で、レンに全て経験値が入る様に御膳立てしている結果だと言える。
ただ、パワーレベリングは、一見して良い様に思えるかもしれないが、決して良い物ではない。
低いレベルの時に経験できる基本的な様々な事が血となり肉となる事が、本当の意味での経験値と言えるからだ。
魔物の足跡の見つけ方や追跡の仕方、息と気配を殺して潜む方法。
戦闘時の呼吸や思考の圧縮と切り替えに、負傷しても足を止めない精神力や恐怖のコントロール。
実戦や経験を通してでしか得られない、様々な大切な事。
そしてそれに合わせて鍛えてゆく身体と心。
だから、低レベル時における短期間でのパワーレベリングは、その貴重な機会を奪っていると言って良い。
ただ、レンはその特異な生まれに、特殊な天啓スキルの関係上、どうしても早々にある程度魔力を上げるのが目的だったため、苦肉の策でしかない。
まぁ、本来時間を掛けて得るはずの知識や経験は、此れからゆっくり俺が教えて行けば良いだけだ。
レンは何時別れるとも分からない冒険者仲間ではなく、最低数年は共に歩む事になる弟子だからな。
きちんと独り立ち出来る様に鍛えてはやるさ。
LV1だろうと、それくらいは出来る。
「師匠、偶には甘いものが食べたい」
「野営中に贅沢を言うなっ!」
……たぶん。
レンの突発的な要求に、頭が痛くなり、先程までの自身がなくなる。
まったく、此処に来た時にホットケーキ以来、甘い物は殆ど食べさせていないから、恋しくなるのは分かるが無理を言うなと言いたい。
えーと、砂糖の在庫は問題なし。
バターも収納の鞄の方にまだあるはず。
ドライフルーツは……確かまだあるから、それを軽く戻してから豆粉の生地と混ぜて、焼いてやればなんとか其れらしくなるか。
ぁっ、そう言えば、この間、何匹か魔蜂を見かけたから、巣を探ってみるか。
準備が手間だが、偶には俺も経験値稼ぎをしておかないとな。
あまり実戦から離れてても、勘が鈍る事になるし丁度良いか。
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シュー、シャッ。
シュー、シャッ。
作業用に灯した魔法のランタンの灯の下。
布の上に更に革の外套を敷いて、その上でレンが足で何かを抑えながら、一定の間隔と長さで木の棒を足元から引っ張っては、別の木の棒を足元から引っ張ると言う作業を繰り返している。
レンの足下には、何十もの穴の開いた『抜き』と呼ばれる金具があり、木の棒はその穴を通す事で、少しずつ削れて均一の細さになる。
リズムが一定なのは、その方が力加減も速度も自然と一定になり、均一な物にしやすいと言う俺のアドバイスの下。
レンが行っているのは、矢のシャフト部分を、『トレントの木杖』から削り出す作業。
別の工具で縦に四つに割った『トレントの木杖』を、角を落とした後に、少しずつ穴の大きさを狭めながら通す事で、均一の矢用のシャフトが出来上がる。
後はそれを弩用の矢の長さに切断して使う。
『トレントの木杖』を素材にした矢なんて物は、かなりの贅沢品ではあるが、この辺りは自ら材料を調達した者の特権と言える。
因みに革の外套を敷いて、その上で作業をやっている理由は簡単。
削りカスを少しも無駄にする事なく回収するため。
今、俺がやっているのが作業が、その理由だ。
『トレントの木杖』の削りカスを薬研とウスで更に細かく粉砕し、幾種類かの薬草等の抽出液と繋ぎを混ぜて、魔法でゆっくりと過熱しながら蒸気を含ませた後、魔法陣を描いた木枠に入れて押し固める。
押し固めるのも人の力では足りないため、岩を重石代わりに使う。
その重し自身にも過重の魔法陣を描き発動させ、更に魔法でもって均一に四方から圧力が掛かる様に力を導いてやる事で、機械に掛けたように綺麗に仕上がる。
「師匠、よく持ち上げれるね」
「歳を取ったら出来ねえな。腰を壊す」
「だから、この間それをやっておいて、よく持ち上げる気になるなと思って」
人の作業を呆れた表情で見てくるが、俺だって好きで苦労をしている訳では無い。
旅をしている以上、専用の道具なんて、そうそう持ち運べないため、重しに使う石が、一抱えもある大きな岩を使わざるを得ないだけだ。
それを軽量の魔法陣を描いて、身体強化を用いてようやく一瞬だけ持ち上げている。
軽量と加重の魔法陣を瞬時に切り替えるのが結構難しく、タイミングを間違えると、酷い目に遭う。
【剛腕】の天啓スキル持ちだったら、こう言う事も楽だったんだろうが、無い物は仕方がない。
あ〜…腰痛え、後で治癒魔法でも掛けておくか。
(水よ、汝らが還るべき場所に)
(風よ、この者に一層の渇きを与えたまえ)
(時よ、彼の者の歩みに手を差し伸べたまえ)
最後に、乾燥させて固めた後、もう一度苦労をして一抱えもある岩と退かして、木枠から取り出すと、其処には手の平に乗る程度の角材が出来上がっている。
整形圧縮法と言う、木造彫刻に使われる技術の応用だ。
後は此れを決まった厚さに均一に切って、切断面を均せば完成。
(鑑定)
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品 名:エルダートレントの魔符
分 類:魔術具
品 質:A-
ランク:A
備 考:魔法陣、もしくはルーン魔術の触媒として使用する魔術具。
魔力を帯びた素材に刻む事で、込めた魔法が安定するだけ
でなく、効果を大幅に増幅し、物によっては複数回使用が
可能になる。
魔符としては最高級品に類する。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
本来はそのまま作れば、唯の『トレントの魔符』でCランクの魔符になるのだが、其処は其処、薬草やら他の削りカスから抽出した樹液を混ぜる事で、何故か魔符としての階位が上がる。
ひと固まり作るのに、同量の『トレントの木杖』の削りカスから得た抽出した樹液を必要とするのだが、値段は倍では済まない。
『トレントの魔符』が、一枚あたりの相場が小銀貨五枚に対して、『エルダートレントの魔符』の相場は|銀貨五枚|《50万モルト》と、およそ十倍。
実際は魔導具屋に卸すので、六~七割ほどの値段になってしまうのだが、それでもその差は大きい。
作った一塊で、魔符が十二枚作れるから、腰を痛める危険を冒すだけの価値はある。
「後でまた腰揉もうか?」
「其処まで年寄りじゃねえ」
そう思いつつも、意外にあれ気持ち良いんだよな。
レンは体重が軽いから、体重を掛けても程好い力加減になるんだが、この間のように腰を痛めたならともかく、此れくらいでそんな真似はさせれん。
今回は『トレントの木杖』が大量に手に出来るから、試しに同じ要領で『エルダートレントの木杖』を作ってみたのだが、流石のそのサイズを作るのに必要な岩は俺のステータスでは無理があった。
ステータス的に無理があっただけで、俺が腰を壊す様な年寄りと言う訳では無いからな。
なんとか細めの木杖を三本作った所でギブアップ。
治癒魔法とポーションを用いても、なにか腰に違和感があったので、レンに腰を揉んでもらって、何とか二、三日で元に戻った所だ。
人を診るのと違って、自分の、しかも背中となると、流石に繊細な治癒は行えないのが、治癒魔法使いにおける悩みと言える。
「遠慮する事ないのに。
でも、その内踏まれて喜ぶようになったりして」
「足の裏と背中を一緒にするな。
あと仮にも女の子が、そう言う事を言わない様に」
レンが俺に買われる前は、実の親や兄弟に扱き使われており、マッサージもその時にやらされていたらしい。
よく子供に足の裏や背中に乗って貰ってマッサージする人間がいるが、足の裏はともかく背中は医療知識を持つ者からしたら賛成できないやり方。
足の裏はこの間の時についでにやって貰ったが、背中は踏まずに揉んでもらった。
だいたい、背中を踏むにしたって、アレは小さな子供だから気持ちよく感じるだけで、レンの年齢になったら、幾ら小柄で痩せていても普通はやらない。
あと出会った頃ならいざ知らず、今のレンに背中を踏んでもらおうとは思わん。
此処半年近くでレンの体重はかなり増えているのが主な理由だ。
そりゃあ、もう見た目で分かるほど、ど~~~んっとなっ。
以前が長年の栄養不足で不健康過ぎただけで、増えたと言ってもまだまだ痩せ細っていると言って良いが、……其処はこんなのでも一応は女だからな。
太ったとか体重が増えたとか口にしたら、怒るんだろうなぁ。
レンを相手に試した事はないが、以前にレティ相手に口が滑って偉い目にあったからな。
アンナ姐さんにも、デリカシーが無いとお説教をされたし、あの時は散々だった。
だってなぁ、目の前で腰回り付近のボタンがはじけ飛んだら、普通、そう突っ込みたくなるものだろ?
=========================
「明日、此処を発つぞ」
「あっ、はい」
翌日、俺達は移動する事にした。
まだまだレベル上げをしようと思えば出来ない事はないが、目的はあくまでレンの魔力を上げる事であって、レベル上げは手段でしかない。
基本も出来ていない未熟なままで、必要以上の無理なレベル上げは害にしかならないからだ。
「やっと街に行けるのかぁ」
「その前に寄る所がある」
「……ぁぅ」
夏の真っ盛りで、野宿の疲れが溜まって来ているのは分かるが、其処まで溜息を吐かなくてもいいだろうが。
慣れない生活だろうから、それを考えたらよく付いて来ている方だと思ってはいるが、今はまだ我慢の時だ。
「安心しろ、今度行くのは魔物が密集している様な場所ではなく、たん景色の良い所だ」
「……へ?」
「目的の物が見れるかどうかは、運次第だがな」
何か、信じられないような物を見る目で人を見てくるが……。
俺が綺麗な景色を楽しむのが、そんなにおかしいのか?
まぁいい、言ってのお楽しみだ。
そうしてランド大森林の浅い所を、採取や狩りをしながら足を進めて七日。
「うわぁ~~、綺麗な沼だね」
「そうだろ」
昼を過ぎた頃に、目的地である沼の畔に辿り着く。
小川から綺麗な水がたえず流れ込んでいる沼は、比較的透明度が高い。
その上、沼の両脇から伸びる木々の枝が沼を覆い込むかのように水面に映り込み、翡翠の様な深緑の輝きを放っている。
その輝きの元である陽射しは木漏れ日なのだが、まるで光の柱のように水面に突き刺さり、水の流れと僅かな風によって生じた細波で乱反射して輝きを一層際立てている。
更に、それだけでなく、水草と所々咲き乱れる自然の花との絶妙なバランスが、沼を美しく彩っていて、人によっては一枚の絵画の様だ評するだろうが、俺から言わせれば逆で、どんな著名な画家であろうとも、この光景を再現出来やしないだろうと思っている。
「よ~し、この近くで野営をするぞ。
確かアッチの方に、良い感じに開けた場所があったはずだ」
旅をしていると、こう言う自然の美しさを感じる場所に出会える事がある。
所詮は景色でお腹が膨れる訳でもないし、金に変わる訳でもないが、俺はそれで良いと思っている。
素直にそれを感じる事が出来る。
それが大切だと思っているからだ。
人が人であるためにな。
毎日が大変で、疲れ果てようと。
辛くい日々が続こうとも。
小さな楽しみを見つけるだけで、意外に救われるものだと俺は信じている。
レンが甘い食べ物で、歯を食いしばって頑張れるように、ほんの一歩、足を進めるだけの元気を出せるモノがあるんだと。
「今日は、鍛錬も作業も無しだ。
偶には、ゆっくりと心と身体を休めておけ」
「え? なんでいきなりそんな事を?
鍛錬は毎日やる事が大切だって言っていたじゃん」
「夜に見せたいモノがあるんだ。
それを疲れていて、十分に堪能出来なかったではつまらないだろ」
「……あやしい」
散々毎日鍛錬で扱いておいて、いきなりこう言う事を言うから訝しく思うのは分かるが、少しは師匠の言葉を素直に信じる気にはならんのか。
今までだって嘘は言っていないだろ。
レンが勝手に勘違いして、思い込みで騒いでいるだけで。
痛てっ、蹴るなっ。
まったっく、自分の思い込みによる失敗を人のせいにしやがって。
偶に勉強を兼ねて、言葉遊びをしているだけだろうが。
「とにかく、今日はもう、鍛錬も素材の加工作業はしない。
夜だって別に出かける訳じゃないから、偶には人を信じて身体を休めておけ」
言葉通り、テントを張り終えたら、俺は木と木の間に毛布とロープを用いた簡易ハンモックを張り、本を読みながら身体を布に預ける。
因みにレンの分は知らん。
やりたかったら、見本を見て、考えて、やって覚えろ。
本当に何もやらないのかって、そう言ったろ。
ああ、夕飯とトイレはするぞ。
安心しろ、飯はちゃんと手分けして作る。
トイレは手伝えんがな。
「当り前だっ!」
顔を真っ赤にして怒られた。
まぁ放っておこう。嘘は言っていないのに酷い奴だ。
こらこら、何処でも結べば良いと言う訳じゃないぞ。
ちゃんと毛布の中に丈夫な場所が作ってあるから、其処を使うんだ。
違う所でやったら、毛布が破ける。
ロープもちゃんと荷重を分散させてだな。
そうだ、ちゃんと見本を見て、作り方や考え方を読み解いてゆけ。
あと、結ぶ木の方も、きちんと太くて丈夫そうなのを選べよ。
=========================
「……すぅ、……すぅ」
早めの夕食後、やはり疲れと緊張が溜まっていたのか、静かに寝息を立てているレンの寝顔に、まだまだ身体が弱っていると言うのに、よくも俺に付いて来てくれた物だと、レンの頑張りを素直に心の中で褒めてやる。
治癒魔法や魔法薬で、無理やり疲労や筋肉痛を和らげてはいるとはいえ、負担や副作用が無い訳では無い。
連日して使えば、その分だけ精神的疲労が蓄積していく。
秋が来て、冬が近くなったら少し腰を据えるから、それまでは耐えてくれ。
少なくとも、次のデルマールの街に付いたら、最低でも半月は街に居座るつもりだ。
夏の疲れも出ているだろうからな。
だが、その前に一仕事だ。
俺はレンの新緑のような緑の髪を優しき撫でやってから、その可愛らしい頬を手の甲側で軽くぺちぺちと叩いて起こしてやる。
「ん、んん~……もう朝?」
「寝ぼけてないで、周りを見てみな。
良いもんが見れるぞ」
「……、……えっ!!
あっ…、あっ……、ぅあ…、き…、綺麗~~」
「そうだろ」
目の前にある沼の光景は、昼間とは一変していた。
沼の畔をゆったりと飛び回り、乱舞する幾百から幾千もの夜光虫の群れが放つ光の舞踏。
水中に生える夜光草が水面を所々青く照らし、夜空には満天の星の輝きと、月の光が夜の闇を優しく照らしている様は、まさに幻想そのもの。
心が吸い込まれるような光景に、レンは目を輝かしている様子に、俺は少しだけ嬉しくなる。
「美しいだろ?」
「うん」
「じゃあ、この美しい光景に感謝しないとな」
「うん、師匠」
「俺じゃない、この景色を形作っている者達全てにだ」
「この景色を作っているもの?」
「ああ、心の中で構わない。
感謝し、素直な想いを乗せて、届けるように祈ってごらん」
「うふふふっ、師匠、そう言うの似合わないよ」
「俺に似合うのと、この景色が素晴らしいのと関係あるのか?」
「う~ん、ないっ」
「じゃあ、気にするな」
自分でも似合わない事は百も承知だ。
だが、そう感じる事とは全く別だし、敢えて似合わない事を口にしたのは、レンをそう誘導するため。
レンは、一瞬たりとも同じではない光景に、優しい笑みを浮かべながら、静かに眺め続ける。
まるで飽きる事がないかの様ように、時が止まったかの様に眺めていたレンは、やがてゆっくりと瞼を閉じ、何かを祈るかのように両の手を胸の前で重ね。
「やっぱり最初に言いたい、師匠、私を拾ってくれてありがとうって。
私、こうして一緒に旅をして、こんな凄い光景を見せて貰えて、物凄く感謝しているの。
自分で言うのもなんだけど、素直じゃないから時々迷惑かけちゃうけど、それでもこれだけは言える。
生きていて良かったって。
諦めずに生きていて良かったって。
今、私の周りのモノ全てに感謝をしているの。
……あれ? モノ?」
ふわぁ~っ!
レンの最後の方の言葉を余所に、地面が淡く輝き出すと同時に、周囲一帯に薄く光り輝く珠が、幾つも空を漂う。
いや、まるでレンを中心に回りながら、踊っているかのように、数十もの光珠が、何処からともなく姿を表す。
「こ、これっ え? えっ!?」
突然の周囲の変化に戸惑うレン。
正体不明の物に突然囲まれて、焦るなと言う方が無茶かもしれないが、それでもレンが少しでも落ち着けるように、なるべく優しく笑みを浮かべながら声を掛けてやる。
「レン、落ち着け、大丈夫だ。
彼等は、レンの友達だ。
話しかけてみるといい」
「と、友達?」
「ああ」
光珠の正体は精霊。
おそらく最下級に近い、普段は見えないだけで何処にでもいる精霊。
精霊魔法を使うエルフは、彼等の存在を感じ力を借りる。
だが、レンは純粋なエルフじゃない。
先祖返りでエルフの特徴が出ただけの、謂わばエルフとも人間とも言えない何方でもない存在。
当然、精霊を感じる力も、純粋のエルフに比べて劣っていてもおかしくはない。
だが、今夜は年に一度の星祀りの日。
もはや形骸化し、お祭り騒ぎにしている街も多いが、本来は星と大地が最も近くなり、自然の象徴でもある精霊が活性化するとされ、天と大地に感謝をする日。
そして今日と言う日を、この場所でならば、レンの中に眠るエルフの血を刺激し、起こす事が出来かもしれないと考えていた。
エルフの子供が行うと言う、最初の精霊との契約は、エルフ達とって神聖な祭儀だと言う文献の言葉の下にな。
そして祭儀と言うのは、暦に密接している事が多い。
エルフが神聖視しそうな、太古から行なわれている祭事に目を付けた甲斐があった。
地面が淡く光っていたのは、事前にこっそりと書いていた魔法陣が発動しているため。
文献を元に、拙いながらもそれらしい物を再現というか作り出したのだが、どうやら巧く動作したようだ。
魔力を、これでもかと言うほど、魔法陣に込めたのが無駄にならずに済んで良かった。
「あ、あなたは……、と、友達…に、なってくれる……の?」
恐る恐る言葉を震わせながら問いかけるレン。
きっと村では、友達らしい友達なんていなかっただろう。
幾ら帽子で隠していようと、同じ村に住んでいる人間には知られているだろうし、自分達と違う姿をするモノには、どの種族も排他的な事が多い。
特に本来は守るべき親が、子供を守らないどころか、率先して虐待してきた。
身近な者達を信じて、裏切られて、それを繰り返されて。
だからこそ、先程の言葉だったのだと、理解してしまえる。
それでも、もう一度信じて見ようと、戸惑いながらも上げた声は……。
「ダレガ、トモダチダッテ」
「キャハハハッ、ウケルー」
「マゼモノノ、ヘンテコナヤツトナンテ」
「ジョウダンハ、カオダケニシテヨネ」
「んなっ!」
無慈悲にも否定されてしまう。
小さくだけど確かに聞こえてくる精霊達の声によって。
抑揚がなく平坦だけど、小さくても確かに聞こえる透き通るような声だけに、よく耳に残る。
レンにとって残酷な言葉が、嘲笑と共に……。
どうやら、精霊って言うのは想像していたのと違って、随分と自由奔放と言うか生意気と言うか……、とにかく失礼な存在らしい。
信じてまた裏切られ、泣きそうな顔をするレンに、流石に声を掛けようとした俺の耳に、別の何者かの声が聞こえたため止める。
その何者かの声を信じてと言うより、長い付き合いではないとは言え、それでも共に此処まで歩んで来たレンの強さを信じて。
「ナクッ? ナクッ? ナクッ?」
「ホレッ、ホレッ、イツモミタイニ、ナケバー?」
「ホシクサニ、カオヲウメテ、コエヲコロシテナ」
「ソレトモ、モリノナカデ、ヒザヲカカエテカー」
あぁ、そう言う事か。
妖精達の言葉に、俺は納得する。
確かに、俺の出番じゃないな。
俺が咄嗟に行おうとしたののは、下らん感傷だ。
感傷で、レンの試練に干渉をする訳にはいかない
「ガマンハ、ヨクネエーゾー」
「ムリムリー」
「オマエニデキルノハ」
「ナクノト、ガマンスルコト、ダケー」
「「「「キャハハハッハッ」」」」
お~っ、プルプル震えてる。
確かに我慢しているな。
アイツらが何方を狙っての事なのかは知らんがな。
「ホーラッ、ナーケ、ナーケ」
「「「ナーケッ、ナーケッ、ナーケッ」」」
「コンカイモ、ガマンシテ、アキラメチマエー」
「「「チマエーーッ」」」
言動とやっている事が子供そのものだな。
頭痛を覚えると同時に、少しでも精霊に幻想をまだ持っていた自分に呆れ果てる。
「だ…」
「「「ダッ?」」」
「れ…」
「「「レッ?」」」
しっかし、本当、よく見ていたんだな。
でも、だからこそか。
レンにとっても、精霊達にとっても。
「誰があきらめるものかーーっ!!」
「「「「オコッター」」」」
「「「「オコッタゾー」」」」
「「「「ナキムシガ、オコッターー」」」」
「煩いっ! もう我慢しないって決めたんだっ!
幾ら我慢しても、幾ら待っても、変わらなかったっ!。
一生懸命やれば、変わると思っていたっ!
認めてくれるって思っていたっ!
父さんも、母さんも、兄さんも、姉さんも。
村の皆んなも、一度は友達だって言ったルカやジルだって、何も変わらなかったっ!
振り向いてくれなかったっ! 優しくしてくれなかったっ!
ううん、そんな贅沢言わない、せめて抱きしめてくれれば、それだけだったのにっ!
それすらも叶わなかったっ!
でもっ、でもっ、師匠が教えてくれた、自分から踏み出せって!
破れかぶれで、信じて踏みだして、助けを求めたら変わったんだっ!
本当に得たかったものではなかったけど、欲しかったものが手に入れられたんだっ!
頭を撫でてくれる大きな手をっ!
夜道を引っ張ってくれる手をっ!
厳しくても、ちゃんと見守ってくれる優しい目をっ!
なにより、抱きしめてくれたっ!
寂しくて寂しくて、穴だらけの胸の中を、優しく抱きしめてくれたんだっ!
だからっ! だからっ! もう我慢しないってっ!
ああっ、もう、だいだい何なのあんた達は、人の事を馬鹿にしてっ!」
がしっ!
「「ヒャーーッ!」」
感情剥き出しに、今まで胸の奥にしまっていた物を爆発させるかのように捲くし立て、レンの周りで揶揄うように宙を浮いていた精霊の二匹を左右の手で掴まえて睨みつける。
光珠相手では、何処が顔か目だか分からないが、まぁ其処は関係ないのだろうなと、くだらない事が脳裏に浮かんでしまう。
「ランボウモノダー」
「ロウゼキモノヨ、ナヲナノレー」
「煩いなっ、お前達こそ名乗れよっ!
私はレンっ、師匠の弟子のレンだっ!
これ以上馬鹿にするなら、握り潰してやるぞっ!」
「ムリー」
「ムダー」
二匹の精霊の言葉通り、レンの掌に握られていたはずの光珠は、レンの手を何も無かったかのように、スリ抜けて自由の身になってしまう。
「デモ、ナノラレタ」
「ナラ、ナヲカエス」
「ワガナハ、シズク」
「ワレノナハ、ホタル」
それと同時に、レンと二匹の精霊が間に魔力が生まれ、空中に模様を描く。
魔力の元は、……レンかっ!
と言う事は此れがっ?
やばい二匹同時は想定外だっ!
(鑑定っ、ステータス観測っ!)
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
【 名 前 】 レン
体 力 78/78
魔 力 43/142
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・
やばいっ!
あっと言う間に三分の一にまで減っているレンの魔力に、慌ててあらかじめ用意してあった魔力回復用のマナポーションの蓋を抜き、レンの口に問答無用に差し込む。
ガリッ、ゴッ!
「あがっ!」
なにか嫌な音がした気もするが、魔力切れで死ぬよりはマシだ。
俺は俺で、急激に魔力を消失する感じがするが……、連続してステータスを鑑定する魔法は、此処まで減らないはずだが、此の際は無視だ。
今はそれよりも……。
……32、……27。
効け、効け、今すぐ効けっ!
……19、……14。
効きやがれーーーっ!
ズボッ!
「うぐっ!」
……9、……6、……10、……16、……27.
願いと共に、マナポーションをもう一本、無理やりレンの口の中に放り込み、有無言わせずに飲ませる。
ゴクゴクと口の中に流れ込む音と共に、レンの魔力が回復して行く。
やがて五十付近まで魔力が回復したところで、安定した処を見ると、マナポーションが効き始めて、魔力の枯渇しの危機から脱したのだろう。
我ながら予想外の出来事に冷や汗でビッショリになりながらも、精霊と言う存在が儘ならない存在だと、改めて心底思い知る。
レンを死なせない様するのに必死だったせいか、気が付けば、周りにアレだけいた精霊達も消え、先程までの静かでごく普通の幻想的な光景が戻ってきている事に、儀式が終わったのだと実感できる。
そう言えば、いつの間にか背後に居た奴も消えていたな。
「レン、よく頑張っ……」
小さな口に、二本ものポーションの瓶を無理やり差し込まれ、目を回しているレンの姿に気が付き、言葉を失う。
取り敢えず、役目を終えたマナポーションの空き瓶を、そっと抜きだし、念のためきちんと呼吸をしているかを確認。
幸いな事に、小さくて平たい胸が上下に規則正しく動いている事に、安堵の息を深く吐く。
しっかし、目を大きく見開き、だらしなく開きっ放しにした口元からは、涎だかポーションだか分からない液体が垂れて、口の周りをベタベタに汚しまくっている姿は、とても女の子が見せる物ではない気がするが、流石に笑う気にはなれんな。
俺も遣り過ぎたと反省するが……、まぁ今回は不可抗力だ。許せ。
(無なるものよ、その虚ろを埋め、更なる力を)
(鑑定、ステータス)
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【 魔 法 】
契約精霊 正八位精霊:ホタル(闇)、シズク(水)
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【全知無能】を用いた鑑定スキルでレンを覗いて見ると、しっかりと項目が増えていた。
どうやら精霊との契約は無事に済んだ様だが、二匹同時に契約を始めた時には、本気で焦った。
特に精霊との精神世界側での路がない状態、での契約。
つまり一番最初の契約は、特に魔力を持ってゆかれやすいだろうと推測していたから尚更だ。
契約は一匹ずつだとばかり思っていたからな。
念のためと思って、魔力回復薬を準備しておいて、本当に助かった。
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【豆知識】
精霊は基本的に精神生命体で、内包する力から第一位から第八位までの階位があり、上位になるほど知能が高く、及ぼす影響が強くなる。
精霊魔法は契約した精霊を召喚し、魔力を代価に精霊を行使する魔法形態。
彼等は、現実世界とは薄紙一枚ズレた精神世界と呼ばれる世界に、その本体を置いているとされているが、本当の所は誰も分かってないとされている。
精霊魔法は、契約、召喚、行使とあり、それぞれ術者は代価として魔力を精霊に譲渡する。
特に契約時には、通常の召還と行使の数倍の魔力を必要とすると言われているため、精霊との契約は細心の注意と準備が必要とされる。
契約に必要とされる魔力は、契約を結ぶ精霊によって増減するとされ、最下位である正八位精霊でも、百前後の魔力を必要とするものと見られる。
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