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01.天恵スキルは最弱の役立たず。






「彼奴、死なないじゃないですかっ、師匠の嘘つきーーーっ!」

「急所をあれだけ外しておいて、嘘つきもクソもあるかっ!」


 ドスッドスッドスッ!


 地面に大きな振動を伝える程、重量感のある激しい足音の持ち主。

 折角、手間暇を掛けて薬で眠らせてあったのに、首のど真ん中ではなく、外の皮の部分では、折角の魔法道具の矢も意味が無い。

 結果、激痛で魔法薬による眠気も吹き飛んだ翡翠双頭巨亀(エメラルド・タートル)は、怒り心頭で俺達を踏み潰さんばかりの勢いで追い掛け回すに至っている。


「なんで亀の癖に、こんなに速いのよっ!」

「だから一歩が十歩になる反則スキル持ちだと、事前に説明しておいただろうがっ!」

「其れでも速すぎる~~~っ! 師匠なら何とかしろぉ~~っ!」


 メキメキメキッ!


 ちょっとした家ぐらいもある大きさの巨大亀の突進など食らったら、木々など大した障害にはならず、一抱え以上もある太い木々も簡単にへし折れてしまう。

 本来、翡翠双頭巨亀(エメラルド・タートル)は移動の際に邪魔な木々を魔法で、傷一つ付けずにどかさせて元に戻すと言う温厚な魔物。

 実際は住処を気取らさせないためと、荒らさせないための事らしいが、それすら忘れて木々を薙ぎ倒し、大地に足跡を付けて俺達を追い掛け回す様子に、よっぽど頭に来ているのだろな。

 そんな事を冷静に判断しながら、馬鹿弟子の失敗の尻拭いの方法を必死に考えている自分が、正直恨めしい。

 因みに、翡翠双頭巨亀(エメラルド・タートル)は雑食。

 草も果物も食べるが、生きた獲物は巨体な身体と、その身に似合わぬ反則級の速さで持って踏み潰し捕食すると言う凶悪さ。

 誰だ、こんな凶暴な魔物に【緑の守護者】なんて馬鹿な二つ名を付けたのはっ!


「師匠っ、薬はっ!?」

「アソコ迄興奮した状態で聞くものかっ、一定ランク以上の魔物は、興奮状態になったら、薬も状態異常系の魔法も効かないと教えただろうがっ」

「そんなの覚えてないよぉ~~!」

「帰ったら、嫌と言うほどその頭に詰め込んでやるっ。

 完全に覚えるまで、甘い物は抜きだっ!」

「このクソ師匠の鬼ぃ~~~っ! とにかく何とかしろぉ~~~~っ!」


 此奴は此奴で、口調に昔に戻っているから、本気で余裕がないんだろう。

 横目で見れば、顔色からは血の気が引いており、歯をカタカタと鳴らしている所を見ると、先程からの口の悪さは、恐怖に押し潰されないためなのだろう。

 今迄は罠などが主体の狩りばかりで、あまり鉄火場を経験させてこなかったからな。


 ドスッドスッドスッ!

 メキメキメキッ!


 さてどうするか。

 相手は、只でさえ硬い甲羅に覆われている上に、今や完全に戦闘態勢で土魔法で硬い土や岩を、甲羅から出している手足や首の殆どを覆っているため、此方の攻撃は当たった所で効果は期待できない。

 おまけに深い森の中で足場の悪い状況では、どうしても足を取られてしまい、いずれ追いつかれるのは日の目を見るより明らか。

 あの怒り様では、諦めてくれる事を期待するのは間違いだろうな。

 はぁ……、彼奴らと逸れてなければ、ちったぁマシな手が浮かぶんだが、まったく俺の人生は予想外の事ばかり起こりやがる。

 呪われてるとしか思えねえな。






 =========================

【十二年程前】




「カイルよ、お前を我が家の跡取り候補から外す。

 幼いお前には理不尽だと思うが、此れも運命だと力強く受け入れる事だ」


 厳格な父上が、いつも以上に硬く厳つい表情で、僕に言葉を掛けてくる。

 物心ついてから厳しい事は数多く言われたけれども、それでも今回のは今までの中で一番冷たい声に聞こえた。

 褒める言葉も、お叱りを受ける言葉も、問答無用で怒鳴られる言葉も、まだそれは熱がある言葉でもあった。

 少なくとも、今、父上の口から放たれた言葉より、よほどマシだと僕はこの時初めて知った。


「中等部最初の年の見極めで、騎士候補に選ばれなければ、お前は廃嫡処分とし、我がバンデット伯爵家から出て行って貰う。

 野垂れ死にたくなければ、必死になる事だ」


 これが僕、カイラル・バンデットが六歳になった翌日に父上から申し渡された言葉であり、此れ迄の人生において、生活が一変した出来事と言える。


「はっ、兄貴の癖に、能無しなんだな」

「カイルお兄様は、私より三つも年上なのに、本当に何もできないのですね」

「二人とも言葉を慎みなさい。能力があろうと無かろうと、二人の兄にあたる事には違いない。

 例え家を出る事がほぼ決まっていようとも、その日までは兄として敬うようになさい」


 それから三年後、双子の弟妹が六歳の誕生日を迎えた後は、更に酷くなった。

 八つも歳上のレイ兄様は一応は庇ってはくれではいるけど、それだけだ。

 仕方がない。僕は他の兄弟達に比べて能無しなのは事実だからね。

 レイ兄様の【聖騎士】LV9 のように剣と騎士を極めれる可能性はない

 弟のトールの【大魔法使い】LV8ように、強力な魔法を使い熟せる事もない。

 妹のマリーの【大聖女】LV9のように、治癒魔法を始めとする聖魔法で誰かを救える訳でもない。


 この世界は六歳の誕生日に教会から聖霊を受ける事で、生まれ持った天啓スキルを目覚めさせる事が出来るのだけど、様々な数えきれないほど多くのスキルの中で、僕が天から与えられたのは【賢者】のスキル。

 字面だけなら、確かに有能なスキルだと言えるし、代々傑出した人物を排出し続けてきたバンデット伯爵家としては、【賢者】は悪くないと思える。

 ただ、僕を能無しと断定される理由は簡単だ。


 【賢者】LV1 (全属性魔法だけでなく鑑定や錬金術等を扱える)


 そう、LV1なんだよね。

 そしてこのLVは1~10まであって、生涯変る事はない(・・・・・・・・)

 スキルLVが1や2なんて言うのは無能の代名詞と言うのが、この世の常識で、基本的にこのLVが高ければ高い程、強力な魔法や能力が使える。

 例えば、火魔法。

 LV1では火の矢、LV2で火炎放射、LV3で火の槍、LV4で火球(ファイヤーボール)、LV5で劫火魔法(フレア)、LV6で火の壁(ファイヤーウォール)、LV6で爆裂火炎魔法(ヘルファーヤー)、LV7で広範囲劫火魔法(バーストフレア)、LV8で広範囲爆裂魔法(インフェルノ)、LV9で広範囲劫火爆裂魔法(エクスプローラ)、LV10で隕石召喚(メテオ)と、こんな感じ。

 厳密には他にも色々魔法があるけど、攻撃魔法のランクとしてはこう言う風に上がってゆき、当然上位のLVを持つ人間は、下位の魔法を扱える。

 鑑定なんて酷い物で、薬草などを鑑定しようと思うと。


  鑑定結果LV1:薬草


 此れだけなんだよね。

 雑草か薬草かを判別してくれるだけ。

 これがレベルが上の者が鑑定を行うと、薬草名が分かるのはもちろんの事、何に向いた薬草なのか、品質や状態、価値がある物なのか無い物なのか、その価値がどれくらいなのか、可食が可能な物なのか、産地は何処なのか、様々な事が分かるらしい。

 高レベルの物は、商人なんかには涎物のスキル。

 LV1なんて、名前程度だから、知っている人に聞いて覚えてしまえば良いだけの話。

 役に立つのはLV3からと言われているから、LV1なんて、全属性魔法を使えても使えないに等しい。

 器用貧乏なんてレベルの話じゃない。

 アレは使えるレベルであるLV3の複数の魔法やスキルがあって言える話で、僕は其れにすらなれない。

 因みに六歳の時の教会の聖霊を受けた後に鑑定された僕のステータスは、こんな感じだった。


 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

 【 名 前 】 カイラル・バンデット

 【 種 族 】 人 族 ♂

 【 職 業 】 貴族の次男坊

 【 年 齢 】 6

 【基礎レベル】 1

 【天啓スキル】 賢 者 LV1

 【基礎 能力】 

     体 力  10/15

     魔 力  30/30

     筋 力   5

     生命力   4

     防御力   3

     敏捷性   8

     魔法力  10

     知 力  10

     器用さ   9

     幸 運  50

 【 魔 法 】

     魔法:地  LV1

     魔法:水  LV1

     魔法:火  LV1

     魔法:風  LV1

     魔法:聖  LV1

     魔法:闇  LV1

     魔法:時空 LV1

 【 スキル 】

     鑑 定  LV1

     錬 金  LV1

 【固有スキル】

     全知無能(*詳細不明)

 【 賞 罰 】

     な し

 【 称 号 】

    

 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・


 もう、これでもかとLV1(能無し)だと書きまくられた鑑定結果の紙。

 持つ者が希少だと言われる固有スキルも、スキル名としては記録にあるけど、なんの効果があるのか不明で、役にも立たないスキルとして記載されている

 基礎能力値は、だいたい年相応だったみたい。

 幸運が高めだけど、此れだけ外れスキルばかりで、幸運も何もない。

 幸運じゃなく不運の間違いだろって言いたいさ。

 それにこの値は、これからどんどんと高レベルのスキルを貰った人達と差が開いてゆく。

 貰ったスキルに関係する能力値が上がりやすくなっているし、その上がりやすさもレベルが高ければ高いほど上がりやすい。

 とにかく伯爵家の次男として生まれた僕は、このLV1(能無し)の鑑定結果のおかげで、跡取りはもちろん、嫡男の予備にする価値もないと父上が判断するのも無理もない話という訳だ。

 12歳まで様々な事の基礎を学ぶために通う初等院卒業後、各分野で別れる中等部の初年度にある見極め試験で、一代限りの爵位である騎士候補になれれば、家を追い出さないと言ってくださっただけ、父上は優しい方だろう。

 第二夫人の子で天啓スキルのレベルが1の僕では、政略結婚の道具にすらならないだろうからね。


 ガッゴッザッ!

「脇が甘いっ、相手から目を逸らすなっ!

 目を瞑るなど、殺してくれと言っているのと同じだぞっ!」

 ガゴッ! ズササ~~ッ。


 年老いたとは言え、現役の騎士に硬い木剣で打たれ、地に転がされ、罵倒を浴びせられても、僕には立ち上がるしか選択肢がない。

 父上が僕に付けてくれた剣術の先生は、本当に厳しくて基礎練習はもちろん、青痣や黒痣は当たり前で、骨折だってよくある事。

 痛い思いをしたくなければ、避わせる様になれ、攻撃を逸らせ、打たれる前に打てと、もうそんな感じ。

 疲労も怪我も、夕食前に妹のマリーの聖魔法の練習台として使われる。

 時には、解毒の魔法の実験台として、薬草と毒草の見極め練習で、餞別した物に毒が混ざっていたら、それを食事に混ぜられ、死にそうな目になった事なんて、一度や二度じゃない。


『あらお兄様、鑑定持ちですのに、また毒を呑まれたんですか?

 まぁ良い練習になりますから、私は助かりますけど、家を出るまでは死なない程度の量にしてくださいね』


 始終そんな感じで、死と隣り合わせの毎日。

 貴族の子供として、躾や通常教養を学ばされながら、自由になる時間などある訳もなく、少しでも空いている時間は、魔法の先生から魔力の循環と制御の鍛錬に回せと言われている程だ。

 おまけに座学の課題や予習をしている時や、寝入る瞬間までやれなんて無茶振りを言われているから猶更、学院の年頃の子達と遊ぶ暇なんて当然ないさ。


「よぉっ、ジル」

「やぁカイル、また会ったね」


 と言っても、まだまだ子供と言える僕に、そんな児童虐待寸前の詰め込み教育ばかりやっていられる訳がなく、週に一度、半日にも満たない時間、屋敷を抜け出して遊び歩いたりするけどね。

 今日もこうして、街はずれの丘の木陰で寝転がっていたら、僕と同じくらいの男の子が声を掛けてくる。

 母親譲りの赤い髪をした僕とは違い、彼は貴族に多い金髪に白い肌に碧い瞳に、上等な服からして、貴族の子である事は間違いないとは思う。

 偶に、此処で会う事があって、互いに愚痴を言い合ったり、木の実や魚を捕ったり、木剣を持ち出して来て、腕も競い合う事も在るけど、多分、僕と似たような境遇なんだと思う。

 詰め込み教育にうんざりして、此処に心を休めに来ているのだろう。

 週に一度の休息日の午後の僅かな時間だけど、実際に会えるのは月に一度程度。

 それでも、互いに顔を合わせれば、その日は運が良かったと思える。

 互いに、胸の中の鬱屈した物を遠慮なく吐き出せるからね。

 家に僕の居場所もないし、甘えられる家族もいないし、甘える訳にもいかない。。

 お互いの家名すら知らないし、詳しい事も知らないけど、それだけは僕とジルの共通している所。


 苦しくて、窮屈なっ毎日だけど、それでも必死にしがみつかなければ、僕に待つのは家を追い出されて飢え死ぬ運命だと思い、死に物狂いの日々を過ごしている内に、月日はあっと言う間に過ぎ去り、僕は初等部を卒業し、運命の中等部最初の夏を迎えようとしていた。


「……14位。微妙だな」


 廊下の壁に張り出された騎士希望者347人中、上位50名の座学の成績優良者が張り出されている。

 其処に僕の名前はありはするけど、決して安心できる順位ではない。

 なにせ騎士見習いになれるのは、座学と実技を合わせた総合順位の良い40名と特別優良者(・・・・・)10名を合わせた50名。

 成績を振るわなかった者は一般兵見習いか、他の下級職種の分野へと回されるのだけど、騎士見習い以外の道を許されていない僕にとっては、順位に入れるか入れないかであって、それ以外は意味のない話。

 そもそも騎士見習い志望だから、礼儀作法や座学よりも実技の方が優先されるし、その座学も10位以内なら、騎士の中でも書類仕事を押し付ける相手として考慮されるけど、4位も下の14位では、LV1(能無し)の僕相手に考慮してくれるかは、怪しいと言わざるを得ない。


「よぉ、LV1(能無し)カイラル、此れでほぼ放逐決定だな」

「……ゲイリルか。座学で50位以内に入っていないお前に言われたくないよ。

 それに、まだ実技試験がある」

「あははっ、剣を振るうのに座学なんて何の役に立つってんだ。

 だいたい、お前が実技で成績を振るえるわけないだろうが、往生際の悪い奴だな」


 頭が一つ分も大きい此奴は、僕と同じ騎士見習い志望の人間。

 カイルとゲイル。

 ボクと愛称が似ているからと言う理由で、中等部に入って三ヶ月、ずっと目を付けられ、事ある事にちょっかいを掛けて来ては、僕を追い出そうとしている嫌な奴だ。

 【剛腕】LV6の持ち主なので、実技である剣術では(・・・・)20位以内にいる実力者と言える。

 僕の剣術の成績は、努力の甲斐が合って悪くはないけど、決して良くも無い。

 それはそうだろう、体術系のスキル持ちは、それだけで体術関連の基礎能力値が上がりやすいのだから、LV1(能無し)でしかない僕が死に物狂いで努力したところで、其奴らの鼻歌交じりの練習で、アッサリ追い抜かれてしまうのが現実だ。

 そして、此処では、そんな奴等がウヨウヨしているのだから、能力値に大きく左右される体術関係の試合では、その結果が出てしまうのは当然の事。

 えっ、実技の授業では何位かって、意地の悪い事を聞くなぁ。

 言わない時点で察してくれってんだ。

 それでも言えって……43位だ。

 あ〜っ、うるせえっ、判っているさ、ギリギリだよ。

 むしろLV1(能無し)と言う事を考慮したら、これじゃあアウト気味だって事は分かっているさ。




「ただいま帰りました」 


 ゲイル以外の脳筋馬鹿達にも、憐れみと嘲笑の声を背に、学院をあとにした僕は、屋敷の扉を開けるのだけど、誰も迎える者はいない。

 執事も女中(メイド)も、僕には最低限の事しか構わない。

 騎士見習いになれたとしても、家の中では序列が限りなく低い事には変わりないのだから、僕に構っても何の特にはならないからね。

 嫡子であるレイ兄様や、弟妹であるトールやマリーに付いた方が、よほど自分達の未来が明るいと言うもんだからな。

 その辺りの事は、とっくの昔に諦めた。

 それでも言葉を放つのは、それが礼儀であり、此処が家だからだ。

 ……だが、今日は少しだけ、いつもより違うようだ。

 

「おや、カイル、帰ってきたのかい。

 今日の結果からして、二度と帰ってこないとばかり思っていたよ。

 ああ、家を出るにも、多少の荷物はいるか。

 金貨一枚、持たす気は無いけど、着替えくらいは持たしてやる優しさは持ち合わせているつもりだからね」


 弟のトールの言葉に、頭が痛くなる。

 まだ初等部であるトールが、中等部の廊下に張ってある結果をこの時間に知るために、遠見の魔法を使っただろう事に対してだ。

 僕の成績が努力を実らなかったのは、僕の努力不足だから仕方ないにしろ、トールのしている事は、あまり褒められた事ではない。

 遠見の魔法は、この国では仕事や訓練で使う事以外は禁止されている訳だからね。


「トール、僕の事はともかく、その癖は止めるようにと言っただろ。

 本当に問題を引き起こしたいのか」

「カイルの癖に、俺に指図するんじゃねえよっ」


 まぁ注意したところで、そう言われるのは予想していたけどね。

 先月、遠見の魔法で妹のマリーの湯浴みを覗き見ていた現場を僕に押さえられたと言うのに、よくもそんな事を言えるものだ。

 空間を歪めて視界を繋ぐ遠見の魔法は、注意していれば覗かれている事を相手に知られてしまうから、忙しいレイ兄様の代わりに僕の所に話が来た時点で、トールの奴が如何に学院の女性を覗き見ていて、それを知られているか分かりそうなものだけど、弟のトールは自制する事が出来ないのか、その辺りが馬鹿なのかは知らないけど、全然分かっていない。

 ハッキリとした証拠がないから訴えられていないだけで、初等部で唯一遠見の魔法が使えるトールが疑われない訳がない。

 一応、先生達を含めて遠見の魔法を使える人間はいるし、王都に遠見の魔法を使える人間は、それなりにいる。

 そう言って、僕が預かっていた件だったんだけど、結果は呆れるばかり。

 この歳で覗き癖があるだなんて、将来が本気で心配になるし、よりにもよって自分の双子の相方であるマリーを覗くだなんて、馬鹿だとしか思えない。

 父上に知られたら、鉄拳制裁だけではすまないし、マリー本人に知られたら、それこそ裏の聖魔法で地獄を見させられるだろうに。

 バラされたくなければ二度とやるなと誓わせて、僕の胸の内に入れておいたのだけど、反省していないようだ。


「ふん、もうすぐ貴族落ちする奴の言葉なんて、誰が信じるってんだ。

 馬鹿かお前は。ああ馬鹿だから家を追い出されるんだったな」


 こんな言葉が出る訳だからね。

 あと馬鹿なのはお前も一緒だ。確かに貴族の言葉と平民の言葉では、貴族の言葉が最優先されるさ。

 貴族落ちした後なら、僕が幾ら何を言おうと無駄かも知れないけど、お前の性格を知っていて、僕が何も考えていないと思っているのか?

 まぁいい、此処でそれを言っても仕方ないし、トールを陥れたい訳じゃない。

 生意気だろうがなんだろうが、弟だからね。


「とにかく、家族や友達を大切にしたいのなら、もう止めておけ。

 あと、結果が出るまで僕は諦めるつもりはない。

 足掻いて足掻いて、生き残った者が勝ちだと、子供の頃から先生に教わっているし、先生の教えは遵守するつもりだよ」


 容赦のない先生だったけど、戦いでは泥水を啜ろうと、みっともなかろうが、最後の最後まで生き残った者が勝者だと教わったし、僕もそう思う。


「はっ、結果など見るまでもないというのに、其れでも足掻くだなんて、カイルも今はまだ一応は貴族なら、恥を知るべきだよ」


 あのなぁ、妹や級友の女の子の着替えや湯浴みを覗く奴に、恥だとか言われたくないぞ。

 でも、一応は僕としては言うべき事は、言ったつもりだ。

 これ以上は何を言っても、今のトールでは意地になるだけだからな。

 それに、これ以上トールに付き合う時間が惜しい。

 三日後から始まる実技試験に向けて、付け焼き刃でも鍛錬をしておきたい。

 トールとは、家族として残れた時にでもまた話し合えば良いだけだ。




 ガッ!

 ゴッ!


 重く乾いた音が、草木に朝露が残る丘に響き合う。

 目の前の相手だけに集中した、この重い空気の中は嫌いじゃない。

 相手の事だけを考え、相手もまた僕だけを見ている空間。

 僕が誰かに理解されていると錯覚を覚えるこの時間は、僕の数少ない楽しみな時間。

 だけど、非情にもこの幸せな時間はもう長くなく、今にも終ろうとしている。

 それは相手であるジルも、分かっていたのだろう。

 ほぼ同時に後ろに飛びすさり、お互いに木剣の先を地面へと降ろす。


「結局は、決着つかずか。

 カイル、私は此れでも自信を持っていたんだよ。

 君に会うまでは、同い年の子に負ける気などなかったと言うのに」

「あのなぁ、僕がジルに何回負けていると思っているんだよ」


 今日は引き分けだけど、前回は負けているし、その前々回も負けている。


「勝敗差が五回以上にならないと、カイルに勝ったとは思えないさ。

 どう考えても私の方が有利なはずなのに、差がちっとも広がらないのは納得がいかない」

「其処は僕も必死だからね。

 これでもジルに突き放されまいと、毎回あの手この手と四苦八苦しているんだぞ」


 実技試験の前日。

 ジルに無理を言って、前もって約束していたジルとの仕合は、自分なりのケジメかな。

 此の実技試験の如何によって、もうジルとはこうして打ち合える事はなくなってしまうだろうからね。

 まぁ、後は僕の調整の確認も含んでいるけど、今の感じなら、そう悪くはない。


「そう言えば、今日からだったね。

 此方で戦えば、君なら良い所まで行けるだろ」

「馬鹿を言え、反則で、最下位になっちまうさ。

 そしたら、其処で全部終りだ」

「騎士道か何だか知らないけど、面倒な話だね」

「騎士分野だから、騎士道を重んじるのは当然だろ」

「それが意味のある騎士道なら、私はそんな事は言わないさ。

 まぁいい、また君とこうして打ち合える日を楽しみにしているよ」


 ああ、そうだな。

 そしたら、今度こそ遠慮無しに剣を振るって、僕が五勝の差をつけて勝ち越して賭けに勝ってやる。

 何時までも子供じゃないんだ。

 お互いの……、親友の家名すら知らない関係は、いい加減に卒業したいからな。




 五日間掛けて行われる、剣術による実技試験は、勝てば2点、引き分けは1点、負ければ0点の総当たり戦による総合ポイントで決まる。

 僕は普段の実技の講義では、敢えて使ってこなかった戦術的要素を盛り込んだ戦い方によって普段よりも勝利を重ね、それなりのポイントを稼いだつもりだ。

 ただ、この方法は僕だけでなく、座学で高点数を出していた【知将】スキル持ちなど子達も使っているので油断はできない。

 柔よく剛を制すと言う言葉がある様に、剛よく柔を制すと言う言葉がある。

 どう足掻いても勝てない相手なら、とっとと負けて体力を温存した方がいいし、その日の最後の試合で無茶をすれば勝てる算段があるのなら無理もする

 多少の無理をしても、日を跨ぐ場合は怪我は妹のマリーが聖魔法で癒してくれるから、思いっきっていける。

 伊達に3歳も年上なのに、妹のパシリをしてきてはいないさ。

 実験台だろうが、何だろうが御機嫌取りをして来たのだから、こう言う時に使わないで、何時使うと言うのか。

 嫌みや皮肉が多いマリーだけど、なんやかんや言って、鍛錬中の怪我を毎回治してくれていたし。そのためにあの店の菓子が今直ぐ食べたいだとか、この店の化粧品を並んで買って来いだとか、それくらいの我儘は幾らでも聞くさ。

 卑怯、卑屈言うなかれ、勝てば官軍、負ければ賊軍と言うから、此れ位の事はさせてもらって何が悪いと言いたい。




「……くっ」

「あはははっ、やっぱり駄目でやんの、だから言ったろうが。LV1(能無し)は、幾ら頑張ろうとLV1(能無し)なんだよ」


 だけど、それでも届かなかった。

 試験の規定の中で、持てうる手段全てを持って挑んだのに、実技試験、最終取得ポイント596点で23位にも関わらず。

 座学14位と実技23位の合わせた総合順位が、何故か52位と言う結果。

 上位40位にも入らず、スキルLVや能力で加算される特別枠十名には、当然能無しの僕が選ばれる事はない順位。

 聖霊を受けた日から6年掛けて、死に物狂いで駆け抜けた結果がこれだ。

 悔しさに握りしめた拳が震える。

 ……震えるけど、結果は覆らない。

 呆然と階段の下で落ち込む僕の耳に、嫌な話が聞こえてくる。


「おい知ってるか? 今年は急遽実験的に、座学と実技共にスキルレベルに応じた加点がされたんだってよ」

「へぇ、まあ、あり得そうな話だけど、加点と言ったって知れているだろ」

「スキルレベル5倍の加点だって、さっき先生達が話しているの聞いちゃって、驚いたよ」

「はぁ? 5倍って、幾らなんでもおかしいだろう。

 LV7なんて、35点も加点って事で、両方合わせたら70点もの加点になるぞ」

「だからだよ。剣術の先生が抗議していて騒ぎになっていてさ。

 でも学院長や、他の先生が必要な処置だって抑えていたから、あの先生も馬鹿だよな、真面目一本気だなんて今時流行らねえっての」

「ちげえねえ。まぁ底辺の俺等には関係ない話だな。さっさと行こうぜ」


 ……LV1(能無し)には、掛ける期待などないと言うのが、先生方の判断だと言うだけの事。

 騎士見習い一人を育てる金と労力を考えたら、あり得ない話ではない。

 今後3年間の指導の効果が5倍の効果があったとみた場合。3を5倍すれば15になる。6を5倍すれば30になる。

 でも……、1を5倍しても、5にしかならない。

 そんな単純な話ではないけれども、無理やりそう考えれば、先生方の判断は、あながち間違いではないのかもしれない。

 足取り重く家に帰った僕を、珍しく早く帰ってきた父が迎えてくれた事に、一瞬だけ期待をしたが。

 ……期待した僕が愚かだった。


「結果は既に聞いている。

 残念な結果だが、理由はどうあれ結果は結果だ。

 もうひと月も経たず学院は夏期休暇に入るそうだが、カイル、与えた機会を掴めなかった以上、約束通りその日を持って、バンデット家を出るようになさい。

 学院には此方の方で手続きをしておくから、お前は家を出る準備以外は何もする必要はない」


 父上は、伯爵家の当主。

 屋敷に働く多くの家人、経営する商会に関わる人達、そして領地と其処に住む多くの領民の命をその方に背負っている以上、優秀な血を残すのは義務と言っていい。

 例え実の子供であろうとも、甘い顔をしてはいられない。

 LV1(能無し)の子供は、居るだけでバンデット家の足を引っ張る事になる事は、誰の目にも明らか。

 それに、多くの機会をくだされたのは事実だ。

 聖霊を受けたあの日に早々に家を出す事もなく、騎士爵を得られる機会を与えてくれた。

 そのために剣術にしろ、魔法にしろ、たくさんの家庭教師を付けて戴いた。

 伝手と、多額の授業料を使って、優秀な先生を僕のために集めてくれた。

 今日も、態々こうして時間を割いてくれたのは、父上なりの僕への愛情だったのかも知れない。

 ただ、僕は折角与えられた機会を活かせなかった、能無し子供でしかなかっただけの話だ。


「要件はそれだけだ。もう下がれ」

「い、今まで育てていただき、有難うございました」


 父上は言葉通り、僕に対する要件は済んだ。

 もう、僕が旅立つ日が来ても会ってくれる事はないだろう。

 ならば、幾ら悔しくて悲しくても、伝えるべき言葉は伝えるべき時に伝えないといけない。

 言葉など、何時、伝えれなくなるか分からないんだから。

 幼い頃に母が亡くなった時、僕は伝えれなかった言葉を悔やまなかった事はない。




「……はぁ、準備と言ってもな」


 学院に残れない以上は授業なんて身に入らないし、そもそも夏期休暇中の課題を出すための授業みたいだから、普段の半分以下の授業数と催し事があるくらいだ。

 催しは成績上位陣によるトーナメント式の模擬試合と、現役騎士との合同訓練だから、これらも最早僕には関係ない話。

 参加出来るのは選抜された50位以内の生徒で、後は見学か自主学習だからね。


「先ずは身の振り方を考えないとな」


 さっき執事のルードさんに言われたけど。

 屋敷からどころか、王都から出る様にと言われたし、バンデット領や直近の親戚筋の領地には、最低5年は近寄らないようにと釘を刺されてしまった。

 つまり、欠片も甘やかす気や、形だけの放逐処分ではないと言う事。

 まぁ、行ったで行ったで、何か厄介ごとに巻き込まれそうだから、それが正解と言えば正解だろうな。

 父上の性格もあるけど、バンデット家は敵が多いから、子供の僕を利用して祭り上げようとする馬鹿がいないとは限らないし、人質にするかもしれない。

 だけどその心配も、完全放逐となれば、LV1(能無し)なんて利用価値は無くなるからね。


 おまけに御丁寧にも、手切金は分割払い。

 一生支払われる代わりに、勝手に作られた口座に振り込まれるらしいのだけど、その金額が微々たるもの。

 今まで僕に掛かった教育費を考えれば、あるだけマシだろう。

 飢え死にする事はないかも知れないけど、何も出来ない程度の金額でしかない。

 更にその口座と言うのが、冒険者ギルドとか。

 もうね、暗示だよ暗示。

 商業ギルドでも良いじゃんとか思うけど、商売なんか出来るかと言われれば、すぐに出来るとは思えないから、多少なりとも腕に覚えがあるならばと、冒険者ギルドに登録されたのは、ある意味正解なんだろうな。

 教会も一応、口座とかやっているけど、彼処はお金持ち専用と言っても良いほどで、金持ち以外は色々と使いにくいとも聞いている。

 信用度ナンバー1でありながら、使い難さもナンバー1。

 それで良いのか教会とも思うけど、教会も霞を食べて生きている訳じゃないから、仕方ないと言えば仕方ないよね。

 慈善事業とか(・・)には、お金が掛かるものだからね。




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【某個室にて】



「シルヴェスター様、予定にない急な視察を、私に一言も無しに入れられたようですが」

「ああ、ちょっと面白いものを見たいと思ってね」


 十も歳上の従者の渋面な顔に、私は敢えて気が付かないフリをしながら、彼からの無言の抗議を黙殺する。

 普段は厳しいものの、なんだかんだ言いながらも僕に甘いところがあり、子供の頃から気分転換に街に連れて行ってくれたり、お忍びでこっそりと抜け出す時でも、同じ様に無言の抗議を示しながらも、影ながら護衛していてくれた愛すべき従者だ。


「ただの視察とは思えませんが」

「ただの視察だよ。

 将来、私の側に就くかも知れない者達である以上、この目で一度見ておく事は悪い事ではあるまい?

 ああ、心配するな。結果はどうあろうと覆らない事は理解しているし、私にその権利はない。

 公務に、私情は挟まないよ」

「シルヴェスター様からの要望について、向こうからどう言う意図なのかと問い合わせが来ております」

「ただの余興だよ。内容も悪くはなかろう。

 それに、これくらいの洒落は許さえても良いはずだよ」




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 選抜試験の発表から五日、僕は一度も学院には顔を出さずに、旅立つ準備をしていた。

 まずは貴族でなくなる以上、貴族然とした余分な服などを中古屋に売ったりして、資金を調達。

 家の物は勝手には売れないけど、明らかに僕用と言う物は、問題ないとルードさんから言われているので、一応は相談しながら売却品を決めて、全て自分で手配したり、お店に持ち込んだりと大変だった。

 平民になる以上、家の者に頼る訳にはいかないし、練習の機会でもあるからね。

 他にも厨房の人に簡単な料理を教わったりと、毎日が忙しいと言うのに、何故か学院からの呼び出し。

 もう辞めるから関係ないと無視していたのだけど、明日だけは朝から絶対に来るようにと、今までと違って正式な使者を立てて一方的に遣いの者が言い残していったのだから性質(たち)が悪い。

 明日って、いったい何がって、ああ…そう言えば模擬試合大会が行われる日だったはずだな。

 でも僕には関係ないはずだし、いったいなんなんだか。

 ああ、そうそう、ルードさんの指示で、忙しい合間に一応教会に行って、現在の僕のステータスを確認してきたら、こんな感じになっていた


 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

 【 名 前 】 カイラル

 【 種 族 】 人 族 ♂

 【 職 業 】 平 民

 【 年 齢 】 12

 【基礎レベル】  3

 【天啓スキル】 賢 者 LV1

 【基礎 能力】 

     体 力   47/53

     魔 力   89/98

     筋 力   35

     生命力   25

     防御力   15

     敏捷性   40

     魔法力   80

     知 力  113

     器用さ   70

     幸 運   56

 【 魔 法 】

     魔法:地  LV1

     魔法:水  LV1

     魔法:火  LV1

     魔法:風  LV1

     魔法:聖  LV1

     魔法:闇  LV1

     魔法:時空 LV1

 【 スキル 】

     鑑  定  LV1

     錬  金  LV1

     調  合  LV1

     彫  金  LV1

     探  知  LV1

     警  戒  LV1

     隠  身  LV1

     剣  術  LV1

 【固有スキル】

     全知無能(*詳細不明)

 【 称 号 】

    LV1(能無し) 哀れな貴族落ち

 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・


 もうね、まだ家を出ていないはずなのに、家名が消えている上に平民になっていたよ。

 きっと、父上か執事のセバスが貴族院に既に手続きの手紙を送ったためだと思う。

 レベルは僕の歳からしたらこんな物らしい。

 実戦経験と言ったら、丘にいたスライムや野兎を狩ったりした程度だからね。

 それも昼寝の邪魔をした奴をだから、積極的に狩っていた訳ではない。

 レベルの割に基礎能力値が伸びているのは、単に身体の成長に合わせて上がっているだけ。

 体術系スキル持ちじゃないから、力や敏捷度などは軒並み低めのアップ。

 何気に知力と器用さが上がっているのは【賢者】や【錬金】スキルの影響だと思う。

 他の値に比べて、運が伸びていないのは、まぁ僕の境遇を見れば当然と言えば当然かも知れない。

 スキルも【探知】と【警戒】と【隠密】と【剣術】が何気に増えてはいるけど、此れは後天的な取得スキルで、此方のスキルは成長をする事は出来るのだけど、幾ら頑張ろうとも天啓スキルレベルの半分にも達せないもの。

 天啓スキルレベルが4なら2まで成長するけど、3なら1までにしかならない。

 まぁ天啓スキルレベルが1の僕には、何をスキルを得ようとLV1(能無し)だから関係ない話だけどね。

 称号にまで、LV1(能無し)とか哀れな貴族落ちとか、放っておいてくれって感じだよ。


 もっとも、この称号は、勝手についたり消えたりするから、どう言う基準で出ているかは分からないけど、これが教会の口座を使いにくいと言われている本当の理由。

 なにせ、教会は口座を使う時は、本人確認のために、こうやって鑑定の魔法を一々掛ける。

 大金持ちや、中位貴族以上は顔パスなのだけど、それ以外は例外なく鑑定の魔法を掛けられる。

 教会の言い分としては、成りすまし防止の概念だけど、悪い事や悪どい商売している人間には、称号のところに、殺人犯、悪徳商人とか、表示されてしまうらしい。

 当然、犯罪歴があって、その人物が捕まれば、犯罪者の口座は凍結され、財産没収ともなれば、半分は国に、半運は教会の物になる仕組み。

 善人であれば、何があろうとも口座は保証されるし、世界中の教会で入金と出金が可能と言う利便性がある。

 なので教会の口座で仕事をしていると言う事は、善人であると言う証明という事になっている。

 ただ、さっきも言ったように、一定以上のお布施を出しているような大金持ちや、中位貴族以上の貴族には関係ない話。

 教会は、信用、信頼という名で商売をしていると言っても良い。


 閑話休題(はなしがそれた)


 とにかく、もう学院は関係ないんだから放っておいてくれよと思うのだけど、浮世の義理と言うか、名目上はまだ僕は中等部の学院生で、バンデット伯爵家の子女の一人として通っている以上、正式な使者を立てられて其れを無視するなどと言う、家の名に泥を塗る訳にはいかない。

 弟のトールあたりは、今すぐ家から追い出す口実だと喜ぶかもしれないけど、生憎と準備も出来ていないのに、追い出されるのも困る。

 トールに付いた家の者が勝手に、僕の部屋を何一つ物が無い部屋にしかねないからね。




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「君に挽回の機会を与えようと思ってね」


 翌日、約一週間ぶりに朝から学院に顔を出した僕は、担任に学院長室に連れて行かれ、本来ならば参加資格のない模擬戦に出してくれると言う話。

 しかも好成績を出せば、順位の件を考える(・・・)とまで。


「あっ、結構です。

 出る気はありません」


 だけど、そんな事を言われても、僕にとってはもう終わった話。

 言葉通りの意味だとしても、迷惑な話でしかない。


「何故だね? 君にとっては良い話だと思うのだがね。

 それとも実力がない事が、学院中に知られるのが怖くなったのかね?」

「いいえ、単に今の僕(・・・)にとって、何ら価値のない話だからです」


 順位を考えると言ったけど、それはなんの順位なのかを明確にしていないし、考えると言っただけで、確約した訳ではない。

 急遽、あり得ない採点方式に変更するような相手では、考えただけで終わる可能性が十分にある話。

 だと言うのに、保証もなしで木製の武器を使うだけのガチバトルなんかに付き合っていられない。

 そもそも、例え此処で本当に順位が上がり、騎士見習い候補になったところで、あの父上が今更言葉を撤回する訳がないし、ステータスの鑑定結果を見る限り、既に手続きが終えている可能性が高い。

 つまり、出るだけ時間と体力の無駄でしかないのに大怪我でもしたら、大切な家を出る準備の時間すら失う事になりかねない。

 では、これでと部屋を出ようと踵を返す僕を……。


「これは学院からの命令だ。

 君も学院の生徒ならば、学院の命令に従いたまえ」

「実技の試験や試合には、参加の拒否権が認められているはずですし、僕は学院を今月で辞めますので、学院の成績や評価など、もはや何ら関係ありません。

 あと家の方も出される事になっていますので、こうして報告した以上は、家の名に泥を塗る事にはなりませんので悪しからず」


 何かキナ臭いので、こう言う場合はとっとと逃げた方がいい。

 だと言うのに、学院長室の扉には先生が二人立っていて、僕を部屋から出さまいとしている。


「なら、こうしよう、君の試験には不正行為の容疑が掛かっている。

 大人しく此方に協力するなら、不正行為については目を瞑ろう」

「あの試験には、不正防止のための魔法陣が仕掛けられていて、例え宮廷魔導士でも絶対に不正行為は出来ず、不正行為を行えば、直ちに試験用紙が燃え上がると説明を受けていますし、入学時の要項の中にも書いてありましたが」

「我々の知らない方法かもしれん。

 そうでなければ、LV1(能無し)があのような好成績を収めれる訳が無い。

 国の試験である以上、しかも監視の魔法陣を掻い潜っての不正行為となれば、8年の実刑は免れぬぞ」


 何か寝言を言っている気がするけど、僕は天に誓っても不正行為はしていないし、そもそも宮廷魔導士でも不可能と謳っているような代物なのに、僕のような12歳の半人前の大人扱いを受ける子供に何が出来ると言うのか。

 普通に考えてもありえない話だし、そもそも試験などの不正行為というのは、現行犯が原則。

 僕でも知っているような事を、いい歳した大人が雁首揃えて何を言っているのか。


「不正行為には身に覚えはないですが、8年間の塀の中で生活が保証されるのは魅力的な提案ではありますね。

 この国は20歳未満の犯罪者の鉱山送りなどの労役が禁止されていますし、16歳以下の若年犯罪者は社会復帰支援として、色々な技術を教わる事ができますから、家を出される事が決まっている今の僕には悪くない選択です」


 少なくとも、何のアテもなく家どころか、王都からも追い出される事を思えば、有りな選択だと思う。


「……一々生意気な事を。

 君には貴族としての誇りと言う物はないのかね。嘆かわしい」

「貴族落ちで平民になる事が確定している僕に、貴族としての誇りがあるとお思いですか?

 僕、先ほど言いましたよね。家を出されるって。

 耳が遠くて聞こえませんでしたか?

 それとも理解できないほどに、お歳を召しましたか?」


 何か後ろの先生二人が、口が悪いだの、口を慎めだの言ってくるけど、立つ鳥跡を濁さずで、学院側に配慮してお断りしているのに、濡れ衣まで着せられては、流石の温厚の僕でも、皮肉の一つや二つ言いたくもなる。

 あの順位が明らかにおかしい結果を、せっかく大人しく受け入れていたのに、こんなイチャモンを付けられる筋合いはない。


「とにかく君には選択肢を与える気はない、痛い目に会いたくなければ言う事を聞く事だ」

「今度は実力行使に出るぞと言う脅しですか?

 貴族の地位を盾に、平民をに対してやりたい放題なんて前時代的な。

 それに、現状では僕はまだバンデット伯爵家の子です。それこそバレたら学院長の椅子が危なくなりますよ。

 何しろ、僕には守るべき物がありませんからね。醜聞に関係なく貴族院に訴えを引き起こせます」


 まぁ此方もさして意味のない脅しなんだけどね。

 裁判には時間が掛かり、結果を待つ間に僕は平民になってしまうから、当然平民の訴えなんて明らかな犯罪性が認められない限り棄却されてしまう。

 でも、棄却されようが訴えられた事実がなくなる訳ではないため、国の機関である学院の不祥事に関わる事だけに、国の機関から内々に調査の手が入る可能性は非情に高い。

 そんな迂闊な事をするような人物を、学院の長に据えとくなど危険だからね。


「口の減らないガキが、大人を舐めるなよ。

 そう言えば、君には双子の弟妹がいたね。あと数年もすれば学院に入ってくる訳だ。

 実に楽しみだ」


 ……この爺い、性根から腐っているな。

 妹のマリーは、【大聖女】のスキルとそのレベルの高さから、教会の英才教育を受ける事になっているから、この学院に入ってくる事はないだろうけど、弟のトールは多分入ってくる。

 あんな性格でも、僕にとっては弟だ。

 正当に評価されない学院で、多感な時代を四年間を過ごせば、唯でさえ性根が曲がっているのに、これ以上曲がったら目も当てられない。

 せっかく、僕が家を出る事が決定した事で、嫡男の予備としての座を正式に手に入れれた事で、精神的に安定するだろうと思っているのに。


「……分かりました」


 僕には頷くしか選択肢が残されていなかった。

 結局、何故そこまで僕を、模擬試合に参加させたかったのかは教えてくれなかったし、本当に気分が悪い。

 おまけに、試合開始直後に負けを宣言して早く帰ればいいやと思っていた僕に、君が本当に不正行為を働いていない優秀な者なら、最低二回は勝てるはずだと、それを繰り抜けなければ、分かっているねと。

 遠回しに釘を刺しているところが実に嫌らしい。

 レイ兄様に、今回の経緯とトールには知名度は下がるけど総合の学院ではなく、魔術学院に行くよう話しておいた方が良いかもな。

 彼方の方が【大魔法使い】のスキルを持つトールには、専門的な事を学べられるだろうから、悪くない選択のはず。




「最初の相手はテメエか、カイラル。

 LV1(能無し)のおかげで、人より多く戦う事になっちまった責任をどうとってくれるってんだ」

「知るかよ。先生方に文句を言えっての」


 おまけに相手は、剣術(・・)の成績順位で20位以内に何時も入っているゲイリル。

 【剛腕】のスキル持ちだけに、力と体力だけは3桁台に入っているからな。

 普通の大人の平均値がそれぞれ100と考えると、12歳で3桁に達していると言うのがどれだけ凄い事か。

 おまけに鈍重かと言えばそうでもなく、その巨体からしたら比較的素早い部類と言える。

 剣術(・・)の実技では毎回力負けして、勝てた試しのない相手で、当然ながら先日の試験でも負けた相手。


「まぁ、一番最初で注目を浴びるからな。

 俺様の力を周りに見せつけるには丁度良いか」

「言ってろ」


 ……あのクソ爺。

 こっちの対戦成績知った上で、此奴を最初に当ててくる辺り性質(たち)が悪い。

 おまけにトーナメント形式で、勝ち進んでいったとしても、上位陣ばかり当たる事になっている。

 だいたいシード枠の相手が幾らでもあるはずなのに、其処に入れずに態々枠を増やすあたり、何やら執念じみたものを感じるって、教育者としてどうなんだって言いたい。

 まぁ、最初の司会で、成績を考慮した上と言うのは間違いではないだろうけど、酷いものだよ。


 【剣聖】スキル持ちのミリアナ譲や、【智将】スキル持ちのアーノルドなど、絶対に当たりたくない相手は、トーナメントの後半にならないと当たらないだけましと言える。

 ただ、学院長があそこまでして、僕を大会に出したがっていた理由は、つい先ほど判明。

 この国の第二王子が視察に来ており、理由は分からないけど、その王子様の要望らしい。

 まぁその王子様は、建物の何処かで見ているらしいから、こうやってゲイリルがテンションを上げているのも無理はない話。

 話を聞くに王子様は、僕達と似たような歳らしいから、もしかすると側付きにする騎士を選定しに訪れたのかもしれないと憶測を生むのも仕方ない事だ。

 貴族落ちが決定していて、その手続きが進んでいる僕には関係ない話だけどね。

 ただ、まぁ、少しは感謝はしている。

 その王子様とやらの要望で、この大会は騎士らしい剣術のみでの試合ではなく、それぞれの持つ能力、全てを使って競う仕合に変更になったからだ。


「では第一試合、はじめ」


 合図と共に、仕合用の舞台に敷き詰められた石を蹴る様にして、一気にゲイリルに向かう。

 体格の違いと圧倒的な腕力の違いで、此方から動かなければ、舞台の端に追い詰められてしまうのは、今までの経験からも分りきっている事。

 例え、不利だろうが何だろうが、あいつの長いリーチの内側に入るしか、俺に勝ち目はない。


 ギガッ!


 でも、開始直後の不意打ち程度で、決着が付くようなら、ゲイリルは選抜試験で結果を残す事はなかっただろう。

 ニヤリと笑いながら、余裕で僕の木剣を受けきるだけの実力があるからこそ、この舞台にゲイリルは立っている。

 選抜試験に生き残れなかった僕と違って、此処に立てる者は全員、そう言った連中ばかり。

 僕は直ぐに地面を蹴って、ゲイリルと距離を取るのは、ゲイリルよりも高い敏捷性を活かした攻撃で、相手を翻弄させる為と思ったのだろう。


「調子に乗らせるかよっ、ゔうあっ!

 ズルッ!


 僕が次の動作に移る前にと、獲物を大きく振りかぶりながら、思いっきり踏み込んだ所で、ゲイリルは地面に足元を取られ、滑りコケて(・・・・・)しまう。

 哀れに背中から真面に地面に打ち付けて、息を詰まらかせたゲイリルの喉元に、一足飛びに駆け付けた僕の木剣が突き付けられる。


「其処まで、勝者、カイラル・バンデット」


 踏み込みが強すぎて足を滑らかせて、コケてしまうなんて大失態をしたゲイリルは、今のは無効だ。再試合にしろと喚いているけど、そんな言い訳が通る訳もなく、無事に僕は第一試合は勝ちを得れた。

 約束ではあと一つ勝てれば良いけど、あの学院長がそれで約束を守るとは思えない。

 どうせ最後だから、一応は行けそうな所まで行くけど、やはりレイ兄様に相談しておくのが一番だろうな。

 そして、急遽押し込まれた組み合わせのためか、何故か連戦させられる僕は、トーナメント上の実質的な、第一回戦であるため、当然相手に疲労の色はない。

 まぁ僕も、直ぐに決着ついたから疲労は殆ど無いとは言えるけど、それでも一戦済んだのと済んでないのとでは大きく違うと思うんだけど、その辺りはLV1(能無し)相手に考慮する価値が無いという事なんだろうな。


「ようカイル。

 この間の借りを返せそうで、俺としては嬉しいぜ」

「ランドル、俺としては勝ち逃げしたかったんだがな」

「あははっ、させるかよ」


 【俊足】LV6と【剣術】LV4と天啓スキルを二つも持っているランドルは、仲は悪くは無いけど、試合相手としての相性は悪い。

 剣術の模擬試合での勝率は二割から三割程度なので、ランドルとしては、この間の負けは納得いかない所だろう。

 ハッキリ言って、今年の騎士見習いの中で一番伸びるのは彼だと思っている程。

 剣の技そのものは始めた時期と家庭教師の先生の差で、僕の方が上だけど、そんな物は少し程度の差で、此れからは幾らでも埋められる機会がある。

 その上、ランドルの俊敏値は三桁をいっているので、先程のゲイリルとは対照的な相手。


 ぎっがっ!

 かんっ、ごっ!


 数度の打ち合いが続く。

 【俊足】スキルの恩恵でもある足の速さを活かした、ヒットアンドウェイ戦法に舌を巻く。

 ゲイリルのように自分の力を過信していないランドルは、自分の能力を活かすための鍛錬を真面目に磨いているみたいだから、苦戦せざるを得ない。

 幾ら剣の技術そのものは僕の方が上でも、それを蹴散らかす能力の差と、それを活かすための鍛錬の成果が、僕をどんどんと追いつめて行く。

 前回は此処で、大振りを罠に体術に持ち込んで勝てたけど、同じ手が何度も通用する相手ではない。

 その証拠に、そう見せかけた僕の動きにしっかりと反応していたからね。

 ……仕方ないか、どうせ騎士の夢を絶たれているし、この学院にはいなくなるなら、問題はないだろう。

 僕は打ち合った時、体勢をランドルと入れ替わる際の隙を使い、相手に分からないようにズボンの後ろポケットに一瞬だけ手を突っ込み、再びランドルと相対する。


 ががっ、ごっ。


 その後も数度打ち合う中で、ランドルの速さについて行けず、後ろにたたら踏む僕に、仕上げだと言わんばかりに、最大速度で突っ込んでくる。

 いけるか? 疑問に思う間もなく、手に握り込んでいた其れを空に撒く。


 ばっ。

「いっ!」


 自慢の速度が災いして、目に入った砂の痛みに狼狽するランドルは、咄嗟に目の痛みに耐えながらも減速し進行方向を変えるものの、僕が仕掛けた罠に嵌まった獲物の隙を逃す訳がない。

 一足飛びに、ギリギリまで背を低くして、地面を滑るように(・・・・・・・・)踏み込み、相手の腰より下から見上げれ見れば無防備なランドルの腹、其処に木剣を押し付ける


「そ、それまで、……勝者、カイラル・バンデット」


 砂による目潰しなんて真似をした僕に対して、頭が痛いと言わんばかりに眉間に手を当てながらも、勝者宣言をしてくれる審判の剣術の先生に感謝する。

 学院で教えている騎士道からしたら、有り得ない勝ち方だからね。

 観客の非難などに左右される事無く、判断をしてくださったのだから有り難い。

 当然、僕への観客からのブーイングの嵐は、その比ではないけど、知ったこっちゃない。

 どうせもう学院に顔を出す気はないし、王都にもいられない。

 卑怯な手を平気で使うから、家から追い出されたと噂されたなら、バンデット家は卑怯な手を嫌う家だとも取れるから、悪くはない。


「お前なぁ」

「悪いなランドル、ちょっと負けられない事情があってな。

 それに悪くない経験(・・)だったろ」


 ランドルは、俺の言いたい事が分かったようで、頭の髪をガシガシと乱暴に掻いた後、大きく溜息を吐き。

 いつかもっと大きくなって再会する事があったら、埋め合わせに手合わせをしろと、その時はどんな手を使われても、勝てる騎士になっているからなと言い残すあたり、ランドルは将来が楽しみな良い騎士になると思う。

 その後は流石に次の僕の試合まで休憩。

 周りからの僕への非難を込めた視線を余所に、順当に消化されていく一回戦。

 そしてトーナメントで言う所の二回戦だけど、俺にとっては三回戦。


「よぉカイラル、二回とも巧い具合に使ってたな」


 ちっ、やっぱり此奴は気が付いていたか。

 【魔炎剣士】LV6のスキルを持つダルフ。

 僕と同じ魔法も使うけど、僕と違って、【剣士】を内包するスキルを持つだけあって、剣の腕はそれなりにあるし、能力値もその恩恵でそれなりに高い。

 座学と剣術のみを使う実技の総合で、ギリギリ選抜試験に生き残れるぐらいの実力はある。

 そして、砂による目潰しがありならば、当然魔法もありの仕合で、ダルフは一回戦において、魔法でもって相手を翻弄し、勝利を収めた相手。

 当然、魔法にはそれなりに精通しているだろうと思っていたけど、アレを見抜かれる程とは思わなかった。


「せこくないと、お前らの相手なんて務まらないからな」


 互いに剣戟では始まるものの、本当の意味での仕合。

 ダルフが一回戦に見せた魔法による攻撃によって、もう此処に居る連中の意識は切り換えられているだろう。

 最早、この仕合が騎士道による綺麗な物ではないってね。


 フォシュ。フォシュ。


 木剣と共に連続して繰り出される火の矢(フレアーアロー)

 貫通力も火力も知れているため、真面に対応すれば防げる低レベル魔法。

 それ以前に魔法の矢は、本物の矢と違って速度も遅く目視しやすいため、少し動けば避わせる程度の物。

 不意打ちや相手が油断していない限り、対処するのはそれほど難しい事ではない。

 魔法の矢と剣劇を躱しながら、隙を伺う僕に。


「しゃらくさいんだよっ!」

 ごぉ~~~っ。


 火炎放射の魔法が地面を一帯覆って、僕が仕掛けた物が解けてゆく。

 ちっ、やっぱ三番煎じは駄目か。

 相手の歩幅に合わせた氷。

 ある訳がないと言う思い込みを、頼ったけど同じ魔法を使う者なら、思いつかない手ではない。

 氷で足元を掬おうだなんて、せこ過ぎて誰も使おうとしないだけでね。

 でも、派手な火炎放射の魔法で、余熱が床石に残っているから、この試合中は同じ手は使わせない周到さは、警戒しての事なんだろうな。


 フォシュ。フォシュ。


 その後も続くダルスの攻撃。

 ダルスの腕では木剣による攻撃は、それほど脅威ではないとはいえ、魔法による攻撃が鬱陶しい。

 木剣を躱しながらでは、どうしても躱しきれない火の矢(フレアーアロー)を、威力を落とすために水を薄く張った革の籠手や胴当て相手には、残った威力では革鎧越しにダメージを当てる事は出来ない。


 ごぉ~~~っ。


 床の氷を溶かした時と違って、真っ直ぐに襲ってくる火炎放射の魔法を、薄い霧を発生させて、威力を削ぎ落としてから、其処に自ら突っ込みダルフに向けて木剣を振るい、大きく体勢を崩させてやる。

 ……けど、流石に真面には当たってくれないか。

 カスったり、軽く当たってはいるけど、有効打としては見てもらえるような一撃は無い。

 そこへ。


 ジ、ジ、ジ、フォシュっ!


 焦れたのか、火の槍(フレア・スピア)をダルフは放ってくるけど。溜が長すぎるため、その間に僕は氷の矢を数本を一か所に集めて、氷の楯を作る。

 まぁレベル3の魔法を相手にレベル1の氷の矢(アイスアロー)では一撃で跡形もなく砕けてしまうけど、数を集めれば多少は凌げれるし、それで構わない。

 それを僕が嫌がっていると見たダルフは、火の槍(フレア・スピア)を連続して放ってくる。

 流石にそんな物を真面に受ける訳にはいかない僕は、それを一つ一つ丁寧に処理していくのだけど、それにすら苛立ったダルフは、奥の手。

 何時だったか火魔法レベル4を持つと言っていたから、それを信じるならばダルフの持つ最強の魔法。


 ふぉーーーーっ!


 火の玉(ファイヤーボール)

 熟練者が放つそれは、小さな小屋など一撃で吹き飛ぶとされる魔法が、ダルフの両手の間に生み出される。

 正直、まだ12歳でしかない僕等が扱うには、魔力の消費が激しい魔法だ。

 其れこそ、もっと上位のレベルである弟のトールの様な【大魔法使い】LV8でも持っているなら話は別だけど、弟のアレは例外。

 LV7以上の攻撃魔法の使い手は、国でも百人もいないと言われている程。

 そしてその弟が、兄である俺を魔法の練習台と称して、散々直撃させない程度に放ってくれたため、レベル7までの攻撃魔法の癖に関しては、よ~く知っている。

 ダルフは完成させた魔法を、僕に向かって放たれるが、まだ未熟なため、幼いトールの其れよりも圧縮しきれていない上に、時間を掛け過ぎだ。


 ずご~~~んっ!


 火の玉(ファイヤーボール)の魔法が炸裂したのは、僕とダルフの間よりも更に半分にも満たない距離。

 僕が投げ放った魔力を込めた石礫によって、誘爆させられた火の玉(ファイヤーボール)は、辺り一面にその炎と爆風をまき散らす。

 薄い水の膜を何重にも張る事で、火炎の威力と爆風の威力を相殺……しきれずに、吹き飛ばされるけど、地面を数度転げ回させられるだけで済んだ。

 衝撃を吸収する水の膜を張っても此れだ。真面に受けたダルフはと言うと、闘技台の外にまで吹き飛ばされて気絶している。

 全身火傷は免れないだろうけど、それでも元は自分の魔力だし、自分の持つ属性。

 おまけにスキルの恩恵によって抗魔力も強くなっているだろうから、まぁ死んではいないだろう。

 せいぜい派手な火傷で済む話だろうし、学院の治療室には聖魔法の使い手が常勤しているから、直ぐに治るだろうさ。


「対戦者の気絶により、カイラル・バンデットの勝利」


 とにかく、次の番に来るまで、戦略を練り直さないといけない。

 今のダルフとの仕合は、本当なら調子に乗らせて魔力切れを狙っていたのに、結果は今見ての通り巧く行かず、おまけに明らかな魔法まで使わせられてしまった。

 もう少しLV1(能無し)を隠れ蓑に、氷の矢(アイスアロー)や水の膜などの、目に見える魔法は隠しておきたかったのに、世の中なかなか此方が思うように事は運んでくれないようだ。

 LV1(能無し)の僕では手札など限られているから、その少ない手札で如何に場を乗り切るか考えないと……。




「まさかお前がベストエイトまで登ってくるとはな、カイル」

「ヴォルフ、登りたくて登って来た訳じゃないと言ったら信じるか?」

「なんだ、何か厄介毎に首を突っ込んだのか?

 まぁテメエさんの境遇には同情はするが、せっかく此処まで登って来たんだ、付き合って俺の剣の錆になりやがれ」

「木剣で錆になる訳がないだろうが」


 ヴィルフは【剣士】LV8の高レベルスキルの保持者。

 しかも、三度の飯より剣が好きとか言うイカれ具合。

 まぁ人間としては良い奴なんだが、戦って面白そうな相手には、勝敗に関係なく、勝負を持ちかける困った性格の持ち主でもある。

 選抜試験では、とっとと敗北宣言をして逃げ出したのだけど、まともに戦いたくはない相手の一人。


「とにかく、今のテメエは、戦って面白そうだからな。

 今度は戦う前に逃げるなよ。そん時はテメエの屋敷にまで押しかけて、勝負を仕掛けるから覚悟しておけよ」

「別に、屋敷にまで押しかけなくても、学院にいたら機会など、幾らでもあるだろうが」

「はんっ、今までの戦い方を見て、テメエがもう二度と学院に来るつもりがない事ぐらい、大半の奴は気がついているってんだ。

 なら、本気で戦えるのは、今しかないだろうが」


 ……まいったなぁ。

 このバトルマニアのヴォルフの事だから、いきなり敗北宣言をしたり、手を抜いて適当なところで負けた日には、本気で屋敷にまで押しかけられかねない。

 まともにやったら、僕なんかではヴォルフには敵わないって分かっているのに、あれは完全に獲物を狙う目だから、何を言っても無駄なんだろうな。

 剣術の実技では、一度たりとも勝てた試しはないのに、酷い話だ。

 ヴォルフに成績で勝てるのは、座学ぐらいな物だってのに。


 シッシュッ!


 開始の始まりとともに、ヴォルフは一気に間合いを詰めて来るなり、突きを二連撃。

 それをなんとか交わしながら、ヴォルフから間合いを取ろうと思うけど……。

 ちっ、やっぱ、離してくれないか。

 剣を避け、流す事に集中しているから、今はなんとかなっているけど、攻撃に転じよう物なら、あっという間にその隙を突かれかねない。

 地面に氷を張った所で、ダルフとの仕合でネタがバレている以上、ヴォルフを相手に通用するとは思えないし、このままだとジリ貧か。


(水と風よ敵を撃て)

 フォシュ。


 僕の氷の矢(アイスアロー)が、ヴォルフを襲うが、自分に向かってくる魔法の矢をヴォルフは面白げに笑ったあと、利腕の反対の手で……掴み取りやがったよ、この馬鹿。


 パキンッ。


 おまけに握りしめて、ヘシ折るあたり此方の戦意を挫くためではなく、この方が面白そうだからと言う理由なんだろうな。

 なにせ戦闘馬鹿だからさ。

 掴んだ手の周りが薄らと光っている事からして……。


(オーラ)による防御って、僕らの歳でやれるものだっけ?」

「ああ、いくら俺が高レベルのスキル持ちでも、普通は無理に決まっているだろうが。

 まぁ俺は、気合いで(オーラ)を操れるけどな」

「……気合いって、あのなぁ」

「まぁ、準決勝までは取っておくつもりだったんだが、俺に此れを使わせたんだから、責任持って面白え試合にしろよな」


(火よ、敵を撃て)

 フォシッ。


 無茶苦茶な事を言うヴォルフに火の矢(フレアアロー)を放つけど、今度は掴まず振り払って潰された。

 大きめの火の矢(フレアアロー)のすぐ後ろに、小さめの火の矢(フレアアロー)で同時に放ったのに、二の矢は、胴体部分に当たる瞬間、其処が微かに光り、あっさりと防御されてしまう。

 それでも、まともに受け止めたのだから、多少ダメージはあるだろうけど、……うん、面白げに木剣を振り回して僕を追いかけるヴォルフの姿に、例え十発、二十発当てたところで、たいしたダメージを与えられるとは思えない。

 少なくとも、扱いやすい手だけでなく、胴の一部だけに(オーラ)を集めれる事からして、木剣に(オーラ)を這わす事ぐらいは出来るだろうな。

 そうなると、木剣は刃を潰しただけの鉄の剣ぐらいの威力は、最低でもあるはず。

 おまけにピカピカと、不必要に光らせないあたり、(オーラ)の源である体力が尽きるのを待つのは、無理そうだな。


「ふぅ、仕方ない。出し惜しみをしてなんとかなる相手じゃないか」

「ったりめえだろうが、テメエの底がこんな物じゃねえ事ぐらい、こっちは分かってんだよ」

「それは流石に買い被りだよ」


 少なくとも、今も全力で動いている事には違いない。

 僕が出来るのは、剣術の実技や試験では使えなかった悪あがきをするだけの事。

 ジルとの仕合の様にね。


(光よ)


 聖魔法による聖光(ライト)

 名前としては恭しいけど、ただの明かりの魔法。

 ただし持続時間ゼロによる瞬光。

 込めた魔力を一瞬で使い切るそれは、少々目を開いているには、強すぎる光。

 だけどヴォルフは、こんな目眩しが効くような相手じゃない。


闇霧よ(ダークミスト)


 闇魔法による黒い霞が、僕の周り一帯に発生させると共に、そのまま後ろに飛びすざる。

 ヴォルフの事だから、当然、逃すまいと追いかけてくるだろうから。


(光よ)


 もう一度、聖光による目潰し。

 最初の聖光(ライト)は只の仕掛けのための仕掛け。

 ヴォルフも何かやってくるだろうと予想していただろうから、大した効果はない。

 その証拠に闇霧(ダークミスト)、躊躇なく突っ込んできた。

 明るい所から一気に薄暗い闇の霧の中に突っ込み、其処へ再び強い光は、さぞ目に負担が入ったと思う。

 其処へ再び……。


闇霧よ(ダークミスト)


 再び僕の周辺一帯に発生する黒い霧。

 発生と同時に後ろに飛び退るけど、次の瞬間には今度は逆に、僕が黒い霧に向かって突っ込む。

 ただし、石の床に氷を張って足からのスライディング。


 ガッ

「「ぐっ!」」


 衝撃と共に、上から聞こえる公文の声の後、石畳に何か重い物が叩きつけられる音がする。

 氷よって勢いよく滑ってくる僕の身体に足を取られ、黒い霧に視界を邪魔をされて、おもいっきり石畳に背中から転び落ちるヴォルフ。

 前から俯せに転ばなかった理由は簡単。

 あの状況で身体を縦に回転させながら、(オーラ)を込めた木剣を無理やり振るったため、そのまま勢いよく背中から落ちざるを得なかっただけだ。

 ヴォルフの身を捨てた一撃が、僕の左肩を打ち付ける。

 流石のあの状況下では無理な姿勢だったらしく、力の入りきっていない一撃のおかげで、骨は折れてないようだけど、打撲で済んでいるのは幸運と言える。


(癒しよ)


 聖魔法による癒しだけど、LV1(能無し)で放つそれは、低級ポーション以下の効果しかなく、擦り傷や打身程度にしか効果はない。

 本格的な治癒には、二、三日掛かるだろうけど、これで痛みに動きを邪魔されなければ今はそれで良い。

 そうでなくても受け身も取らず、背中から真面に落ちたヴォルフの方が、よほどダメージは大きいと言える。


「いっ〜〜〜てぇ〜〜っ!

 おまけに、これだけ痛え思いしたのに、掠っただけかよ。

 しかも、癒されているしよ。

 おい、ついでに俺も癒してくれや」

「誰が、対戦中の相手を癒す人間がいるって言うんだよ」

「違げえねえ。

 まぁ、自爆したのは、自業自得だから仕方ねえか。

 じゃあ、続きと行こうぜ。

 次はどんな手をやられるか楽しみだぜ。

 まさか今のでネタが尽きたなんて言うなよ」


 言いたいけど、言っても信じてくれないんだろうな。

 再び、ヴォルフの攻撃に防戦一方になる僕だけど、ヴォルフの攻撃には先程までの威力と速さはない。

 やはり先程の攻防で、背中からまともに落ちたのが効いているのだろう。

 だけど、それでも、僕の実力よりも上である事には違いない、怖い相手。

 ……これ明日が地獄だから、出来ればやりたくないんだけどなぁ。

 あまりネタを出したくないのなら、バレても良い手段で行くか。


(風よ、纏え)

(火よ、猛れ)

(光よ、我に力を)


 レベル1でも使える、低出力の身体強化の魔法の三重掛け。

 火と風の魔法は相性が良く、威力を増す事が多いけど、使い方次第では、相乗効果を生む。

 其処へ、闇属性以外とは相性の良い聖魔法によるブースト。

 レベル5相当に匹敵する身体強化の魔法だけど、その反動として、翌日は筋肉痛で地獄を見る欠点がある。


 ギッ、ガガッ、ガンッ!


 もともと剣の技量それだけで見れば、ヴォルフと僕の差はそれ程ない。

 むしろ、厳しい稽古を強いられて来た僕の方があると言える。

 違ったのは単純な出力の違い。

 今の僕らの年齢で生まれる差なんて物は、まだその程度のもの。

 だけど、こと戦闘においては、ヴォルフの方が感が良いのは事実。勝負を付けるのなら、此方の動きの変化についてゆけない、この一瞬。


(土よ、大地へ)

(水よ、導け)

「ゔぉっ!?」


 石の床が、僕の魔法により小さな泥濘へと変わる。

 深さは足首くらいの物だけど、急遽生まれた泥濘にヴォルフの足を取らせるには十分。


 ガッ!


 一瞬、足元に意識を取られたヴォルフの木剣を、渾身の力でもって打ち払う。

 そのまま剣を回す勢いを利用して身体を反転させ、木剣から片手を離した方をヴォルフに向け。


(水と風よ敵を撃て)


 氷の矢(アイスアロー)を、放ち切る事なく、ヴォルフの喉元に向けて止める。

 無理な動きに体が悲鳴をあげるけど、今は無視だ。

 痛みと共に得たのは、ほんの身体を半回転させる分の時間だけど、その半回転でヴォルフなら体勢を立て直しかねない。


「チッ、今回は俺の負けだ。

 だが次に会った時は俺が勝つから、それまでにつまんねえ男になっているなよ」

「降伏を確認、勝者、カイラル・バンデット」


 ぷはぁ〜〜〜〜っ、冗談じゃない。

 これからどんどんと能力値に差が生まれて行くだろうに、ヴォルフの戦闘欲に満たせるような相手になれって、どれだけ無茶振りを言っているんだか。

 そもそも僕の天啓スキルは、ヴォルフのようなバリバリの前衛向けのスキル持ちと、真っ正面から戦う向けの物じゃない。

 後方支援向けだからね。其処のところ分かって欲しいんだけど。




「ふふっ、ヴォルフ様じゃないけど、私もカイル様に一層(・・)興味が出ましたわ」

「それは光栄だけど、買い被りだよミリアナさん」


 鈴のような声に、可愛らしい顔立ちで小柄な彼女は、皮鎧姿よりドレスの方がよっぽど似合うと思うのは、此処にいる全員の共通認識だろうけど、それは口にする馬鹿は、もう此処にはいないかな。

 騎士見習い候補生として、この学院に籍を置いている以上、女性であろうともそれだけの覚悟を持っていると言う事。

 その覚悟に疑念の言葉を放つ愚か者は、実技の講義の場で、二度とそんな口を聞けないような目に合わせられているからね。

 【剣聖】LV9のスキルの持ち主。

 レイ兄様の【聖騎士】LV9に匹敵するスキル。

 こと剣に関しては【聖騎士】より上回るとされるスキルで、この国で三十人もいないとされるLV9持ちの一人。

 若干12歳にて、大人の兵士顔負けの実力を持つと言われている。

 

 先ほど辛勝をしたヴォルフが懲りもせずに、何度も勝負を申し込み、一度も勝てていないような相手に、興味を持たれても迷惑でしかない。

 まぁ男として興味を持つと言われて、ついニヤけてしまうのは仕方ないと思うけどね。

 だって、彼女マジで可愛いんだもん。まだ12歳なのに胸も大きいしね。

 芽が全くないと分かっていても、ああ言う言葉を掛けられて嬉しくない訳がない。

 もっとも、だからと言って気を抜いたら、鳩尾や喉に木剣を叩き込まれて地獄を見るけどね。

 そう言う犠牲者を何人も見てきたから、とても気を抜けるような相手ではない。


「カイル様、先手はお譲りいたしますわ」

「嬉しい限りだよ」


 開始の合図と共に、贈られる言葉に少しだけイラつく。

 ミリアナさんとしては、当然の事なのだろうけど、それだけ僕が舐められている事でもあるからね。

 ふぅ……、まぁ、それだけ実力の差があるって事だから、舐められても仕方ないか。

 連戦に次ぐ連戦の実技試験で、全員から勝利を収める相手に、様子見などできる訳がない。


(風よ、纏え)

(火よ、猛れ)

(光よ、我に力を)


 最初から全力で行くのみ。

 長引けば長引くだけ、実力の差が出るだけの事。

 地面を蹴り付け、一気に差を詰めながらその息を利用して、全力で木剣を振るう。

 スキルによるステータス補正によって、筋力は彼女の方が上だろうけど、男である僕の体重と勢いを借りて……。


 シシュッ!

 ガッ

(水と風よ敵を撃て)


 なんとかなるような相手じゃないんだよね。

 狙いは彼女のが宣言通りに、僕の渾身の一撃を受けさせること。

 木剣が受け止められると同時に、予め木剣に込めていた魔力を利用して、その剣先から、本命の複数の氷の矢(アイスアロー)を放つ。


 ヂッ。


 だけど、そんな不意打ちすら、彼女は反応し身体を大きくズラして避わす。

 魔法の矢は、彼女の美しくも可愛い顔を擦り、傷つけるけどもそれだけだ。

 やばい、反撃が来るっ。


(風よ、放てっ)


 複数の風の刃(ウィンドカッター)を調整した突風を、正面から自分に向けて放ち、身体を無理やり後方へと吹き飛ばす事で、此方の胴体を切断せんばかりの彼女の鋭い一撃をなんとか回避。

 彼女は僕の魔法の矢を無理やり避わしながらの一撃。

 僕は、そんな彼女の一撃を避わすために、自分で自分を吹き飛ばした事によるもの。

 互いに、体勢を直しながら改めて向き合う。


「素晴らしいですわカイル様、同年代を相手に傷をつけられたのは、それこそ6年ぶりですわ」

「……それって、ミリアナさんが聖霊を受ける前の、只の幼児の頃だよね」

「そうとも言いますわね。

 楽しみですわ。私を追い込み、より強い一撃を与えてくださる事が」

「そう言う趣味がおありで? だとしたら流石に引くんだけど」

「ふふっ、悪くはないでしょうけど、どちらかと言うと、強い殿方を地面に叩き伏せる方が好みですわ」


 何方にしろドン引きものだよ。

 冗談で言ったのに、こう言う冗談で返されるとは流石に思わなかった。

 ミリアナさんのような見た目の可愛い子の口から出るには、色々な意味で衝撃的で、本日の受けた攻撃の中で、間違い無く一番威力があったと言える。


「でも真面目な話、低レベルとはいえ、複合魔法を此処まで使い熟しているカイル様は、私の想像以上の殿方である事に違いありませんことよ」

「低レベルだから、僕程度でも出来るだけさ」


 さてと、渾身の不意打ちが、ああもアッサリ凌がれたら、彼女を相手にあまり有効な手はないな。

 やれる所までやるか。


(火よ、水よ、風よ、土よ、敵を撃て)


 僕の背中側に複数の魔法の矢を出現させ、待機させる。

 出現させ続けている間、僅かに魔力を消費するけど、逆に言うと僅かでしかない。

 足元を凍らす程度の低威力の物ならともかく、攻撃魔法ともなると、いちいち魔法を唱えていては、それだけで致命的。


 ギッ、ガッガンッ!


 魔法を出現させたのを合図と受け取ったのか、今度は彼女の方から攻め込んでくる。

 力、速さ、技量、全てにおいて彼女の方が圧倒的に上。

 それでも僕が何度も打ち合えているのは、彼女がまだ本気でないだけの事。

 弱者でしかない僕を弄んでいる訳ではなく、僕から引き出しを出せるだけ引き出させて、自分の経験を得るため。

 戦闘快楽者のヴォルフとは別の意味で、強くなる事に対して貪欲な彼女が、己を磨くための手段の一つでしかないからだ。


 フォシュ、フォシュ。


 剣戟の隙に、打ち込む火の矢(フレアアロー)、彼女の攻撃を交わすための間に無理やり挟み込む石礫(ストーンパレット)

 木剣と共に打ち込む風の刃(ウィンドカッター)

 ぶつけずに彼女の頭上で破裂させた水球(アクアドロップ)は、細かな水滴を彼女に降り注がせ、極小にした分、数を増やした氷の矢(アイスアロー)で、水滴を浴びた彼女を凍えさせようと思ったものの、逆に彼女の身体から発する熱が、蒸気となって見える事で、今の僕の魔力の強さでは、無意味だと思い知らされただけ。


「もう終わりですか?」


 そして、挑発するかのような彼女の言葉に、僕は応える。


(土よ水よ、纏え)

(火よ風よ、導くままに)


 手にする木剣を、木と相性の良い、土と水の複合魔法で強化。其処へ、火と風による複合火炎魔法で、威力の強化。


(光よ、我に力を)


 其処に聖魔法でブースト。

 何の変哲もないように見えるけど、木製でしかない木剣が相手なら、一溜りもないはず。


 ガッッ!


 彼女の木剣を、僕の木剣で切り飛ばすだったそれは、彼女の光り輝く木剣でもって、受け止められる。


(オーラ)ブレード。

 ヴォルフ様が使っていた技の完成形ですわ。

 まさか此れを出させられるとは思いませんでしたけど。

 嫌な感じがしましたので咄嗟でしたが、受けた感触からして正解だったようですわね」


(闇よ奪え)


 ああ、ヴォルフが(オーラ)を剣に薄らと這わしていたから、ヴォルフよりも遥かに格上のミリアナさんが使えない訳ないと思っていたさ。

 肉体相手には低威力しか出ないLV1(能無し)吸精(エナジードレイン)だけど、剥き出しの(オーラ)とは相性が良い魔法。

 ほぼ一瞬で、彼女の木剣から(オーラ)を奪い。

 均衡していた木剣同士が崩れる。

 今度こそ切り飛ばされるミリアナさんの木剣。

 でも、其処は流石【剣聖】スキルの持ち主だけあって、咄嗟に剣を引かれたため、切り飛ばせたのは剣先の僅かな部分。


(風よっ放て)


 此処までは、数十数を超える想定していた未来の一つ。

 その一つを掴み取ったにすぎない僕は、当然ながら次の手を既に打っていた。

 先ほど、緊急回避のために僕を後ろに吹き飛ばした魔法を、今度は背面から背中に向けて放つ。

 突風の勢いに乗るように、地面を蹴り上げた僕は、その膝を彼女の腹部へと思いっきり打ち上げる。


「「ぐっ!」」


 互いに上げる悲鳴。

 彼女は僕に腹を蹴り上げられる衝撃に。

 僕は、彼女が防御のために差し込んだ木剣の柄が、膝にメリ込むような痛みに。

 それでも、僕と彼女は男と女。

 僕の体重と魔法の勢いを借りた膝蹴りは、体重の軽い彼女を吹き飛ばす。


「はぁはぁ……」


 き、決まったか?

 痛む右膝と、襲いかかる強い疲労感に、汗だくになりながらも、祈るように地面に転がるミリアナさんを見つめる。

 ……が、無駄な祈りだったようだ。


「ふふふふふふふっ、い、いいですわぁ〜〜〜っ❤︎」


 ぞくりっ。

 地面に打ち付けられたまま、笑い声を上げる彼女の声に、背筋が寒くなる。

 動きの邪魔にならぬよう、背中で縛っていた彼女の美しい金色の髪は解け、ゆっくりと立ち上がる彼女は、地面に転がされたとは思えない程、楽しそうな笑みを浮かべている。

 そんな彼女を美しいと思うのか、可愛らしいと思うのかは人によって分かれると思うけど、少なくともそんな彼女の正面に立たされている僕は、少しも楽しくはない。

 警戒の構えを解かない僕を、嬉しそうに微笑んだ後、少しだけ短くなった己が木剣を見て。


 シュッ。

 カランッ


 (オーラ)を纏った手刀でもって、木剣を更に短く斬り落とす。


「うん、これならショートソードの長さで、使い慣れた間合いになりますわね。

 カイル様を相手にするなら、もっと攻撃の回転を上げた方が良いでしょうから。

 まったく、女の身って不便ですわよね。

 普通の剣の長さでは、少々長すぎて使い辛いですのよ」


 いや、それはミリアナさんの背が、同年代に比べても低いだけだから。

 とは、流石に突っ込まない。

 彼女を怒らせても、隙が増える訳ではなく、此方の被害が増えるだけだからね。

 それに、もうね……。


「カイラル・バンデット、降参します」

「……、……はぁ?」

「対戦相手の降伏により、勝者、ミリアナ・キンブル」


 審判より敗北宣言を受け、力を抜くのだけど……。

 どうやら、それでは収まりが付かない人物がおり。


「ちょっとちょっとっ、お待ちなさいよっ!

 私の身体を此れだけ火照らせておいて、なによ其れっ!」

「いや、もう魔力切れだから、ミリアナさんの相手はこれ以上は無理。

 魔力の無い僕なんて、瞬殺されるだけだって」

「だったら、魔力回復ポーションでも飲んで続けなさいよ」

「そんな高価なもの持っている訳ないだろ。

 だいたい規約違反だし」


 無理なものは無理、これ以上は戦えないし、勝てる要素なんて万に一つもない。

 だいたい、女の子が身体が火照っただのなんだの言わないでほしいな。

 別の意味で聞こえるから勘弁してほしい。

 弟のトールではないけど、僕だって男の子だから、それなりの女の子に興味はある。

 でも、紳士としてのプライドもあるから、学友をオカズになんてしたくないので、全力で、彼女の先程の言葉は脳裏から消去する努力をする。


「ああ、まぁ其処は決勝相手のアーノルドに打つけるって事で」

「ええ〜それでは面白くありませんわ。

 アーノルド様は確かにお強いですが、つまらない相手ですのよ。

 カイル様の方が、よっぽど楽しいですわ」


 ……これだけの美人で可愛い子に、こんな事を言われても、少しも嬉しいと感じない僕は、男としておかしいのだろうか?

 それとも人として、防衛反応が正常だと取るべきなのだろうか?

 ちょっとだけ悩んだあたり、男としての僕は救われたと思う。


「そうそう、ミリアナさん、ちょっと良い?」

「なにかしら?」

「ああ、たいした事じゃないんだけど。

 聖なる力よ、彼女を癒したまえ」


 僅かに残った魔力全てを使って、彼女の顔についた傷を癒す。

 治療室に行けば、LV1(能無し)の治癒魔法など使わなくても、高レベルの聖魔法持ちの治癒術師によって、綺麗に治してくれるだろうけど、まだトーナメント中だしね。

 女の子の顔の傷の治療くらいは、審判も見て見ぬ振りしてくれるはず。


「うん、綺麗になった」

「そ、そんな魔力が残っているなら、最後まで戦いなさいよ」


 無茶を言わないでもらいたい。

 LV1(能無し)の治癒魔法なんて、消費魔力なんてしれている。

 とても戦い続けれる程の物ではないし、正真正銘、今ので魔力が尽きた。

 完全な魔力切れ寸前による影響で、急速に視界が暗くなり、身体中から力がが抜けてゆく。




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【某個室にて】



「それで、ルードリッヒ、君の彼に対する所見はどうだい?」


 従者である彼に、昼間の視察の感想を聞いてみる。

 僕の感想としては、まぁ妥当な結果だったと言えば結果かな。


「惜しくありましたね。

 格上の相手に使える条件を最大限に活かし、相手に合わせた戦略を組める柔軟性は見事だと思います。

 最も活目すべきは、彼が機を逃す事なく降伏した事ですね。

 相手に勝てる要素がないと判断した時点で、最も効果的なタイミングでの降伏宣言。

 あの歳でなくても、それが出来る人間はそうはいません。

 後方指揮官としての頭と目を持ち、尚且つ前に出る事を恐れない胆力と、生き延びるための手段を持つ人間は、其処らの凡百の兵達よりも価値がありましょう。

 今回は残念な事ではありますが」


 ああ、残念な事だ。

 例え彼が優勝していたとしても、彼の将来は変えられない。

 騎士見習い候補生の選抜の権利は学院側にあり、僕らはそれに対して口を出す事は出来ない。

 だが、波紋を投げかける事はできる。


「試験では好成績を残し、選抜者達の模擬戦において、準決勝まで行くような人物を選抜から外す、その正当な理由を報告書に纏めて提出するよう、学院に命じておけ。

 誰かの責任を擦りつけるだけの結果にならぬよう、学院長に監督責任を匂わせてな」


 私から親友になり得た人物を、不当な理由で奪ったのだ。

 まともな報告書すら出せぬのなら、それを理由に処罰を言い渡すだけの事。




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 此れと、此れと、此れと……。

 荷物のリストを確認しながら、何度も頭の中で様々な状況をシミュレーションを行う。

 王都にいる引退した冒険者や、市場の人達に聞いた様々な話を元にしているとはいえ、やるのとやらないのとでは大きく違うと思う。

 幼少の頃から言い聞かせられていたとはいえ、所詮、僕は貴族の世間知らずのボンボンだからね。

 それにこの屋敷はもちろん、王都にすら戻る事は叶わない以上、忘れ物したからといってノコノコと戻っては来れない。


『ウチに来ませんか?。

 カイル様のスキルなら、家の仕事の方で役に立つでしょうし、お父様やお母様も歓迎なさる思ういますわ』


 模擬試合大会の後に目が覚めた僕に、ミリアナさんが声を掛けてくれたけど、僕はその魅力的な申し出を辞退させてもらった。

 別に彼女の事が嫌いと言う訳ではなく、王都を出る事が父上から言われた条件だし、僕のような彼女と同年代の人間が迎えられたら、彼女が在らぬ噂を立てられるのは目に見えているからだ。

 仕事にしたってそうだ、彼女をお嬢様と崇めて仕えるのも、互いに気を使う事になる。

 彼女の重しにはなれない。

 それが彼女の元同級生であり、LV1(能無し)の僕の答え。


『絶対に勘違いしていますわよね。

 ……はぁ、でもそんな目をされたら、引くしかありませんわ』


 まぁ最後の意味はよく分からなかったけどね。

 えっ? 模擬試合大会の結果?

 そんなもの彼女の優勝に決まっているでしょ。

 幾ら高レベルの【知将】スキル持ちに加え、中レベルの【騎士】スキル持ちのアーノルドでも、所詮は中レベル程度の腕前。

 座学はトップで成績を稼いでいても、実力で高レベルの【剣聖】持ちの彼女に敵うわけもなく、見せ場らしい見せ場もなくあっさりと終わったみたい。


『今日のアーノルド様は、いつも以上につまらない殿方でしたわ』


 うん、目が覚めた後で聞いた彼女の言葉に、ちょっとアーノルドに同情した。

 あいつ、ミリアナさんにゾッコンだったからね。

 まぁ、大会に参加した経緯はともかく、いい経験をさせてもらった事には違いないか。

 おかげで、残っていた未練も綺麗に断ち切れたしね。

 なんとか勝負になっていたのは、今だけ。

 これから身体の成長期を迎えて行くにつれ、差は広がる一方になって行くはず。

 あの程度の小細工では通用しなってくる日が何れ来る。

 それが分かっただけ、大会に出た価値はあったと言える。


 閑話休題(それはさておき)


 やっぱり荷物が問題だよな。

 着替えは最低三着は持って行きたいし、夏や冬に応じた服もいる上、調理器具も最低限いる、他にも食料品や水に最低限の日用品と考えると、どうしても荷物は多くなる。

 時空間魔法のアイテムボックスはあるけど、LV1(能無し)で扱えるのは、小さな雑嚢鞄一つ分の空間で、時間遅延や停止の機能もない、ただの収納の魔法でしかない。

 身体の大きな大人ならともかく、12歳の僕ではどう考えても大きな鞄を持って行けるとは思えないので、アイテムボックスに頼る事になるけど、まだまだ荷物を切り詰めないと。


トントン

「カイラル様、皆様方が下でお待ちです」

「俺に?」

「はい」


 家を出る前日とかならともかく、五日前になんて何の用だろうと思い、執事のルードさんに言われるままに一階の一室に向かうと、其処には父上とレイ兄様、そして二人の弟妹が待っていた。

 ちなみに義母上はいない、僕の母上もそうだけど、第一夫人であったレイ兄様達の義母上も既に鬼籍に入っており、バンデット伯爵家の本家血筋の者は此処にいるだけ。


「父上、私に何か御用でしょうか?」

「たいした要件ではない、ルード」


 父上に促されたルードさんは、部屋の脇に置いてあったテーブルから、何やらお盆を持って来て。


「失礼いたします」

「…っ」


 人の手を取るなり、いきなり指先に小刀を当てるのはどうかと思う。

 滲み出る血を、お盆の上の四角い物に垂らされると、一瞬だけ虹色に輝いたそれを、皮袋に入れて、そのまま僕に渡してくれる。


「安定するまでに半年は掛かる。

 半年は袋から出す事なく持っていろ。

 要件はそれだけだ。私は仕事に戻る。

 それとカイル、あとはお前の人生だ、好きに生きる事だ」


 相変わらず自分の言いたい事を言うだけ言って、とっとと部屋を出てゆく父上に、ちょっとだけ呆れる。

 今のが本当に今生の別れになると言うのに、あっさりと言うか何と言うか。

 まぁ父上だし、今日会うための時間をとってくださっただけ、ありがたいと思うべきだろう。


「カイル、僕からも餞別だ。

 これを持ってゆけ、護身にはなるだろう」

「レイ兄様、ありがとうございます」


 レイ兄様が渡してくれたのは、一振りの剣。

 やや反りのある片刃の剣は、珍しい代物でそれなりの業物だと分かる。

 ……って、これって形は変わってはいて、ただの剣に見えるけど、もしかして?


「最初は魔法剣でもと思ったが、下手に属性を持たせた物よりも、その方がお前には扱いやすいだろうと思ってな。

 私の騎士団の三年分の給金だ。折る事なく使い熟せよ」

「うぐっ、それって、むちゃくちゃ高くないですか?」

「ああ、だか、可愛い弟へのせめての餞別だ。

 お前が、家を出たら、もう何もしてやれんからな」


 言っちゃ悪いけど、年の離れたレイ兄様は、年齢の割に高級取り。

 騎士団として部隊を任されている上、他にも役職についている。

 おまけに嫡子だから、領地からもそれなりにお金が入っているとはいえ、三年分の騎士団の給金は決して安くない。


「はははっ、金に困って直ぐに売り払いそうだけどな」

「トール、お前な」

「カイルが必要とあれば、それでも構わん。

 お前がそう判断したのなら、私はお前の判断を信じるだけだ」


 トールの言いたい事は分かるけど、レイ兄様の言葉も、ある意味プレッシャーでもあるよな。

 信頼って、ある意味、何よりも重いからね。

 とにかく、トールが心配するような事態にならないように頑張らないと。


「カイルお兄様、私からもありますわ」

「マリーが?」

「はぁ? マリー、お前、なに良い子ぶってるんだよ。

 こんな奴に餞別を贈るって言うのか?」


 まぁ、トールがマリーに喰って掛かるからには、当然、トールとマリーからと言う訳ではなさそうだけど、正直、三つも年下のマリーから、何か餞別を贈られるとは思わなかった。

 でも、まぁ、可愛い妹からの贈り物なら、ハンカチだろうが何だろうが、ありがたく受け取らせてもらうけどね。


「トール、黙っていてくださいませ。

 私はカイルお兄様とお話ししているのですよ。

 パーニャ、お持ちして」


 マリー付きの女中(メイド)は、マリーの言葉に頷くなり、続きの部屋から一つの肩掛け鞄を持って来てくれる。

 頑丈そうな作りの革製の鞄で、肩掛け部分も幅が広く使いやすそうではある。


「たいした容量はありませんが、収納の鞄ですわ」

「おまっ!」


 トールが思わす声を出すけど、それも無理もない話。

 収納の鞄は高価な魔法道具で、小さな容量の物でも金貨数枚はする。

 小銀貨五枚あれば、下級の平民の家族四人が、何とか一月生活できる金額で、街の各所に詰め所がある、下級兵士の初任給が、その三倍の銀貨一枚と小銀貨五枚と考えれば、金貨数枚が、どれだけの価値があると言うものか分かると思う。

 少なくとも、マリーが用意できるような代物ではないはず。


「ああ、誤解の無いように言っておきますが、これはお兄様の正当な報酬ですわ。

 以前に戴いたペンタンドと、その製法を記した紙の代金ですのよ」

「幾ら何でも、あんな物にそんな価値はないだろう」

「いいえ、ありますわ。

 この鞄を用意できたこそが、その証ですもの」


 マリーの言っているのは大きな声では言えないが、トールの覗き対策で贈ったペンダントの事。

 敢えて誰がとは告げずに、こう言う物があったから念の為に持っていたらどうだ、と言う程度の出来事でしかない。

 もともと大昔は遠見の魔法対策に使われていた物らしいけど、大切な書類や会合を覗かれないための専用の魔導具と魔法陣が出来てから、スッカリと使われなくなった代物に、僕が手を加えただけの物。

 もともと実用に耐える遠見の魔法を使えるような、高レベルのスキル保持者は少ないため、女性の私生活を覗くような事は想定されていなかったらしい。

 おまけに遠見の魔法対策の魔道具は魔法陣とセットの高価な代物で、そうそう手軽に設置できるような物ではない。

 対して僕がマリーに送ったのは、ペンダント周辺がややボヤけて見えるだけの物で、身に付けていないと効果を成さない使い勝手の悪い物で、寿命も半年も持たない。

 その分、ちょっとした素材とLV1(能無し)錬金術でも、何とか作れるような安価な代物。


「以前から、お兄様が御心配されていた事は、貴族の女性の間で問題になっていたらしく、カイルお兄様の贈ってくださったペンダントの魔道具は、大変に素晴らしい物ですわ。

 学院のお友達も、非常にお兄様に感謝しておりますし、ある商会で是非とも買い取りたいと、お友達のお父様を介しての申し出がありました。

 以前には無い使い方と、定期的に何度でも購入して戴ける素晴らしい商品になると」


 そう言う事なら話が分からないまでも無いけど、それにしても高すぎる代物だぞ。

 トールも、そんなもの黙っていれば良いじゃ無いかとか言っているし、そうやって商会を通したのはマリーなんだから、マリーの手元に置いておけば良いと思う。

 僕としてはマリーに製法を記した紙を渡した時点で、終わっていたつもりだからね。


「あらトール、私にネコババなんて、下品で最低な真似をしろと言うのですの?

 それに、これは商会からお兄様への投資でもありますのよ。また何かあったら、商会に売って欲しいと言付かっておりますわ。

 そう言う事ですので、お兄様、遠慮なく受け取ってくださいませ」


 マリーの言葉に鞄を改めて見てみれば、鞄には僕の名前と、製法を買い取っただろう商会の名前が刻印されているのを見つける。

 ある意味、マリーの言葉を裏付ける物とも言える。


「分かった、ありがたく使わせてもらうよ。

 マリーのデビュタントが見れない事は残念だけど、素敵な淑女になってほしいと心から願っている」

「カイルお兄様こそ、御達者で。

 私、カイルお兄様の事は、バンデット家の人間としてはLV1(能無し)である事を理由に蔑んでいますが、努力し続けるお兄様の事は、それなりに認めておりましたのよ」

「はっ、その努力の結果が、放逐だけどな」


 うん、今日もトールは平常運転のようだ。

 でも、ソロソロ捻くれるのは止めて、素直になった方がいいぞ。

 目障りな僕がいなくなるなら、トールも安心できるだろ。

 そうして短いながらも家族との別れを済ませ、五日後には、僕は家族の誰にも見送られる事なく、バンデット家の屋敷を出てゆく。


「生憎の雨か」

「曇ってはいますが降っておらぬようですが……、きっと風で雨粒が流されたのでしょう」


 ポタポタと頬を濡らすのは、きっと通り雨のせいだと思う。

 王都を出るのを確認するために、執事のルードさんの御者で、隣の街まで馬車で身体を揺らされながら、僕は嘗て住んでいた街を振り向く事なく、ずっと前を見続ける。

 振り向いたら、耐えているものが崩壊してしまいそうだから。






ここまで読んでいただきありがとうございます。

気が向いたらブックマーク、評価など頂けるとありがたいです。



2021/02/08 冒頭部分を加筆

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