帰省
「久しぶりだな。」
「あ、あぁ...。」
静寂な空間がそこには広がっていた。
父は無口だ。
そして、その遺伝子は引き継がれている。
ここを離れて7年。
久しく敷居を跨いだ。
別に何かがあったわけではない。
進学し、就職した。
仕事が忙しく帰る余裕もなかった。
正月も休みがある訳がなく、
今日も働いている。
出張が近くだった為、
戻ることができた。ただそれだけの話。
「どうだ、仕事は。」
「まぁまぁかな。」
連絡を取ることはできた。
しかし急に、
『こちらは元気にしています。』
というのもおかしいだろう。
何を送ればいいのかも分からない。
また会ったときに話せばいいだろう。
そう思っていた。
「いい人は見つかったか。」
「んー。仕事が忙しいから中々。」
連絡を待っている。連絡をした方が喜ぶ。
そんな事は分かっている。
だからと言って自分らしくないことをすれば、逆に心配されると思う。
『自分らしく生きろ』
父はそう言っていた。
らしくないことをすれば自分らしいとは言わない。
自分らしくない。
自分ではない。
「そうか...。」
「...。」
「帰省の時期だ。帰り道も気をつけろよ。」
父は重たそうに腰を上げ、その場から離れた。
その背中は少し寂しそうで少し嬉しそうだった。
そんな風に見えた。
父のことは何も知らないくせに。
「ご飯食べてく?」
通りすがりに母が聞いてきた。
台所からは微かに味噌の匂いが漂ってくる。
「いいよ、明日早いし。」
「そう...。」
久しく聞く母の声は記憶より弱くなっている気がした。
あれから3年、久しく敷居を跨ぐことになった。
「ただいま。」
前回は言わなかった言葉。
「おかえり。」
台所の方から母が出てきた。
覚えのある匂いが微かに漂っている。
「父さんに挨拶してきなさい。」
優しく促す声は最後に聞いた声とよく似ていた。
父の元へ行く。
足取りは前よりも重く感じる。
父のいる部屋に着き、
正座をして父に向かった。
「ただいま、父さん...。」
「...。」
相変わらず口下手だと自負する。
何を話して良いか分からない。
分からない。
「俺、元気だよ。仕事は辛いけどさ。
それなりに、うん、やってるよ。
連絡、あんまりできなくてごめん。
何言っていいか分かんなくてさ、
こうやって会った時に話せばいいかなって。」
出てきた言葉は見苦しい言い訳だった。
「ちゃんと挨拶できたかい?」
気がつくと後ろには母がいた。
「...。」
母の手には分厚い封筒が握られていた。
「これ、父さんからあんた宛よ。」
封筒を受け取り中を開いた。
そこには俺の名前とI枚の紙、
そして、数え切れないほどのお札が入っていた。
『お前にやる。良い嫁さん探して良い思い出を作れ。私利私欲には使うな。』
口数の少ない父らしい言葉。
「ごめん...。何も言えなくて、何もできなくて...。」
深く頭を下げた。
初めて父に頭を下げた。
自分らしくないことをする。
自分ではない。
自分ではいられい。
「届いてるよ。きっと。」
母は優しく悲しそうな顔をしてそう言った。
「前は暗い顔して帰ってきたんだから。
今日くらいは明るい顔見せたげなさい。
挨拶終わったらこっちきて手伝いなさいね。」
仏頂面で何を考えるのか分からない。
そんな父は誰よりも俺のことを心配していた。
俺が口下手で何を伝えて良いか分からないように、父もまた伝えることが苦手だったのだろう。
だからこそ形として残してくれた。
お金ってところがまた生々しいところだが。
「それじゃあ、ちょっと準備行ってくるよ。また、迎えにくるから。」
父に暫しの別れを告げて、
その場を去ることにした。
「...。」
相変わらず父は無口だった。
そんないい顔してんのに、
最後くらい返事してくれてもいいじゃないか。