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【短編】ネトゲの弟子に引退を切り出してからというもの、何故か学内屈指の美少女との距離が急接近した件について

作者: 月並瑠花

「なー」

「んー」


 昼休み。

 騒がしい教室の隅で、俺は親友の月ノ森咲夜とスマホでチェスしていた。

 咲夜の手番で、俺はふと考えていたことを口にした。


「俺さ、ラノベ作家になろうと思うんだ」

「へー……ってほんとに? すばる、国語の成績良かったっけ?」

「五教科の中では唯一平均点取れてるから……ま、まぁそこらへんは書いてればどうにかなると思うし?」


 咲夜の問いかけに、視線を逸らして答える。

 俺の顔を一瞥した後、察したように咲夜はすぐにスマホの画面に視線をスライドさせる。


「まぁ、すばるが決めたことなら僕は心から応援するよ――それと、チェックメイトだね」

「いつの間に!?」

「元々僕よりチェスが下手なんだから会話しながらなんて勝てるはずないでしょ、まったく。大事なのは集中力だよ、すばる」

「むむ……」


 これで本日三戦三敗。

 勝負に集中できていなかったせいか、咲夜は不服そうに小さく頬を膨らませた。


「それで? どうして急にラノベ作家に?」

「いやぁ、俺たちもう高校二年で、半年後には進学か就職を本格的に考えないとだろ? いつまでもゲームばっかしてるわけにもいかないかと思ってな」

「すばるにしてはしっかり考えてるんだね、感心感心」


 こいつは俺のおふくろか……。

 咲夜は小学校からの大親友で、唯一の友人と呼べる存在だ。もしかしたら、いや、もしかしなくても海外に住んでいる母親より咲夜の方が一緒に過ごした時間は長いだろう。

 つまり、


「咲夜は俺の母親か?」

「僕は男だよ! ……ほら、すぐ本題から脱線してるじゃん。そんな集中力の無さで小説なんて書けるの?」

「ぐうの音も出ません、お母さん」

「お母さんじゃないって!」


 咲夜はれっきとした男だ。小学校の頃は、一緒に銭湯へ通っていたことだって何度かある。

 ラブコメのような、『こいつ、もしかしたら女の子……?』なんて要素は咲夜の中に存在していない。

 だが、実際可愛いのでこうして時折女の子扱いでからかっている。ちなみに母親扱いは初挑戦だ。


 咲夜の頬がりんごみたいに赤くなっている。

 さすがにからかい過ぎたっぽい。反省しているが、後悔はしていない。


「さっきも言ってたけどさ、あのゲームもやめるの? えっと、なんだっけ。『ワーナロ』?」

「『ワークロ』な。まぁそうだな、近いうちに辞める予定ではある……」


『World cross』――略して『ワークロ』。

 リリースして三年。若者の間で大人気のオンラインゲームだ。

 多種多様な世界を行き来して、その世界特有のモンスターを狩ることを目的としたゲームで、自慢ではないが、飽き性の俺が三年間ログインを怠らずに遊んだ唯一のゲーム。


 たった三年。だが、中にはかけがえのない思い出も存在している。

 だからこそ、内心すごく悩んでいる。

 やめるかどうかを。


「そういえばすばる、ワークロの中で弟子ができたって言ってたよね。その子には言ったの?」


 一年前、ワークロ内で仲良くなったフレンドに弟子入りを申し込まれた。

 顔も名前も知らない相手だ。でも何故か話が合って、一瞬で意気投合して。


 多分、俺がワークロをやめたくない理由はこの人にある。


「やっぱり言った方がいいかな……」

「ほんと、すばるって昔から優柔不断だよね」

「ぐっ……優柔不断っつうかさ、なんか切り出せないんだよな。一年とは言ってもほぼ毎日遊んでた人だし……昨日も遊んだ」

「連絡先くらい交換したらいいんじゃない?」


 顔も名前も知ってるクラスメイトですら交換できていない現状で、ネットの知らない相手に連絡先を聞くのはさすがに難易度が高すぎる。


「いや、さすがに名前も知らない相手からLINEの連絡先聞くのは気持ち悪くないか?」

「んー、同性なら普通じゃない? 相手、同い歳の男の子なんでしょ? すばるがゲームを辞めるって知ったら快く了承してくれると思うけどなー」

「そういうもんかねー」

「そういうもんだよ。ま、急いでやめる必要はないさ。ゲームを辞めるかどうかもゆっくり考えるといいと思うよ、ばかすばる」

「ばかは余計だ……」


 机に項垂れていると予鈴が鳴った。

 小さく笑って咲夜は自分の席へと帰っていく。


 ――時には覚悟を決めないとな。

 咲夜の言った通り、今の俺に必要なのは集中力だ。ゲームじゃない。



 ……よし、帰ったらあいつにやめることを伝えるか――弟子の『イオリ』に。



 ◇◇◇◇


 ゲーム内に初めての弟子ができたのは高校に入学して間もない時。

 突然のフレンド申請とメッセージに最初は戸惑ったものの、毎日のように何度も協力プレイをこなしている内に気付いたら仲良くなっていた。


 一緒にゲームで遊ぶリア友はいなかった俺は、毎日弟子からの誘いを楽しみに待っていた。


 顔も声も本名も、ましてやどこに住んでるかすら知らない。

 関係を壊さないように詮索しなかったからだ。


 でも、その関係にもそろそろ終止符を打つ時が来た。

 大袈裟だが、ゲームを辞めれば簡単に断ち切れる関係だということには変わりない。


『俺さ、このゲームやめようと思うんだ』


 咲夜に相談した日の夜。

 俺は弟子の『イオリ』にメッセージを送った。

 いつもなら一分以内に来る返信だが、今日はどうやら忙しいのか返信が来ない。

 一応既読は付いているので読んではいるのかもしれないが。


「本気でプロ目指すならゲームしてる暇なんてないよな……」


 母親にラノベ作家になりたいことを伝えたら条件を付けられた。

『高校生活の間にプロになる』

 あくまでこれが条件らしい。達成できないなら進学して大学卒業後、普通に就職する。


 要約すると、猶予は一年半くらいしかないということになる。

 相応の覚悟は必要だと自覚している。


「あー」


 ベッドに横たわり、間抜けな声を部屋に響かせる。天井を眺めているとPCから軽快な通知音が鳴った。


 イオリからのようだ。


『本当ですか、師匠……』


 返ってきたのはたった一行の文面。

 同い歳らしいが、一年間ずっと俺に対して敬語を使っている。

 まぁ会ったことないから実際本当に同い歳かすら分からないが。


『うん、諸事情っていうかなんていうか』

『もしかして僕が何か変なこと言ったり……』

『いやいや、本当に違うから! なんというか、将来やりたいことが見つかった的な!』

『そうですか……なら仕方ないですね。僕は師匠の夢を応援します!』


 画面越しとはいえ、ここまでストレートな文面が返ってくるとなんだか照れるな。


『いつアンインストールするのかなどはもう決まっているんですか?』

『そのことについてなんだけど、一つ提案いいかな? 消す前に良ければ俺と連絡先交換しない? たまにゲームの話とかアニメの話とか……って嫌なら全然断ってくれていいからね!?』


 既読はついたが、再び返信が止まってしまった。

 やはり同性とはいえ気持ち悪かったか……。いや、普通に考えて『連絡先交換しない?』って顔も知らない相手に言われるのは気持ち悪いだろう。

 俺がイオリの立場なら多分断るかもしれない。


『これが僕のIDです。僕もできる限り師匠と関係を切りたくないので……』

『ありがとう、早速追加しとくな』


 その後、小一時間くらいイオリと最後の協力プレイをした。

 普段は三時間近くやっているのだが、今日はいつもより早く切り上げる形になった。


 終わったあと、俺はお風呂へと向かった。


「本当に交換してくれるとは……」


 湯煎に浸かりながら、俺はメモ帳に記録したイオリのIDを眺めて呟いた。

 気を遣ってくれたのか。はたまた本当に関係を断ちたくないと思ってくれたのか。

 まぁとりあえず追加してみることにする。


 あれ……?

 なんで表示されるLINE名が『星見楓』なんだ?


 星見楓って確か同じクラスの女子の名前だ。

 間違えた? いや、IDを打ち間違えて俺のクラスメイトに当たるなんて天文学的に確率だろ。


 ……どうすれば。


 ◇◇◇◇


「ってことがあったんだよ、どう思う?」

「んー、話を聞く限りじゃ弟子があの星見さんだったってことになるね。結局LINEは追加したの?」

「いや! できるわけないだろ! 万が一、星見が弟子だったとして、師匠が同じクラスの冴えない男子だと知ったらどう思うか!」

「学内でも屈指の美少女だからね、星見さん。もし広まったら学校中の男子から目の敵にされちゃうね、すばる」


 星見楓。

 学校の中では知らない人などいない有名人だ。裏では男女問わず構成されたファンクラブも存在しているとかしていないとか……。


「嫌だ、俺まだ死にたくないって咲夜!」

「大袈裟だなぁー。まぁ自分で交換するって言ってしまった以上、提示されたIDを追加しないとね」


 まるで他人事のように話す咲夜。いや、実際他人事なので反論できないのだが。

 まぁ咲夜の言う通り。交換しようと言ってしないのは相手からしても失礼すぎる気が

 する。


「よし、追加するぞ……」

「さっさと覚悟を決めなよ、一年間弟子だった相手でしょ」

「いや、星見とゲームしてた覚えなんてないんだが? プレイヤー名が『イオリ』な上に、一人称は僕だぞ!」

「意気地無しだね、僕が代わりに押してあげるよ」

「あっおま!」


 画面には『星見楓さんと友達になりました!』と表示された。


 恐る恐る、一番前の席で友達と喋っている星見の方へと視線を向ける。

 すると、星見も俺がLINEを追加したことに気付いたのか俺の方へと振り返っていた。


 星見は目が合うと――恥ずかしそうに小さく笑った。

 俺はその表情を見て、思わず自分の顔が熱くなったのを自覚した。


『師匠、これからもリアルでよろしくお願いしますね』

『俺はあんたの師匠じゃねぇ!』


 LINEの通知音。

 見ると先程追加した星見からだった。


 良くも悪くも――

 どうやら、ネトゲの弟子は学内屈指の美少女だったらしい。

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