感情の分析ってどうするの?
なろう主人公のようなこんにゃくメンタルになるために、自覚した感情の分析方法を書いていきます。
自分の感情が分類できた時点で、実は作業の大半は終わったようなものです。
心の中で思い浮かべるなり書き出した時点で、もう感情に呑まれているような状況は脱しているので。
次はもっと自分を落ち着かせるために、一つ一つについて何故そう感じるのか自問自答しましょう。
何故って、他人から否定されたからに決まってる!って思いますよね?
はい正解です。
でも折角分けたんですから、もっと細かくみていきます。
それぞれの感情に対し、自分が納得できるような理由をつけていく。
たったそれだけの事なのに、びっくりするほど冷静になれます。
前回出したものを例に挙げると…
・驚き
→急に不快な事を言われたんだから誰だって驚く。むしろこの機能が無いと危機を察知できずに、死んでしまうかもしれない。動物として当然の反応。
・相手にムカついたり怒る
→不快な言葉によって攻撃されたのだから、自分を守るために反撃しようとするのはごく自然な事。この感情がなければ、やられっぱなしになり生命の危険に陥る可能性がある。
・自己嫌悪
→自身のダメな部分を認識し、改善点を見つけるための機能。自分にダメな所はないと思っている間は成長できない。向上心に繋がっている。
・悲しみ
→他人からの拒否は孤立の可能性を示唆する。群れで生活する人間では、孤立は命の危険に直結する。自分の命を守るために必要な感情。
・疑問に思う
→具体的な改善点を探す行動。感情よりも理性に近い部分での思考。
・理不尽に感じる
→平穏を崩された事に対する警戒心。多くの人の中で自分が選ばれた事についての理由を探し、同じような被害に合わないよう予防したり対策を立てておけるようにするための反応。
・希望を持つ
→自身の良い部分に目を向け、不快な感情に支配されないための防衛反応。
とまぁ、私の場合はこんな風に考えていくわけです。
何度も言っているように思考は人それぞれですから、違う理由付けがあっても何もおかしくありません。
大切なのは「自分が納得できる」という事なので。
そういえば、注意事項があります。
感情は、無くそうとしたり抑えようとしたりしないで下さい。
前回の書き方だと本能的な感情は停滞だと捉えられてしまったかもしれませんが、人間が生き残るために必要な機能なので大切にしましょう。
食べたり寝るのを止めようとしても、辛いし体調も悪くなりますよね?
トイレなんていくら頑張っても最終的には漏れちゃいます。
どうやっても生理的欲求には勝てないんです。
感情は目に見えないし「これだ!」って感覚が無いので分かりにくいですが、同じだと思って下さい。
悲しいのがたまりすぎると涙になって流れるし、怒りがたまりすぎると暴れまわります。
トイレと同じように、我慢しすぎると大変な事になるんです。
それは例え、どんな汚くて怖い感情であっても変わりません。
こんなことを感じてはいけない・考えてはいけないと、自分を否定すると辛くなります。
殺したい程憎んだり、他人を傷付けたいと思ったり、他人の気持ちを無視して肉欲に走りたい願望があったり、特殊性癖があったり、死んでしまいたい程絶望したり……倫理や道徳に反する気持ちが湧いたとしても、実際に実行しなければ大丈夫です。
宗教では欲を持つなとか他人の物を羨ましいと思った時点で盗人だとかいう話がありますが、酷い無茶振りだなと思います。
人類がここまで繁栄したのは、自己の生命をとことん優先させてきたからです。
そうでなければ脱落し、別の種が上位に立っていたかもしれません。
私たちは欲望に忠実かつ効率的な方法で活かしてきたからこそ生き残ってきた、サラブレッドとも言えます。
とはいえ、自分の欲望を満たすために他人を蹴落として良いとなると、野生動物の弱肉強食と同じです。
いわゆる某世紀末漫画ばりの「力が強いものが全て!ヒャッハー!!」な世界。
それだと力(腕力だけじゃなく、魅力や知能など全体的な能力)が衰えた途端に死亡率が跳ね上がって、そうでなくても事あるごとに命が脅かされて安心できない。
だから、ルールや法律を作って安全な生活を送ろうとなるわけです。
その結果の集大成(といってもまだ発展途上)の一つが、今の日本。
個人的には他の国より治安が良くて、とても過ごしやすい環境だと思います。
ご飯が美味しくて、24時間営業のコンビニがあったり、いろんな物が簡単に手に入ります。
外国は怖くていろいろ不便なので住む気にはなりません。
英語が喋れないから、ではないですよ?ペラペラですから!
嘘です。いろいろ忘れて今や簡単な単語しか分からないです。すみません(土下座
言葉の壁を抜きにしても、日本の島国特有の国民性と文化等が好ましくて離れたくないのは本当です。
漫画、アニメ、ゲーム、クールジャパン最高ゥ!
勿論全く不満がないわけではないし法律にはいろいろな問題や抜け穴が指摘されますが、少なくとも無法だったら優雅になろう小説は読んでいられないと思います。
これは「考える事ができる人間ならではの工夫」によって、もたらされた平穏だといえるのではないでしょうか。
思慮深い人が長い目で見たら、周囲の印象を悪くして自分が孤立する事の弊害が分かりますので、あえて「相手を思いやって行動しろ」といった説明はいりません。
しかし、理性が弱い人や子供に対しては直接的な指示が必要ですから「我慢しろ」とか「迷惑をかけるな」とかいう言い方を小さい頃からされるわけで、それがこじれると面倒な事になります。
例えば「いつも我慢しないとダメ」「他人の顔色を伺うべき」といった極端な思い込みや、酷い場合は「欲にまみれた自分は汚れた人間で、生きる価値はない」といった自己評価の低さに繋がってしまうと、すぐに凹んで立ち直るのに時間がかかってしまいます。
意識・無意識に関わらず感情を抑えてしまう人は、まずは自分自身を認める事です。
無欲な聖人君主を目指しても、無理なもんは無理。
高すぎる理想を抱いても、無力感や絶望しか得られません。
全てにおいて品行方正に考えなければいけないと縛らないで下さい。
自分を最優先にするようにできているので、自己中なのは仕方ないと開き直りましょう。
だから頭の中では何をしてもOK。
感情は否定せずに、受け入れる。これが大事。
あとは周囲に迷惑をかけないようにしつつ、自分の欲を満たすにはどうしたら良いか?という視点で考えて行動するのが良いと思います。
あっという間に2000文字超えちゃったので、次回は相手を想像・想定してみる事について書いていきます。