ショコラ・ショコラ6
俺は水野さんにお伺いを立ててから、今食べた皿を洗った。
ありがとう、助かりますとだけ言われた。
洋子おばさんは俺に料理も洗い物も任せてくれてたけど、皿の洗い方も包丁の置き場所も何もかも全てがおばさんの思う通りでないと嫌がった。
水野さんはそういう事は気にならないようだ。
コウタと呼ばれて「俺の名前はヒロタです」と答えたら、コウタは猫の名前だと教えられた。
俺にすり寄ってるのがモロタ。
もう一匹どこかにいるらしい。
コウタは臆病だから、俺が来てからずっと隠れているそうだ。
ここの漫画は好きに読んでいいと言われた押し入れにはびっちり漫画が詰まってた。
読んでみたかった漫画を何冊か枕元に持ってきた。
でも俺は風呂から出て布団に入って考え事をしてる内に眠ってしまった。
大学に行けない、あの家を出なくてはならないと知ってから、あまり眠れてなかったからだと思う。
布団の中で俺はこれから先の事を考えていた。
仕事と住むところ。
卒業したけど、学校に行って進路指導の先生に相談してみよう。
俺が風呂に入ってる間に敷いてくれた布団は乾燥機がかかってて、暖かかった。
大丈夫。
世の中には、初対面の子供にご飯を食べさせて暖かい布団に寝かせてくれる大人もいる。
大丈夫。
俺は天涯孤独でも、きっとなんとかなる。
朝起きた時何時だかわからなかった。
帰らなきゃな、と思い、帰りたくないと思った。
着替えて階下に降りる。
仕事部屋から気配がするのでおはようございますと声をかける。
「おはようございます。
お昼を食べる頃には起こそうと思ってたんですよ。
昨日のカレーですけど一緒にどうですか?」
もうそんな時間だったのか。
カレーは大きな鍋いっぱいにあって、冷たいご飯に冷たいままよそってレンジで温めなおした。
「仕事が忙しくなる前にはカレーを作っておくんです」
冷凍もせず、鍋のカレーが無くなるまでカレーを食べ続けるという。
「前のバイトの人が辞めてから次の人が見つからなくて」
彼はそう説明しながら、俺を見た。
「君、今何もしてなくて予定もないんでしたね。
3.4日バイトしませんか?
時給はこれくらいで」
ちょっときつい仕事なので無理にとは言いませんが、と彼が告げる労働条件はなかなか良かった。
勤務時間は仕事が終わるまでの働きたいだけ。
水野さんはこれから仕事が終わるまで、ずっと仕事してるので、手伝えるだけ手伝って欲しいという。
「仕事って何ですか?」
「漫画です。
やって欲しいのは消しゴムかけとかベタ塗りとかの作業で、単純だけど細かい神経を使う仕事です。
やってみて無理そうならそこで断ってくれても構いません」
水野さんは漫画家だった。
そういう職種の人がいるのは頭ではわかってたけど、こんな田舎にそんな仕事してる人がいるなんて思わなかった。
漫画家と知り合うのは初めてだ。
学校で漫画好きとかオタクとか言われてる同級生がいた事はある。
親しかったわけじゃないし、彼らが漫画を描いてたかどうかは知らない。
待てよ。
漫画家のアシスタント?
「それって、3、4日この家に泊まり込んでもいいって事ですか?」
漫画家には詳しくないけど、今までに読んだ漫画の知識だと漫画家のアシスタントは仕事の間は仕事場に泊まり込むものなんじゃないかな?
俺は言ってしまってしまったと思った。
この言い方では帰りたくないって言ってるようなものじゃないか。
どうしよう。
一瞬うろたえてると、水野さんは「君の保護者の許可が出れば」と答えてくれた。