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ショコラ・ショコラ1

 俺の名前は道上広太。


 一昨日、高校を卒業したばかり。

 カフェオレお代わりし放題のドーナツ屋に座り込んでそろそろ3時間になる。


 一冊持ってる漫画本は2回読んだ。

 続きは気になるが、持ってない。

 木の椅子は硬くてそろそろ尻が痛い。

 一人でドーナツ屋に長居してるのは居心地が悪い。


 2回目のカフェオレのお代わりの頃にいつまでここにいていいものかと考えた。

 空席が多くて長居が迷惑ではなさそうだけど、限度というものもある。

 隣のテーブル席の男性が俺より前からいるので、あの人が出て行くまではセーフと思う事にした。


 隣の男性は俺より前に席についていて、ドーナツの載っていた皿は空。

 カップのコーヒーは飲み尽くしたようだ。

 白い紙にシャーペンで何か書いてるようだが、あまり手は動いていない。

 何してるんだろう。

 手が動いてる時間より考え込んでるようなぼんやりしてるような時間の方が長い。

 彼の横の空いてる椅子の上には本が三冊。

 時々開いてるけど、読書してるというより、眺めてるようだ。

 二冊は何かわからないけど、一冊は少女漫画。

 この少女漫画が俺の目を引いた。


 彼は色白で真っ黒な癖の強いくせ毛。

 輪郭がふっくらしてる。

 若くも見えるけど30過ぎてるようにも見える。

 空いてる椅子に深緑のコートも置いてる。

 黒いVネックのセーター。

 スニーカーは見るからに古い。

 身なりは構わない人なんだな。


 やる事がないので観察してしまったが、目があうと気まずいので自分の手元に視線を戻す。

 さて、これからどうしよう。


 行くアテがあれば移動したいが、アテはない。

 俺にはこんな時に頼れるほど親しい友達がいない。

 今までなら、こんな時に一番に頼れたのは拓也兄ちゃんだったのに。

 移動するべきかとは思うが、どうしていいかわからない。


 俺は家出中だ。


 保護者へのあてつけに家出するのは初めてだ。

 一昨日卒業式だったが、高校を卒業した人間が家出というのも、年齢的にどうなんだろう。

 家出は子供がするものというイメージがある。


 家出するつもりはなかった。

 今朝持ち物を整理してたら、つい、ふらっと、何もかもが嫌になって逃げ出したくなった。


 リュックに思いつくままの財産と貴重品を詰め込んでここに来た。

 家ではまだ、俺が家出したなんて気づいてないだろう。

 気づくのは夕飯の頃だろうか。


 このまま帰れば俺の家出は気付かれる事なく終わる。

 色々考えれば、それがいいのかもしれない。


 俺が家出したって、洋子おばさんや拓也兄ちゃんが嫌な気持ちになるだけだろう。

 俺はもう進学ができないだろうって事に変わりはない。

 今家出なんかしなくても、これから急いで就職先と住むところを見つけてあの家を出て行かなきゃならない立場だ。


 俺が4歳の時に母親が死んだ。

 交通事故だ。


 母さんの両親、俺の祖父母も一緒に亡くなった。

 俺は母さんのおばあちゃん、祖母の母親に預けられていたので無事だった。


 そのままひいばあちゃんに引き取られた。

 ひいばあちゃんは母の伯父一家と暮らしてた。

 引き取ってくれたのはひいばあちゃんだけど、育ててくれたのは母さんの伯父さんの娘、つまりは母さんの従姉妹の洋子おばさんだ。


 ひいばあちゃんは俺が小さい頃に亡くなった。

 そのまま洋子おばさん夫婦が俺を育ててくれている。

 死んだ母親の従姉妹なんて、遠縁もいいところだと思う。

 だけど洋子おばさんはひいばあちゃん亡き後も俺を育ててくれた。

 親が死んだのに引き取ってくれる人がいた俺は運が良かったと思う。


 洋子おばさんには拓也兄ちゃん裕也兄ちゃんの二人の息子がいる。

 3つ年上の拓也兄ちゃんと6つ上の裕也兄ちゃん。


 裕也兄ちゃんは高校を出た時に就職して家を出て行った。

 一緒に暮らしてた拓也兄ちゃんも今度結婚が決まった。


 拓也兄ちゃんの予想外の結婚を俺はお祝いしなきゃならないのに。

 俺は。


 吐きたくないため息がまた出てしまう。



 店員さんがカフェオレの入ったポットを片手にお代わりはいかがですか?と声をかけてきた。

「お願いします」とカップを差し出す。


 カフェオレをお代わりしてれば延々ここに居座るのは可能な気がするけど、正直ちょっと胃が辛くなってきてる。

 隣の男性が

「こちらもコーヒーお願いします」

 と声をかけた時、店員さんがはいと答えながら身体をひねって、よろけた。


 何がどうしたのか、店員さんがバランスを崩してしまい、ポットのカフェオレは椅子の上の本に降りかかった。

 隣の男性の座る横に置いてあった本。

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