六十一話・番外編8 シスと獣人のお姫様
「別にお礼なんて要りませんよ...。じゃあ、そう言う事で!」
「...って、逃がすかぁぁっ!」
「あべっ!?」
私は少女から思いっきりタックルをくらい、その場に倒れ込む。
「あ、あなたねぇ...いきなりタックルしてくるなんて...!」
さっき打った鼻を今のタックルで再び打ってしまい、私のこめかみに浮かぶ
青筋がヒクヒクと動き、少女の事をジト目で睨む。
「すまねぇ!だが、オレは誇り高き獣人王の娘だ!受けた恩も返さず、
このまま帰しでもしようものなら、その名が泣くんだよ!」
「その名が泣くって...さっきの食当たりで、もうその名は泣いていると
思いますが...?」
「はうっ!?そ、それは言いっこなしだぜ...ナハハ...ハ!」
獣人の娘を名乗る少女がシスの言葉を聞き、困惑した表情で、
ニガ笑いを浮かべている。
「コホン...オレは獣人王の一人娘で、名前は『プルア・ウーロ』ってんだ!
ヨロシクなっ!」
「私は『ユユナ・スターフィールド』って言います。本当にプルアの事、
ありがとう!」
プルアとユユナの二人が爽やかな笑顔で、シスに自己紹介をしてきた。
「それで、お前の名前は何て言うんだ?」
「え...言いませんよ?」
「何でさ!」
「だってお兄ちゃんが、どこの誰だかわからない人に名前を名乗るなって、
言ってましたので...(男性限定なんですけどね)」
「ずいぶんと過保護な兄貴だな...!」
「ええ!私の事を思ってくれる、大好...ゲフン...自慢のお兄ちゃんです!」
私はお兄ちゃんを思い浮かべ思わず本音が洩れそうになると慌てて、
咳払いをして言い直す。
「ん...?今、大好きって言いそうになってなかったか...?」
「言ってませんけど?」
「え...でも、確かに...そう聞こえたけど?」
「気・の・せ・い・で・す・よ・っ!」
「はひぃ―っ!す、すいませんっ!気のせいでしたぁぁっ!」
しつこく聞いてくるプルアに対し、シスは能面の表情の微笑みを見せ、
それは違いますよと、ガンとした言葉の念を発する。
「こ、怖え~!獣人のオレをも震えさせる、この禍々しい闘気怖えぇっ!!」
シスの身体から出る黒いオーラを見たプルアが、全身をブルブルと振るわせ、
額には大量の冷や汗を掻いてびびっている。
「全く...私にお礼をとか言っていた癖に、私をディスってくるなんて、
まさに恩を仇で返された気分ですよ!」
「恩を仇で...だと...!?」
シスの言葉を聞いたプルアの表情が顔面蒼白に変わると、フラフラと
後退りをして、ショックを受けて頭を垂れる。
「すいません!この娘にそんな気はないんです!でも基本的に脳筋なので、
空気を読むという頭が、全くといってないだけなんですよっ!」
ユユナがプルアの代わりに頭を何度もペコペコと下げ、シスに謝ってくる。
うわ...このローブの子...確かユユナさんでしたっけ、謝っている内容が
中々の毒舌さんですね...。
そのせいでプルア...様、だったかしら?思いっきり涙目になっているじゃ
ないですか...。
「と、とにかく!オレに恩を返させて下さい!頼みますっ!」
プルアがそう叫声をあげると、その場に音を響く様な土下座をシスへと
してきた。
「ちょ!?ど、土下座は卑怯です...!」
もう!それをされて断りでもしようものなら、何かこっちの方が悪い
感じに見えちゃうじゃないですか!
「シス...」
「え...」
「だから、私の名前ですよ!」
「ん...姓の方は...?」
「さっきも言いましたが、私はあなた達をまだ信用していません...!
なので、もし...それに値する人物ならば、後で姓の方も教えてあげますよ」
「うう...本当に、慎重派なんだな...シスって...」
「厄介事はゴメンなので、これくらいはしますよ...」
だって、お兄ちゃんが鈍感さんなんだから、私の方がしっかりしなきゃね...。
「とにかく、お姫様のプルア様に土下座までさせてしまったんです、ここは
素直に頼みを聞くとしましょうか...」
「おお!それじゃあ!」
「ええ...面倒ですが、恩とやらを返して下さい...」
「わかった!それでオレは、どうやって恩を返せばいいのかな!」
「はあ...?それを決めてなくて、恩を返すとか言ってらしたのですか...
そのローブの人...ユユナさんの言う様に本当に脳筋なんですね...」
「脳筋言うなっ!これでも結構、傷つくんだぞ!」
プルアが頬を膨らませ、プンプンと怒って抗議する。
「やれやれ...では、これはどうでしょうか?脳き...プルア様が私の
素材集めを手伝うって言うのは?」
「おい!今、脳筋って言おうとしただろ!...まあいい、素材集めの
手伝いか...本当にそれでいいのか?他にも金銀財宝の謝礼をするって
案もあるんだが...そっちの方がいいんじゃねぇのか...?」
「いいんですよ財宝なんて...。私、これでも意外にお金は稼いでいる方
ですので...」
大体、私の稼いだお金とお兄ちゃんの稼いだお金が一緒に入っている
ギルド銀行カードに、そんな泡銭なんてもの...一銭だって入れて汚したくは
ありません...。
だって、このお金は将来...お兄ちゃんと一緒に...うふふ。
「な、なんだ...どうしたんだシス!?と、突然へんな声で笑って...!?」
「あ...スイマセン。ちょっと思い出し笑いが出てしまいました!」
おっと、危ない、危ない!また本音をこぼす所でした...。これは本当に
注意しなきゃいけませんね...。
「それでは、私が採取したいアイテムなんですが...ダークロンって、
知っていますか?」
「だ、ダークロン...だと...!」
「ん...どうしたんです、プルア様?そんな怖い顔をして?」
「それは...私が説明するわ...それはね...プルアがここがいる目的が、
そのダークロンを倒す為だからよ...!」
「ダークロンを...ですか?」
「ああ、オレの国...って言うか、王族には「成人通過の儀」って
もんがあってさ...獣人の王族の人間が王位を持つに相応しいかどうかを
見極める儀式なんだ...オレが行うその儀式の内容が...」
「ダークロンを倒すって事なんですね...」
私の言葉を聞いたプルア様が、静かにコクンッと頭を垂れた。
「じゃあ、つまり...」
「嗚呼!そう言う―――」
「私のアイテム採取を邪魔する敵って事なんですねっ!」
私はプルア様から距離を取りながら後退し、そして素早く攻撃体勢に
入った!




