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殺意の価値  作者: 樋口 龍之介
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幸せの終着

いつもと同じ電車に乗り、いつもと同じ帰路に就き、いつもと同じ家に帰る。


そしていつもと変わらない家族が我が家で待っているのだ。


しかし今、自宅の玄関を開きその目の前の現実はいつもの現実であるか疑わしかった。


言葉を失う、という言葉をよく耳にするが実際その場面にたってみるとその言葉の意

味がよく解る。


冷静な思考をしている自分が脳内にいて、その自分が一生懸命言葉を探しており言葉

が口から出てこないのだ。


目の前の二人が廊下で横たわる姿を見て、そんな事を考えていた。


「た…貴子(たかこ)…。」


ようやく絞り出した声は呻きとも喘ぎとも違って自分の声かも疑わしい今までに発し

たことのない奇妙な声だった。


玄関から伸びるリビングまでの廊下。リビングからは夕暮れの茜色が差していて、廊

下に横たわる二人の影を強くしていた。


「お…おい…、貴子…。」


寝ているだけかと思い貴子に声を掛けてみたが、廊下で寝ているはずはないだろうと

冷静な自分が自問自答している。


そう、今は午後5時くらい。ちょっと疲れて横になるだけなら寝室でいいのではない

か。


それにも関わらず、貴子と剛志(つよし)は廊下に横たわっているのだった。


夕暮れの薄暗さによってすぐには理解できなかったが、貴子の背中に黒い楕円形の模

様が何か所か付きているのに気付く。


そしてそれは刃物で刺されたとようやく理解するのだった。


理解をすると同時にせき止めていた理性のたが(’’)が弾けたのだった。


「た……貴子おおお!!!」


靴を脱ぐことも忘れ、玄関から貴子と剛志の方へ駆けていく。


貴子はうつ伏せになって手足は卍の様になっていて体の下は一面の血だまりが広がっていた。


顔は右に向いており、恐ろしいものにでも遭遇したように目がカッと見開いていた。


俺はこんな表情の貴子を見たことが無かった。


貴子は俺や剛志にいつも優しく微笑みかけ、滅多に怒る事が無かった。


むしろあまりに優しすぎるので剛志を甘やかし過ぎてはいないかと心配する程だっ

た。


その貴子がこんな形相をするとは…。


ここに横たわっているのは貴子じゃなくて、誰か違う他人では無いのかと思ってみて

も、髪型、服装、体系、全てが俺の知っている貴子だった。


剛士の方を見ると、剛士もまたうつ伏せになっていてまだ大人になりかけていない柔らかな後頭部がぺしゃんこになっていて目は閉じられていた。


両手足はまっすぐ伸びて、まるで眠っているようにも思えるのだが、周りの惨状はそ

の期待を見事に塗り潰した。


鼻と耳から血が垂れ流されていて、もはや生命の活動が行われていないのは明らか

だった。


すると急に胃が締め付けられる様な感覚が襲った。


「う”う”っっ!」


俺は自分の体なのに何故吐き気を催すのか理解できず、トイレに駆け込み胃の中のモ

ノを吐き出した。


人間の条件反射なのか、死体を見て生理的嫌悪を抱いたのか、何故吐き気が収まらな

いのか解らないまま全てを吐き出した。


そして、5分から10分は経ったであろうか…。すべてを吐き出した後、茫然と便器を

眺めながら口の中の吐瀉物と一緒に現実を噛み締めていく。


貴子と剛志は殺されたのだ。


その事を理解した俺は獣じみた咆哮を天井へ…床へ…死体へ…どこに向けるでもなく吐き出した。


悲しみ、憎しみ、恨み…あらゆる感情が入り混じった叫び。


貴子は誰からも好かれ、頭もよく、誰に対しても常に思いやりを持って接していた。俺の妻になるには勿体ないほど…。


剛士はまだ産まれて1歳にも満たないというのにこんな理不尽に人生を終わらせてし

まった。


誰に、俺の幸せを奪う権利があるというのか。


誰に…。



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