一般転生女子高生の異世界バイト
「まず、世界というものはいくつも存在していまして。」
「はあ・・・」
よくは分からないがとりあえず頷いておく。
「次にその世界を我々は居住区の広さあたりの生物数で分類しています。数が多過ぎるものをHot、少な過ぎるものをColdと呼んでいます。大丈夫ですか?リンさん。」
「大丈夫です。」
大丈夫ではない。
「では続きを話しましょう。」
見栄は張るものではない。
一日目
「それでは、我々の仕事についてですが、」
この人、たしかさっきマリと名乗っていたか、は放っておくとどんどん先に行くタイプのようだ。ここは一旦止まってもらおう。
「すいません。ちょっといいですか。」
「はい、なんでしょう。」
「そもそもなんで私はここにいるんですか?」
そうだ、そもそも私はなぜよく分からない場所で意味の分からない話を聞いているのだ。たしかここに来る前は友達と下校してたはずだ。記憶が途切れてるが目が覚めたら、なぜ寝てたかも分からないが、このマリって人が自己紹介してきて、えっと・・・
目を開ける。いつの間にか意識を失ってたらしい。病室・・・みたいな感じだ。でもちょっと違和感もある。知らない場所だ。
「おはようございます。お目覚めですか。」
「!?」
いきなり知らない人が挨拶してきた。と言うか誰かいたのか。
「はじめまして、マリと申します。あなたのお名前を伺ってもよろしいですか。」
お前も知らんのかい。何が何だか分からない。一体何が起きてるの。
「あの、お名前を教えて頂けますか?」
「あ、はい。リンと申します。」
反射的に名乗ってしまう。どう考えても怪しい状況だが目の前のこの人物は不思議とそこまで悪い人にも見えない。
「リンさんですね。よろしくお願いします。では、混乱しているとは思いますが、なぜあなたがここによばれたか説明いたしますね。」
「え、ちょ、」
「まず、世界というものは・・・」
思い返してみたが全く分からない。だいたいここはどこなのよ。
相変わらず混乱しているとマリさんが言った。
「なぜあなたがここにいるかについて説明するにはですね、その前に説明すべき事が多くありまして、順序だてて説明致しますので聞いて頂けますか。」
部屋にはマリさん一人だが、窓はない。扉は一か所しかし遠い。私は椅子に座っている。なんだか変なデザインの椅子だな。マリさんは私に危害を加えるつもりは今のところ無さそうだ。ここは大人しく話を聞くのが正解か。
「分かりました。話していただけますか。」
「はい。では世界が多数存在し、我々がそれらを生物数によってHotとColdに分類していることは話ましたね。」
「多いのがHotで少ないのがColdですね。」
「その通りです。実際はもっと細かく分けていますが後にしましょう。それで、我々の仕事についてですが、」
正直いきなり世界がたくさんあるとか言われても納得できる訳がないが下手に刺激しないように分かったふりをしておこう。
「我々はHotなら生物が増え過ぎないように、Coldなら減り過ぎないように管理しています。今回リンさんがここに呼ばれたのはその仕事の一環です。」
「なるほど」
もうどうにでもなれ。
「これまではHotの生物数を減らして、Coldの生物数が減らないように、とそれぞれで頑張っていたのですが、もういっそHotからColdに生物を移動させてしまおうと言う研究が行われたのですよ。」
Hotの生物を減らすとは物騒な。
「で、技術的には可能な域にまでは来たのですよ。移動と言うよりは分解と再構築に近いので我々は"異世界転生"と呼んでいますが。ただまだ分からない事も多くありまして、その一つに転生者が転生先でも生活していけるのか、と言うものがございまして。」
ん?
「そのサンプルとして、今回リンさんにはこちらに異世界転生して頂きました。」
と言う事は
「あ、あの。」
「はい。」
「と言うことはその、ここってその、私がいた世界とは別の世界なんですか?」
「はい。」
とんでもないことをさらっと告げるな。
今日はもう遅いし疲れただろうと言うことで説明の続きは明日にすることになった。
食堂のようなところでマリさんと一緒に食事をとった。広さのわりに人がいないので聞いてみたらもう遅いからとの事だった。時間の感覚がない。疲れているようだ。それ以外はずっと黙って食べた。マリさんに出された食事はなんとなく見たことはありそうだけど具体的には思い出せないようなものばかりだった。さっきから見る景色も置いてあるものもだいたいそうだ。見たことはありそうだが見覚えがない。なんだか自分が住んでたのとは違う世界に来たみたいだ。いや、その通りなんだっけ?
説明を受けた部屋や食堂と同じ建物の別の部屋にやって来た。
「この部屋でゆっくり休んで下さい。シャワールームはあそこ、ベッドはこちら、着替えがその上に。何かありましたら、そちらのボタンで知らせて下さい。朝はこちらで起こしに伺いますか?それとも起きましたらそちらのボタンで知らせて下さいますか?」
疲れているようだし時間の感覚も曖昧だ。おそらく起きられまい。
「起こしに来てください。起きられないと思うから。」
「了解しました。ではごゆっくり。」
疲れた。寝ようその前にシャワーを。
一日目 終わり
二日目
目が覚めた。見慣れない天井だ。でも見覚えはある。つい昨晩見たばかりだ。そして今で二回目だ。起きられないと思ったが起きられた。今何時だろう。ベッドのそばに時計が置いてあるので見てみる。ん?
確かに時計なんだろうけど文字盤に見慣れない記号が書いてある。ああ、やっぱり知らない世界に来たんだなと自覚する。
なんとなく沈んだ気分でいると扉が開いた。入ってきたのはマリさんだ。
「おはようございます。お早いですね。」
「おはようございます。なんだか目が覚めちゃって、」
「それは良くないですね。きちんと眠れましたか?」
マリさんが心配そうにこちらを見る。
「大丈夫ですよ。」
「本当ですか?先程も放心してらした様ですが。」
「それは、その、ほんとに違う世界に来たんだな、って。」
「随分早い理解で有難いですが、何かきっかけでも?」
「それは、はい。これですね。」
時計らしきものを手に持ってかざす。
「この文字盤。私のいた世界じゃ見たこともない。なんて書いてあるかも分からない。」
また思い出して気分が沈む。
「ちょ、ちょっと待って下さい。えっと、」
なぜかマリさんがうろたえる。
「文字が読めないのですか?」
まるで読めて当たり前なのにとでも言いたげだ。少しムッとして言い返す。
「いきなり違う世界に連れてこられてその世界の文字なんて読める訳ないじゃないですか。マリさんは初めて見る文字が読めるんですか。」
つい強く当たってしまう。でもこっちは昨日からいろいろあったんだしこれくらいは許されてもいいだろう。
心の中で言い訳しているとマリさんが申し訳なさそうに言う。
「すいません。そう言う事では無くてですね。本来ならですね、事前に言語や文字の情報は記憶として埋め込んでから転生をして貰うはずなのですが、何か不具合のようですね。担当に問い合わせてみますので少々お待ち下さい。」
出て行ってしまった。
どうやら私が文字を読めないのはマリさんにとっても想定外のようでその担当とやらに聞きに行ったようだ。にしても放っとくかね。
しばらくしてマリさんが戻って来た。
「申し訳ありません。つい動転してお一人にしてしまいました。」
反省しているようなので許す。私もさっき変に強く当たっちゃったしね。
「では先程の件ですが、担当の者に問い合わせて見た所、やはり不具合のようでした。ですので、今夜検査と治療をしたいとの事ですが宜しいでしょうか。」
文字が読めないのは不便だ。それにさっきの言い分だと他にも不具合とやらがありそうだ。頷かざるを得ない。
「分かりました。でも夜なんですか。」
「検査や治療の準備に時間が掛かる様ですね。後はある程度原因を絞ってからと言うのもあるでしょう。」
「なるほど。それで、夜まではなにをして過ごすんですか?」
「昨日の話の続きを致す予定ですがいかがですか?」
そう言えば昨日の話は途中で終わってましたね。不具合うんぬんの件もあるしキチンと説明してもらわなきゃね。気合を入れて言う。
「はい。お願いします。」
部屋で簡単な食事、パンのようなものだが食べたことのない食感と味だった、を済ませ着替えてから会議室のような部屋にやって来た。マリさんは外で待っていてくれた。来る途中の廊下では扉越しにたくさんの人が動いてるのが分かった。
「ではまず今後の予定についてお話致しますね。」
「話を聞いた後検査を受けるんでしたっけ。」
今朝聞いたばかりではないか。
「いえ、そうではなく、もう少し長期的な予定についてですね。」
「ああ。」
早とちりのようで少し恥ずかしい。
「リンさんにはここで働いてもらおうと考えています。」
気にするでもなくマリさんは続ける。と言うかとんでもないこと言わなかったか?聞き間違いだろうか。
「えっと、なんです?」
「ですから、この施設で私達と働いてもらおうと。」
「なんでですか!?」
突拍子もなさすぎて意味が分からない。
「昨日も少しお話致しましたが、我々は異世界に転生した転生者が転生先で問題なく過ごせるか、について調べています。そのために転生者の観察を続けたい訳でして、目の届く場所に居て頂きたいのですが、ただそこに居て頂くだけでも意味は無く、それで、」
「ここで働く、と」
「はい。その通りです。」
なるほど、理にかなってる。かなってるか?まあいい。と言うか昨日の話では世界の管理とかなんとか大それたことを言っていたが私なんかにいきなりできるのか?
「と言っても大きな仕事を任せる訳ではありません。簡単な雑用を任せる程度です。」
まるで私の心を読んだかのようにマリさんが言う。声に出ていただろうか。とはいえ安心した。
「それで我々の仕事についてお話したいのですが、その前に話しておく事も沢山ありますね。」
確かにそうだ。世界だのなんだの分からないことが多すぎる。
「はい。お願いします。」
「はい。昨日は世界がいくつも存在していて、それらを居住区域あたりの生物の数で分類している事は話しましたね。」
「はい。多すぎるのがHotで少なすぎるのがColdでしたね。」
「その通りです。更にHotの中でも危険な程生物数過多なものをred、まだ余裕はありますが十分に多過ぎるものをorange。逆にColdの中で危険な程生物数が少ないものをnavy、それには満たないものをblueと呼んでいます。生物数に問題のない、HotにもColdにも満たないものをgreenと呼ぶ事もあります。」
「世界は生物数によってred、orange、green、blue、navyの五段階に分けられるんですね。」
「そう言う事です。我々の仕事はそれらの調整だと言いましたが、次に何故多過ぎると、または少な過ぎると問題なのかお話致しますね。」
そこは気になっていた。
「生物と言うものはですね、生命活動を通して世界にエネルギーを与えています。生きてそこにいるだけで世界にとっては力の源となる訳です。なんの力かと言いますと、その世界を維持する力です。それが不足すると当然世界は自身を維持出来ず消滅してしまいます。逆に多過ぎるとどうなるか。世界はその力を扱いきれず崩壊してしまいます。つまり世界は自身の力が多過ぎても少な過ぎても消えてしまうと言う訳です。」
「なるほど。」
「この力、を生物に読み替えて貰うと我々の仕事の意義が理解できるかと思います。」
世界は力が不足すると消滅する。世界は生物が不足すると消滅する。
世界は力があふれると崩壊する。世界は生物があふれると崩壊する。
「はい。なんとなく分かりました。」
なんだかスケールが大きすぎてついていくのがやっとだ。
「では調整すると言っても実際にはどうするのかについて説明致しますね。まずはイメージしやすいHotからがいいでしょう。」
昨日も少し触れていた気がする。生物数を減らすと聞いて物騒だと思った記憶がある。今の話を聞いた後だとしょうがないとも思えるが。
「一口にHotと言いましたが、それがredかorangeかで対処も変わってきます。ちなみに私の仕事はこの対処法を決める事だったりします。」
マリさんが唐突に自分のことについて話し始める。
「リンさんにもこの仕事を手伝って頂きます。」
と思ったら私の話だった。
「まずredに対してですが、」
何事もなかったかのように話に戻る。
「これは緊急性がある案件でして、早急に生物数を減らす必要があります。一番多く取られる手法として大規模な自然災害がありますね。地震や津波等がよく行われます。過去に爬虫類が増えすぎた世界で隕石を落とした例があったそうでしたが、実行後にその世界がColdになってしまう等と大変だったそうです。現在では隕石は対処法としては行われていませんね。」
なんだかマリさん、
「世界に対して何らかの干渉を行う際は総務部の許可が必要でして、これは干渉の規模が大きい程貰う手間が多くなっています。またその干渉の方法によっては技術部に機材の使用許可や特殊な機材の場合は人員の派遣の申請も必要です。」
すごく饒舌だし話も逸れまくりだな。
「あ、あの。」
「以前私が、はい、何ですか?」
水を差されて少し不機嫌そうだ。でも勇気を出して言う。言わなきゃたぶんこの話はいつまでも続きそうだ。
「そろそろorangeについても教えていただけますか?」
「・・・」
黙っている。やはり悪いことを言っただろうか。
「少々無駄話が過ぎた様ですね。申し訳ありません。」
いや、反省してくれたようだ。言って良かった。
「まとめると、redに対しては自然災害や、こちらが意図的に持ち込んだ疫病等の対処が多いですね。次にorangeへの対処について説明します。」
心なしかテンションが下がったようにも見える。意外と話すのが好きな人なのかもしれない。今度いろいろ話してもらうことにしよう。今は全部の説明を聞くのが先だ。
「本来は各世界への干渉は最低限に済ませることが基本です。orangeに対して何かする事はほぼありません。著しい増加の見られる世界がredにならないよう対処する事はありますが、先程説明したredへの対処の様な大規模なものはまず行われません。局所的な災害で一部地域の生物を減らす程度ですね。後はその世界の特に生物の増加が見られる地域の衛生環境を悪化させ増加を抑える様な対処も行います。」
改めて聞くと酷い話だ。でもまあ世界が無くなることに比べたらそうも言っていられないか。
「一つ言い忘れていましたが、世界への干渉のうち生物の行動に干渉する事に関しては禁止されています。あくまでもその世界の生物の自由行動は阻害しないようにしています。」
世界を守るためなら何をしてもいい、と言う訳ではないようだ。
「Hotについてはこれくらいですね。質問はありますか?」
質問はあるかと聞かれれば質問をしないわけにはいかない。昔どこかで習った記憶がある。それとは関係なくふと浮かんだ疑問をぶつけてみる。
「自由行動は阻害しないとは言いましたけど、自然災害なんかがあったら、それが自分の住む場所から遠くても、それに対していろいろ行動すると思うんですよ。これって自由行動の阻害には当たらないんですか?」
マリさんにつられて普段はしないような言い回しをしてしまう。
「確かに我々の引き起こす自然災害等によってその世界の生物の行動が変更される事はあるでしょう。ですが、自然災害は我々が起こすもの以外にもその世界で日頃から起きているものです。我々が起こす自然災害はその世界で普段から起きているそれらと大きな差は無いため、生物の自由行動への干渉は見逃せる程度と考えられています。疑問は解決しましたか?」
そう言えばさっき世界への干渉はなるべく控えると言っていた。私がここに来る前に住んでいたところは地震が良く起きることで有名だった。あの地震の全部がマリさんたちによって起こされたものならば干渉しすぎにもほどがある。自然災害が勝手に起きると言うのは盲点だった。
「はい。納得できました。」
「良かったです。他に質問が無いならばColdへの対処について説明したいのですが宜しいですか?」
特には思いつかない。
「はい。Coldについて、お願いします。」
「分かりました。説明が終わってからでも、何か疑問に思うことが有りましたら遠慮無く聞いてくださいね。」
「はい。ありがとうございます。」
「では説明致しましょう。とは言えColdに対して我々が出来る事は実は少ないのです。」
「そうなんですね。」
まあそうだろう。生物を減らすのは簡単だが増やすのはそう簡単に出来る事ではない。
「我々が行っている事は主に生物数の減少を抑える目的で行われています。具体的には衛生環境を整える等ですね。」
私にはその程度しか思いつかない。
「ただ、それだけで減少が抑えられるかと言うとそうでもありません。」
苦労しているようだ。
「そのため、ある程度までは生物の自由行動への干渉も許されています。これからお話する内容はリンさんには馴染みの薄い事かと思いますので分からない事が有りましたら遠慮無く質問して下さい。話を遮って頂いて結構ですので。」
ずいぶんな前置きだ。緊張で体に力が入る。
「分かりました。続けて下さい。」
固まった私を見てマリさんは微笑ましげに話し始める。
「イメージの容易そうなものから説明しましょうか。まず我々が行った事は生物の進化の操作です。」
いきなり突拍子もない。そんなことが出来るのか。まあ出来るんだろう。なんせ私を異世界に連れてきた人たちだ。私のこれまでの常識は通じない。
「半人半獣種や巨大なクリーチャー等、頑丈で寿命の長い生物を増やし、生物数の減少を抑えた訳です。」
なんだかファンタジーの世界みたいだな。ちょっと見てみたい気もする。
「減少を抑えられたので、次は生物数を増やしたい所です。とは言え生殖は生物の自由意志ですのでそれを強要する事は出来ません。我々に出来る事は、生殖への障害となる要因の排除程度です。そのために行った事として、知性のある生物種に科学を授ける等して生活環境の改善を図りました。」
「それって自由行動への干渉にはならないんですか?」
少し気になったので何の気なしに聞いてみる。
「まあ、そうとう、グレーでは、ありますね。」
すごく渋い顔をされた。なんだか申し訳ないがする。
「これは更に黒に近づくのですが、」
本当に申し訳ない質問をしてしまった。
「限定的に物理法則を無視した現象を起こす方法を授ける事で生活レベルを上げる対処もあります。」
「???」
何がなんだか分からない。
「分かりやすく言うと、魔法ですね。」
「!」
先ほどの話といい、Coldってまるで、そう、
「ファンタジーの世界じゃないですか!」
「そう言えばリンさんのおられた世界には架空の世界を舞台にした物語なんてものが有りましたね。」
「私がいた世界の作家さんはColdの世界を見て小説を書いたってことですか?」
「さあ、恐らくその様な事は無いかと思われますが。物語の作者の想像と我々の考える対処法が偶然一致したと言う事でしょう。」
「でもすごい偶然ですよ!もう奇跡ですよ!これは!」
「は、はあ。」
「でも、てことは私が読んだことのあるようなファンタジーの世界も元は私のいた世界と似た様な感じだったってことですか?」
「そこまで文化は進んではいないでしょうから、リンさんがおられた世界の数百年前の姿に近いかもしれませんね。」
「そう考えるとすごい変化ですね。めちゃくちゃ干渉してるじゃないですか。」
「それを言われると弱いですが、まあ、それほどColdへの対処には困窮していると言う事です。そこまでしても一部のnavyには改善が見られない世界もあります。」
「はえ~。大変なんですねえ。」
「そこで異世界転生の出番です。」
「なるほど。Hotを減らしつつColdを増やせて一石二鳥ってだけではないんですね。」
「はい。それも有りますが、何よりColdの世界の生物数を増やす事が出来る点が異世界転生の大きな利点であり最大の特徴です。」
「すごいですね。」
「ただまだ開発段階故、技術としては不完全な部分も多く有りまして、それでリンさんにもこうしてご協力頂いている訳です。」
そう言えば私の話だった。つい興奮して我を忘れていた。
「私が異世界転生者第一号ってことですかね。」
こんな質問が一番に出るあたりまだ興奮はおさまってないようだ。
「はい。そうですね。何年も研究されていて、期待も大きいプロジェクトなのですよ。Coldの生物数を増やせるかもしれないのですから。」
そう語るマリさんもかなり期待しているのだろう。Coldの世界の生物数を増やすと言うことは私が考えているよりもずっと大変で、長い間課題とされていたのかな。
「さて、それぞれの世界にどのような対処を行うかについてのお話はこれで以上です。気になった事や忘れてしまった事等有りましたらいつでも聞いて下さいね。」
「はい。」
元気よく返事をする。なんだかマリさんともずいぶん打ち解けられた。
「次は先程の対処を実際にどの様に行うのか、施設の案内と一緒に行いますね。」
なんだか楽しそうだ。
「これから働く事になる施設ですからしっかり見といて下さいね。」
そうでもなさそうだ。
「ただ、もう時間も無いので施設見学は明日にしましょう。今からご飯を食べて、その後検査室に移動して検査と治療です。恐らく意識を失った状態での治療となりますから、そのまま就寝にしましょう。」
麻酔のようなものか。いや、それよりも
「そう言えば検査は夜って聞きましたけど、昼ご飯食べた後は時間余りませんか?それまで何かする事あります?」
「?」
「?」
反応がない。と言うか何を聞かれているか分かってなさそうだ。
「!」
何かに気付いたようだ。
「リンさんが以前おられた世界では食事は一日に三回採られるのでしたね。すっかり忘れていました。ここでは一日二食が一般的なのですよ。」
カルチャーショック。異世界に来たんだからあって当然だ。
「ここの食事はリンさんがおられた世界のものに比べて栄養価が高いので二回でも十分だと思いますよ。三回も食べたら太ってしまうかも。」
それはとても困る。とても。
「それは困りますね。」
口にも出しても言う。
「ふふ。」
ちゃんと笑ったマリさんを見たのは初かも知れない。美人な方だ。
「さあ、着きましたよ。昨日も来ていますが。」
なんとなく見覚えがある。昨日は疲れていてそれどころではなかった。それに昨日とは違って人で賑わっている。
「さあ、食べましょう。好きなものをどうぞ。と言っても種類は多くありませんが。」
と言われても見たことのないものばかりで何を頼めばいいか分からない。
「マリさんと同じので。」
「では、こちらにしましょう。」
そう言ってトレーに乗った定食のようなものを二つ持ってくる。出てくるの早いな。
マリさんと二人、空いている適当な席に座る。メニューは今朝も食べたパンのようなもの、おそらく何らかのタンパク質に火を通したもの、たぶん野菜。全部見たことはない。が、まあそれなりに美味しそうだ。それに昨日は何とも思わなかったが箸を使って食べるようだ。では手を合わせて
「いただきます。」
マリさんが不思議そうにこちらを見る。
「以前おられた世界の風習ですか?」
「あ、はい。こう、食べ物とか、作ってくれた人とかに、感謝の気持ちをこめて。」
こっちにはいただきますを言う文化はないようだ。まあ私がいた世界でも一部でしかしてない習慣だしね。
「素敵ですね。」
「ありがとうございます。」
自分たちの文化を褒められるのはなんだかくすぐったいような嬉しさがある。初めての感覚だが悪くないな、と思った。
不思議な感覚で食事をしているとこちらに近づいてくる人に気付いた。
「やあマリ。こちらが例の転生者さんかい?」
マリさんに親しげに話しかける男性。同僚とかだろうか。
「ええ、そうですよ。紹介しますね。こちらリンさんです。」
「リンです。初めまして。」
軽く会釈する。
「リンさん、こちらエドガーさんです。」
「よろしくね。リンちゃん」
なんだか爽やかな人だ。握手を求める姿なんかが様になりそうだ。
「こちらこそよろしくお願いします。エドガーさん。」
「しかし随分しっかりしているね。そっちでは君の年齢ならまだ子供だろう。」
「いえいえ、そんなことはないですよ。」
なんだか私のいた世界のことを知っているかのような口ぶりだ。
「エドガーさんは各世界の調査を担当されています。今回の実験に際して事前にどの世界から転生者を呼ぶかの調査をされているので、リンさんのおられた世界についても詳しいのですよ。」
マリさんが疑問に答えてくれた。と言うかまた心を読まれたかのようだ。
「ああ、実はそうなんだ。いきなりで驚かせてしまったかな。申し訳ない。」
「大丈夫ですよ。そう言う訳だったんですね。」
いろんな仕事があるものだ。明日はエドガーさんの仕事も案内されるだろうか。
「それともあれかな?ほら、技術部が言ってたろう。異世界にもすぐ順応出来る様に性格を調整するとかなんとか。」
「え!?それどう言うことですか?」
「まあ僕も詳しくは聞いてないのだが、いきなり異世界に連れてこられては混乱するかも知れないだろう。それで話を聞いてもらえなかったり我を失って暴れられたりしても面倒だからね。こちらに着いても落ち着いて行動出来る様人格を調整するんだ。」
「本当ですか!?マリさん!?」
「ええ本当ですよ。と言うかエドガーさんも概要書を読んだでしょう。何が詳しくは聞いてないですか。」
「概要書には具体的にどの様に調整するかまでは書いてなかったからね。そこを聞かれても困るから予防線を張らせて頂いたよ。」
「確かにその部分は実際に調整を行った技術部にしか答えられませんね。」
「その技術部って会えますか?」
少し大きな声は出してしまったが、取り乱して問い質すでもなく確実に質問に答えられる人に会えるか尋ねるあたり以前の私では信じられないほど落ち着いている。こんな風に客観的に自分を見られるのもだ。これが人格の調整の成果だろうか?しかし勝手に人格をいじられるなどたまったものではない。
「技術部でしたら今夜の検査の際にお会いできますよ。」
そう言えばそうだ。これは運がいい。
「リンちゃんのいた所の倫理観では人格に手を加える事は良しとはされていなかったね。でもきっと君が思う様な酷いものでは無いと思うんだ。技術部の人に聞けばキチンと答えてくれるはずだから。そこでリンちゃんの誤解も解けるといいな。」
見た目通りの好青年っぽい話し方。まあいい。その技術部とやらは後で問い質すとして、今はこのそれなりに美味しい食事をいただくとしよう。
「ごちそうさまでした。」
見た目以上に満腹感のある食事だ。確かに二食でいいかも知れない。
「それも感謝の印ですか?」
「あ、はい。そうです。」
マリさんが聞いてくる。と言うかもう食べ終わってる。いつの間に。
「ああ、聞いたことあるよ。食事の前後に感謝を伝える時間を取るそうだね。こっちではそう言う事はしないから興味深いよ。」
エドガーさんが嬉しそうに話す。その食器はきれいだ。私そんなに食べるの遅いかな?
「ではそろそろ行きますか。」
マリさんが立ち上がる。
「はい。」
私も続く。
「じゃあね。楽しかったよ。もっとそっちの世界の話とか聞かせてね。」
本当にいい人だな、エドガーさん。もう少し話していたくて聞いてみる。
「エドガーさんはこの後どうされるんです?」
「僕はここのデザートを食べていくよ。とても美味しくてね、僕の中で今個人的に流行っているマイブームなんだ。」
意味かぶりすぎでしょ。フルハウスじゃん。
「へえ。ぜひ食べてみたいですね。」
「ぜひ今度食べるといい。とても美味しいよ。さあ、マリさんも待っている事だし早く行きな。」
平和な時間はここまでのようだ。
「そうですね。またお話しましょう。」
さあ、いよいよ技術部との決戦だ。
しまうのはセルフらしく、返却口にトレーごと返す。そしてマリさんに連れられて検査室の前まで来た。マリさんが言うのだからそうなんだろう。今の私は文字が読めない。
「では行きましょうか。」
マリさんに連れられて中に入る。なんだか緊張してきた。
「ああ、いらっしゃいましたか。」
中にいる人が言う。
「こちら転生者のリンさんです。」
マリさんに紹介される。本日二度目だ。
「よろしくお願いします。技術部のアンと申します。」
この人が対戦相手の技術部代表か。
「何か、質問があるようですね。」
もう伝わっているようだ。話が早い。
「はい。あの、人格を調整したってどう言うことですか?いきなりそんなこと言われてもいい気はしないんですけど。」
「人格の調整の目的は転生者が転生先で生きて行ける様にする事です。もともとはColdの生物数を増加させる為の転生ですから、着いてすぐ死亡されても困る訳です。」
アンさんが説明する。先生と話しているようだ。
「それは分かりますけど、でも人格を調整したって言われて、私が私じゃないみたいって言うかそんな感じがして、」
言葉が上手くまとまらない。でもなんとなくは伝わっただろう。
「そんな事はありませんよ。」
予想外に優しい言葉がきて少し戸惑う。
「我々が転生の際にリンさんに対して行った事について少し詳しく、順を追って説明致しますね。」
優しいトーンで言葉が続く。なんだかお医者さんみたいだ。
「はい。お願いします。」
いつの間にか気持ちも落ち着いている。
「まずは記憶についてです。こちらに着いても不自由しないよう言語と識字に関する教養はあらかじめ持った状態でこちらに来て頂く予定でした。少し不具合があった様で識字は出来ていない様ですね。申し訳ありません。」
「いえいえ。とんでもない。」
つい反射的に許してしまう。なんだかすっかり牙を抜かれた感じだ。
「次に人格についてですね。最も気にされているかと思います。」
そこを聞きに来たのだ。
「いきなり知らない場所に連れて来られたならば、状況が掴めず混乱や動転されて当然かと思われます。ここならば落ち着くまで待つ事も、落ち着かせる事も可能ですが、最終的にColdの世界に転生させるつもりです。Coldの世界に限りませんが、混乱した状態で知らない場所に長時間一人でいると無事ではすまないでしょう。」
「それは分かります。でも人格を変えられたって聞いて、少し嫌な気がしたと言うか、」
「人格を調整すると言われるとそのような気になるのも無理はないですね。今から具体的にどの様に調整したかお話致しましょう。」
「お願いします。」
軽くうなずいてアンさんが口を開く。
「ある程度以上の興奮状態にならない様にしました。それだけです。」
「え?それだけ?」
「はい。興奮を抑えるだけで我を失う事も混乱する事も無くなり、異世界でも生きて行けると我々は考えた訳です。」
「それだけなんですか。」
なんだか拍子抜けだ。もっといろいろされているものだと。そう言えば食事の時もやけに冷静だと自覚していたがそう言うわけか。
「もう少し詳しく説明しましょう。ある程度、と言いましたがどの位かについてですね。今朝マリさんに少し強く当たったそうですね。」
「あ、あれはその、」
急に恥ずかしい記憶を掘り返され目を背ける。
「あれが興奮のほぼ最大値です。本来想定されていたものよりやや上ですが。ですから今朝マリは二重の意味で驚かされた訳です。何故字が読めないのか、と何故そんなに興奮しているのかの二つで。」
なるほど。マリさんが動転するのも無理はない。さっきから隅のほうで話を聞いているマリさんが少し恥ずかしげだ。
「余談でしたがリンさんに対して行った調整については以上です。何か質問はございますか?」
「いえ、なんだか私早とちりで勝手に腹を立てていたみたいです。なんだかすいませんでした。」
「誤解が解けて何よりです。ですが誤解を招く言い回しをしたこちらにも非はあります。申し訳ありませんでした。」
謝られてしまった。そんなことはないのに。
「それと、今回の様に専門的な疑問ですとマリでは答えられない事も有りますから遠慮なく聞きに来て下さいね。」
「は、はは。」
なんだかマリさん不機嫌そうだ。どうしたんだろう。
「では検査と治療に移ってもよろしいですか?」
そうだった。こっちがメインイベントだった。
「はい。もちろん。」
「ではこちらの上に横になって下さい。履物は下に。」
ベッドのような感じだ。頭側になにやらよく分からない機械がある。
「楽にして下さいね。力を抜いて下さい。」
体のあちこちに器具が装着される。
「それでは今から検査を始めます。」
言うが早いか眠くなってくる。意識が遠のいてきた。
二日目 終わり
リンさんが完全に眠った事を確認してから相手と向き合う。
「さて、アン。」
「なあに?怖いなあ。リンちゃんは独り占めしたかった?」
「確かにリンさんからの質問が私では答えられない程専門的な事は無いでしょうからあなたの出番はありません。実際今回の件もリンさんが納得する回答を用意する事は可能でした。」
「当然ね。私の書いた概要書は分かりやすかったでしょ。」
どうしてこの人はいちいち人の気に障るような言い方をするのでしょう。
「私が説明を求めたい事は先程のあなたの発言についてではありません。」
「はは。ごめんね。今朝からバタバタしていたから。一言で言うと連絡が行き渡っていなかったから、かな。」
「私が総務に報告を行ったのは今朝でしょう。時間は十分にあったはずですが。連絡が行き渡っていないと言うのはエドガーさんが予定通り来た事からなんとなく予想はついていましたが。」
「まあ総務もさっきの検査と治療の準備でうちらに付きっ切りだったからね。調査まで報告を上げる暇は無かったのかもよ。準備だって何だかんだギリギリまで掛かったから。」
あの時エドガーさんは何も知らされずにリンさんの興奮を目にした訳ですか。さぞかし驚いたでしょうが、あの機転。後で何かお礼をしなくては。
「私は最初から藪蛇だと言っていたのですがね。リンさんにそれと無く人格の調整の事を知らせて質問があったところでキチンと説明して安心させるなど。放っておけば気にする事も無いでしょうに。」
「総務も心配性なんだって。変に探られるよりかは適当な説明で納得させとこうって考えでしょ。」
「そう言えば説明も少し変更があった様ですね。」
「興奮の鎮静が予定以下だったからね。刺激の少ない内容にアレンジしといた。」
「アレンジは総務の方がされたのでしょう。自分の手柄にしないで下さい。」
「はは、失礼。まあ興奮の鎮静が予定通りでも全部正直に言う訳にはいかないだろうねえ。私達への信頼をもっと上げておけば楽なのに、総務曰くそれは人格の調整が過ぎるらしい。」
「調整をしすぎると私たちの操り人形と大差無いですからね。」
Coldに送る生物にも何らかの調整は行うつもりだ。それは環境に適応する為の身体的なものばかりではない。社会性のある生物の場合その個体の人格は社会への適応やその後の繁殖にも影響してくる。ただ、度を過ぎた調整は倫理的に問題がある。その調整の上限を図る事も今回リンさんに来て頂いた目的の一つだ。当然リンさんにも多数調整を行っている。初対面の他者とのコミュニケーションへの抵抗を減らす、物事を前向きに捉えるなどの実用の際に行われるであろうものもあれば、我々をへの信頼を高めておくと言った研究の為のものまで様々だ。
「しかしリンちゃんへの説明を"興奮を抑える"の一つで済ませるのは流石総務だな。」
これには同意せざるを得ない。
三日目
目が覚めた。今更ではあるがものすごく重要なことに気が付いた。私は元いた世界に帰れるのだろうか。まさかずっとここで暮らす訳ではあるまい。向こうにいる家族や友達にも会いたいしね。会いたいとは思ったが寂しいとは別に思わなかった。これも人格の調整のおかげかな。なんて考えながら体を起き上がらせる。昨日も見た時計のようなものを見る。おお、読める。なんて書いてあるか分かるぞ。これで時計のようなものが時計だと判明した。同時に今何時かも分かるようになった。今はだいたい七時を少し回ったくらいのようだ。
喜んでいたらマリさんが部屋に入って来た。
「おはようございます。体調はいかがですか。」
「おはようございます。マリさん、時計が読めるようになりました。今七時十一分ですね。」
「どうやら治療は上手くいったようですね。」
マリさんが微笑む。私もうれしくなる。
「身支度が出来たら食事にしましょう。用意して待っていますね。」
「分かりました。」
ベッドからおりて洗面所へ向かう。身支度を済ませるとテーブルの上には昨日も食べたパンみたいなアレがあった。そうだ、マリさんにあのこと聞いてみよう。
「あの、マリさん、」
「はい。なんでしょう。」
「私って元いた世界に帰れるんですか?」
「ええもちろん。その点に関してはご心配なく。」
ああよかった安心した。
「ならよかったです。どのくらいで帰れますかね?」
「それは、そうですね。」
妙に歯切れが悪い。
「十分なデータが得られるまで、ですかね。申し訳ありません。私の方も詳しくは把握しておらず。」
ならばしょうがない。
「そうですか。まあとりあえず帰れるってことが分かってよかったです。ありがとうございました。」
「いえいえ。こちらも正確に答えられず申し訳無いです。」
私は被験者第一号な訳だし詳しく予定がたてられないのもしょうがないよね。いつになるかは分からないけど帰れるってことだしよしとしよう。
「本日の予定は覚えておられますか。」
もそもそとアレを食べているとマリさんから質問が飛んできた。キチンと飲み込んでから答える。
「施設の見学でしたね。」
「はい。その通りです。そこで一つお訪ねしたいのですが、我々の業務を大まかに説明してから実際に施設を案内するか、もしくは施設を案内しながら我々の業務について説明するか、どちらの方が分かりやすいですかね。」
最初に概要を知っておいた方が何となく分かりは良さそうだ。まあマリさんの説明は分かりやすいからどちらでも大丈夫そうだが。
「最初に大体の説明を受ける方でお願いします。」
「了解しました。では部屋を移動しましょうか。」
昨日の会議室だろうか。
昨日の会議室に着いた。
「説明は私が寝泊まりしている部屋でしちゃダメなんですか?」
そのほうがスマートだと思うのだが。
「あの部屋はこれから掃除が行われますので。」
ならばしょうがない。まあ私程度が思いつくことなど誰かが先に考えているに決まっている。
「では簡単に、我々の行っている業務の内容について説明致しましょう。我々の仕事の目的については昨日お話したと思います。」
「はい。いろんな世界の人口が多過ぎたり少な過ぎたりしないように調節しているんですよね。」
「惜しいですね。五十点です。」
あれ?何か間違えたかな。
「人口ではなく生物数、人に限らず全ての生物の総数を管理しています。」
「あ、そうか。」
人類の種としてのうぬぼれうんぬん。いや、ちゃんと話を聞いていなかっただけだろう。反省しよう。
「間違いを正したところで、実際はどのような分担で行っているかお話しましょう。」
ここからが今日のメインだ。心して聞こう。
「我々は四つの部署に分けて仕事を行っています。その四つはそれぞれ総務部、技術部、調査部、そして私が所属します実行部と呼んでいます。」
名前で何となくのイメージはつくがよくは分からない。
「順番に説明しましょう。まずは総務部について。ここは我々のリーダーの様な部署ですね。技術部、調査部、実行部は何をするにもここの許可が必要となります。また不測の事態の際にはここに判断を仰ぎます。対応策に関して案を出すのは各部署の専門のスタッフですが最終的な判断とその責任は総務部のスタッフが持つ事になっています。」
「なんだか上司みたいですね。」
「そうですね。実際総務部のお陰で出来ている事は多いです。感謝もしていますし、同時に尊敬もしています。リンさんの部屋を用意して下さったのも総務部の方々ですよ。」
「そんなことまで。総務なだけありますね。」
「技術部、調査部、実行部の三部署が専門とする事以外はほぼ全て総務部の仕事と言っても良い位でしょう。我々の頭でもあり、同時に縁の下でもある部署ですね。では、次は技術部の説明をしましょうか。」
「昨日会ったアンさんは技術部の方ですか?」
「はい、その通りです。技術部は世界へ影響を与える方法についての技術の研究が主な仕事です。昨日お話しました世界への対処も技術部の研究の賜物ですね。」
昨日の説明では災害を起こしたり生物を進化させたり魔法を使わせたりとやりたい放題だった気がする。昨日会ったアンさんはいい人そうだったけど以外にとんでもない人なのかも知れない。
「また技術部の職員は実行部が機材を使用する際に同席する事もあります。私達実行部も使い方の説明は受けるのですが念の為ですね。長年使われている簡単な機材を使う際なんかはおられない事もありますが。」
「やっぱり複雑な機械とかが多いんですか?」
「説明を聞けば使えるものばかりですよ。原理に関しては聞いてもよく分かりませんでしたが。」
「それはしょうがないですね。」
「駆け足で申し訳ありませんが次に移らせて頂きますね。見学の際にもう一度説明は致しますので。」
「いえいえ大丈夫ですよ。」
謝られると気が引けてしまう。
「次は調査部についてですね。昨日食堂で会ったエドガーさんは調査部の所属です。」
「ああ、あの。」
昨日の気さくなお兄さんか。そう言えばそんな事も言っていた。
「調査部の仕事は世界の生物数を観測し、昨日説明した五段階に分ける事です。覚えていますか?」
む。随分と舐められたものだ。
「当然です。多いものからred、orange、green、blue、navyの五つですよね。」
「正解です。素晴らしい。」
ふふん。舐めてもらっては困る。
「それらのデータは一度総務部に送られた後、総務部と調査部が合同で各世界の対処の優先度を付けて実行部に渡されます。それと今回のリンさんの件では世界の内情についても詳しく調べていたようですね。リンさんのおられた世界意外にもいくつも調べた上での実験と聞いています。」
「じゃああらかじめ私がこっちに転生する予定だったってことですか?」
「いえ、そう言う訳ではございません。リンさんのおられた世界から誰かに来て頂く予定ではありましたが、指定した一個人を転生させる技術はまだ無い様です。ただある程度の地域の指定は出来るそうです。」
なにか理由があって私が選ばれた訳ではなく私が住んでいた地域の中からランダムに選ばれて、それがたまたま私だった訳か。なぜ私の住んでいた地域かは何となく想像がつく。私がここにわりとすぐ馴染めたのもここが以前住んでいた所とそこまで大きく差が無いからだろう。いきなり転生しても何とかなるようにいろいろ考えられているのだろう。
「これから異世界転生の技術が確立していくに連れて調査部の仕事は増えていくでしょう。次はいよいよ私の所属いたします実行部についてですね。」
マリさん嬉しそうだ。これ絶対自分の専門分野では饒舌になるタイプだ。
「長々とお話する訳にもいきませんので手短に済ませますね。」
と思ったら我慢しているようだ。自覚があるのだろう。
「まず調査部から送られてきたデータ、総務部を通してではありますが、それらを基に対処を行う世界とその対処法を決定します。この会議には私達実行部だけでなく総務部と調査部にも同席して頂きます。この会議を経ておおよその対処法が決定しましたら実行部で詳細な計画を話し合います。その話し合いの結果を総務部に提出し、許可された場合技術部に機材の貸し出しと人員の派遣を依頼します。そして機材と人員が届いた後に総務部立ち合いの下、対処が実行されます。これを幾つもの班で日程を調整しつつ行っています。」
なんだか思ったより地味だな。昨日魔法とか言っていたしもっとなんかすごいのかと思っていた。と言うか私に手伝えることが有るのだろうか。
「リンさんには実行部で働いて頂く予定です。と言っても専門的な仕事は出来ないでしょうから、簡単な書類の整理や荷物を運んで頂くと言った雑用が主になるでしょう。」
なんとか用意してくれたようだ。少しでも力になれるよう頑張ろう。
「説明は以上になります。駆け足で申し訳ありませんでした。何か質問はありますか?」
一番気になる私自身のことはさっき答えてもらった。この後も予定があることだし、無理に何か聞くことはあるまい。
「いえ、特には。たぶん大丈夫だと思います。」
「分かりました。もし分からない事が有りましたら何時でも遠慮無く聞いて下さいね。では施設見学に移りましょう。」
「でも何を見学するんですか?さっきの説明だと仕事って基本的に会議とデスクワークですよね。技術部は見てて面白そうですけど別に意味はないし。」
「今日主に見て頂く所は各部署の仕事もですが、それ以上に各部署の場所とそこへの経路をよく覚えて下さい。リンさんには他部署へのお使いを頼む事が頻繁にあると思いますので。」
「ゑ。私道覚えるの苦手なんですよね。」
「初めのうちは私もご一緒致しますので。」
「良かった。それなら安心です。」
「では案内致しますね。」
マリさんが立ち上がる。私も続く。
だいたい見て回ったがどの部署も似たような感じだった。各階ごとにそれぞれの部署が入っており、その階にはいくつもの部屋があって班ごとに振り分けられていた。その部屋には番号が振ってあったので覚えるのは簡単そうだ。
見学を終えると丁度良い時間だったのでそのまま食堂に向かう。昨日とは違いメニューの文字は読めるがそれがどのようなものかは分からない。昨日と同じものを頼む。へえ、そんな名前だったのね。
マリさんと席に着く。ではいただきます。
「そう言えばマリさん。」
「はい。なんですか。」
「私この世界のこと何にも知らないんですよね。」
先ほどのメニューの件と言い知らないことばかりだ。
「そうですね。この世界のことについてもおいおいお話していきましょう。」
「はい。お願いします。」
初めて見るもの、初めてすること。いきなり違う世界に連れてこられて訳も分からないまま働くことになったけど、周りの人は優しいし疑問には真摯に答えてくれる。元いた世界に戻れることは分かっているんだからこの世界での生活や仕事を精一杯楽しもう。不安は無い。明日からの日々に期待を寄せながら、まずはこのそこそこ美味しい食事を精一杯楽しむことにする。
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