悪魔の薬草
サクラ王国は内戦の絶えない国だった。
他民族国家であり常に争いの火種が燻っており、小さな諍いは日常茶飯事である。
そんな中、前国王が急逝し、跡目争いで国中が争っていた。
長い内戦が終わり、新たな王が即位し、国に平和が戻る中で、今まで目を背けていた問題が深刻な状態で顕れて来た。
特に深刻な問題が薬草の不足である。
内戦の中で薬草は湯水のように消費され、国内の薬草は枯渇してしまった。
王宮の人間が頭を抱える中、その男は現れた。
「私は薬草栽培を生業にしまいますモンサと申します。本日は大変すばらしい薬草をお持ちしました。」
モンサという男が持ってきた薬草は栽培が可能で生育がとても早く効き目が抜群とのことだ。
しかも魔物避けの効果を持ち獣害の被害も無いらしい。
モンサの持ってきた薬草を試しに使ってみたら今までの薬草とは比較にならない効果であった。
「栽培にはこの魔法の粉を水に混ぜて撒いて下さい。」
先ず最初に王都近くの場所で薬草を栽培してみたら1ケ月も経たない内に薬草は繁々と生えた。
サクラ王国は王国中で薬草を栽培した。
栽培が可能で生育も早く効果も抜群だ。
自国で必要な量だけでなく他国へ輸出するのも良い。
国家事業として推し進めた。
モンサという男は薬草の苗と栽培の為の魔法の粉を格安でくれ、なおかつサクラ王国への独占販売を約束してくれた。
数年も経てばサクラ王国は列強と並び立つ強国になると国中の者が思った。
「どういうことじゃ。」
一度目の薬草を収穫して、次の薬草が生えてくるのを楽しみに待てど薬草は全く生えてこなかった。
それどころか薬草を植えた地からは雑草一つ生えることは無かった。
業を煮やしたサクラ国王はモンサを呼びつけた。
「あの薬草は一代限りのもので種を残すことが出来ないのですよ。」
「なんじゃと。」
「種の状態から発芽するのに特殊な環境を要し、通常の環境からは不可能です。」
「ならばもう薬草を栽培することは出来ないということか。」
「いえ、また苗と魔法の粉を買って頂ければよいのです。ちなみに苗と魔法の粉の料金はこちらになります。」
それは今までの倍以上の値段であった。
「高過ぎるのではないか。」
「こちらもそれなりに生育に費用が掛かっており、適正な価格であると考えます。」
王国はモンサの提案に渋々応じることにした。
苗と魔法の粉を買う出費は大きいが、薬草は絶対に必要であり、また国外へ薬草を輸出すれば何とかペイすることが出来た。
最初に異変に気付いたのは猟師であった。
薬草を栽培している地の近くの森が枯れていた。
同様の現象が国内の至る所で起こっていた。
次に川には魚の死体が大量に浮き始めた。
そして森だけではなく農地も枯れた。
「何故この様なことになったのじゃ。」
サクラ国王はこの短期間で著しく老け込んだ。
国内の様々な問題に対処するのに心身共に疲れ果てたからだ。
「恐らく薬草を栽培するために使用した魔法の粉が原因だと思われます。」
「どういうことじゃ。」
「あの魔法の粉は薬草にとっては良質な肥料になるのですが他の生物には毒になるようです。」
家臣の話では魔法の粉は大地に溶け、川を伝って国内全土を汚染したとのことだった。
魔法の粉の毒性は人間サイズの生物には効果は薄いが微生物や小動物、植物には効果抜群で生態系を破壊した。
「なんということじゃ。」
王はうなだれ言葉を無くした。
「サクラ国王様、ご機嫌如何でしょうか。」
王宮が絶望に沈む中、モンサが音もなく現れた。
「貴様、よくもまあ儂の前に姿を現せたものだな。」
「そう怖い顔をせず私の話を聞いて頂けないでしょうか。そちらにも悪い話ではありません。」
モンサの話は農産物の苗の取引であった。
薬草と同じ魔法の粉の水で育ち、生育も早いというものだった。
「わし等にまだあの魔法の粉を使えというのか。」
「ですが、通常の作物はもう育たないのではないですか。こちらの苗を買えば食料問題も解決しますし、国外へ輸出すれば大きな利益を得ることが出来ます。」
サクラ王国はモンサの取引に応じ、薬草だけでなく農作物の苗も買い栽培をした。
既にサクラ王国内ではモンサが持ち込んだ植物以外の植物は全滅していた。
サクラ王国はその悪夢の光景から逃げる様に大量の作物を栽培し、国外へも輸出した。
「魔法の粉の毒性は弱いが持続的に摂取すれば人間でもやがて死に至る。そもそもそんな毒物を養分にする作物がまともな訳ないだろう。」
モンサは誰もいない小高い丘でサクラ王国を見下し静かに笑う。
彼が強欲な商人なのか人間を滅ぼそうとする悪魔なのか神のみぞ知る。