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ジモリベ  作者: 海道熊
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三 プチ起業

三 プチ起業


 (ひとし)が退職して愛知県の実家に戻ったのは、あの狩宿(かりやど)商工会議所のセミナーから一年半経っていた。

 実家では、創業関係の書籍を読み漁った。

 もう、わかりきったはずの創業を、実行に移せず、悶々と過ごしていた。

 気晴らしに隣の安城(あんじょう)市の七夕まつりに出かけた。

 夏至から約ひと月、陽が早く傾くようになった。

 真夏日が続く一週間、殆ど外出をしていないので、駐車場から駅まで歩くだけでふらふらする。

 それでも自動車でなく電車で行って正解だ。

 七夕祭りの臨時駐車場から歩かされることを考えるとぞっとする。


 駅ホームには浴衣姿の女性が目立つ。

 反対の下りの電車も窓越しに浴衣の女性で満員だ。

 七夕まつりや花火大会で浴衣が活躍する。

 上り電車がやって来た。もの凄い混みようだ。

 車内の冷房に救われたが、体調が悪化しそうだった。僅か五分の乗車時間が長く感じた。

 ホームに降りると浴衣女性の中に野郎一人だ。

 人によっては喜ぶべき状況かも知れないが、仁には居場所のない小恥ずかしさを感じる。

 回れ右しそうになる自分に言い聞かせた。

 今日は物見遊山に来たのでない。創業のための調査に来たのだ、と。

 安城市七夕まつりに最後に来たのは学生時代だ。就職して殆ど県外に住んでいたからだ。


 何年かぶりに来てみると、やはり変わっている。

 学生時代に路上ライブはなかったはずだ。

 ジャバ代払ってないだろうなぁ。

 屋台のおっさんに袋だたきにされないかなと心配していたら、路上ライブは屋台のお姉さんが子供を座らせる場所だった。結局託児所になっちゃうんだ。

 そんな勝手ライブの他に、まつりの公式ライブがあった。

 出演者は地下水。

 変な名前だ。でもポスターの女性はかわいい感じだから少し聴いていこうか。

 コンサートやライブに行ったことがない。

 人混みが苦手だからだ。

 だから今日はライブ初体験。

 期待通り、ボーカルの女性はかわいい。

 しかし仁は彼女よりもキーボードの男性、そのコンピュータの使い方に興味が湧いた。


 デジタルの世界から足を洗えないな、仁は地下水のライブを聴きながらそう思った。

 創業を急がなきゃ。

 キーボードの男性に刺激を受けた。


 住民票を実家に移す手続きをしたとき、健康保険と国民年金の手続きもした。

 先月までは厚生年金で今月から国民年金ということを、うろ覚えの知識でなく実地で理解した。

 運転免許証も住所変更して、図書カードを作ってひとしきりの創業関係書を借りた。

 七夕まつりの夜から翌日丸一日かけて事業計画を作りあげた。あとは、この通りに実行すればいいだけだ。

 創業の本はどれも似たり寄ったりだ。

 一冊目は、書いてあることが目新しくて、一言一言にうなずきながら読んだが、二冊目からは新たな知見に遭遇しない。四冊目当たりからパラパラ漫画風にページをめくっただけだ。


 どの本も仁が一番知りたいことを教えてくれない。

 仁が描いている事業のプロジェクトの立て方である。

 日程管理は仕事の基本と教え込まれた。

 情報通信技術(ITC)企業なので自社開発したプロジェクト管理の情報システムもあった。

 仕事ではこのシステムを使って、プロジェクトメンバー全員の進捗管理をし、仕事の割り当てをしてきた。

 今どき、職種に関係なく、個人でもToDoリストで管理する時代である。そういうものがなくて商売をやっていけるのか、仁には疑問だった。


 さんざん経験したプロジェクト管理の手法を活用して自分なりに立てた事業計画である。仁の事業計画はタスクリストの塊である。

 当面のことはToDoリストに、三年後まではフローチャートのようにIfThen形式で考えられる場面を想定した実行計画に、それぞれ書き込んだ。

 ちなみに、仁のように想定される状況をあらかじめ織り込んだ計画をコンティンジェンシー・プランという。


 今日すべきことは沢山ある。

 ①事業用口座に使う銀行印を発注する。

 ②自社ホームページ制作に着手する。

 ③会社案内のリーフレットをデザインする。

 ④名刺の台紙を購入する。

 ⑤名刺をデザインする。

 明日は商工会議所の飯島へ挨拶に行く、数日の内に銀行印ができあがったら口座を開設する、会社用のスマートフォンを契約する、といった具合にやるべきことがリストにまとめられている。

 その事業計画書の表紙は屋号を特大のフォントサイズにした。


  i仁


 ホームページ制作で食いつなぎながら、モバイルアプリのヒット作品を開発するのが仁の事業の骨子だ。

 ベストテンに入るヒットをめざすのでなく、そこそこ人気のある作品を幾つか開発して、収益にする。ソフトウェア開発を続けるのだ。

 将来の収益の柱は、クラウドコンピューティングを活用したシステム開発だ。

 アイデアはまだないが、一年かけて市場を理解し、将来の潜在ニーズを掘り起こすようなシステムを作ることが当面の目標だ。

 晴れ晴れした気分でお墓参りした。

 積雲の白さが一層眩しい澄んだ青空。仁の心を反映しているかのようだ。

 リスクが大きいけど夢も大きい起業。

 日米のIT創業者に近づけるかなと思ったりもした。


 情報系の技術者が、当面の生活の糧の一つとしてウェブデザインを生業にする。

 情報システム開発でプログラムのソースコードを扱っている彼らは、プログラムの文法の考え方を理解している。だからホームページの文法も、ホームページに動きをもたらすスクリプト言語もすぐに習得できる。仁もそんな一人だ。


「ウェブデザイナーとして商売を始めようと思いますが、企業ホームページ製作の問い合わせってありますか?」

 かつてのセミナーの伝手で狩宿商工会議所の職員、飯島に問い合わせた。

「たまにありますね」

「問い合わせがあったら、どうされるのですか?」

「会員事業所さんを紹介します。

 ホームページを作ってくれる事業所さんを」

「そういう会社、何社もあるんですか」

「広告会社さんや印刷会社さんの中にはホームページを作られているんですよ。

 私が知っている範囲では五社くらいかな」


 意外と同業者が多い。

 仁の事前調査では、狩宿商工会議所の会員事業所にウェブデザイン専業はない。

 ウェブデザインを手がけている五社とは、他に中核事業があり、ウェブデザインはその周辺サービスという位置づけだ。


 競争の厳しさを覚悟した。

「会議所では、ホームページを作る会社を知りたいという問い合わせがあれば、ホームページ制作に取り組む会員事業所を紹介することがあります」

「紹介してくれるのですか!」

「でも、数十万円の費用を聞いて尻込みする会員は多いのですよ」

「高いということですか?」

 仁は各社が設定している制作費の高さに、参入余地があるように思えた。

「開業されるのですか?」

「多分、そうすると思います。どうも会社勤めは向かないようですから」


 ひたむきさに欠ける、飯島の印象である。

 自分のことなのに、他人事のようだ。

 よく言えば、冷静とか、自分を客観的に見ているとかなのだが、主体性が感じられない。

 これでは開業しても行き詰まるだろう。

「開業を決められたら、私に言ってください。

 開業されるとなると資金が必要になります。

 創業融資や補助金の相談にのります」


 仁も国や県の支援制度についてざっくりと調べた。

 制度をうまく活用するために、本腰を入れて調べようと思っていたところだ。

 創業関係の書籍はいくらでもあり、きちんと読めば何とかなるはずだ。

 このタイミングでの飯島の申し出は渡りに船、自分の運がいい方へ回り出したかな、と期待が膨らんだ。

 ハローワークはどうしよう?

 期待が膨らむと煩わしいハローワーク通いが鬱陶(うっとう)しくなった。


 失業給付金。


 仁の約五年の勤務年数は給付を受けるに十分な資格を有する。

 ただし自己都合なので給付制限が課される。所定の期間は給付されないのだ。

 ネットには、自己都合でも支給制限を逃れるノウハウ伝授のページが溢れている。

 適法なのだろうが、仁が取るべき行動でなはいと心の声がする。

 その声が一段と大きくなったのは、ハローワークでだ。

 モニター画面に表示される求人情報を見つめる人や順番待ちの人達が発する空気を息苦しく感じた。

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