事件
ここは甘味処のみつ豆。
創業30年で、自家製の抹茶が評判の店だ。
店主の名は松野。
かなりの高齢のため、近頃は店の奥に引っ込んだまま出てこない日もある。
「ワシもそろそろ引退じゃな」
「何言ってんスか! 松野さんの入れたお茶を飲みにお客さんが来るんですよ。 まだまだいてくれなきゃ」
「そうそう、寝言は寝て言わないと。 じいちゃん」
この店には松野の他に2人の弟子がいた。
一人は今年で30になる三ツ矢。
元々飲料メーカーの営業をしていたが、営業成績が伸びず落ち込んでいた所、バーで松野と出会い、そのまま弟子入りを果たす。
もう一人は高校を卒業したばかりの松野ヨモギ。
松野の孫娘で、就職せずにフリーターをしていた。
コンビニより時給がいいとの理由でここで働いている。
ある日、3人で昼食を取っていると、気になるニュースが流れてきた。
テレビのアナウンサーが記事を読み上げる。
「今日、脱法ハーブの取り締まり強化について、法案が可決されました。 このテロップに記されている植物の自家栽培が全面的に禁止となります」
カメラがアップになり、テロップを映し出す。
その中の項目を見て、三ツ矢が叫んだ。
「えっ! お茶っ葉も入ってるじゃないか!」
そこには、リラックス成分を多量に含む茶葉の栽培禁止と書かれていた。
「おいおい、こんなの農家が暴動起こすぞ……」
「まあまあ、私の入れたお茶でも飲んで落ちつきなよ」
ヨモギが3人分のお茶を入れて持ってきた。
三ツ矢の前にコップが置かれる。
「やけに深い緑だな…… 前はすげぇ薄かったし」
「まあまあ、飲んでみなされ」
「……グイ」
……酸っぱいだと?
事件は翌日起こった。
突然、国からの査察がやって来たのである。
「抜き打ちで検査にやって来た。 こちらで栽培している茶葉を一枚頂きたい」
査察官は2名。
一人はスーツを着た男で、もう一人は白衣を着ている。
対応に当たったヨモギは慌てて三ツ矢を呼んだ。
「本当に来ましたよ…… 松野さん、どうします?」
「渡すしかないでしょう」
三ツ矢は畑から一枚茶葉をむしり取り、査察官に渡した。
査察官はその茶葉をちぎり、特殊な溶液の入っている試験管の中に入れ、光にかざして眺めた。
「……アウトですね。 営業停止です」
「ちょ、待って下さい! 何を根拠に……」
「茶葉に含まれているリラックス成分が規定値を超えています」
問答無用で営業停止。
国からの命令に逆らうことは出来なかった。
査察官が帰った後、3人は呆然と立ち尽くしていた。
営業停止。
その日から、みつ豆の店の前には準備中の看板が立てかけられ、営業中に変わることは無かった。
「コンビニに戻ろうかな……」
ヨモギがテーブルに突っ伏したままつぶやく。
「……」
三ツ矢はテレビを睨みつけたまま微動だにしない。
そして、口からある言葉が発せられた。
「やるしかねぇ…… ニューヨークに出店するんだ」