8話
マリアナの屋敷に家庭教師のセアラが来るようになってから、また、一週間が過ぎた。マリアナは暇さえあれば、セアラから与えられた課題をしたり、簡単な刺繍や編み物をカリンから教えてもらったりしていた。今までの趣味であった読書や日向ぼっこはしばらく、お預けで散歩をする程度に留めていた。
今日も今日とて課題を解いた後で大公家の家紋である鷲と杉の葉の紋章をハンカチにする予定の布地に一針ずつ、入れて刺繍の練習をしていた。
「…お嬢様。シグル殿下が来られていますよ。何でも、王宮にどうしても来てほしいとの事で」
カリンが浮かない顔で部屋のドアを開けて知らせてきた。マリアナは進めていた針を止めて玉留めをした。糸を鋏でチョキンと切りながら、針を針山に刺し直した。ようやく、顔を上げると答えた。
「シグル様がね。わかった、身支度をするから。しばらく、待っていただきたいと言っておいて」
「わかりました。お伝えしますね」
カリンは頷くとドアを閉めて部屋を出て行った。マリアナは立ち上がると自分で髪をブラシで梳かした。
白銀の髪は見かけによらず、堅くてそれでいて絡まらない程にサラサラとしている。それのおかげで香油を十分に染み込ませてからでないと髪を結い上げにくいのだ。
ため息をつきながらも鏡台に置いてある香油を手にとり、見入ったのであった。
しばらくして、マリアナは薄い緑色に銀糸で蔦草模様や小花が刺繍された派手ではないが。上品なドレスに腰まである髪をヘアピンなどを使ってアップにした髪型で部屋を出た。
これを見た弟のアンソニーは女は化けるんだなと思った。まあ、直接言おうものなら、長姉のマルグレーテことレーテからお説教が待っているので胸中で呟くだけだが。
そんな弟をしり目にマリアナは階段を降りて応接間にて待っていたシグルの元にたどり着いた。手紙でやりとりはしていたが。直接会うのは二週間ぶりである。
シグルは見る人によっては驚く程の甘い笑みを浮かべた。
「…やあ、久しぶりだね。何か、前よりも見違えたように思うよ」
「…そうでしょうか。いつものシャツとズボンの方が動きやすいのですが」
「え、マリアナ。シャツとズボンって。どういうこと?」
キョトンとした顔でシグルは問いかけてくる。しまったとマリアナは口を閉ざした。が、時は既に遅かった。
シグルはじっとマリアナを見つめる。気まずい空気が辺りに漂う。
「……マリアナ。どういう事か聞かせてくれるかな?」
シグルはにっこりと黒い笑みをしながら、もう一度、問いかけた。マリアナは冷や汗が背中に流れそうな心地がした。
(お父様、お母様。助けて、シグル様がなんだか怖い!)
胸中で叫びながらもぎこちなく笑いかけたマリアナであった。