45話
シグルとルーデンスというらしい男性は睨み合う。
マリアナはシグルから遠ざかろうとした。それくらい、今の彼は怖かった。が、シグルは肩を掴んで引き留める。
「……どこへ行くつもりだ。マリアナ。ルーデンスにとりあえずは挨拶をしろ」
いつにない乱暴な口調にマリアナは余計に怖いと思う。体が震えだす。誰も遠巻きにするだけで助けてはくれない。
「……は、初めまして。皇太子殿下の婚約者のマリアナ・ラインフェルデンと申します。以後、お見知りおきを」
「ふうん。挨拶はまあまあだな。お前、やっぱりラインフェルデン公爵の娘だったのか」
「ルーデンス様でしたか。私、ちょっと体調が良くないので。これで失礼しますわ」
そう言ってマリアナはその場を後にしようとする。が、運悪くシグルに止められた。
「マリアナ。ルーデンスは俺の幼なじみでな。いとこなんだ。母方の伯父である現シンフォード公爵の息子だ」
「え。私を助けてくださったエルリック様のご兄弟なのですか?」
「そうだ。ルーデンスは俺より2歳下で18歳だ。マリアナと同い年だな。エルリックは4歳上の兄になる」
シグルの説明でやっとルーデンスの正体がわかった。が、あの優しかったエルリックとは似ても似つかない。それが顔に出ていたのかシグルは苦笑した。
「……ルーデンスはこの通り皮肉屋でな。性格も捻くれているが。仕事は的確で公正だぞ。だから部下として扱っているんだが」
「成る程。ルーデンス様はお仕事の面では優秀なんですね。けど何故、私には突っかかってくるんでしょう?」
「ああ。それは。奴は男色家でな。女性には一切興味がないらしい。なんでか、俺が好みだと公言して憚らないしな」
男色家という言葉にマリアナは目を見開く。道理でと納得できた。つまりは自分は恋敵扱いらしい。
「……殿下。何、女といちゃいちゃしてるんですか。俺とも話してくださいよ」
「……お前と話していたら何かが減る気がしてな。すまんが。マリアナを外に連れて行く」
「ちぇっ。わかりましたよ。どこかに良い相手がいないか探してきます」
「ああ。まあ、適当にな」
「それでは失礼します」
最後にルーデンスは綺麗な一礼をしてその場を後にした。マリアナもシグルに連れられて他の場所に移動したのだった。
「マリアナ。さっきはすまなかった」
「シグル様。そんな謝らなくていいです。逃げようとした私も悪かったですし」
「それでも。婚約者としては守るべきだった。怖がらせるのは論外だ」
そう言ってシグルは頭を下げた。マリアナはふうとため息をついた。
「わかりました。シグル様の気持ちは受け取っておきます。でももう謝らなくていいですよ」
マリアナがにっこりと笑って言うとシグルは下げていた頭を上げた。そして彼女の体をそっと引き寄せて抱きしめた。マリアナは驚いて身を固くする。シグルはうぶな彼女に笑いながら頭のてっぺんにキスをしたのだった。