42話
マリアナは奥宮にとうとう移る日を迎えた。
カリン、フイルにジェシカの三人も一緒だ。荷物も持ってもらい、後宮の門を潜る。
「ここを通れば後宮です。マリアナ様、もう以前のようには自由は減るでしょうね」
フイルが言えばジェシカも同意した。
「ええ。後宮では太公妃様が一番のお方。皇太子妃ともなると太公妃様に外出の許可をいただくことになります」
「…確かにその通りなのよね。けど、太公妃様はお優しいからちゃんとお伝えすれば許可はいただけそうだけど」
マリアナが言うとフイルとジェシカはため息をついた。
「お嬢様。メアリアン妃殿下はお優しい方ですけど。それでも失礼のないようにお願いしますよ」
カリンが言う。フイルとジェシカは苦笑いだ。
「まあまあ。カリンさん、マリアナ様も気をつけられるでしょうから。そんなにきつい言い方しなくても…」
「お二人はご実家でのマリアナ様を知らないから言えるんですよ。この方ときたら、お部屋ではつぎはぎのシャツとズボン、髪はボサボサのひっつめ髪で。しかもビン底眼鏡ときました。研究やお勉強と言って日がな一日中お部屋に籠って。本や変な置物だらけだし。お掃除がどれだけ大変だったか、わかりますか?」
「そこまでだったんですか。けど、マリアナ様が博識で知性的なのは確かですよ。まあ、ここでは外出さえしなければ本を読むくらいは自由だと思います」
「…それでもです。マリアナ様の引っ込み思案な所と口下手な所は簡単には治りません」
カリンのあまりのいい様にマリアナは複雑になった。
フイルとジェシカはマリアナを可哀想なものを見る目で視線を送ってくる。仕方なく口を開いた。
「カリン。そこまでにしてちょうだい。周りの人たちに聞こえたらどうするの」
「…すみません。つい、やり過ぎました」
「やり過ぎというより言い過ぎでしょう。今度からは気をつけた方がいいわ」
カリンはもう一度すみませんと謝った。フイルとジェシカも何とも言えない表情をしている。四人とも無言で廊下を歩き続けたのだった。
やっと、奥宮に用意された部屋にたどり着いた。マリアナの好みを聞いていたのか壁紙や絨毯の色は薄い緑色に統一されていた。調度品なども飴色に輝いていて上品な雰囲気になっている。フイルとジェシカ、カリンは早速持っていたカバンやスーツケースを絨毯の上に置くと中にある物を取り出し始めた。
そうして、テキパキと三人で部屋でも寝室に通じるドアを開けて箪笥などを確認する。あるとわかるとワンピースやドレス、カーディガンにローブなどをしまい込んでいく。
細々とした小物や生活用品なども棚にしまう。マリアナはする事がないので応接室にあるソファで侍女達の働く姿を眺めていた。
三人の中で早めに仕事を終えたフイルが手早く紅茶と胡桃入りのクッキーを用意してくれた。
「放っていてすみません。これとクッキーを召し上がってください。お嬢様がポットに淹れてある紅茶を半分は飲まれるまでに荷物の整理を終えてしまいますので」
「わかったわ。ありがとう」
マリアナがお礼をいうとフイルはでは失礼しますと言って荷物の整理に戻って行った。それを見送ったのだった。