4話
マリアナは目の前に立っている青年を見て硬直した。不思議な色合いの瞳は自分よりも深みと温かみがあって人を惹きつけるものを持っている。
「…マリアナ。あまり、ジロジロと見るものではありません。失礼にあたりますよ」
小声で母のレイラに注意をされる。慌てて、マリアナはドレスの裾を両方の手で摘んで頭を下げた。膝を横に軽く折り曲げるのも忘れない。
「…は、初めまして。ラインフェルデン公爵の次女でマリアナと申します。以後、お見知り置きを」
丁寧に挨拶をすると青年も片手を胸に当てて浅く礼をした。騎士などがする挨拶の仕方だとはマリアナにもわかった。
「こちらこそ、初めてお目にかかるね。現大公の第一公子で名をシグル・ヴェルナードという。皇太子を務めてはいるが。まあ、仲良くして頂けるとありがたい」
互いに自己紹介を終えると父のアルベルがこう言った。
「殿下。今日はよくお越しになりました。父君と母君から、娘のマリアナとお見合いをしたいとご要望があった時は驚きましたよ」
「…ああ。公爵、マリアナ嬢とはお見合いどころか、婚約が王宮で内定しましたから。母がラインフェルデン公爵家のご長女は既に恋人がおられるから、次女の方にしなさいと仰せで」
殿下が放った一言にマリアナはまた、硬直した。
なんだ、その理由は。失礼だとわかっていながらも胸中で言うくらいは許してもらいたい。
本当は姉に持ってくるはずの縁談だったのに、恋人がいるとわかってついでで妹に回したというのはいただけない。公子殿下の言っている事を聞いているとそういう風に聞こえる。
マリアナが考え込んでいると父のアルベルと母のレイラが顔を見合わせる。娘が納得しきれていないのに気が付いたらしかった。
「…あなた、これからどうしましょう?」
「そうだな。公子殿下とマリアナは初対面だしな。二人きりにしたら、後で文句を言われそうだし」
アルベルはふむと唸りながら、顎をさする。レイラも片頬に手を当ててマリアナと殿下を見た。
ガチガチに緊張した娘を放っておいたら、可哀相だし。それに後で文句を言われるのは確実だし。
二人も考え込んでしまい、部屋には沈黙が降りる。居心地悪そうに殿下は小さくため息をついた。
「…あの。公爵、夫人も。唐突ではありますが。マリアナ嬢を庭にお誘いしてもよろしいでしょうか?」
殿下は思い切ったように口にした。最初に反応したのはアルベルであった。
「あ、ああ。庭にですか。わかりました、では。殿下に娘のエスコートをお願いしましょうかな」
「ええ。それが良いですわ。お二人で行ってらっしゃいな」
両親が同時に頷いて了承の意を示した。受け入れてもらえた事にホッと胸をなで下ろすと殿下はマリアナに近づき、にっこりと笑いかけた。
「では、行こうか」
「…は、はい。わかりました」
慌てながらも返事をマリアナはした。庭へと向かったのであった。