38話
シグルから解放されてマリアナはカリンと共に客室に戻った。
二日間ほどしか経っていないが長く感じられる。やっと、一息つけるとマリアナはソファに身を沈めた。
カリンがお風呂に入るように言った。それに頷いて立ち上がる。
「マリアナ様。お風呂の用意を今からしますので。着替えも脱衣場に置いておきます」
カリンがてきぱきと言って浴室に向かった。それを見送りマリアナはふうと大きく息をつく。
マリアナはシンフォード公爵家の子息のエルリックを思い出した。無愛想で素っ気ないが性格は悪い人ではなさそうだ。シグルが元気そうで良かったとも思う。
だが、シェイドの起こした事件はどうなるのだろうか。マリアナは不安な中でカリンを待ったのだった。
入浴をすませてマリアナは軽く夕食をとる。カリンが気を利かせてサンドイッチとコーンスープを用意してくれた。お菓子は夜中だと太るからと食べさせてはくれなかったが。
それでもサンドイッチを食べてスープを飲んだら人心地ついた。
先代の大公の宮殿で食事をもらった。が、気持ちが急いてしまっていてそれどころではなかった。今になってお腹が空いていた事を思い出す。
夕食を終えるとマリアナは早いが寝ようと立ち上がる。
不意に窓がコツコツと鳴らされた。変に思って様子を見た。そうしたら、見知らぬ黒い人影がある。
マリアナは窓を開けようとした。その時にバンッとドアが大きな音を立てて開いた。
慌てて窓から離れる。
「マリアナ。その者を中に入れるな!」
怒鳴りつけたのはシグルだった。マリアナの肩を掴んで後ろへ退がらせた。驚いて彼の腕を掴む。
「あの。シグル様、あの者は何者ですか?!」
「…質問は後にしてくれ。とにかくこの部屋から出るぞ!」
シグルはマリアナの手首を掴んで寝室から急いで出た。ドアを閉めて走り出す。
応接間を駆け抜けてマリアナは客間から離れた。シグルは廊下に着くと自室に向かって走った。マリアナも引きずられるようにしながらも後を付いていく。シグルは自室に入ると応接間を抜けて寝室のドアを開いた。内鍵をかけてから自身の神力で防音の術と侵入者避けの結界を展開する。無詠唱でするとマリアナの手首を離した。
「…すまないな。マリアナ、とりあえずは結界を張っておいた。ここなら安心だ」
「わかりました。シグル様、あの窓を鳴らしたのはユリア様が放った刺客ですか?」
「そうだ。シェイドが監禁されたと聞いて慌てて刺客を放ったんだろう。マリアナの部屋に探知魔法をかけておいて正解だったよ」
シグルが言うとマリアナは驚きのあまり金と銀の混じった瞳を見開いた。魔法という馴染みのない言葉を聞いたからだった。
「魔法をシグル様は使えるんですね」
マリアナがぽつりと言うとシグルは頷いた。「ああ。ヴェルナード国内でも俺並みに使えるのはごく少数だがな。父や兄弟達も神力が強いんだ」
「じゃあ、リナリア様が治癒と予知の力があるのも本当なんですね」
「そうだ。初代の大公や大公妃ほどじゃないが公家の人間は魔法を使える。母のメアリアン殿下は使えないがな」
はあと言うとシグルはマリアナの頭を撫でた。
「今は客間に行くのはやめておいた方がいい。すまないが俺は応接間で寝るから。ここを使いな」
「すみません」
シグルは謝らなくていいと言うと立ち上がる。寝室を出ていき、マリアナは一人残されたのだった。