37話
カリンはマリアナの後ろに近づいた。そして、声を大きく張り上げた。
「も、申し訳ありません。けど、事は急を要するんです。ちなみにこちらの馬車の紋章をご覧くださいな。後、こちらのお嬢さんはわたしの知り合いです。王宮に新しく入った侍女さんで」
「知り合いね。本当なのか?」
「はい。マリアというんです。実はシェイド様付きでして。少し休暇をいただいていたので実家に帰っていたんです。今回、王宮に戻ってくるようにと要請がありましたので。わたしも付いてきました」
ぺらぺらとカリンは嘘をしゃべった。が、衛兵はふうむと唸りながらマリアナとカリンを交互に見る。
「そうか。君たちはシェイド殿下付きの侍女か。殿下は兄君の犯人探しでお忙しいはずだから。早めに戻った方がいいだろうな」
衛兵はそういってから門を開けるように同僚に声をかけた。ゆっくりと門は開かれた。カリンとマリアナはお礼を言いながら中に入る。が、衛兵はすぐに馬車の紋章を見て大公陛下ことサミュエルに知らせるように手配をしたのだった。
王宮に入り、カリンはシェイドの部屋に行かずにシグルのいる宮にマリアナを連れて行く。道順はカリンも部下から提出された地図で頭に叩きこんでいる。シグルのいるはずの私室の前に来るドアをノックした。
中から返事があるとカリンはマリアナの名前と自分の名前を出した。すると、ドアが開かれて中から見覚えのある青年が立っていた。黒髪に紫の瞳はシグルだった。マリアナは少しやつれてはいるが元気そうな彼に何故か涙が出る。安堵や不安やらがない交ぜでそのせいかもしれないと思った。
シグルはドレス姿ではない婚約者を見て驚いたらしかった。
「…もしかして。その髪と瞳の色はマリアナ?」
「ひっく。ええ、そうです」
泣きながらもやっとの事で答える。シグルはマリアナの手をいきなり掴むとぐいと引き寄せた。気づけば、彼女は腕にすっぽりと収まっている。抱きしめられたのだとすぐに気づいた。
「よかった。この三日間は本当に心配で心配で。夜もろくに寝られなかったよ!」
「すみません…」
「謝らなくていいよ。カリンやマリアナが二人とも捕まったと聞いた時は気が気じゃなかった。けど、無事で本当に良かった!」
シグルはそう言いながら強くマリアナを抱き寄せた。マリアナも懐かしい温もりに包まれて余計に力が抜けて涙も出る。
カリンはしばしの間、それを見守っていた。
「あの。お二人とも喜んでおられる中で申し訳ないのですが。シェイド殿下がいつ手出しをされるかわかりません。シグル様、調査は進んでいますか?」
カリンが抱き合ったままのシグルとマリアナに問いかける。マリアナはコンタクトレンズがゴロゴロするなと思いながらもシグルから離れようとした。が、彼は腰にしっかりと腕を巻き付かせていて離してくれそうにない。シグルは平然としながらも答えた。
「…ああ。進んではいる。シェイド付きの侍女が吐いたよ。何でもスノーヴァ侯爵の娘のユリアの侍女を王宮に潜り込ませていたらしい。そいつがわたしに毒を盛ったとか」
「なるほど。シェイド殿下はいかがなさいました?」
「今は父上の命によって騎士たちの見張り付きで自室にて監禁中だ。シェイドも観念したのかおとなしくしている」
カリンがそうでしたかと言うとシグルはにやりと笑った。
「スノーヴァ侯爵には手こずらされたよ。娘のユリアはもともとシェイドは眼中になかったらしい。わたしの正妃に収まりたかったようだが。断ったので腹いせに毒を盛ろうと考えたようだな」
「まあ、わがままなお嬢様の考えそうな事ですね」
カリンは呆れ混じりに呟いた。シグルもそうだなと答えたのだった。マリアナもユリアの考えの恐ろしさに震えた。