36話
マリアナは急いで身支度をした。髪を動きやすいように一本の三つ編みにして服も普段着ているがボロボロではないシャツとズボンに替える。カリンにも動きやすい服装に着替えるように言ってあった。素早く彼女も着替えて髪を高い位置で一つに束ねていた。
「カリン。準備はできたわね?」
「ええ。できています」
カリンは頷いた。マリアナも頷くと二人で部屋を出る。
実はマリアナとカリンの着ている服は大公陛下と公妃陛下が用意してくれたものだ。何でもこちらの離宮にマリアナたちをかくまう事を決めた際に王宮に連絡して彼女らの荷物を極秘に運び込ませたらしい。マリアナが普段使いで着ているものをフェリカが出して保管してくれていた。今日になってそれが役立った。
「お嬢様。馬車に乗ったら王宮ですね。シグル殿下に何かあったと考えたらいいんですか?」
「ええ。ただの勘だけど。シェイド様はただで諦めないと思ったの。だから、王宮に行って確かめないといけないと思って」
「なるほど。わかりました。だったら、走っていきますよ!」
カリンはマリアナの腕を掴むといきなり走り出した。驚きながらも付いていったのだった。
ぜえぜえと言いながら用意されていた馬車に慌てて乗り込んだ。御者が手早く出発させる。
「シグル様、大丈夫かしら」
マリアナは馬車が動き出した後で呟いた。カリンが痛ましい目で見る。
「お嬢様…」
「シグル様に何かあったら耐えられないわ。大公陛下やメアリアン様がおられるけど。それでも心配なのよ」
「確かに心配ですね。シグル殿下はお嬢様の事を好いておられますから」
そうねとマリアナは頷いた。がらがらと馬車の車輪が鳴る。離宮から王宮までは半日ほどかかるときいた。
その間に何事もないように祈るしかできない。カリンも悲痛な顔で窓の景色を見るしかなかった。
半日近くが経ち、王宮にやっと辿り着いた。御者も途中で馬を休ませたり食事に用を足す時以外はひたすら馬車を走らせている。が、馬がさすがに駄目な時は馬を取り扱う店で交換させたりもした。
そうしながらも王宮に着き、マリアナとカリンは馬車から降りる。ふらふらではあったがすぐに門の衛兵にシグルの名前を出して取り次ぎを頼んだ。
「…はあ。皇太子殿下にですか。でも本当に婚約者のマリアナ様でいらっしゃいますか?」
衛兵はじろりとマリアナを睨みつける。カリンはしまったと思う。マリアナの普段着を見て誰も皇太子殿下の婚約者だと気づかない事を忘れていた。通常時であれば、ドレスアップをして髪も結い上げているので気づいてくれていたが。
どうしようかとカリンは必死に考えを巡らせたのだった。