32話
レイシェル自らに案内されながら中に入ると初老とおぼしき家令と五人ほどの侍女が玄関ホールで出迎えた。家令は深々と頭を下げて挨拶をする。
「ようこそいらっしゃいました。ラインフェルデン公爵家のマリアナ様ですね?」
「ええ。マリアナは私だけど」
「でしたら、侍女に部屋を案内させます。それと侍女殿も休ませた方がよいでしょう」
「ありがとう。助かるわ。そうさせてもらえるかしら?」
「かしこまりました。では、フェリカ。マリアナ様たちを二階の客室に案内を。頼みますよ」
フェリカと呼ばれた小柄な侍女が前に出る。
「わかりました。ではお嬢様方、こちらでございます」フェリカに案内されて二階の客室に移ったのだった。
そうして、フェリカが連れてきてくれたのは日当たりの良いクリーム色を基調とした品の良い部屋だった。壁紙も細やかな蔦模様に下地は淡いベージュ色で派手さはないが落ち着かせてくれる雰囲気があった。家具も必要最低限な物だけにしてありシンプルだが殺風景ではない。
「では、お嬢様と侍女殿はお湯を使ってくださいませ。着替えと軽食を用意しておきます」
「わかりました。色々とありがとう」
マリアナがお礼を言うとフェリカは嬉しそうに笑いながら退出した。カリンと二人で部屋の中を確認したのだった。
その後、マリアナとカリンは二人で一緒にお湯を使った。カリンがマリアナの髪や体を洗い、後で自身も同じようにする。手早くすませてから浴槽にお湯が張ってあったので浸かった。ゆっくりとしてから上がる。
「ふう。お嬢様、髪はわたしが拭きます」
脱衣場に入る時にカリンが声をかけた。マリアナはこくりと頷く。
「ありがとう」
お礼を言ってマリアナは急いで籠に入っていた下着を身につけてベージュ色のワンピースを着た。前で大きなリボンを結んで着るタイプのもので一人でも着られた。
フェリカが用意してくれていたらしい。後、カーディガンを羽織って先に部屋に行った。カリンが遅れてやってくる。鏡台に来るように言われて椅子に座った。
ブラシで髪を梳いてもらい、カリンは手早く髪紐で低い位置にまとめた。ぐるぐると巻くようにしてピンで留めていった。最後にコームで一纏めにしてシニヨンという髪型にする。アップにしたのでマリアナの白いうなじが見えた。
「できました。マリアナ様は髪が硬くていらっしゃるから香油を使わないと柔らかくならないんですよね。今回は石鹸とトリートメント剤を使ったのでしっとりとした感じになりましたけど」
「カリン。今は非常事態よ。のんきにしている場合じゃないでしょう」
「まあ、そうなんですけど」
ふうとため息をつきながらもマリアナはそれ以上は言わずにおいた。カリンは首筋を隠すためにショールを手渡したのだった。