25話
マリアナはその後、朝までシグルと過ごした。彼の寝室でだ。当然ながら侍女のジュライやカリン(後で要請があって来たらしい)がイライラした状態で迎えに来た。
シグルはこっぴどく後でジュライたちに叱られたらしい。彼は後にそうこぼしていた。
マリアナは自室に戻るとしきりにジュライとカリンに無体な事はされなかったかと聞いてくる。それには何とか大丈夫と答えておいたのだった。
「…マリアナ様。シグル殿下に毒を盛った犯人についての手がかりが見つかったそうです」
カリンがそう言って一通の手紙を持ってきた。宛名にはマリアナの名前がある。
受け取って裏面を見たら現大公妃のメアリアンの名前が記してあった。それを見てマリアナは何事だろうと首を傾げる。
それでもペーパーナイフを使って中の便箋を出して内容も確かめた。こう書かれていた。
<マリアナさんへ
今日、このようにいきなり手紙を送る非礼を許してくださいね。実は息子のシグルに毒を盛ったらしき侍女で三人候補があがったの。
そのうちの一人はあなたの所のカリンという侍女でね。それであなたに知らせようと思って手紙を書きました。でも、カリンは由緒あるラインフェルデン公爵家の侍女だし。
心配はないと思います。けど、何故カリンがリストにあがったかというとね。毒が割と入手が困難なもので商家の出身で珍しい交易品なんかも見た事があるカリンであればという理由があるらしいわ。
もう一つはシグルが弟のシェイドとお茶を飲んでいた時にカリンとよく似た侍女の姿を見たという騎士が数名いて。
だから、余計に怪しまれているのよ。マリアナさんは覚悟をしておいてね。では体調には気をつけて過ごしてください。
メアリアン・ヴェルナード>
マリアナは最後まで読んで目眩を起こしかけた。それを無理矢理、歯を食いしばる事でやり過ごした。
カリンは青白い顔でこちらを見ている。既に手紙に書かれている内容は知っているらしい。
「カリン。メアリアン様のお手紙にあなたに皇太子殿下の暗殺容疑がかかっているとあるの。それは本当なのかしら」
マリアナが静かに問うとカリンはうな垂れた。しばらく、部屋には沈黙が降りる。
「そうですか。確かにシグル殿下は嫌いでしたけど。暗殺するだなんて大それた事はできません」
「そう。そうよね、カリンはあの日はうちにいたのだし。大丈夫よきっと」
マリアナは自身に言い聞かせるように言う。カリンは苦笑する。仕方がないと言わんばかりに。
だが、無情にもカリンはマリアナの部屋に入ってきた女騎士達によって引っ立てられていく。それを見送るマリアナは無表情であった。
外ではいきなり突風が吹き始めた。びゅうと音が鳴り部屋の中は薄暗くなる。ポツポツと外では雨粒が空から降り始めた。
この日は昼間から大雨が降り出して夜半には嵐になっていく。マリアナの心を表しているかのようだった。
しばらく、彼女はその場に立ち尽くしていた。ジュライが気がついて声をかけるまでそのままだった。
ジュライが声をかけた後もマリアナは黙り込んでいた。ひたすら、何故カリンがという事が頭を駆け巡る。
自身にも罪が降り掛かろうとはまだ、誰も予想はできなかった。マリアナは食事すら喉を通らずに一晩を過ごしたのだった。