23話
マリアナは翌日になっても昨日の事を思い出してしまっていた。シグルに首筋にキスされたのがかなり衝撃だった。手で背中を撫でられたのも刺激的ではある。まんじりとしないままで夜を明かしてしまったほどだ。一人で思い出しているといたたまれなくなる。
(ど、どうしたらいいの?!)
顔が熱くなるのがわかった。マリアナの頬はうっすらと赤くなっているだろう。それは手に取るほどわかった。昼間の休憩時間に自室にて悶えるマリアナだった。
そうして、シグルが毒で倒れてからさらに一週間が過ぎた。半月も経つとかなり元気になっており、シグルは少しずつ執務をする程度には回復してきていた。
「…シグル様。毒が遅効性でよかったですね」
「それはどういう事かな。先生?」
ふうとため息をついたのは皇族の主治医のダレンだ。シグルに呆れの視線を送っている。「いえ。つい、先日に婚約者殿に不埒な振る舞いをなさったと聞いたものですから。まだ、婚姻もしていないのに。気が早いですぞ」
ダレンはまだ、三十を三つ越したくらいの年でなかなかに舌鋒鋭いところがあった。シグルはにやりと笑った。
「へえ。先生がそう言うとはね。羨ましいのかな?」
「別にそうは思っておりませんよ。わたしは既に妻がいますし」
「まあ、そうだったね。それより、奥方は元気にしておられるかい?」
シグルはダレンをこれ以上はつつかない方が良いと判断した。話題を切り替える。
「はあ。妻でしたら相変わらず元気ですよ。殿下が心配なされていたとお伝えしておきます」
「ああ。そうしておいてくれ」
シグルが頷くとダレンは椅子から立ち上がり失礼しますと言って出ていく。ふうとため息をついたのだった。
シグルの寝室にマリアナがやってきたのは夜半も過ぎてからだった。いきなり、彼女が侍女も伴わずにやってきたのでシグルも驚いてしまう。
「どうしたんだい?」
ベッドに半身を起こした状態で彼が問いかけても答えない。月明かりに浮かび上がるマリアナは顔中を赤くさせている。白銀の髪は月光の下できらきらと輝き、金と銀の混じった瞳も同様で神秘的な美しさをたたえていた。シグルは見とれてしまった。
「…あ、あの。ごめんなさい。シグル様にお会いしたくなって」
やっとマリアナが小さな声で言った。シグルは聞こえていたのでゆっくりとベッドから降りた。
「近くに行ってもいいかな?」
シグルが尋ねるとマリアナは頷いた。立ち上がると裸足で静かに彼女に近づいた。すぐ近くまで来るとマリアナの事をそっと抱き寄せる。
ほっそりとした体と確かな温もりに幻ではないと思ったのだった。