15話
書斎に入ると父はマリアナに一人掛けのソファーに座るように言った。母もマリアナのすぐ側の同じようなソファーに腰掛けている。
「マリアナ。王宮から手紙が届いた。大公陛下からだが」
一際厳しい表情で父が言った。母も表情が堅い。マリアナはどうしたのだろうと首を傾げた。
父はこほんと咳払いをすると執務机に付いている椅子から立ち上がり、マリアナに近づいた。
マリアナの方にある接客用の机に一通の封を開けた手紙を置いた。視線で読むように促されてそれを手に取った。
中にある便箋を取り出して広げてみたらこう書かれている。
<ラインフェルデン公爵殿に頼みたい事がある。息女のマリアナ嬢を王宮に滞在させたいと思っている。実はフラウデル王国から現国王の子息である第一王子の婚約者にマリアナ嬢が候補に上がっているのだ。王子もこの縁談には乗り気らしい。
もしかすると、スルガ国の時のように誘拐される恐れもある。だから、こちらの王宮で保護しようと思った。シグルという相手がいるのにあちらは何を考えているのかと文句を言いたいところだ。詳しい事は王宮で本人にもしたい。では、そのつもりでいてほしい。
サミュエル・ヴェルナード>
端的に書かれていたがマリアナはすぐにぴんときた。王宮に自分を引き取りたいと書かれているが。要は人質のようなものだ。フラウデル王国といえば、最近はきな臭い噂を耳にしている。
何でも、大量に武器を購入しては他国に攻めいっているとか人身売買を裏では斡旋しているとか。あまり、良い評判は聞かない。
父はほうとため息をついた。
「…すまないな。マリアナ、うちで対処できれば良かったんだが。フラウデル王国は大国だし国力や軍事力もヴェルナード公国よりも遥かに上だ。あそこの騎士団は大陸随一の強さを誇る。なるべくであれば、戦争は避けたい」
「そうですか。けど、仕方がないですよね。国同士の問題とあっては」
マリアナが言うと父は沈痛な表情になった。母も心配そうにこちらを見ている。
「マリアナ。私も付いて行けたら良いのだけど。王宮とあってはそうもいかないし」
「…母様。大丈夫ですよ。わたし一人でも何とかなります。けど、フラウデル王国の王子様は危険人物のようですね」
前半は母に、後半は父に問いかけた。父は眉を寄せながらも頷いた。
「ああ。王子はなかなかに気性の荒い方と聞く。女子であっても容赦がないらしい」
それを聞くと母は顔を青ざめさせて震えあがった。
「…まあ、そうなのですか。ならますます、マリアナをそちらにはやれませんね」
そうだなといいながら、父はまた大きく息をついた。マリアナはさてどうしたものかと頭を抱えたくなった。
父はマリアナに自室へ戻るように言った。言葉に甘えてそうさせてもらった。自室へ戻ると侍女が待ち構えていた。ドレスを脱いで楽なワンピースに着替える。
結い上げていた髪もおろした。ふうと息をつきながらベッドに潜り込んだ。マリアナはぼやける視界で天井を睨んだ。大公妃教育に他国との問題。かなり、大事になったなと思う。自分はそれを乗り切れるのだろうか。漠然とした思いで瞼を閉じた。