14話
マリアナはシグルと共に王宮の中に戻った。後宮から出て廊下を歩く。シグルはマリアナの手を握って王宮の門まで送った。
「…マリアナ。結婚するまでは一年の猶予がある。その間に母上から大公妃としての教育をしていただくから。そのつもりでいてくれ」
シグルからそう言われたマリアナは体が凍りつきそうな心地になる。やっぱりそうきたかと思った。
「そうですか。わかりました」
淡々と答えたがシグルは心配そうにマリアナの顔を覗き込む。気まずくなりながらも顔を背けた。
「マリアナ?」
名前を呼びかけられたが。マリアナは繋いでいた手を離すと一人で門に向かう。門は開いていて衛兵が二人で守っている。
そんな彼らに会釈をしながら門前に停めてあった馬車に足を進めた。シグルは追いかけてはこなかった。
それにほっとしながら御者に扉を開けてもらい、中に乗り込んだ。ピンヒールではあったができるだけ優雅に見えるように乗った。
扉が閉まり、御者が元の台に座ると馬車は動き始めた。マリアナは外の景色を眺めながら大公妃教育の事を考えたのだった。
ラインフェルデン公爵邸に帰るとマリアナは自室に戻ろうとした。が、侍女からある伝言を聞く。父の公爵からだった。
「マリアナお嬢様。旦那様からご伝言です。王宮から帰ってきたらすぐに書斎に来るようにとの事です」
「…そう。わざわざ、ありがとう。すぐに向かいますと返事を伝えて来てもらえるかしら」
「わかりました」
侍女は綺麗に一礼すると父の書斎に向かった。マリアナは玄関ホールにてしばし待つことにした。
その間にシグルに言われた事を再び思い出した。婚約期間は一年ということだった。
しかも、大公妃御自らの教育付きだ。一年の間にやらなければならない事は山ほどある。それを自分がこなせるか自信は持てない。
姉のマルグレーテだったら嬉々として引き受けたろうが。自分では大公妃にふさわしくない。当代の大公妃はシンフォード公爵家の方らしいとは聞いたが。消極的な考えしか浮かばなかった。
そうする間に侍女が玄関ホールまで戻ってきた。マリアナは深呼吸をして背筋を伸ばした。
「お嬢様。旦那様が良いとの事です」
「わかったわ。ご苦労様」
労いの言葉をかけると侍女はありがとうございますと礼を述べた。それに頷いてから改めて父の書斎に向かった。
廊下を歩き、階段を上がる。二階の奥まった所に書斎はあった。扉をノックして声をかけた。
すぐに返事があり、マリアナは扉をゆっくりと開ける。中には父と珍しく母もいた。それにマリアナは驚いたのだった。