11話
マリアナは馬車が停まるとシグルにエスコートされながら、ゆっくりと降りた。一応、皇族の前だから王宮に行っても恥ずかしくない身なりをしてはいるが。それでも、緊張はするものだ。
「…マリアナ。着いたよ、とりあえずはわたしが謁見の間まで案内をするから。父上と母上の御前とはいえ、そんなに緊張する事はない」
「…そうですね。わかりました、お言葉に甘えさせていただきます」
返事をすると石畳にマリアナの履いたヒールのかつんという音が辺りに響いた。両足が地面に着くとシグルは一時も惜しいとばかりに彼女の腕を掴んだ。
強引ではあるがマリアナが痛くないように腕を掴む力は加減されていた。そして、門を通り過ぎて宮の中に入る。
衛兵などが驚いて二人に視線を向けてきた。それすら、無視してシグルは中に入った。
掴んでいた腕を離すとシグルはすまないと謝り、マリアナの手を握ってきた。
廊下をひたすら進むと重厚な木の扉が見えてくる。シグルはマリアナから離れると扉を二、三度叩いた。中から、男性らしき声で返事がされた。
シグルはゆっくりと扉の取っ手を握って捻る。扉が開かれて手招きをされた。
マリアナは近寄る。先にシグルが入り、後に続いた。中には高級そうな本棚やソファなど必要最低限の家具が置かれている。部屋の真ん中に飴色に磨きあげられた執務机があり、横に金色の髪に赤紫色の瞳が印象的な壮年の男性が立って待ち構えていた。
「…やあ、シグル。久しぶりだね」
軽く手を上げて声をかけてきた。シグルも軽く礼をしてから、答える。
「…こちらこそお久しぶりです。父上」
マリアナは最後の言葉を聞いて仰天した。まさか、目の前の男性が現大公陛下だったとは。しかも、シグルの父君である。
粗相をしては失礼だと慌てて右手を胸に当てて左手でドレスの裾を摘んで深々と頭を下げた。すると、陛下は後ろの方にいたマリアナに気付いて近寄ってきた。
「…そんなに慌てなくてもよい。お嬢さん、頭を上げてもいいよ」
優しく声をかけてきたのでマリアナは余計に驚いた。それでも、言われた通りに頭を上げる。
すると、そこには穏やかに笑みを浮かべた男性が目の前に佇んでいた。
「…は、初めまして。大公陛下、ラインフェルデン家の次女で名をマリアナと申します。この度は王宮にお招きいただき、ありがとうございます」
型通りの挨拶をする。陛下は笑みを深めて鷹揚に頷いた。
「ああ、こちらこそ初めまして。君が息子の婚約者のマリアナ嬢か。思ったよりも行儀のよいお嬢さんだね」
「…父上に褒めていただけるとは。良かったね、マリアナ」
シグルに声をかけられてにっこりと笑ったマリアナは頷いたのであった。