1話
とある大陸に長い歴史を持つ温暖な気候の国があった。その国の名はヴェルナード公国という。
公国にシンフォード公爵家はあり、初代の大公妃は漆黒の髪に琥珀の瞳で公爵家の出身であった。
彼女は不思議な力を持ち、公国を建国した初代大公を良く助け、二人の公子を生んだ。名はアリアであったと伝えられている。
彼女の末裔にあたる公爵令嬢、メアリアンが同じく大公、フランシスの末裔の公子のサミュエルに嫁いだ。その二人の長子として誕生したのが第一公子にして皇太子のシグルである。後に彼は母譲りの黒髪と父に似た紫の瞳から、黒紫の公子と呼ばれるようになる。
ふうとため息を令嬢はついた。彼女は名をマリアナ・ラインフェルデンといった。
ヴェルナード公国の中ではシンフォード公爵家と並ぶラインフェルデン公爵家の当主の次女であった。
マリアナの外見は白銀の髪に銀と金が混じった瞳という珍しいものである。父のラインフェルデン公爵も金の髪に同色の瞳をしていたが。
母の公爵夫人は名をレイラといってマリアナはかつての絶世の美女といわれた彼女に瓜二つであったのだ。
姉のマルグレーテは父似で黄金の髪に母と同じで紫の瞳の明るく活発な美女である。
マルグレーテが二十一歳でマリアナは三つ下の十八歳にこの時、なっていた。
さて、自他共に認めるおとなしく引っ込み思案、本好きのマリアナは公爵家の令嬢なのに服装は実用性第一で地味で目立たない。いつも、侍女達から「…ワンピースくらいは着てください」といわれる。
顔立ちは国内随一の美女なのに。周囲はいつも、諦念と呆れの目で彼女を見ていた。
「…マリアナ様。今日はお客様がお見えです。ドレスをお召しになってください」
そう、無表情で告げてきたのは侍女のカリンだ。マリアナはひくりと頬を引きつらせた。
「……カリン、私。お客様がどなたなのかをまだ、聞いていないのだけど」
「でしたら、お教えします。第一公子のシグル殿下です」
マリアナは何でと呆然とした。自分ごときに第一公子殿下が何故、ご訪問されるのだ。
ここは姉のマルグレーテが相手ではないのだろうか。悲しいかな、異性に一切、接してこなかったマリアナは恋愛には殊の外、ご縁がなかった。
眉間に皺を寄せるも答えは出ない。カリンはマリアナの腕を掴むと引きずるように衣装部屋へと連行した。
ええ、いきなり?と焦りながらもマリアナは無理矢理にドレスを着せられるはめに陥ったのである。
神様は私を嫌いなのと叫びたいマリアナであった。