有無
テレビの音を聞きながらコタツに寝転がっている。
そうしてしばらくウトウトしていると、娘がボクの元へ駆け寄ってきた。
ボクを揺さぶり起こして両手を差し出す。
「みてっ、『ドーナツの穴』!」
こんな冗談も言えるようになったのかと感心しながら、ゆっくりとカラダを起こす。
わざとらしく驚きの言葉をクチにしながら小さな手のひらに目を向けると、本当に『ドーナツの穴』があった。
縦長ですこしいびつな形をしている。
手の上にある『ドーナツの穴』に触れて確かめようとしたが、指が空を切ってしまう。
「『ドーナツの穴』にさわれるわけないじゃない」
「そう、だねぇ……?」
イマイチ納得できないが同意せざるを得なかった。
コタツの上で充電していたスマホを手に取る。
スマホのレンズを『ドーナツの穴』にむけてシャッターを切る。
撮った画像を見るが、そこには重ねられた小さな手のひらしか映っていない。
「『ドーナツの穴』が写真に写るわけないじゃない」
それもそうだ、とは思うもののやはり釈然としないものがあった。
「もぉ、パパってば、おっかしー」
ケラケラと娘が愉快そうに笑う。
「そーだ、おじーちゃんたちにもみせてこよう」
そう言うと部屋を出て階段を駆け下りていく。
娘の祖父母であり、ボクの両親である二人が住む一階へ向かったのだろう。
もう一度コタツで寝転がった、が、すぐにスマホが鳴った。電話の着信音だ。
画面には、一階の台所にいる妻の名前が表示されている。
出るとすぐに妻が話しを始める。
「あの子がドーナツから穴を取って行っちゃったんだけど」
「あぁ、持って来てた」
「はぁ?『ドーナツの穴』が持てるわけないじゃない」
――『ドーナツの穴』について言及することはあきらめよう。
「さっき一階に戻ったよ」
そうボクがいうと、妻がわざとらしくため息をつく。
一呼吸おいて、
「お義母さんたちのところでしょ?」
妻の声が、面倒な話をするときのそれへと変わってくる。
「わかった、ボクが行くから」
妻の言葉も待たずに話を切りあげ、ボクは電話を切る。
そして、スマホをやわらかいクッションの上へ思い切り投げつけた。
跳ね返り、コタツ布団の上に落ちる。
手に取り寝転がりながら画面を操作する。
電話帳から父を選び電話をかける。
しばらくして通話状態となるが、電話に出たのは娘だった。
「パパー?」
「そうだよ。ママが『ドーナツの穴』を返して、だって」
「『ドーナツの穴』をかえすとかなにいってるの?」
そのまま通話を切ってコタツの上にスマホを放り投げ、ボクはもう眠ることにした。




