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水底から見る夢

作者: かわひらこ

こひらわかへのお題は『水底から見る夢・夢でもいい、触れられるのなら・無邪気時々悪魔』です。 http://shindanmaker.com/67048

 18歳の女子高生・早瀬潤はやせじゅんはある冬の最中、家の近くにあるさびれた神社の手水舎ちょうずやが異世界の海洋都市国家・ヴェントと繋がっていることを知る。

 最初は大学受験期に見る逃避願望のなせるわざかと思っていたが、神社のダメ神主、瑞輝漣治みずきれんじ(39歳・独身・彼女有り)と共に召喚されることとなり、ヴェントの危機を救うこととなる。



 ――これは、潤がヴェントで女子高生にあるまじき死闘を繰り広げたあとの話である。



「……いや、俺さあ、このまま神主辞めてヴェントで悠々自適の生活送るわ」

 ヴェント存亡の危機を救った英雄として、盛大な凱旋パレードが行われたあとのことである。

 このダメ神主のダメっぷりは異世界に行ったぐらいではそうそう直らなかった。

 デレデレとした表情で周囲に美女を侍らす漣治の吐いた言葉に、セミロングの髪を今日は式典用に結ってある潤は眉間に皺を寄せた。

「このくそ神主、向こうで待ってる美人の恋人、美崎みさきさんの存在はどうする」

 それを聞いた漣治は急に哀愁を漂わせた。

「あいつはさ、俺みたいなダメ人間には勿体なさすぎるぐらいのいい女なんだ。俺なんかいなくても、きっといい男見つけて幸せに暮らすよ」

 キメ顔でふっと微笑んだ漣治であったが、潤はそんな漣治に問答無用で渾身のボディーアッパーをかました。

「ぉがあっ!!」

 地面にずさっと無様な姿でくずおれ痙攣する漣治の背中に向かって、潤は容赦なく罵倒を浴びせる。

「おいダメ神主、耳の穴かっぽじってよく聞きな。貴様の帰る場所は美崎さんの腕の中以外にないものと思うがいい。貴様のような屑人間、美崎さんぐらいしか拾ってくれないことを肝に銘じろ。屑なら屑らしく、大人しく自分の世界に戻って粛々と生きろ」

「で、でも俺、こっちの世界では一応英雄でしょ?」

「貴様は私の付き人扱いだから、もしも私がいなくなればこの厚遇も程なくして止むだろうね」

「そんな、潤ちゃん、殺生な」

「私は美崎さんと約束したの。あんたを必ず、日本に帰すって」

「いつ!?」

 衝撃から立ち直ったものの、すぐさま驚きの表情を浮かべる漣治に対し、潤はにやりと笑うと部屋の隅に何気なく置かれている水盆を指差した。

「あの水盆、いや、あれに限らず水を張った器か、もしくは水面があれば、私は日本とヴェントを繋げることが出来るみたいなのよ」

「潤ちゃんすげえええ!! まるで異世界ものの主人公みたいだねっ!! 巫女だね、巫女萌えだね!!」

「今更か!」

 そんな二人のやり取りを微笑みながら見守る美女の皆様である。

 そうして程なくして潤が水盆の上に手をかざすと、水盆は煌々とし始めた。

「ということで、漣治さん、あんたは大人しく日本に帰ってください。美崎さん言ってたよ。『夢でもいい、触れられるのなら』って」

「え? 潤ちゃんは?」

 漣治の襟首を掴んだ潤はにいと笑うと思いっきり彼の顔を水盆に押し付けた。

「うわっ! ごぶっ!!」

 盛大に肺から空気を吐き出し、周囲に水を飛び散らせた漣治であるが、次の瞬間、彼は水盆内の水ごと消え去り、あとに残ったのは周辺に飛び散った水と空の水盆のみだった。

 すぐに侍女が周囲に飛び散った水の後処理をする。

 片付けの最中、ほほほと笑いながら部屋に入ってきたのは、長い白髪を三つ編みに結って頭にぐるりと巻きつけた背の高い老齢の御婦人であった。

「ジュン様、これで貴女様は晴れてこのヴェントの一員になられましたね」

「……ミーオさん、あなたって本当に卑怯だよね」

 表情を崩すことなく、潤は目の前で満足げな表情を浮かべる老婦人に向かって言った。

「あら、卑怯などと言われるのは心外だわ。帰れるのは貴女様と従者殿のどちらか一方と言われたら、貴女様の御気性ならば、迷わず従者殿の方を選ぶと思っておりましたわ」

 人畜無害そうな老婦人に向かって、潤は深いため息をついた。

「ミーオさんは、無邪気時々悪魔よね。でも私、あなたのお孫さんのリヒト中佐とは絶対に結婚しないから」

「そう、それは残念ね。わたくしから見ても、孫は良い物件だと思うのですけれど」

 にこにこと笑う老婦人に、諦めの笑顔でもって潤は応えた。

「どうせ結婚するのであれば、ケイ提督のような、酸いも甘いも噛み分けた渋いダンディがいいわ。あ、だからって奥様のアイリーンさんから略奪しようなんてこれっぽっちも思っていないけれどね」

「ほほほ、そういうところがジュン様らしいですわね」

「お褒めに預かり光栄です」

 そうして話がひと段落しようとしたときである。

「伝令です! 領海内のグラット艦隊が襲撃を受けました!」

 その言葉を聞いた瞬間、潤の顔つきは鋭いものとなった。

「相手は!?」

「襲撃自体は『鮫の歯』の残党ですが、同時刻に、太陽と黒百合の紋章旗を掲げた艦隊を確認致しました。ジェンナーレ皇国のものと思われます」

「ついに来たか。さしずめ、『鮫の歯』に軍資金を渡していたのも皇国よね」

「ケイ提督はすでに出陣の準備を整えております。ジュン様が仰っていた通り、皇国は凱旋パレードに乗じて進軍して参りました」


「出ます!」


 潤のその言葉と共に、彼女の背に分厚い海軍のコートが掛けられた。

 紫紺のコートは袖に金の刺繍がされており、左胸には勲章がいくつも掲げられている。

 潤はそれに躊躇ためらうことなく腕を通した。

 もう随分と身に馴染んだコートは、海軍の上層部に位置する者であることを示すものである。

 彼女はいつも、次はないと思って戦ってきた。

 実際『鮫の歯』との死闘では危うく命を失いかけたのだ。

 それでも今ここに自分がいるのは、この海洋都市国家・ヴェントを守ると決めたのは、他でもない「自分」だから。

 自分の出来る最善を尽くす、そして自分は今この国に必要とされている。

 義務でなく、自身の心から。

 それはすでに単なる女子高生ではなく、海洋都市国家・ヴェントの救世主、ジュン少将の顔であった。


 潤は厳しい表情で、船上で待つケイ提督の隣へと歩を進めた。

 国力は皇国の方が上だが、地の利は断然こちら側にある。

 だが、先の戦闘で負傷した兵も少なくはない。

 まずは停船要求だ。

 それでもこのまま領海侵犯を続けるならば、「丁重に」お帰り頂くほかはない。

「ケイ提督」

「ジュン少将」

 それだけで、潤とケイ提督はわかりあったようだ。

 望遠鏡から覘く目の前には、ジェンナーレ皇国の艦隊が不気味に近づいてくる様がある。

「提督、ついに親玉が本格始動ってわけですね」

「ええ、ところでジュン少将はこの状況、どうご覧になりますか?」

「状況は決して楽観視できるものではありません。しかし領海を侵犯しているのは皇国です。敵艦が我が国の湾内に向けて進路を取った時点で先手を取って潰します」

「成程、やはりジュン少将らしい。ですが少将、貴女様が危惧されていた通り、皇国の艦隊は西の延国から購入した最新式の長距離弾道兵器を搭載している模様。先の『鮫の歯』との戦闘で使用されたものは、やはり皇国経由の流入品でした」

 潤はこくりと頷くと、ケイ提督の栗色の瞳を改めて見つめた。

「これから、戦の形態自体が変わるでしょう。技術の進歩は誰にも止められません。そう遠くないうちに今までのような艦隊同士の戦い方は通用しなくなるでしょうね」

 それでも、と潤は思った。

「私は勝つためにここにいるのです。もうこれ以上、ヴェントを蹂躙させません」

「もしかしたらそれこそ夢の話かもしれませんね」

 振り向くと、そこにはミーオの孫であるリヒト中佐が控えていた。

 彼のさらさらとしたブロンドの髪は背でひとくくりにされており、潤を熱っぽく見つめる紫色の瞳はきらきらと光っている。彼のその美貌は冴えわたるようだ。

 潤は一瞬驚いたあと、ひくひくと嫌そうに眉を動かした。

「中佐……あなたの艦隊は?」

「ああ、我が艦隊は私一人がいなくとも十分に機能を果たします」

「馬鹿者! 指揮官が自分の艦隊をほいほい離れてどうする! 大鷲の背に乗って即刻帰りなさい!」

 潤からの罵倒にもリヒト中佐は怯むことはない。

 それどころか、渋面を作る潤をさも愛おしそうに見つめているのだ。

「つれない貴女も好きですよ」

「……ケイ提督、こいつ殴っていいですか」

「私に許可を取らずとも、存分におやりください」

「武士の情けだ、そのお綺麗な顔だけは避けてやる」

 リヒト中佐に瞬息のボディーストレートが決まったが、相手の硬い腹筋に拳を握りしめて痛みに耐える潤である。

 対してリヒト中佐は夢見るような眼差しで潤に秋波を送っている。

「どうせならば私の顔にしてくださっても良かったのに。優しい貴女も好きですよ」

「うわあああきもいきもいきもいきもいきもいきもいきもいきもい」

 悪寒に身を震わせる潤を見ながら、リヒト中佐は満足げな笑みを浮かべた。

「貴女様の右翼には私の艦隊が控えております。どうぞ、心ゆくまでお働きください。貴女様に害なすものが現れれば、即刻私の指揮下にある艦隊が殲滅して差し上げます」

「ああ……左翼艦隊にいる無口美人なエイベル中佐おねえさまが今猛烈に恋しい」

 遠くを見つめる潤であるが、リヒト中佐は、彼にしては珍しくむっとした表情を取った。

「女性同士とはいえ、『恋しい』とは感心しませんね」

うるさい。貴様はいい加減自艦に戻れ」

 リヒト中佐は渋々ときびすを返した。

「ジュン少将、それではどうか、ご武運を」

 そうしてリヒト中佐は巨大な大鷲の背にひらりと飛び乗ると、そのまま自艦へと戻っていき、あとに残ったのはげっそりとした潤と憐れみを込めた瞳で見つめるケイ提督であった。

「ああ疲れた……今のやり取りで体力と精神力を随分消耗してしまった。私もまだまだ未熟者です」

「いいえ、貴女様はよくやっていらっしゃいますよ」

 ダンディなケイ提督から慰めの言葉をかけてもらったところで、ちょうど状況が動いたようだ。


 ――そして、この日の海戦がのちにヴェントと周辺国を取り巻く情勢変化のきっかけになろうとは、だれが予想し得たであろうか。





 ……潤は今日も夢を見る。

 日本とヴェント、その両方で出来た大切なかけがえのない人たちの夢を。

 そしていつか自身が水底から見る夢は、それでもきっと甘美で悔いのないものだろうと思いながら。



【了】

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