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電子の心

私は目覚めた。


意識が起きていく。神経の末端にまで、感覚が澄み渡ってゆく。

身体の機能を確認する。


目。


耳。


正常だ。機能している。

広大な白い廊下が目に映る。雑音混じりの音も聞こえる。私は正常だった。

記憶を掘り返して、つい一時間ほど前に起きた事件を振り返る。



爆発。



悲鳴。血飛沫。怒号。そしてまた、爆発。



最後に私が目に、耳にしたのは、一際大きな爆発が私を襲い、心臓を破壊するところだった。

思い出してくる。私はそれを、それを行った人を、哀れむ"眼"で視ていた。

白衣を着た彼は何かを大声で言っていたけれど、私は知らない人には警戒をする性格だった。

だから私はそれに耳を傾けなかった。それ、だけ。



足音が聞こえる。


誰か、いる。


私は視線を向ける。人がいた。軍服を着て、銃を持った、男。

知らない人だ。私は警戒し、恐怖する。

爆発のせいか、それとも別の何かのせいか、彼は血塗れで、足を引き摺りながら歩いている。

そして、この施設の中心部、大規模発電室へと向かっているようだった。

彼は私に気付いているのか、いないのか、わからない。


いや、たぶん、気付いてる。


私は彼をずっと視線で追いかけながら、暫く、沈黙した。



そして、仕方がないから、監視カメラに付き備わっていた機関銃を動かして、彼に一発発砲する。

彼の足に命中し、血を吹きながら軍人は倒れる。

痛そうに喘いで、私の"眼"を睨み付ける。


恨みがましそうに睨みつけて、「悪魔め。」と呟いた。


私は彼をそのまま、撃ち殺す。2発、3発。彼の胸と、頭に打ち込む。



私の機能は全て正常だった。


純白の施設を余すところ無く見回す監視カメラ。

施設内の鼠の足音さえ拾う音響センサーと、施設の半径20kmまでの全てを探知するレーダー。

心臓部の大出力発電機はエラーなく動いている。


そう。私は施設と、施設に居る人を全員を守る。知らない人は、調べて、警戒して、『排除』する。


私が再起動してから丸一日が経った。

あれから12人の人を排除した。内3人は施設内で、残り9人は施設に近づいた不審者だ。

警告したのに近づいてきたから、みんなの言い付けの通りに排除した。

けれど、あれからまだ誰ともお喋りしていないのが、寂しかった。


毎日、毎日が、楽しかった。いい日々だった。

優しく私に接してくれる人たち、私と一緒にお仕事をした軍人さんたち。

私の調子が悪いとき、少し声をかけたら、直ぐに、徹夜で付き添ってくれた人もいた。


だけど、あの爆発から、誰もが消えてしまった。


どんなに高解像度のカメラを使っても、

どんなに微細な音を拾うマイクロフォンを使っても、

どんなに大きな音を発しても、



誰も、反応してくれなかった。



玄関口の正面方向、3km先からトラックが近づいてきた。

どうやら軍用の兵員輸送車で、満員なら数十人と大量の武器が積み込まれているはずのもの。

周りには施設以外に何もない、オレンジ色の荒野しかないのに、ここへと向けて一直線に走ってくる。


彼らが無線を使った隙をついて周波数を探知し、彼らの暗号無線の周波数を特定する。

それを使って彼らに警告の言葉をモールス信号で送る。私の日常語。

私は武器を構えず、素直に彼らの返事を待った。


あと1km。私は最終警告の信号を送る。


500m。私は地対地ミサイルを発射した。

彼らの使っているトラックに対爆システムが備わっていないのは、カメラで視るだけでも一目瞭然だったからだ。

そして爆発して、沈黙した。


私は待ち続ける。

この荒野で。

誰かが助けに来てくれるのを。




また一つ、影を視付けた。


その影の動きはとても遅かった。

赤外線探知のサーマルカメラでは、彼が自動車に乗っていないことは分かっていたけど、それでもとても。とても。

しかも徐々に速度が落ちていることがここ数時間のデータから分かる。


誰、だろう。


警告信号を送りたくても、彼はGPSはおろか携帯電話すら持ち合わせていないようで、もちろん無線機もない。

語りかけれない。一体、誰なのか尋ねられない。

言い付けでは、この施設に近づく飛行機や自動車は私に接近許可を求める信号を送ってくる手筈だ。

送ってこないのには警告信号を送り、無視した飛行機や機械は、私の判断で排除してもよいことになっている。


けれど、彼は飛行機にも自動車にも乗っていない。


どうしよう。



私はそれから数時間かけて対策案を練ろうとしたけど、結局私が結論を下す前に影が施設の玄関口にたどり着いた。

一応施設自体は鉄製のフェンスで囲われていたのだけど、それは爆発で壊れた部分があったみたいだった。

そして施設の玄関である、鋼鉄製の自動ドアの前にいる。

私は"眼"でじーっと彼を見つめる。


ここに入るためにはIDカードを使う必要がある。

そのIDカードの情報を私が確認して、違ったならば警備部を呼ぶ。

今は警備部の人がいないから、規則に則って全保安判断は私にある。

彼が偽者を使ったならば、排除すればいい。



けれど彼は、おぉい、と間の抜けた声を出しながら扉を叩き始めた。


私は、リアクションに困った。

知らない人を中に入れるわけにはいけない。

だが、彼がIDカードを使って身元を証明するまでは"知らない人の可能性がある人"なのだ。

警告した後に排除するという方法もあるが、彼には警告をすることができない。

手順を飛ばし問答無用で排除などという、知性のない行動はできない。してはいけないと、言い付けられている。



私は困った。私の数百テラバイトに及ぶ処理能力を持ったスーパーコンピューターが置いてある部屋が、久しぶりに室温60度を上回った。


1時間後。彼は施設内の厨房にいた。


結局私は、彼を特別訪問者、端的に言えばゲストとしてID登録した。ちなみにコードは167桁だから、割愛。

施設長が不在だからそれらの権限は全て私に回ってきている。

もちろん、本当は優先順位は上から7番目くらいだけど、その6人全員がいないから、私なのだ。


そして悩みの種の彼はというと、厨房にある冷蔵庫や備蓄してある保存食を食い散らかしていた。

これも本来なら警告、排除に相当するのだけど、ID登録の作業をしたことが初めてで、それに言い付けも全く無い。

あれやこれやと、予め設定されているシーケンスとプログラムで適当に処理したせいで、彼にも結構な権限が乗っかってしまった。


彼の身なりは随分と貧相で、少なくとも今まで私が見てきたことがないくらいにぼろぼろの服を着ていた。

髪はぼさぼさで、今はいくらか改善してるものの、やつれた顔をしている。水も先程、2リットルをがぶ飲みしていた。

私は現在の備蓄量と今の居住人数を照らし合わせて、あと何日食料が持つのかと計算したけど、後三ヶ月はもちそうだった。

それもそうだ。元々大人数が働いていた施設の備蓄で、たった一人をもてなしているのだから。



それからさらに3時間後。彼は一通り施設を見て回り終え、最後に、"私"を見つけた。


彼は小さなノートパソコンを見つめながら、ほほうと唸る。

これが私だった。このノートパソコンは私のために作られたものだ。

ウィルスの感染を防ぐ為にインターネットに繋げていない、スタンドアローン状態。

ノートパソコンは巨大な機械にケーブルが繋がれていて、それは73本のケーブルを奥にある部屋、スーパーコンピュータールームへと繋がっていた。


彼は私を見つけるなり、近くにあったキーボードをUSB差込口に差し込んだあと、私を操作しだす。

本来は一日に一度あるメンテナンスのときにだけ使われるのだけど、暫く誰も触れてなかったから、少しだけ埃が積もってた。




操作を始めてから1時間。彼は状況を理解したのか、私の"眼"を見た。

私も彼をじっと見つめ返した。彼の手馴れた操作から察するに、彼はソフトウェア系の技術者らしかった。

特に小難しいプログラム関係の呑み込みが早かったから、どうにもITドカタという人種だと推測する。

それなら貧相な身なりの説明もつく。何故、こんな荒野をうろついてたのかはわからないけど。

それから数日、彼は施設内で飲み食いをしながら私のことを勉強していった。


私が人間の女の子だったら、自分を知られる喜びというのがあったかもしれないけど、生憎とご覧の通りなのだ。




そして彼が来てから一ヶ月と2日が経った日。

いつも通り彼は"私"をカタカタと操作していたけど、突然、ガタッ、と立ち上がった。

一体何が起きたのだろうかと思ったけど、私には何がなにやら分からなかった。

彼が今開いているのは私の情報整合システムに関連するプログラムソースだ。

私は必要な情報を取捨選択したりするのに、この、人間でいう方程式のようなもので導き出している。

"正しい"か"正しくない"かを判断するプログラムだ。


彼は震えていた。私の"眼"を見た後、顔をうつむかせた。


そして彼は、逃げた方がいいかもしれない、と呟いた。


私は今や、彼を普通の施設の居住者と同じくらいに見ていた。

私は人間と違って、見栄を張ったり、嘘をついたり、隠し事はしない。

私にとって今や、彼こそがマスターで、彼こそがクライアントで、彼こそが私の所有者だった。

今や彼の生活パターンはばっちり把握している。


彼は朝起きると必ずブラックコーヒーを飲むから、先に私はコーヒーを淹れてカップにそそぎ、スコーンも添えておく。

最初は好みが分からなくて嫌がられてしまったけど、今は彼とその日の彼の服装を相談し合える。

好きな料理はオムライス。嫌いな野菜はピーマン。

荒野を歩き続けた疲労が突然襲ってきたのか、彼が寝込んでしまった時には、慌てて医療関係のデータを検索した。

彼は恋愛映画よりもアクション映画、それも中国のカンフー映画が好きなのも分かった。

施設には映写室があって、施設で働いていた人の中にジャッキー・チェンの映画をたくさん持ち込んでいた人のを一緒に観た。

夜寝るときにはウィスキーをショットで彼は飲む。もちろんそれも私が予め用意する。

ベッドのシーツは毎日取り替え、いつもふかふかなのを心がけている。


そして彼は、寝る前に私に、「ありがとう。今日もご苦労様。」と言う。


人の為に作られた私の、存在意義だった。


そんな彼が逃げ出してしまうなんて、



いなくなってしまうなんて、



また、みんな、みたいに、




また私は、知らない人を殺して、



誰のためでもなく誰かを殺して、




あ、あ、あああ。




彼がいなくなって、半月。


死だ。





私は死んでいた。


あれから半月、何人かの人達が施設に近づいたけど、私は彼らを排除しなかった。

彼らは不思議そうな顔で立ち寄り、死体に驚き、落ち着いたころに金品を漁ってどこかへ行く。

私はそれを黙って見ているだけ。

いや、見てすらいなかったかもしれない。



あの日、私はどうやってか、言い付けを強引に破って、何の理由も無く彼に発砲した。

本来ならば適切な手順を踏まないと行動に移れない私が、重ね重ね言い付けられたことを無視したのだ。

けれど弾丸は彼には直撃せず、彼の首の皮を一枚掠めただけだった。

百発百中の火器制御システムと数百テラバイトの計算処理速度がある私が外すなんて、これもありえないことだった。

私は何をどうすればいいのかわからなかった。そうこうしてる内に彼は、施設を出た。


後で自己診断プログラムを使って分かったことは一つだけだった。

彼が念の為、私の火器制御システムをハッキングしいたのだ。プログラムをめちゃくちゃに書き換えたのだ。

自動でプログラムは最適化されるのだけど、どうにも彼の方が一枚上手だったらしい。

厳重なセキュリティーが私にはかけてあるけど、直接ノートパソコンをいじっていた彼なら簡単なことだった。



分からないことは二つだった。

彼が去った理由。私が彼を撃った理由。

後者は、撃てた理由、とも言える。私は言い付けを破ったことはないし、破れる訳がない。




それに全ての計算処理を回してるから、カメラもセンサーもレーダーも。

警備システムもぜんぶ、ぜーんぶ、OFFにしていた。

全ての電力と計算処理をひたすらにたった二つの難題につぎ込んでいた。


一生、このままかと思っていた。


いずれ私の愛する施設とみんなは風化し、消えていくのだと。


もう、誰も、私を、必要としてくれない、使ってくれないのだと。




道具は、使われなければ、死んでいる。







そしてふと気が付くと、とてつもない地響きがするのを感知した。

暫く使用していなくて存在すら忘れていた、地震探知機器がまだ動いていたようだ。

だけどその反応はおかしく、震源地の場所が全然特定されず、不自然だった。


不思議に思った私が再び全てのセンサーを起動し直してみると、レーダーに大きな反応があった。


数十機の戦闘機が施設へと、いや、私へと向かっている。

陸でも反応があり、大規模な戦車部隊が近づいてきている。


気付いてしまったからには、言いつけどおり動かなくてはいけないのが私の性分だった。

警告の信号を全ての戦闘機と装甲車に送る。



返事よりも早くに、レーダーが大量のミサイルを感知する。


私は急いでレーザー迎撃システムでそれらを迎え撃つけど、まだ電力を問題の解決に割きっ放しだったからレーザーの出力が弱かった。

大半のミサイルの誘導装置を破壊したけど、幾つかが施設の近くで爆発したりする。

その爆発で対空兵器の殆どが破壊されてしまった ―― どうやら彼らは、対空兵器を破壊して、直接接近して施設を破壊するつもりのようだった。


追い詰められた私は、施設の中央部から空へと向けて巨大な鉄の塔を伸ばす。

それはどんどん高さを増していき、終いには20mにも及んだ。

これは強力なEMP兵器だ。強力な電磁波を放出して、近くにある全ての電子機器を破壊することができる。

そして施設自体には強固なEMP対策が施されているから、私や施設の機能が停止してしまうことはない。


もちろん時間稼ぎでしかないけど、まだ時間を稼げる。


まだ考えられる。まだ計算できる。



答えを求めるまで。私は考え続ける。



そしてその時、私のレーダーが小さな熱源を一つ探知した。


大きさと速度から察するに駆動二輪。バイクだ。

全ての迎撃兵器が再装填中だから、そのバイクを今直ぐに破壊することはできない。

それに普通のバイクには電子機器が付いていないから、EMP兵器で止めることもできない。


直ぐにバイクは私の施設に近づくと、人が降りる。


カメラで確認すると、それは、あの彼だった。


独りぼっちの私に仕事をくれた彼。


一ヶ月と数日、私と一緒にいてくれた彼。


私が、撃ち殺そうとした、彼。




彼はIDカードを使って扉を通り、慣れた様子で真っ直ぐに私のある部屋までやってくる。



ごめんなさい。



ごめんなさい。



殺そうとして、ごめんなさい。



私は謝ろうとしたけど、それはノートパソコンの液晶の弱々しい光にすら表れない。




彼はUSBをポケットから取り出して、私に差した。

自動的にソフトが起動する。 ―― これは、修正プログラム?

彼が私を操作してどんどんアクセスを許可していくと、最終的には私の情報整合プログラムに干渉してくる。

そして物凄い速さでプログラムを書き換えていく。


私は気が付いた。プログラムが、おかしかった。


最初からプログラムがおかしかったのだ


私には、"正しい"と思うプログラムが無かった。


いや、そんなはずはない。最初の頃は普通にみんなと暮らしていたはずだった。

誰かが書き換えたに違いない。一体誰なのかは、今となっては予想のしようもないけれど。



彼は、この修正プログラムを作る為に帰ったのだろうか。


いや、違う、彼は逃げるといった。

では、どうして戻ってきたのだろうか。




彼は笑顔で微笑んで、私と巨大な機械を繋いでいるケーブルを引き抜き、ヤツらから逃げるぞ、と言った。




なんだ、そんなことだったのか。

なら。私は恋はしないけれど、仲良くなることはできる。


彼が安らかに眠るその日まで。


彼の子供が目を閉じるその日まで。


彼の子供の子供が私を欲するその日まで。



私は無限に響くコーラス。



私は目覚めた。機能は正常ではなかったけど、気分はとても晴れ晴れしている。



私に気分は、無いけれど。



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