4 ホワイトデー
※『すみっこのわたし』とは無関係です。
気が強く、意地っ張りな、素直じゃない彼女。
出会った頃は、俺とは反目しあってばかりだった。魔法の使えない俺は、ほぼ全ての魔法・術が扱える彼女に、喧嘩するたび、やられ放題だった。俺はあまりにも頭にきて、剣で頭を勝ち割ってやろうか、と思ったくらいである。
だが、彼女もかわいいところはある様で、バレンタインには、『手作り』と称したチョコレートを、わけのわからない理由と共に、無理やり押し付けられた。白魚のように美しい指の先には、包帯が何箇所か巻かれている。
”私が自ら作ったのだから、ありがたく思って、食べなさい!!か、勘違いしないことね、いつも喧嘩相手になってあげている私の、友好の証よ!!”
頬をばら色に染め、なんだか怒った様な口調でそれだけ言い残すと、彼女は逃げるように去ってしまった。俺の里にはそんなバレンタインとやらの風習は無かったので、これは彼女からの嫌がらせか、と思ったくらいだ。だが、俺の親友兼相棒からは、彼女が前日、宿屋の娘に必死に習って作成したものであることを教えられた。ちなみに、あの指先の包帯は、その時にできた傷らしい(どんな作り方をしたんだか、教えたほうに同情する)。そうまでして、なんでこんなことをするのだ、と不思議でたまらなかった。しかし、どうやらそれが、人間の女の愛情表現の一環?らしい。
・・・あの高飛車な、気の強い姫が?・・・あの気高く、絶世の美女といわれる(俺には疑わしく感じることも多々ある)王女が??
だが、もらって、そしてそのようなことを聞かされて、あの様子を目にした俺は、それに動揺するくらいには、その頃彼女に心を奪われていたのかもしれない。
そして迎えた今日ホワイトデーとやらだが。
親友兼相棒は俺に言った。チョコレートをもらったなら、返礼をせねばならない、と。正直、何を返せばいいか皆目見当がつかない。人間の男達は村娘に、飴やら菓子やらをやっているそうだが、俺の場合、相手は王女だ。宝石か何かをやったほうがいいのか、しかし、返礼も下手をすると、自分の気持ちを見透かされそうで、それもまた彼女に負けたような気がして、なんだか落ち着かない。
だが、なんだかんだいって町に出て、結局彼女のために品物を選んでいる自分に内心驚いていると同時に、俺の心の中に占める彼女の割合は、少しずつだが、確実に大きくなっている。それは認めるしかないようだ。
結局俺は、彼女の瞳と同じ碧眼の、小さな青い宝石がついたネックレスを購入し、宿へ戻った。
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彼女は庭先にいた。なんだかぶつぶつと、独り言を言っているようである。俺は、しばらく彼女の様子を観察することにした。
「・・・あいつ、朝からなにも言わずに、でてっちゃって・・・なによ、この私が、わざわざ、つくってやって、友好をはかろうと、してやったのに・・・なによ、ホワイトデーなのに、なにも知らないふりなわけ?!・・ううん、この私が、あんなやつなんか、好きじゃ・・・ないはず・・・よ。そう、私は王女よ、姫よ!あいつはただのエルフじゃないの。そうよ、好きでも何でもないんだから・・・!!」
まったく、この女は素直じゃないな。もうとっくに、いろいろと聞いており、俺が何もわからないほど、鈍感ではもういられないというのに。ここは、俺が折れてやるしかないのだろう。惚れた弱みなんだろうが、素直じゃない彼女もかわいいものだ。
そして、彼女に声をかける。
彼女ははじかれたように振り返って、俺の姿を目にすると、途端に顔が真っ赤になった。そして、俺をキッと睨みつけて言った。
「・・・あんた・・・趣味が悪いわ!!ずっと見てたの?!」
彼女が近場においてあった杖を手に取り、呪文詠唱をはじめようとした瞬間、俺は彼女のほうにすばやく踏み出し、間合いをつめた。そして、彼女の腰を引き寄せた。彼女は驚いて、杖を取り落とす。俺はその杖をすかさず蹴っ飛ばし、彼女に顔を近づけた。
いい香りがする。花の匂い。そして、女の誘うような匂い。吸い込まれそうな碧眼、柔らかそうな唇。彼女も俺に抱かれたまま、石のようにかたまっており、動かない。その見上げてくる透き通った瞳には、俺を映し出しており、俺と同じ種類の感情が宿っている・・・・。彼女はかすかに目を伏せた。
しかし、今は・・・まだ『その』時ではない。おれは、代わりに彼女の白く滑らかな、美しいうなじにそっと触れ、なで上げた。彼女はかすかに反応し、体を震わせる。俺は彼女の反応に満足し、買ったネックレスをつけてやり、言葉を発した。
「あの食い物は・・・・味見したのか?」
彼女はその言葉を聞いた瞬間、夢から覚めたように、かっと目を見開いて、俺を突き飛ばし距離をとってにらみつけた。俺の言葉が、バレンタインのチョコレートを指しているのは、わかったようである。
「なんですって!?あんた・・・何様よ!!馬鹿エルフ!!」
わめく彼女は、今度は媒介の杖なしに、ダイレクトに詠唱し始めた。まずい、稲妻の呪文だ。雷が落ちる。俺は慌てて近くの木にジャンプし、苦笑いしつつ宿の外へ逃げ出した。
遠くで彼女が、憎まれ口をたたいているのが聞こえた。あれだけは、王女としてどうなんだか・・・と、思ってしまう。旅をしている間に、俗っぽい言葉を覚えてしまったせいもあるのだろうが。
・・・・・・ちなみに、チョコレートは、それなりに努力の甲斐あってか、まあまあ、うまかったのだが、それは黙っておくことにする。彼女をからかうのは、面白い。俺も、素直じゃないな。
一方の彼女といえば・・・。
彼がいなくなってから、真っ赤になったまま、一通り文句を言ってすっきりしたらしく、その場にしゃがみこんでいた。
先程の彼の仕草、見つめる黒曜石の瞳、逞しい腕・・・その一つ一つが頭の中で反芻され、未だに動悸は治まらない。彼女は真っ赤になったまま、彼が残していった贈り物を、握り締めていた。