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3  バレンタイン

※主人公やシナリオへの完璧さを求める方、愛され、逆ハー、主人公至上主義の方には、読むのをおすすめしません。寛容な方でないと、気分を害する可能性があります。読むのは自己責任でお願いします。

※作品や作者への中傷や非難、マナーを守らない、シナリオへの介入やアドバイス等のコメントはやめてください。こちらの判断で悪意があると判断した場合、コメントブロックさせていただき、解除はしません。

※更新・コメント返信は不定期になります。



 この時期街に行くと、甘い香りや雰囲気に包まれる。店のショーウィンドーを見ると、どこもハートのオブジェがおいてあり、店の飾りもピンク・赤・白などが多用されたかわいいものに変化している。菓子店ではチョコレート、ケーキなど様々なバレンタインにまつわるものが販売されていた。街の変化をみると、わすれていたバレンタインへの、憧れ、切なさ、期待、絶望・・・様々な感情がない混ぜになった、なんともいえない感覚に襲われる。それでいてやはりその雰囲気にはどこかながされてしまう不思議な魅力があった。


 私はバレンタインにチョコレートをあげたことがない。好きな人はそれなりにいたこともある。でも、実は私自身、夫にすら、片思いしていた時から、チョコレートをあげられなかったのだ。理由は、あげるのが恥ずかしい、断られたり、笑われたり、いろいろ言われたりするのが嫌・・・という実に情けないものばかりである。他の同年代の女の子達は、臆することなくあげて、自分の気持ちを相手に表現していたのに・・・。それは成人して、結婚しても同じことであった。思春期は誰もが、恋愛に興味を抱く。私も例に漏れずそうだったが、仲が良いと思っていた少年や、友達から影で悪口や外見のことを言われているのを人づてに聞いてしまったり、私のあげたものなどを笑いながら捨てているのを見て、それからは一切自分の気持ちを言わなくなってしまった。子供はある意味残酷なので、こんなことはよくあることである。しかし、私はそこでポジティブにはなれなかったのだ。以後、家の噂なども相乗効果となり、私は身の覚えの無い中傷を受けることも多くなった。この地域は各家の結びつきも強く、噂も回りやすい。とくにつらかったのは、外見けなされ、親のことにまで中傷が及ぶことであった。当然、集会・パーティーなどでは壁の花だし、意地悪い視線にさらされるのである。なるべく出席しないようにはしていたが、どうしても行かなくてはならないものもあり、その場合は、つらい時間に両親と共に、時には一人で絶えなくてはならないのであった。


 夫は結婚前、社交界でもかなりもてる人であった。美貌・家柄・地位に恵まれ、常に男女問わず(女性が圧倒的に多いが)人に囲まれ、魅力的でカリスマのある人だった。私は遠巻に彼を盗み見るしかなく、その夫と最初に接近したのは、偶然である。とある集会で、いつものように一部から意地の悪い視線にさらされ、さらに、その中の一人の貴族令嬢に突き飛ばされ、腕をしたたか壁に打ち付けてしまったことがあった。そこに夫が居合わせたのだ。当の令嬢は、彼を見つけ近寄り、勝ち誇ったように私を見下ろしていた。夫も同じく無表情で私を見ていたが、私がとりあえず頭を下げて立ち上がろうとすると、不意に夫は私を医務室まで送ることを提案したのだ。私は他の人の目もあるため、断って逃げるようにその場を去った。それが、彼と初めて交わした会話だったのだ。その後、しばらくして婚約を経て、結婚に至った。夫は、後で聞くところによると、方々から縁談が来ていたそうで、私と婚約しても、それは続いていたようである。それなのになぜ私を選んだかは未だ謎であるが。


 結婚してからも紆余曲折あったが、今は表面上大分、穏やかになった関係が続いている。だが、この夫相手に、バレンタイン・誕生日をこちらから祝うというのは嫌がられる気がした。彼は何も私には言わないのだ。だが、彼の記念日にはたくさんの贈り物が届いているのは知っている。家だけでなく、馬車につんで帰ってくるのを見るからだ。一度「たくさんもらいましたね。」といったこともあるが、彼ににらみつけられてしまった。私は怖くなって「すいません。」と謝り、それから余計なことは一切言わないようにした。

 だが、最近は少しだけだが関係も改善されたし、愛する気持ちを伝えると彼は重く感じてしまうだろうから、日頃の感謝という形でバレンタインのプレゼントをしてはいけないだろうか、と私は考えた。一度でいいから、他の女性のようにチョコレートなどを手作りして、食べてもらいたい。関係が少し緩和された今なら・・・気持ちを表現してみたい、と思えた。


 早速バレンタインの当日の朝、夫が出勤してから、街でチョコレートの材料を購入した。彼はあまり甘いものが好きではないので、小さいものを作成することにした。愛飲家であるため、ラムレーズン入りの甘さをかなり抑えたチョコレートを仕上げ、ラッピングする。そして、小さな小さなメッセージカードに、『いつもありがとうございます。』と書いて一緒に入れた。


 その日、夫は集会に呼ばれ、妻の私も同行することになった。バレンタインパーティーというもので、仕事得意先の、おしゃべり好き・集会好き主催者の老婦人からの誘いは断れなかったらしい。夫は案の定、多くの独身女性からたくさん贈り物をされていた。あの、美しい笑みを多くの女性に向けている。私もバッグに隠してもってきてしまったが・・・これでは渡せない。そして、なんだか私の物は他の女性よりみすぼらしく、安っぽく見えてしまう。急に恥ずかしくなって、やはり今渡すのはやめようと、向きを変えた瞬間、誰かとぶつかってバッグを落としてしまった。なんとも運の悪いことに(相手に悪気は無いのだろうが)、そのバッグは相手の足の下、つまり踏まれてしまっていた。相手の男性は何度も頭を下げ、非礼をわびてくれた。しかし、想像通りチョコレートは割れていたのだった。やはり、なれないことはやるものじゃない、と思った。くだらないことを考えた罰が当たったのだろうか?私は自分の不運さに溜息をついた。夫の笑顔がほしい。でも、私には所詮無理なのかもしれない・・・。その後、私はぼんやりと恋人・夫婦の贈り物のやり取りを見つめるしかなかった。


 集会も終わり、夫と家路に着いた。荷物は御者に彼の部屋まで運ばせる。私は一息ついてから、夫にお茶を入れて持っていった。彼は寝酒をせず、窓の外を見つめていた。タイを緩め、金髪はゆるくまとめてあり、けだるそうな雰囲気が彼の美貌をより引き立てている。夫は入ってきた私に目くれない。私は「失礼します。」と、書斎を出て行こうとした。すると彼がこちらを向かずに口を開く。


 「お前は、何も思わないのか?」


私は驚いてドアノブを回そうとした手を止めた。


 「・・・何も、とは・・・?」


 「・・・わからないのか?」


 「・・・・・・。」


 「俺に、渡す物があるだろう。」


彼は、知っていたのだ。しかし、彼に渡すはずのものは、見る影もなくなってしまった。私は逡巡したが、彼はさらにこう続けた。


 「形なんかどうでもいい。」


そこまで言われると、私も渡さないわけにはいかなかった。いったん部屋を出て、処分するはずの台所に置いたチョコレートを取りにいった。書斎に戻り、私は恐る恐る彼に近付いて頭を下げ差し出す。


 「・・・受け取っていただけますでしょうか?でも中身が・・・」


彼はやっと私に向き直り、私が言葉を言い終わらないうちに包みを受けとり、中を開ける。チョコレートは大小さまざまな破片に割れていた。彼は包みを私に差し出し言った。


 「これでは指が汚れる。お前が俺に食べさせるんだ。」


 私は驚いて彼を見つめた。はじめは、空耳かとも思ってしまった。こんなことを私に言うのは、初めてではないだろうか?冗談か、からかっているのか、はたまた別の意図があるのか・・・?

 私は当惑していたが、彼は至極真面目に言っているようだ。私はしばらく包みを見つめていた。意を決して受け取り、緊張し震える手で食べやすそうな小さい欠片を一つつまみ、彼の口の前へ持っていく。・・・が、彼は薄くしか唇を開いてくれない。このままでは指が彼の唇に触れてしまう。下手な食べさせ方をしたら、怒られるのではないだろうか?彼の唇に触れるのが怖くて、緊張して、この状態が恥ずかしくて・・・私はそれ以上手が動かなかった。顔に血が上る。まるで火がついたようだ。

 

 何も考えられず、思わずうつむいてしまった瞬間、彼が動いた。私の手首を掴み、欠片を口に含んだのだ。彼の形の良い唇が指先に触れる。そして、彼の温かい舌がチョコレートのついた指に絡み、きれいに舐めとった。その官能的な彼の舌の動きを指先に感じる。初めて彼にこんなことをされたのと、あまりの緊張で、へなへなとその場に座り込みそうになるのを夫が支えた。夫は呆けたような私の顔を見て、薄く嗤った。


 「なんだ、感じたのか?」


私は慌てて首を振って、彼から離れた。彼はすぐに無表情に戻り、今度はしっかり視線を合わせて私に言った。


 「・・・お前の沈黙は、時に人を傷つけることを忘れるな。」


 私はぽたぽたと涙を床に落とした。なぜ、泣きたくなるかはわからない。しかし、私は彼が好きだ。ずっと。彼には、誰のほうも向いてほしくない。私を見てほしい。でも、それを面と向かって言う勇気が無い。今はまだ・・・すみっこから、貴方をみることが精一杯。素直に自分の気持ちを表現し、否定されるのが怖い。だから・・・

 

 「・・・ごめんなさい。・・・私は・・・。」


 彼が私の言葉を、どう捕らえたかはわからない。しかし、彼はおもむろに私に近付くと抱きしめてくれた。そして私は彼の胸で静かに涙を流した。


 


 


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