1 クリスマス
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今日12月24日はクリスマスイブだ。今朝はこの地方にも雪が降った。朝起きると一面の銀世界。吐く息は白くくもっている。私はいつもより早く起床し、暖炉に火を入れた。しばらくするとぱちぱちと暖炉の火が勢いよく燃え始め、部屋がぬくもってきた。その間、朝食を準備する。早めに朝の用意をしたのは、アルベールがいつもより早く家を出て、職場へ向かうからだ。雪が積もっている為、馬車をいつもの時間に走らせても倍の時間がかかる。朝は馬車の通る台数も多いため、道も混雑するだろう。そこまで考えて、私はなんだか寒気を覚えた。喉も少し痛む。軽く咳込みながら、私は家事を続けた。
やがて、身支度を整えたアルベールも下りてきた。出勤する前、彼にためらいがちに聞いてみる。
「あの・・・、今日のお帰りは遅くなりそうですか?」
彼はあわただしく出勤準備をしながら、不機嫌に答えた。
「その問いの意味は?」
私は忙しいことをわかっていた上で、あえてこの問いを彼に投げかけたのは・・・言うまでもなく、クリスマスイブだからだ。私だって、好きな人とイブを過ごしたいという願望はある。一応形だけの夫婦で、夫に片思いしているような関係でも。別に普通の恋人・夫婦のように甘い雰囲気や、プレゼント、外出などという高望みはしない。ただ、遅くなってもいい、帰宅してクリスマスの食事くらいは食べてもらえないか?と思った。私自身、似合わないことかも知れないが、クリスマスの雰囲気が好きで、実家にいたときなどは、ツリーの飾りつけや料理も私がやっていたくらいなのだ。夫にそのことを言ったら、一人でやれ、と冷たく言われるのをわかっていながらも、やっぱりだれか・・・いや、正直に言うと好きな人とその気持ちを分かちあいたい、好きな人のいるクリスマスのためになにかしたい、という欲求のほうが勝っていたのである。だから、せめて気持ちを分かち合ったり、一緒に何かするということは無理でも、手作りの食事をたべてもらい、ささやかな飾りつけで楽しんでもらいたい、という気持ちから、彼に聞いたのだ。
だが、彼はこちらを見ずに、コートを着ながらこういった。
「今日は遅くなる。職場のパーティーがあるからな。戻らずそのまま出席する。帰らないかもしれん。」
私は落胆した。いい返事がもらえないのは予想していたが・・・。
「・・・そうですか。わかりました。」
なるべく未練がましくならないよう、自分なりに細心の注意を払って答える。夫はドアに手をかけ、出て行こうとしたが、出て行く前に立ち止まり、振り返って私を見た。その顔に先ほどの不機嫌さはなく、無表情であった。彼の整った容貌、鋭く切れ長の美しい瞳で見られることに慣れてない(最近ほとんどそんなことがなかったからであるが)私は、ちょっと戸惑った。だが、彼はふいっと顔をそむけると出て行った。彼のその行動の意味がわからず、私はただその後姿を見送っていたのだった。
私は午前中に家事を済ませ、午後は体調が優れず少し横になっていた。そのため、町へ出かけたのは夕方近くである。役人が道端で雪かきをしていた。雪は小降りになっていたが、気温は下がったままであったのでとても寒い。町はクリスマスイブのため、買い物客で混雑していた。夕食の材料がないため、市場で食料品を購入する。鳥・野菜・ワイン・果物。ケーキは小さいものであるが、焼いていたので買わなかった。私は必要なものを買うと、なんだか熱っぽく、ぼんやりする頭をふりながら家路を急いだ。
その途中、道路を挟んだ反対側の道で、人目を引く容貌の男性がゆっくりと歩いているのが見えた。私は立ち止まって、その光景を眺める。金髪の青い瞳、背の高い整った容貌。・・・アルベールだ。彼は優雅に微笑みながら歩いている。彼が道路側を歩き、さりげなくエスコートしている左横には、プラチナブロンドの美少女がいた。夫に腕を絡ませて寄り添っているではないか。まるで絵にかいたような美男美女である。なぜ、今ここにいるのだろう?仕事後、パーティーと言っていたのに・・・。彼らは私に気がつくことなく、一軒の宝石店の前で立ち止まった。女性は夫にショーウインドーを指差し、微笑んでいた。夫も目を細めて指差す方向を見つめ、二人で連れ立って店の中へ入っていった。
私はその光景を見送ったあと、食料の入ったかごを抱えて、その場を立ち去った。夫はもてるので、女性に困ったことはない。私より、他のきれいな見栄えのする女性とすごす方を選んだのだろう。彼女ならパーティーに同伴しても恥ずかしくない。そしてプレゼントを贈り、恋人気分を満喫しているかもしれない。見栄えのしない私とは違う。だから彼は今日帰れないかもしれない、といったのだ。
私は打ちひしがれて、家路についた。部屋はあたたまっており、小さな小さなクリスマスツリーがテーブルに飾ってある。そして、前々から夫のために編んでいた、黒の手袋をいれた小さな紙包みもテーブルのすみに置いていた。私はもしかしたら・・・と、無意識に彼に希望を抱いてしまっていたようだ。彼は私に対しては、誠実であるとは言いがたい人。だから期待したら自分が傷つくのに。私はなにを血迷ったか、受け取られるはずもない手編みの手袋まで用意してしまった。一人盛り上がっていた自分を心の中で戒め、恥ずかしく思った。そしてその手袋の包みとツリーを、台所のすみのごみばこに捨てた。
私は溜息をついて食事の用意をする。材料は買ってしまったので鳥をやき、野菜をゆでた。ワインはあける気にならず、ケーキも手を付けなかった。ランプの明かりの下で、鳥と野菜を少し口に入れ、水を飲んだ。気分は優れず、咳き込みながら一人寂しい気持ちで、早めにベッドへ入った。
次の日はクリスマスだった。だるい身体を抱えて起き上がる。夫は帰宅しなかったのだろう、と思いながら暖炉に火を入れる。そしてテーブルに目をやると、そこには私が捨てたはずの手袋の包みとツリーが置いてあった。包みをさわってみると硬いものが入っている。おそるおそるあけると、そこには小さな硬い箱と薬の袋が入っているではないか。箱を開けてみると、銀のペンダントが入っている。ペンダントの裏には私の名前が刻まれていた。薬の袋の方をみると、中身は風邪薬であった。私は台所へ行ってみた。台においていたケーキや鳥・野菜はなくなっていた。捨てた痕跡もない。ワインも開けられ、半分ほど中身がなくなっている。アルベールは帰ってきたのだ、と私は思った。私の体調が悪かったのも、イブの朝にわかっていたのだろう。そしてまさか、私へのプレゼントを用意し、かつ手袋を受け取ったとは思わなかった。いや、夫と会ってないので、正確にいうと手袋の所在がどうなったか(捨てられたりしているかもしれない)は不明なのであるが。でも、夫はきっと手袋を受け取っていると信じたい。
その日の夕方、アルベールが帰宅し、その両手に黒い手袋をしているのを見て、私の希望は叶えられたと知った。そして、あの夫と一緒にいた親しげな女性はシルレーネであったことが、あとでわかるのであった。