3:おいかけっこ
「王家の花に無頼を働いたのは、お前らか!不届きものが!!潔く藻屑になって消えろ」
「いや、ちょ…待っ」
「問答無用!」
訂正
鬼ではなく、怒り狂った人でした。
「鬼だ。鬼が出た!食べられちゃうよ〜!」
「いや待て待て!あんな形相してるが、一応人だ」
たぶん…と小さく付け加える。
だが、捕まったら最後、取って喰われそうな気がする。マジで
普段、空想の産物である鬼よりも怖いはずのモノと戦うこともあるのに、追いかけてくる人?の方がよほど怖い。
本能が叫ぶのだ。
逃げろ、と―
その本能の警告に従い、悠真とあやは全力で逃げていた。さっきまでの、大人しく怒られるとか、説教されるとかいう話は、命が惜しいのでしばらくなかったことにする。
この際、迷おうが遭難することになろうが、逃げ切ることが第一だ。
「待〜た〜ぬ〜か〜!!お〜ろ〜か〜も〜の〜ど〜も〜!」
「怖いよ怖いよ!鬼だ!やっぱり鬼だ!あたしたち、食べられちゃうんだ」
「いやいや、人だろう!?あんなんだが、人だろう!?」
だんだん懇願するような口調になりながら、人であってくれと悠真は願う。
人なら、いずれ疲れて止まるかもしれない。もしかしたら、そのうち話しが通じるかもしれない。最悪でも、取って喰われはしない、はずだ。
なのに、そう思うのに、なぜだろう…そのどれもが無駄な願いな気がするのは。
アレは、きっとこっちが疲れきって倒れる時も、元気に追って来るような気がする。そもそも、話しを聞く気が皆無な感じである。第一、悠真とあやを生きて帰すつもりが、ない、ような…。
なぜだか、悠真とあやの頭を両手で一人ずつ掴みあげ、高笑いしながら空中散歩している、怪物|(もはや人の姿ではない)が浮かんだ。
ありえない。ありえないはずなのだが、なぜだか、とてつもなく現実味を帯びた想像に、血の気が引く。
――いっそのこと、魔物の群れに追いかけられた方がマシだったかもしれない。悠真の脳裏に、そんな考えが浮かんでしまっても仕方ないだろう。
そんなことを思いつつ、悠真はあやとがむしゃらに逃げ回る。
木々の間を走り回り、身代わり人形を出しては破壊され、幻覚を作ればあっさり見破られ、アレはイッタイナンデスカとか考えたくないことを考えているうちに、なんと、振り切ることに成功していた。
奇跡である。
逃げ切れたとわかった瞬間、二人ともその場に崩れるように座り込んでいた。
時間的には、四半刻にも満たないわずかな間だったはずだが、悠真もあやも、体力的にも精神的にも疲れきっていた。
もしまた見つかったら、逃げ切れる気がしない。
二人で頷きあうと気配を消して、周囲の様子を探る。
『…逃げ切れた、かな…?』
『…だと、いいな…』
「……………」
静寂に支配された木々の間では小声でも聞き取られてしまいそうで、読唇術で会話する。
『怖いこと言わないでよ〜…。あたしもう、鬼に追いかけられたくない』
『俺だって嫌だ。今のうちに、なんとか脱出方法を見つけないと』
「………」
『…ねえ、やっぱりいっそのこと―』
『攻撃系の術は使うなよ。それでもう一段階上の結界に引っ掛かったら、本末転倒。それこそ命がないぞ』
懲りないあやが、また不穏なことを口にする前に、先回りして釘を刺しておく。納得しきってない顔で、しぶしぶ頷くあやを見て、悠真は今日何度目になるかわからないため息をついた。
悠真達がいま現在引っ掛かってしまっている防衛結界は、所謂脅しに近い。
惑わせたり、迷わせたりして、王都に辿り着けないようにしてくるが、それ以上の実害は与えられない。
悪意があるものに対して、警告するだけのものなのだ。
その防衛結界に引っ掛かったものがとれる道は三つ。
一つは、完全に囚われ、どこかへと惑わせられる道。|(これに当て嵌まるのは、考えが足りない盗賊が多い)
一つは、囚われる前に気づき、不完全発動に気づいた騎士に尋問される=説教される道。|(これに当て嵌まるのは、そこまでの悪意がなく、大抵バカなイタズラなどして自爆したものが多い)
ちなみに、悠真達が引っ掛かった後辿った道である。
あの(・・)人?は、発動に気づいてやって来た、騎士かそれに類する役を持つ、ひと?なのだろう。
命の危機をヒシヒシと感じたが、あくまで結界は普通だった。
そして、最後の一つが、囚われることに抵抗し、無理矢理脱出を謀る道。|(当て嵌まるのは、大バカか大物。正し、この場合は攻守結界に阻まれることになる)
防衛結界と攻守結界の最大にして、一番の違いは、捕らえたモノへの攻撃力。
命に関わることがない防衛結界と違い、攻守結界は、攻撃してくるものを叩きのめす力、反射鏡面魔術を持つ。
攻撃系の力に反応し、その威力を倍にして返す、最上階魔術。
あやの使う上級魔術を、ここで放ちでもしたら、どうなるかは推して知るべしである。
『悠真くん、じゃあどうするのさ』
『それを今考えているんだろうが』
「………」
『早くしないと、そのうち見つかっちゃうよ』
『だからって王都に行かないわけに………!!!』
『おじ様の薦めだもんね。あ、そういえば待ち合わせしてた人…は…?……!!!』
「……」
『〜〜〜〜〜!』
突然の事態に、悠真とあやは声にならない悲鳴をあげて固まった。
見てはいけないものを見てしまったとき、人は逆に目を逸らせないのかもしれない。
いったいいつからそこにいたのか…。
その存在を認識してしまった時から、逸らせない視線の先で、彼のモノは完全に気配を消して、薄く笑っていた。
二人の終わりの時は近い――?!