2:子供のケンカ
迎えを待つことに飽きて、白風の木々が連なる道を進み初めて数分。
悠真は早くも後悔していた。
「……やっちまったな」
言い分けするなら、数時間の待ちぼうけで、思考回路が鈍っていたとしか言えない。そんな初歩的なミスを犯してしまったことに、思わず舌打ちした。
「どうしたの、悠真くん?」
きょとんとした表情で尋ねてくるあやは、まだ気付いていないのだろう。
多分、あやの目には周りの景色が移り変わっていくように見えているはずだ。
だが、悠真の目には進んでも進んでも同じに見えている。
歩きながら、無意識に目で追った白い花びらが、地につく前に溶けて消える様を見なければ、悠真自身もまだ気付かないままだったかもしれない。
おそらく、意識に問題がないと思わせる効果もあるのだろう。
その偶然がなければ、延々と辿り着けない道を疑問を感じないまま歩きつづけ、気付けた時には遭難している。という状況になっただろうことは、簡単に想像できる。
悠真は立ち止まると、天を仰いだ。
かなり、情けない。というか、バカだと思う。
二人が陥っている状況、これは―
「結界に、それも自爆で引っ掛かるとか…」
「えっ、結界って、引っ掛かってるって、ええっ…?」
悠真の隣で不思議そうに立っていたあやは、その言葉に慌てて周りを見渡した。驚いていた表情が、徐々に引き攣った笑みへと変わる。
「これって、やっぱり、あたしの、せい、かなぁ…?」
「なんだ、自覚があったのか。元凶の自然破壊魔」
目を泳がせて言ってくるあやに、ばっさりと事実を突き付ける。
王都には、常時三段階の結界が展開されている。
対魔物用の上級守護結界。対攻撃用の攻守結界。
そして、特定の条件を満たした場合にのみ発動する、対人間用の防衛結界。
今捕まっているのは、一番外側に展開されている防衛結界。
特定の条件―悪意ある行動をとらない限り発動しない、結界だ。
つまりは、悪意ある行動と思われることをしなければ全く反応しない、条件式の簡易結界であって、そうそう引っ掛かるバカはいないのである。
普通なら―
「だが、ここにそのバカがいたのである、まる」
「うぅ〜。でも、悠真くんも一緒に引っ掛かってるの時点で、同じだもん」
「俺は、完全に、巻き込まれた、だけだ」
一言ずつ、力を込めて言い放つ。
どう考えても、悠真に非はない。あるとするなら、あやを、アホなことをしでかす前に止めれなかったことだけだ。
あやは、一瞬怯んだような表情を浮かべたが、油断していた悠真の背に張り付くと、自信満々に言った。
「でもでも、ここから出れないのは同じだよ。仲間なかま〜」
「…言っとくが、説教に付き合う気はないぞ。お前を差し出したら、俺は行く」
背に張り付かれてしまった動揺を隠し、悠真は意識して冷たく告げる。
付け込む隙をこれ以上与えれば、さらに巻き込まれるのは必至だ。
幸い、結界の防衛レベルからして、酷いことにはならない、はずだ。恐らく、雷が落ちる程度で済む。
だからって、巻き込まれたくはないのだ。
冷静になれ、冷静になるんだ、と悠真は自己暗示する。
「酷いよ〜!共にせっさたくまし、一緒に旅してきた仲じゃないか。苦楽は共にしようよ!」
「〜………。さっさと離せ。仲間に見られるだろうが」
冷静に、冷静になるんだ。ツッコミたくても、突っ込んじゃダメだ。
ここで負けたら、さっきの―結界に引っ掛かったときの―二の舞だ。
「やだ!ここまで来たら、そう、いちれんたくしょーだよ。悠真くんにもちょっと責任あるし、一緒に牢屋に入ろう!」
冷静に……
「なんでだよ!!っていうか、わからないのにかっこよさそうって理由で熟語使うのいい加減やめろ。余計バカな子に見える。服もそんなに引っ張られたら伸びるだろう、ガキじゃないんだからいい加減離せ!!………〜〜」
「悠真くんが子供みたいにあたしを置いて、一人でどっか行っちゃおうとするから、離せないの!親切でやってるんだよ」
「……さらっと一言目を聞かなかったことにしてるし。だいたい根本がズレてるだろ」
「ズレてるって何が?」
「あのなぁ!」
…冷静に、結局していられなかった。
あやと言い合いながら、悠真は思う。
どうにでもなれ
一度突っ込んでしまえば、あやのペースに巻き込まれるのは、経験上体験済みである。
諦めて、悠真は苦笑して言う。
「―はぁ…、もういい。あや、付き合ってやるから、大人しく怒られろよ」
「あう〜。やっぱり、怒られちゃうよね…」
「あんなことした、誰もが納得できる言い訳があるなら、別だろうがな」
「そんなの無理だよ」
悲惨そうな顔をするあやに、ならしかたないと悠真はむしろ吹っ切れた。
こうなったら、諦めて怒られておくしかない。
はるばる来た王都での初日がそんなことで終わるのは、何とも情けないが…あやと一緒にいる時点で、平和に過ごせるわけもない。
「結界抜け出せない、かなぁ…?例えば」
「壊そうとしたり、無理に解こうとするなよ。王都の結界だ」
不穏なことを口にするあやを、慌てて止める。
暴走されたら、状況は悪化するだけだ。
王都にたどり着くまでの間にも、あやの暴走のせいで、要らぬ誤解を受けてしまっているのだ。
これ以上は勘弁してもらいたい。
「でも、ちょっとくらいなら」
「ちょっとくらいでも壊そうとすれば、別の結界にまで引っ掛かって、説教どころか、完全に牢屋送りになるぞ」
「そんなぁ…じゃあ」
「一部だけ解くのも無理だ。俺達はまだ王都の住人になってないんだから、速攻でばれる」
「ぶ〜ぶ〜。じゃあ、どうするのさ」
「だから、大人しく怒られろって言ってるだろうが」
あやが情けない声を上げるが、悠真にはそれ以外に返す言葉はない。
これから王都で生活することになるのに、始めから追われかねないことをしてどうするというのか。
「一緒に怒られてやるっていっただろ。我慢しとけ」
「わかったよぅ」
ブスくれた表情で頷くあやに、思わず笑いをもらして、軽く頭をポンポンと叩く。
「よし、いい子だ」
「また子供扱いして。同い年なのに」
「まあ、気にするな」
「気にするよ!」
「………」
「………」
あやと軽い言葉の応酬を交わす。そうしているうちに、そいつはやってきた。
悠真が、殺気とも努気ともいえるものを感じて、振り返ったその先、そこには、鬼が、いた。
ここまで読んで下さったかた、ありがとうございました。