第1章 1:白風の花の下で
白風の花が舞っていた。
木漏れ日がやさしく照らす街道に、白い軌跡を描きながら。
さらさらさらさらと。
あの日のように―
ねぇ、元気だしてよ。
これとれたの。お願いすれば、きっとすぐよくなるから
うるさいっ
そんなもので、よくなるわけないだろっ
あっちいけっ
ごめんなさい
でも、うけとって欲しいの。―――だから
うるさいうるさいうるさいっ
何にもできないくせに、じゃまなんだよ
ごめんなさい
だけど、ぜったいに守ってみせるから
うるさいっ
幼い頃、自分の無力さに苛立ちを抱えていた時、精一杯励ましてくれた女の子を拒絶したことがあった。
仲がよかった気がするのに、顔も名前も思い出すことができない。
あの女の子は、誰だったのだろう―
ふわり
ぼんやりとベンチに座っていた彼の視線の先に、白い花が舞い降りた。
それをきっかけにするように、花びらが次から次へと舞い降りていく。
視界を埋め尽くすように、白い軌跡を描いて。
まるで、あの時の、そうあのときのよ…う
「…ぉい」
花びらは舞い降り続ける。暴風に叩かれているかのように、ひたすらひたすら…
「おい、何考えてんだ。花を全部散らす気か」
彼の声に応えるものはなく、花びらは舞い落ちていく。落とされていく。
はぁ…
彼は深く深くため息を吐くと徐に手を上げて、何もない場所から何かを掴んで軽く腕を振った。
ビュッ
ガンッ
ぴゃぁ…
ドスン
「〜〜〜〜〜〜」
「よし」
手応えとともに、頭上から降ってきたモノを一瞥すると、彼は満足そうに頷き視線を花に戻した。
「〜〜〜〜〜〜痛いょ〜酷いよ〜よしじゃないょ〜悠真くんのバカァ!!」
「………」
「暴力だ!横暴だ!犯罪だ!男尊女卑だ!イジメだぁ!」
「…………」
「暴力反対!犯罪反対!レディーに優しくするのは世界の常識なんだよ!あんなことしてセクハラだよ」
「…………さて、仕方ない。迎えも来ないし、自力で行ってみるか」
はいつくばって、罵理雑言をマシンガントークでまくし立てる少女をサラッと無視して、悠真は立ち上がって、歩き去…れずその場に立ち止まった。
いつの間に復活したのか、足元に少女が逃がすまじと、かじりついている。
その必死な形相は、明るい時間でなければ、ある意味ホラーな光景に見えることだろう。
「何だか足が重いなぁ…くっつき猿でも見えないがいるのかなぁ」
「猿じゃないやい。人間だもん!というより、無視は酷いよ。その上置いてきぼりしようとしないでよ〜!それに、ちゃんと魔術でイジメてごめんなさいって謝らなきゃダメなんだよ〜!」
「……俺は情緒のない、自然破壊に名誉毀損するやつが同行者にいた覚えはない。ついでに反省の意味も理解出来ないやつに謝っても理解出来るとも思わん。よって、幼児体型の精神年齢も相応のやつは置いて、さっさと目的地を目指したほうがいいという結論に達した」
「幼児体型じゃないもん。発展途上なだけ!悠真くんのほうが、ぇと、めいよきそんだよ。…花はちょっと散らし過ぎちゃったかなと思うけど」
「………はぁ、あれはちょっとってレベルじゃないだろうが」
いろいろと突っ込むことを放棄し、頭痛もしてきた頭を押さえて、悠真は座っていたベンチの真後ろにあった木を仰ぎみた。
満開に咲き誇っていた花は、その花びらの半数以上を散らしている。
人災によって。
再び深々とため息をつく。
流石に罪悪感を感じるのか、気まずげにした少女が足から手を離した。その隙に逃亡を謀った悠真だが、
ガシッ
素早く気付いた少女に再びかじりつかれた。
「うぅ〜。だから置いていこうとしないでよ〜!」
「お前、こういうときだけは、恐ろしいほど俊敏だよな、あや」
幼いときから変わらない行動に、思わずしみじみと言葉がでる。
それに、あやは頬を膨らませると、怒ったような不安そうな顔をした。
「だってこんな広くて、初めて来た場所に置いてきぼりにされそうになったら、誰でも必死になるもん」
「いや…初めてじゃないだろ。小さいとき、あやはここに住んでたんだから」
「え〜確かに見覚えある気もするけど、そんなはずないよ。王都に住んでた記憶なんてないし、ずっと、悠真くんの近くに住んでたんだから」
「そんなはずは…あれ?だって俺はここに遊びに来てて、あやと、あと――」
幼なじみでもある、あやのきっぱりとした言い方に、幼い頃の記憶を辿る。
悠真は、王都から離れた場所に住んでいた。
でも、よく王都に親について来ていて、そこで誰かといつも遊んでいた。
あやと、もう一人。
王都に来なくなってからも何度も思い出した。
白い花びらが舞う中で拒絶した、寂しそうに笑う女の子。差し出された手の平。泣きたいような、暖かくて痛い気持ち。
だけど、どうしてそんなことをしてしまったのか。
思い出せない。
代わりに浮かんできたのは、朱く染まる地面。動かない小さな女の子。泣きわめく声に笑う影。知らない。ワカラナイ。アレハイッタイナンダッタ―
「…くん。悠真くん!」
「――あや…」
必死になぜか涙目になって名を呼ぶあやに、苦笑をもらすと小さく息をついた。
多分心配をかけたのだろう。いつの間にか握り締めていた手を解くと軽く被りを振って、過去の幻影を振り払う。
知らないのに覚えている、いつかの記憶。
ずっと来る機会のなかった王都にいれば、いつか思い出せるときがくるかもしれないと、思う。
それが正しいのかはわからないけど。
「ほれ、さっさと行くぞ」
もう一度被りを振ると、悠真は白風の花が舞う中を歩き出す。
慌ててついて来るあやを一瞥し、ふと思い付いて、落ちてくる花びらに手を伸ばした。
「フギャ!…いきなり立ち止まらないでよ〜」
悠真の背中に止まれずぶつかったあやから、抗議した声が挙がるのを無視して、ジッとその時を待つ。
ふわりと舞う花びらは、悠真の手を掠めることなく地面に落ちて行った。
「悠真くん何してるのさ」
「…何だろうな」
あやの不可思議なものを見る目に、悠真は苦笑で返すと、今度こそ歩き出した。
一つだけ思い出したことがある。拒絶した女の子が差し出した手には、白風の花びらが乗っていた。