成長
「つまり精霊かもしれないということか? 」
奥さんに説明されてやっとマスターが理解したようだ。
この仮説が当たっているとするならば、少女から感じていた不思議な感覚もそれで説明がつく。
「なるほど、この魔力ならざる感覚もそういうことか」
「そんなのを感じ取れるのは魔法使いでもエイルズさんだけです!! 」
旦那の理解力のなさにつかれたのか私に対する言葉に怒りが少しこもっている、やつあたりである。
それにしても私も長生きしている方だが、こういった存在に会うのは初めてである、書物でしか見たことがない存在なのだ。
「ならば、とりあえずは名前をつけてやるとするか」
そうすれば少女ももう少し安定できるはずである。
「そうね、なにがいいかしらねぇ、やっぱりかわいい名前にしないとね」
「なら、キャンディー」
「却下」
「はい」
彼らは放っておくとして、少女にぴったりの名前がある。
私としてはこれ以外にないであろうという名前だ。
「しろ、白と書いてしろというのはどうだ? 」
「いや、エイルズさん犬じゃないんですから」
「いいわね、さすがエイルズさん」
なんとも温度差のある夫婦である。
名前をつけたおかげだろうか、初めて少女が声を口にした。
「…………し……ろ……」
その声はとても透き通っていて、自然と耳に残らないとても綺麗な、まるで自然と一体化したような声だった、少し言い過ぎだろうか? ただ私にはそうきこえたのである。
「いいあなた? あなたは喫茶店バカだからこの店以外のことには疎いのだろうけれど――」
後ろでは夫婦の仲睦まじい様子が繰り広げられている。
名前のおかげだろうか、白はだいぶ歳相応に見える可愛らしい表情になってきている。
白が精霊かはわからないが、名前がキーとなり存在が安定するというところからそれに類する存在であることは間違いないのであろう。
ところでなぜ白なのか、白、といってもその意味は多岐に渡る、そもそもこれは古代言語である、私のような年寄りが知っているならまだしも、奥さんが知っていることは驚きである、マスターが知らなくても当然なのだ。
髪が純白だとか、肌が色白だとかそういう安直な理由ではなく、れっきとした意味がある、全ては解明されていないけれど、白というのは何色にも染まることができる色を表す、ただその色は絶対に混ざりきることはなく、他の色を惹き立たせる。
古代言語の意味としては、それは無限の可能性と助け合いを意味する、一人では味気ないそれは、他の色と手をとり合い新たな色を作り上げる、これにはそういう意味が込められている。
なんとも年甲斐も無く恥ずかしいセリフを並べてしまったものである、なにが言いたいのかというと、ただ白に私は、この広い世界を見て欲しいと思っっただけのことである。
「マスター、私はこれくらいで帰るとするよ、服に関して礼を言う、またお世話になると思うがよろしいだろうか」
「あらもう帰るの? 服の事ならまた明日にでも買い物に付き合ってあげるからよってねエイルズさん、白はエイルズさんが? 」
帽子をかぶり直し立ち上がる。
「そうするとしよう、なに、名付け親が世話を見るのが道理というものだろう」
「エイルズさんなら心配ないと思うけど、いい? 白が何者であっても女の子にはかわりないんだから」
「メアリー、いくら何でもそれはエイルズさんに失礼だよ」
改めて白に向き直る、割と表情が崩れてきている、こうしていると歳相応の女の子といった感じで可愛い、私としては孫を見ているような感じではあるが。
「ははは、レディーの扱いとは、相手が子供であれ、細心の注意が必要ということだ」
外套を羽織り、白の手を引き喫茶店を後にする、ああはいったものの、白の未来が私しだいということになると、年寄り臭くならないか心配である。
門をくぐる、行きしに挨拶をした彼は立派に佇んでいる。
「今日は早いですねフィリングスさん、その子は? 」
「この子は今日から私と一緒に住むことになってね、白という」
驚きに目を見開いている。
それにしても白は相も変わらず見知らぬ人に対しては無表情と沈黙を保っている。
「白さんですか、よろしく~」
「……」
「すまないね」
「いえいえ」
彼に見送られながら帰路に着く、普段なら昼も街で過ごすのだけれど白に悪いだろう、今日からは家での生活が主体になる。
いつもと同じわが家のある丘に向かう少し森に囲まれた帰り道も、一人増えただけでとてもにぎやかなものとなっていた。
家につくと白は私の自慢の花々に目も向けず後ろを付いてくる。
少し悲しい物があるけれど、まぁ仕方ないのだろう、これから色々なことを教えていくのだから。
家に上がった後も白は周りには目も向けず、私の後ろをひたすら付いてくる。
こんな事なら家政婦を雇っておけばよかったと、この時ほど思ったことはなかった、椅子に座らせたはいいけれど家にはミルクも、子供が好きそうな飲み物もなく、出せると言っても紅茶ぐらいしかない。
仕方ないから紅茶を出すとして、どうするべきなのだろう、物を教えるとしてもなにから教えるべきなのか、言葉を理解していることから何らかの知識は有していると思われる。
私としたことが帰ってくる前に絵本を買ってくればよかったと今になって後悔する、私も白のコトで精一杯だったということか。
「読んでみるかな? 」
とりあえずしょうがないので書斎にある書物の中で、わりと生活に重きを置いた物語を取り出す、相変わらず白は無表情でそれを受け取る。
逆から読もうとしたので読む手順を教えて紅茶を出しておく。
背はテーブルには届いているようなので心配しなくてもいいだろう……
案の定ミルクに比べて苦かったのか、紅茶は一口くちをつけた後、困惑した顔を浮かべ、それ以降は手をつけていない。
本については読めているのかいないのか、なにも言わず黙々と一定の速度でページをめくっている、とりあえず渡した本だというのに読めてしまっているのか? 思わぬ誤算である。
読めているのなら何か喋って欲しいところである、知識はあるけれど発声がわからないということか?
「どうかな? 読めるか? 」
「……」
うんともすんとも言わない、発声を教えるところから入るべきか。
「白、これはあいさつだ」
隣に座り、同じ所を読みながら声に出して行く、出来る限りゆっくりと。
「あい……さ……つ……」
「そう、挨拶だ、これはこんにちはと発音する――」
こうして昼までの少し短い時間ではあるけれど言葉というものを教えることとなった。
白は割と物覚えの良い子だった、いや良すぎるといったところか。
演技でもしていたのかと思うぐらいにそのもの覚えの良さは異常だった、こちらが教えたことはすぐに覚える、それこそ一字一句残らず復唱する、声はたどたどしいけれど。
それに反して教えていないことは一切わからないと言った状況だ、その異常さがうかがい知れるだろう。
けれど、そんなことはどうでもいいことなのだ、物覚えがいいのならこれから色々なことを覚えていけばいい、少し変わっていようがそれがどうということはない。
時折首を捻るようになった白、この調子なら昼には少しぐらいは喋れるようになっているだろう、今から楽しみである。
その後白は疲れを見せず、むしろこちらのほうが疲れて参ってしまいそうだったため、昼食の準備と理由をつけて私は先に切り上げた。
白の学習能力には驚かされる、これなら明日の買い物は白任せにできるかもしれない。
そうこうしているうちに、簡単な昼飯が出来上がった。
とは言え、普段から昼はマスターのところでいただくため、即席の軽いものではある。
「白、お昼にしよう、本を片付けておいで」
私がそう言うと白は、綺麗に重ねていた分厚い本達を書斎へとふらふらとした足取りで運んでいった。
なんとも危なっかしい。
すぐにトタトタといった軽い足音を響かせて戻ってくる、さてテーブルに並べようか。
「ではいただくとしよう」
「んっ!! 」
白が胸の前で手のひらを合わせて何かを言いたそうにしている。
ああ、なるほど先ほどの書物に書いていた遠い地方の風習を真似ているのか、なんとも微笑ましいものである。
「ははは、そうだな、ではいただきます」
「いただきます」
こちらの様子をうかがった後私に続いてスプーンを握る。
今日のメニューはオムライスである、手軽でおいしい定番メニューだ。
白はまだ味がわからないのか何食わぬ顔で黙々と食べている。
「どうかね? 」
だから私はそう聞いた、白の返事は大体予想していたものであった
「ん? 」
これから色々なものを覚えていけばいいのだ、なに焦ることはない時間なら嫌というほどあるのだから。
口の周りを真っ赤に染めて首を傾げる少女に改めてそう思ったのである
食事を終えた白の口周りを拭いてやり、これからどうしようかと思案する。
とはいってもできることなど限られているのだが、まあ、とりあえずは白が何者なのか紐解いていくことにしよう。
「白、こっちにおいで」
そう言って膝の上に白を載せる、比喩表現でなく本当に羽毛のような重さの白からは、人ならざる存在であるということは十二分に感じることはできる。
「自分のことについてなにかわかるかい? 」
「……ん? 」
意味が分からないのだろう、それもしょうがないことだ、白が何者であるかなんてそのうち分かること。
それにわかったからと言ってなにがあるでもない、生活に支障がでないように、ある程度の情報は欲しかったところではあったのだが構わない。
それもこれもいずれわかるだろう、考えてみれば私は少し焦りすぎている。
まだ出会ってから半日も立っていない、かつて王国魔道士とも言われた私がこの体たらくである、老いたものだ。
思案にふけっている時も白はじっとしていた。
そうだな、まずは色々と覚えていこう、どこまでやれるか分からないが、せっかく人型に生まれてきたのだから人間味あふれる可愛い子に育ててあげよう、それが今の私に出来る精一杯のことなのだから。
白を床におろし手を引く、向かうは私の書斎、少しぐらいは童話などの本も置いているであろう。
そうして夕食までゆっくりと、本を読むこととなったのである。
一つのことに集中していると時間というものはあっという間に過ぎるものである。
夕方になったので仕方ない、夕食を作るとしよう。
「白、私は夕食を作ってくるから待っているんだよ」
「うん」
言葉は短いけれど返事はするようになった。
全てを理解してはいない、おそらく待っているという言葉に反応しただけなのだろう。
それにしても、手のかからない子供というものがこんなにも悲しいものだとは思わなかった。
わがままを言ってくるぐらいのほうが可愛げがあると今になって思ったのである。
夕食はパスタにした、というよりそれしかなかったというべきか。
白は人形のように無表情だ、もうこれは諦めよう、時間が解決してくれるはずだ。
夕食を食べた後は一番の問題が待っていた。
私は子供の世話をしたことはないのだ、当然子供の体を洗ったことはない。
相変わらず人形のように微動だにしないので、苦労はしなかったがシャワーを終えた後の私がぐったりしていたのはしょうがないことである。
少しくつろぎ、お互いに熱気が冷めてきたあたりで白に声をかけた。
「これを大事に持っておくんだよ」
「これ? 」
そう言って首を傾げる白に、金色の鎖がついたネックレスを渡す。
先には懐中時計がついており、下の留め具を外すことで蓋を開き、中の文字盤を見る仕組みになっている。
これなら首から下げられるので、無くす心配も傷が付く心配もない、念の為に少しだけおまじないをかけておいてある。
「あり……がとう」
「感謝の言葉は大切だからね、よく覚えていたね」
先ほど読んだばかりだというのに。
「それとこれも渡しておこうか」
黒塗りのカードを白の手の中にしっかりと預ける。
「それは私のギルドカードだよ、使用者に白も入っているから心おきなく使うといい」
いまいちわかってないようで首をかしげている。
「明日喫茶店のメアリーさんと買い物に行く約束をしているから、その時に使うといい」
それでも可愛らしく小首をかしげたままだった。
詳しい説明をしても理解はできないだろう、もしかしたら白のコトだからわかってしまうかもしれないけれど。
まあ、マスターの奥さんが付いているのだ、万に一つも手違いが起こることはないだろう。
話をしていると時間はあっという間に過ぎる。
もう夜も遅い、幼い子供に夜更かしはいけない。
白はなんとも無いようだけれど、あれだけ目を酷使したのだ、明日に備えて眠るとしよう。
我が家にベットはひとつしかない、白が小柄でよかった。
最初はよくわかっていなかった白も、私の見よう見まねで眠りについたのだった。
修正に修正を重ね、なんとか投稿。
幼いことを表すために発言を減らしてみたら、なんかとっても薄っぺらくなってしまった気がする。