きらきらを落とした雪だるま
ある冬の朝のことです。
町の小さな公園に、雪だるまが生まれました。
作ったのは、近所の子どもたちです。
鼻は小枝で、ちょっと右に曲がっています。
目は小石で、右と左で大きさがちがいます。
頭には、誰かが忘れていった古い毛糸の帽子が、ちょこんと乗っていました。
「できた! ちょっとへんてこだけど、かわいいね」
「うん、ぼくたちの雪だるまだ!」
子どもたちは真っ赤なほっぺで笑い合うと、手を振って帰っていきました。
その夜。
月がのぼり、公園が青白く照らされる頃、雪だるまは目を覚ましました。
そして、自分の胸の奥に、不思議なものを見つけたのです。
(なんだろう。とってもあたたかい)
それは、小さな小さな「きらきら」でした。
昼間、子どもたちが向けてくれた「楽しかったね」「大好きだよ」という笑顔が、雪だるまの真っ白な体の中に染み込んで、あたたかな光になっていたのです。
冷たい雪でできているはずなのに、胸の奥だけはポカポカしています。
雪だるまは、自分がとても幸せな生き物のように思えました。
(ぼくは、きらきらしてるんだ)
雪だるまは嬉しくて、体を揺らそうとしましたが、動きません。
ふと、冷たい夜風が通り過ぎました。
そのとき、雪だるまは気づいてしまいました。
(ぼくは雪だから、いつか溶けてしまう)
春が来れば、体は水になり、地面に吸い込まれて消えてしまうでしょう。
そうしたら、この「きらきら」も、一緒に消えてしまうのでしょうか。
(せっかくあたたかいのに。誰かにあげられたらいいのになあ)
雪だるまは、夜の公園を見渡しました。
ベンチには、マフラーに顔を埋めて、ひとりぼっちで座っている子がいます。
公園のわき道を、重そうな鞄を持って、急ぎ足で通り過ぎる大人がいます。
ブランコに揺られながら、星を見上げて深いため息をついている誰かもいます。
みんな、寒そうです。 そして、みんな、少しだけ寂しそうです。
(ぼくの、このきらきらを渡せたら、あの人たちは寒くないかもしれない)
雪だるまは毎晩、そう願いました。
けれど、雪だるまには足がありませんから、誰かのそばへ駆け寄ることもできません。
そんなある日。
いつもより少し強い、南からの風が吹きました。
それは、春を告げるあたたかい風でした。
雪だるまの体は、じわり、じわりと汗をかきはじめました。
背中は小さくなり、お腹のあたりも細くなっていきます。
胸の奥の「きらきら」も、心なしか弱々しくまたたいています。
(どうしよう。ぼく、もうすぐいなくなっちゃう)
焦った雪だるまは、力を込めました。
ぎゅっ、ぎゅっと力を込めると、丸い体がゴロリと動きました。
(いそがなきゃ。消えてしまう前に)
雪だるまは、少し無理をして転がりました。
ゴロリ、ゴロリ。
雪だるまは自分の体を削りながら、泣き声のする方へ、一生懸命に進みました。
公園の入り口にある街灯の下で、男の子がひとり、うずくまっていました。
学校で嫌なことがあったのでしょうか。
膝に顔をうずめて、肩を震わせています。
雪だるまが男の子の目の前で止まったときには、もう、体は半分の大きさになっていました。
(泣かないで)
声をかけたくても、雪だるまには口がありません。
冷たい手で涙を拭いてあげることもできません。
自分に残された時間は、あと少しだけ。
(きみになら、きっと似合うよ)
雪だるまは、最後の力を振り絞りました。
自分の胸の奥にある、一番大切なあたたかさを、体の外へ押し出したのです。
ポロリ。
鈴が鳴るような小さな音を立てて、 雪だるまの胸から「きらきら」がこぼれ落ちました。
それは男の子の足元へ、静かに転がっていきました。
男の子はふと泣くのをやめ、足元の光に気づきました。
「なんだろう、これ」
そっと指先で触れると、じんわりとしたあたたかさが、指から胸へと伝わってきました。
それは、誰かが「大好きだよ」と言ってくれた時のような、優いぬくもりでした。
昨日の悲しい気持ちが、雪解け水のように流れていきます。
「……そっか。だいじょうぶだ」
男の子は涙を拭いて立ち上がりました。
そして、あたたかくなった胸を抱いて、家へと帰っていきました。
男の子の背中を見送りながら、雪だるまは思いました。
(ああ、よかった。ちゃんと渡せた)
雪だるまの体はもう限界でした。
けれど、心はこれ以上ないほど満たされていました。
翌朝。
男の子がもう一度その場所へ行ってみると、そこにあったはずの雪だるまは、もういませんでした。
ただ、地面に小さな水たまりと、古い毛糸の帽子が残されているだけでした。
「ありがとう」
男の子は、誰にともなくつぶやきました。
やがて本格的な春が来て、町から雪はすっかり消えました。
あの水たまりも乾き、帽子もどこかへ片付けられました。
けれど、あの子の胸の中には、今でも小さな光が残っています。
辛いことがあって心が凍えそうな日も、その光がポッと灯ると、体の中からあたたかくなるのです。
それは、溶けてなくなった雪だるまが、確かにそこにいた証。
雪だるまは消えてしまったけれど。
きらきらは、ちゃんと、届いたのです。




